第二十九話 払われた闇
プレゼントが拒否されるんじゃないかという恐怖から、ルースの誕生日会を仮病で欠席したシビーラ。
自己嫌悪に苛まれてルースから離れるため、家を出ようと考えていたシビーラの運命は……?
どうぞお楽しみください。
……どれくらい泣いていただろう……。
苦しい……。
息が苦しい……。
そもそも呼吸ってどうやってたんだっけ……?
わからない……。
意識が朦朧としてくる……。
このまま死ぬのか……?
それはそれで良いのかもしれない……。
「シビーラちゃん、大丈夫〜?」
……くくっ、死の間際に思い出すのがルースの声だなんて、できすぎている。
ありがとう、さようなら、ルース……。
「シビーラちゃん、寝ちゃってるの〜?」
……全く、幻聴の割には随分と手が混んでいるな。
寝ちゃってるの〜?なんて一度も言われた事ないのに。
「お見舞いの果物持ってきたんだ〜。ちょっとでも食べてくれると嬉しいな〜」
……幻聴のくせにしつこいな。
何だってこんな聞いた事のない台詞を次々に……。
……あれ?
「う〜ん、ダメか〜。じゃあ果物は執事さんに預けておくね〜」
本物!?
ルースが扉の外にいるのか!?
急に呼吸が楽になる!
急いでベッドから降りて、扉に向かう!
「る、ルース!」
「あ、シビーラちゃん。良かった〜。起きてた〜」
あぁルースだ! いつものルースだ!
陽だまりみたいな笑顔で、果物の入ったカゴを持っている!
でも何でうちにルースがいるんだ?
これ、死ぬ間際の幻か?
「……ねぇ、何でここに……?」
「シビーラちゃんが具合悪いってお手紙もらったから、お見舞いに来たの〜」
「あ、ありがとう……。でも誕生日会は……?」
「あのね〜、また今度、シビーラちゃんが元気になってからにするの〜」
私の仮病のせいで……!?
ど、どうしよう! 何をして償えば……!
「だってシビーラちゃんにお祝いしてほしいんだもん。だから元気になったらやろうよ〜」
私に、祝ってほしい……?
私なんかが、祝っても、いいの……?
強烈な安堵感と疲労感が膝から力を奪う。
「わ……!」
「あっ、ご、ごめん……!」
思わず寄りかかったルースが、私を支えきれず膝を付く。
私の膝も床につき、身体全体がルースにくっついてしまった。
「シビーラちゃん、大丈夫〜?」
「ご、ごめんね、足に力が入らなくて……」
「じゃあもうちょっとこうしていようね〜」
ルースの手が背中に回る。
私も思わず手を背に回す。
ルースに触れる全てから、温度が私に流れ込む。
どうしよう、どうしよう。
もう私、ルースなしには生きていけない。
その事が絶望的なほど強力に理解してしまった。
側にいてはいけないのに。
離れなければいけないのに。
その事がこんなにも、どうしようもなく嬉しいだなんて。
「……ルース、来てくれて、ありがとう」
「元気になった〜?」
「うん、ルースのおかげ」
私を支配していた暗い妄想は、もう欠片も残っていない。
この温もり以上に確かなものなんてあるものか。
……そうだ。
「ちょっと待ってて」
「うん」
部屋に戻り、少し包装がよれてしまったプレゼントを手に取る。
包装も中身も完璧には程遠いプレゼント。
それでもルースに喜んでほしい気持ちに嘘はないから。
「これ、プレゼント。ルースに似合うと思って」
「わ〜! 嬉しい〜! 開けていい〜?」
「うん」
ルースが包装を破るように開けていく。
私のちっぽけなこだわりと共に。
「わ〜! すご〜い! かっこいい〜!」
きらきらした目で、タイピンを色々な角度から眺めるルース。
……格好良いか?
予想外の反応だったけど、喜んでくれてるならそれでいいや。
「ルース、お誕生日、おめでとう」
「ありがと〜!」
「誕生日会、明日より後ならいつでもいいから、決まったら教えて?」
「じゃあ明日〜」
「ふふっ、急ね。わかった。じゃあ明日」
「楽しみにしてるね〜。じゃあこれ食べて〜。また明日〜」
「ありがとう」
不思議な気分だ。
さっきまでは私の未来には絶望しかなかったのに、明日の約束が眩しいほどの輝きで、あっさり振り払ってしまった。
ありがとうルース。……大好き。
「ばいば〜い」
廊下の角でもう一度手を振って消えたルースを見送って、私は果物カゴを持って部屋へと戻った。
葡萄を一粒、皮を剥いて口に入れる。
……甘い。
身体中に元気が行き渡るようだ。
疲れているからかな。
いや、きっとルースがくれたからだ。
次々に葡萄を口に放り込み、あっという間に食べ終わると、強烈な眠気が襲ってきた。
残りの果物は明日にしよう。
もう悪夢の心配はない。
涙で湿った枕を裏返し、私は緩みきった顔のまま目を閉じた。
読了ありがとうございます。
タイトル回収! ひゃっほう!
でももうちょっとだけ続くんじゃ。
と言っても後数話で終わる予定ですが。
……宇宙行ったり未来から子孫が来たり魔導士と戦ったりしませんよ?
それでは次話もよろしくお願いいたします。




