第二十八話 後悔
ルースのために誕生日プレゼントを用意したシビーラ。
しかし当日になると様子が変わり……?
どうぞお楽しみください。
「お嬢様、お手紙は届けてまいりました」
「……ありがとう……」
「……あの、何かお薬をお持ちしましょうか?」
「……大丈夫。寝ていれば治るわ……」
「……かしこまりました」
ハドワークの足音がドアから遠ざかっていく。
……完全に聞こえなくなったのを確認したら、もう気持ちが抑えられなくなった。
それでも叫ぶわけにはいかない。
唸り声に落とし、枕に吸わせる。
「ううう〜!」
馬鹿だ、馬鹿だ馬鹿だ! 私は大馬鹿者だ!
ルースの誕生日の当日になって怖気付くなんて!
贈り物にと買ったタイピンが、手の中で鉛のように重い。
花のあしらいなんて男らしくないとか、せめて色は空色にすれば良かったのに黄緑を選んでしまったとか、ルースはもっと遊べるものの方が喜ぶだろうとか、考え出すと止まらなくなった。
何を贈っても喜ぶと思っていた頭の中のルースの顔が、私のタイピンの時だけ曇った。
スラック侯爵も夫人も落胆の色を浮かべていた。
想像のはずのそれが、まるで未来予知のように私の浅はかさを詰る。
それが怖くて、恐ろしくて、仮病を使って誕生会を当日に断った。
……最低だ。
ルースの喜ばしい日に泥を塗った。
私みたいな薄汚い人間が、あんな輝くルースやスラック家の人達に関わってはいけなかったんだ。
「……消えたい……」
涙と共にこぼれた言葉が、私の真実に思えた。
……そうだ、ここからいなくなろう。
私が身勝手に姿を消せば、親父は責められるだろうが、置き手紙に『商人として世界を見て回りたくなりました』とか適当に頭のおかしい事を書いておけば、最低限で済むだろう。
ルースもこんな腹黒な女より、伴侶に好かれるために一生懸命になれるノイシーみたいな女性を妻に迎えた方が良い。
幸い元手は、グレイブが家を継ぐ時の足しにでも、と貯めておいたものがかなりある。
私の商才なら、一人分の食い扶持くらい何とでもなるだろう。
「……ルース」
もう会えないんだ……。
あの暖かさは、もう、二度と……。
「う、うぁ、うああああああ……!」
抑えきれなくなった嗚咽を、必死に枕で押さえ込む。
思いっきり泣こう。
今だけは、ただ悲しみを刺激するためだけに、楽しかった記憶を思い出し続けよう。
涙と一緒にルースとの思い出が全て流れてしまうように。
暖かさが全て溶けて流れて、昔のように寒さすら感じず生きていけるように。
「さよなら……、さよならルース……。ルース……」
ルースの名を口にするたびに胸が締め付けられ、涙があふれてくる。
これでいい。これでいいんだ。
傷を抉って抉って、どこが傷かもわからなくなるまで徹底的に削り尽くそう。
痛みがあるのは幸いだ。
この痛みでルースを騙していた罪が億分の一でも償えたら……。
……つくづく浅ましい。
でもこれが私だ。私なんだ。
ルースの側にいるのに相応しくない私なんだ。
ルースから離れる理由ができる事が、痛くて辛くて苦しくて、それでいて少し救われる気がした……。
読了ありがとうございます。
商人として最悪のケースを想定する癖が、まずい形で出てしまいました。
次回からは『やさぐれ元令嬢の細腕旅商記』が始まってしまうのか?
どうぞ次話もよろしくお願いいたします。




