第二十四話 口づけ
自分が冷遇された事に対するスラック侯爵の怒りを目の当たりにし、恐れつつも暖かさを感じたシビーラ。
いよいよ貴族達の前で婚約を発表する段になったが……?
社交会編完結!
どうぞお楽しみください。
「諸君! 今宵はよく集まってくれた! 今回は喜ばしい知らせがある!」
トレランス公爵のよく通る声が、会場に響く。
視線が一斉に公爵に、そして横にいる私とルースに集まる。
「私の従兄弟、テンダー・スラック侯爵の子、ルースに、インテンス家長女シビーラの婚約が成った!」
おぉ、というどよめきと拍手が上がった。
二、三度頷くと、トレランス公爵は再び口を開く。
「まだ年若い二人だ! 夫婦となるのは数年後となるだろう! どうか暖かく見守り、機あれば支えてやってほしい!」
再び起こる拍手。
これだけの数の貴族が、この婚約にトレランス公爵が後ろ盾になっていると知れば、さっきの伯爵令嬢達のようなちょっかいは格段に減るだろう。
第二夫人枠狙いとかはあるだろうけど。
「では二人の前途を祝して! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
器が触れ合い、澄んだ音があちこちから弾ける。
私もルースとジュースの入った器を合わせる。
「これからもよろしくね〜」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
婚約、か。
最初は適当に搾り取って婚約破棄してやろうと思ってた。
弟が継ぐ家を守るにはそれが一番だと思っていた。
でも今はこの婚約を続ける事が、インテンス家にとって一番の利益だ。
スラック侯爵のみならず、トレランス公爵とこれだけの貴族との関係性を築けたのだ。
さしもの親父もこの婚約を破棄しようとは思わないだろう。
……いずれ私はルースと……。
「そうだ! 折角だから、この場で口づけの交換をしてもらおうか!」
あぁ、あれか。
年若い貴族同士の婚約の場合、お互いの頬に口づけをする風習がある。
唇での口づけは結婚の時に取っておくためだそうだ。
一度親父に連れられた社交会で見たが、子どものままごとの延長にしか感じられなかった。
客を喜ばせるための儀式といったところだろう。
……ん?
わ、私がルースとするのか!?
いやいやいや無理無理無理!
そんなのしたら心臓がもつはずがない!
体調が悪いとか言ってこの場から逃げよう!
「はいシビーラちゃん、ちゅ~」
ぴぇ。
あああルースお前何あっさりやってくれてるんだこらぁ!
唇が触れた頬が熱い!
心臓が! 心臓が!
あぁでも口づけを返さないと、婚約の拒否と取られかねない!
この関係性を守るために!
我が家の利益を守るために!
単なる儀式だこれは!
恥ずかしさなど底値で叩き売れ!
「……ではルース様、……失礼します」
「えへへ~、くすぐった~い」
ぴぁ。
や、柔らかかった! すべすべだった!
「おめでとう!」
「スラック家とインテンス家に祝福を!」
ちくしょう、無責任に拍手とかしやがって。
見せもんにするなら金取るぞ。
「二人の前途に大いなる祝福を!」
トレランス公爵の言葉とこれまでで一番の拍手で、会は事実上のお開きになった。
良かった終わった早く帰りたい。
「あの、ルース様、私少々疲れましたわ……」
「わかった〜。お父様〜、シビーラちゃん疲れちゃったって〜」
「わかった帰ろう。ブロード、先に失礼する」
「え、もう帰るのかい?」
え、いや、来た時みたいにルースとスチュワートとで帰れれば良いんだけど。
遅れて来たのに、トレランス公爵との話は良いのだろうか。
「あの、スラック侯爵様はトレランス公爵様とのお話があるのではないですか? 私は馬車さえ貸していただければ一人でも帰れますので」
「……」
あれ? スラック侯爵が無言で固まった。
馬車を貸せなんて厚かましかったか!?
なら歩いて帰れなくもないけど……。
「大丈夫だ。帰ろう」
「あ、はい、ありがとうございます」
何だったんだろう、今の間は……。
「おじ様〜。またね〜」
「あぁ! またシビーラ嬢を連れて遊びに来ると良い!」
「うん」
ルースがあっさりトレランス公爵への挨拶を済ませてしまったので、急ぎ向き直り、丁寧に一礼する。
「公爵様、本日は貴重な場をお借りして、誠にありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします」
「あぁ! 君とはまた時間を設けてじっくり話したいな!」
「ご期待に添えるかわかりませんが、機会をいただけましたら是非」
「はっはっは! これは本当にしっかりしている! ルースは歳の割に幼いところがあるからな! 面倒をかけると思うがよろしく頼む!」
「微力ですが出来る限りの方はさせていただきます」
一礼をして下がる。
やれやれ、これでひと段落だな。
「では失礼する」
「あぁ! またな!」
こうして私は波乱だらけの社交会を後にした。
公爵への挨拶、伯爵家令嬢の絡み、侯爵の怒りととんでもない中を無事乗り切り、婚約の発表まで漕ぎつけた。
成果は十分だ。
……家に帰ってから、ルースに触れた唇を思い出し、身悶えするくらいで済んだ事を幸いだと思おう……。
読了ありがとうございます。
ほっぺにチューでこの有様。
順調にポンコツ化……、もとい幸せへの道が進んでおります。
次話もよろしくお願いいたします。




