第二十一話 公爵
ルースの婚約者のお披露目として、トレランス公爵家に招かれたシビーラ。
並み居る貴族を前に、失敗のないように気を張っていたが……?
どうぞお楽しみください。
「わぁ……」
ホールに足を踏み入れた私は、演技抜きで息を呑んだ。
高い天井、輝く照明、客の煌びやかな衣装、何もかもが美しく、圧倒される。
スラック家も豪華ではあるが、ここまで華美じゃない。
こんなに綺麗な世界がこの世にはあるんだなぁ……。
いくらかかるんだろう……。
「すごいよね〜。でもね〜、このホールは何もない時の方が、広くて遊べて僕は好きだな〜」
「まぁ、ルース様ったら」
あぁ、お前はそういうやつだよ。
綺麗な服よりもボールを喜ぶタイプだよ。
でもそんないつものルースの方が落ち着くのは、この場が緊張する場だからだろう。
「本当に素敵ですわ」
調度品を見る振りをして見回すと、いくつもの視線とぶつかる。
好意的な目もあれば、嘲るような目もある。
今日はルースの婚約者のお披露目も兼ねていると銘打たれているのだ。
当然私の素性は知られているのだろうな。
商人の出の貴族もどき。
そう見られている前提で、私は振る舞いを考えなければならない。
卑に堕さず、分を弁えて。
「あ、おじ様〜」
あ! こらルース!
止める間もなくルースは会話を楽しんでいる貴族に駆け寄る。
お前からしたら親戚のおじさんかもしれないけど、相手は高位貴族!
貴族にとってこういう場での会話は非常に重要なんだぞ!?
商人で言えば商談の真っ最中だ!
そんな戦場をスキップで横切るような真似をするな!
周りの方もご挨拶のタイミング計ってるんだぞ!
「おや、ルースじゃないか。失礼、私の従兄弟の子でね」
話していた貴族に断りを入れて、駆け寄るルースに向き直る。
「よく来たなルース。お嫁さんになってくれる人は連れて来たか?」
「うん! シビーラちゃ〜ん」
手を振るな大声を出すな。
くすくすと笑い声が聞こえる。
恥ずかしさと怒りを押し殺しながら、私は公爵の元に向かう。
「お話のお邪魔をして申し訳ありません。ご挨拶をしましたらすぐに下がりますので」
「いえいえ、ご丁寧にありがとうございます。どうぞごゆっくりお話ください」
ひとまず先に話をしていた貴族に謝罪をして、と。
最速でかつ失礼のないよう挨拶を終わらせる!
「お初にお目にかかりますトレランス公爵様。私はインテンス家長女シビーラと申します。本日はお招きに預かり、光栄の至りでございます」
「これはこれはシビーラ嬢。よくぞおいでくださった。このような可愛らしくしっかりした方と婚約できて、ルースは幸せ者だな」
「うん!」
満面の笑みを浮かべてる場合か。
一刻も早く公爵と話せる権利をあちらの方にお返しするんだよ。
「今日はテンダーは遅れて来るそうだが、気にせずどうぞ寛いでくれたまえ」
「お心遣い、ありがたく頂戴いたします」
お辞儀をすると、先の貴族にもう一度頭を下げる。
「ご挨拶の時間を頂き、ありがとうございます」
「いやいや、これは本当に出来たお嬢さんだ。ルース様は果報者ですな」
「恐縮でございます」
よし乗り切った。
私はそれとなくルースの袖を引いて、場を離れる。
「どうしたの〜? おじ様が怖かった〜?」
「いえ、先に話をされている方がいましたので、あまりお邪魔をしてはいけないかな、と思いまして」
「あ、そっか……。ごめんね、気づかなかった……」
うなだれるルース。
てっきり「わかんなかった〜。ごめんね〜」くらいで流されると思ったのに。
「僕がちゃんとしてあげないといけないのに……」
……エスコートの事、ルースなりに真剣に考えているんだな。
反省はしてほしいけど、あまりしょぼくれられても困る。
「ルース様はこれから覚えていかれれば良いのです。今日の気付きをお忘れにならなければ、きっとできるようになります」
「うん!」
良かった、元気になった。
やっぱりルースには笑顔でいてもらいたい。
……何を恥ずかしい事考えてるんだ私は!
いや違う!
公爵の前で私がルースをいじめてるように見えたら困るからだ!
だからルースを笑顔に……。
「お勉強の事もお作法の事も教えてくれて、シビーラちゃんが僕の先生だね!」
ぐぱ。
いいから! わかったから!
笑顔なのは確認したから、あんまりこっちに向けないで!
気を緩めてはいけない社交会の中、私は崩れそうになる貴族の仮面を必死に貼り合わせていた……。
読了ありがとうございます。
リードを付けよう(名案)。
ひとまずは乗り切ったシビーラですが、社交会はまだ始まったばかり……。
次話もどうぞよろしくお願いいたします。




