第十九話 不安
夕食に招いてもらった礼にと手作り菓子を用意したシビーラ。
しかし渡す段になると不安が込み上げてくるようで……。
どうぞお楽しみください。
……私は何を浮かれていたんだろう。
スラック家の屋敷の前。
拙い焼き菓子の包みがやけに重く感じる。
スラック家の夕食会に参加して三日。
お返しにと手作りの菓子を用意したけれど、今になって不安が押し寄せてくる……。
……帰りたい……。
お礼の手紙に菓子の事なんて書かなきゃ良かった……。
何が天才だ。阿呆か私は。
こんな素人の作った菓子が、貴族の口に合う訳がないんだ。
ここで恥をかいて評価を下げるくらいなら、作るのに失敗した事にして、持って帰ろう。
今までで一番いい出来なのに、もったいないとは思うけど……。
「シビーラちゃ〜ん」
る、ルース!
部屋から私の姿を見たのだろうか、玄関を閉めもせず駆け寄って来る!
あわわ、どうしよう、気持ちを落ち着けなきゃ!
何だっけ、そう、ルースは犬!
えっと、頭撫でるんだっけ!? いや違う!
「あ〜! それがお手紙に書いてくれた焼き菓子〜? 美味しそ〜う」
「え、あ、は、はい」
きゅ、急に出てくるから、隠し損ねた!
どうしよう! これで食べさせないって訳にはいかないよな……。
ならせめて、本格的なお茶の席に並ぶ前に、ルースで反応を確かめよう。
美味しくなさそうなら、この場で手が滑った事にして落として……!
あぁでも材料費がもったいない!
「あ、あの、お味見に一つ、召し上がりますか……?」
「いいの〜? うん!」
包みを一つ開けて、ルースに渡す。
にこにこしながら焼き菓子を口に入れるルース。
心臓が飛び出しそう……!
「美味し〜い!」
ぱぎゃ。
る、ルースの事だから、多少不味くても喜んでくれるんじゃないかと思ってたけど、流石にこれは普通に美味しいんだよね?
笑顔が光って見えるもんね?
「お父様とお母様にも持って行こう〜」
「あ、は、はい!」
さっきまでの憂鬱な気持ちは、もう心のどこを探しても見つからなかった。
私はルースに手を引かれて、スラック家へと入っていった。
「あらシビーラちゃん、ようこそ」
玄関を開けると、スラック夫人が出迎えてくれた。
温かい笑顔。ほっとする。
「お母様〜! シビーラちゃんのお菓子、すごく美味しいよ〜」
「あらルース、つまみ食い? いけない子ね」
「あ……、ご、ごめんなさ〜い……」
眉をひそめる夫人の言葉に、ルースがしゅんとしおれる。
しまった! 自分の事で頭がいっぱいで、貴族の礼儀を忘れていた!
私のせいでルースが怒られるなんて……!
「あ、あの、私がお勧めしたのです! 申し訳ありません! 礼儀知らずな真似をいたしました!」
「ち、違うよ! ぼ、僕が美味しそうって言ったから、シビーラちゃんが味見させてくれたの!」
「いえ、悪いのは私です!」
「シビーラちゃんは悪くない! 悪いのは僕!」
「あらあら、これじゃ怒れないわね。次からは気をつけるのよ」
夫人が笑った……。良かった……。
「シビーラちゃん、かばってくれてありがとう〜」
「いえ、私こそ……」
……待て。
私、今夫人の怒りを買ってでも、ルースをかばおうとした……?
うわ、何も考えてなかった!
私のせいでルースが怒られるのが、どうしても受け入れられなくて……。
今までこんな感情に任せて動くなんてした事なかったのに……!
「シビーラちゃん」
「な、何でしょうルース様」
「本当にありがとう〜。シビーラちゃん大好き〜」
はぅわ。
何言ってんだルース!
き、きっとルースの言う「大好き」は、家族や友人に向けるのと同じものだろう!
い、犬! 頬っぺた舐めてくる犬!
だ、だから、ど、動揺する事なんかない!
「あ、ありがとうございます。わた、私もルース様の事、だ、大好き、ですわ……」
「わ〜、嬉しい〜」
……それでもルースのその言葉は、私の頭の中をぐるぐると回り続けるのであった……。
読了ありがとうございます。
贈り物を考えたり選んだりしてる段階ではわくわくしてるのに、いざ渡す段になると不安が込み上げてくるのは何故なんでしょう。
それで何度感想やイチオシレビューを闇に葬った事か……。
さておき次話もよろしくお願いいたします。




