第十八話 帰路
スラック家の夕食会で、少しだけ素の自分を出せたシビーラ。
初めて味わう料理と感情に、戸惑いながらも幸せを感じるシビーラはこれからどうしていくのか……?
どうぞお楽しみください。
「はぁ……」
夢見心地とはこの事か……!
煌びやかな食堂、美味しい料理。
特にあのメインの鴨のローストは絶品だった……!
皮目はパリパリで、肉はしっとり。
脂が乗っているのに全然しつこくなかった。
おかわりをお願いしたらまた喜ばれて……。
心まで温かい……。
幸せな時間だった……!
「はぁ……」
馬車に揺られながら、幸せの溜息が止まらない。
ルースとこのまま結婚したら、あの中で私は暮らせるのか……。
無表情ながら優しい侯爵。
温かく包み込むような夫人。
そして……。
「ルース……」
最初は頼りないボンボンだと思っていた。
無邪気な笑顔にドキッとしたけど、それはグレイブと重ねているからだと思ってた。
でも違う。
私のこの気持ちは……。
「はぁ……」
胸が苦しい。
心臓の音が頭に響く。
今すぐルースの顔が見たいのに、見たらどうしていいかわからなくなるのが怖い。
次に会う三日後がとてつもなく遠く感じられるのに、永遠に来なければいいとも思う。
心が思うようにならない。こんな事初めてだ。
家のためになら、グレイブのためなら、どんな感情でも抑えられると思っていたのに……。
「ルース……」
どうしたらいいんだろう。
このまま結婚まで何もせず過ごせば、あの親父の事だ。
利が薄いと判断して婚約を解消し、より利益の得られそうな家へと嫁がされる事だろう。
スラック侯爵家は裕福だが、侯爵の政治力は高いとは感じられない。
親父の手練手管をもってすれば、婚姻関係がなくても利を搾り取れるだろう。
「……ん?」
なら何故私を婚約させたんだ?
私は婚姻に使える、たった一つの貴重な駒。
もっと敵対的な相手の懐柔や弱点の調査、場合によっては内部崩壊に使ってもいいはずなのに……。
……勿論この婚約に何の不満もないけど……。
「ともあれ、このままという訳にはいかない……」
スラック家との関係を続けるには、そこに利があると証明しなければならない。
それと同時に、私がスラック家に心を寄せている事もばれてはいけない。
そのために、私に何ができる……?
「……そうだ!」
「お嬢様、何か?」
「あ、いえ、本日の夕食会のお礼を思い付きましたの」
思わず上がった声が御者をしているハドワークに聞かれてしまった。
だがこの名案を思いついた衝動なら仕方がない。
そうだお礼だよ! 今までが受け身に過ぎた!
私が手作りの菓子などで商談をうまく運んでいる事を、親父は把握している。
つまりスラック家に私が菓子を作って持っていけば、それだけの事をしてでも落とす価値のある家、と誤認させられるだろう。
更にスラック家の信頼が深まれば、親父が何か要求する段になっても、私が間に入れる。
それに、もし、ルースが、私の作った物を、美味しいって、笑ってくれたら……!
「ふ、ふふっ……、ふふふ……」
込み上がる笑みが抑えられない!
私は天才じゃないだろうか!
そうと決まれば明日からは菓子作りだ!
キャンドルドルチェの味に勝てはしないだろうけど、それでも私の菓子だってなかなかのものだ。
ルースが喜ぶ姿を思い浮かべて、私は食後の幸せが更に広がるのを感じた……。
読了ありがとうございます。
シビーラは食後ハイ。
鴨料理が美味しかったし、食後は胃に血液が集まるからね。仕方ないね。
さて手作りのお菓子の差し入れは果たしてうまくいくのか?
ぶっちゃけ勝ち確な気もしてますが。
次話もよろしくお願いいたします。




