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第十七話 夕食

スラック夫人の優しさに触れ、コルセットと共に涙を落としかけたシビーラ。

しかし夕食はこれから。

果たしてシビーラは大過なく乗り切る事ができるのか……?


どうぞお楽しみください。

 夫人と共に食堂に入ると、眩いばかりの灯りと装飾に圧倒される。

 高い天井、吊り下がるシャンデリア、煌びやかな内装。

 真っ白なテーブルクロスの上には色とりどりの花。

 幼い時に夢見た貴族の世界がそこにあった。


「さ、座りましょう」

「はい」


 頷いたはいいが、何故真ん中を示される?

 ここは主人である侯爵が座るべきだろう。

 普通は客であり身分の低い私は、この向かい側に座るはずなのだが……。


「シビーラちゃん、座って座って〜」


 席の中央、ルースの隣、両側には侯爵と夫人。

 これはまるで……。いや、よせ違う。これはただの夕食会だ。


「では始めよ」

「かしこまりました」


 侯爵の声で、使用人達が動き始める。

 手際良く私達にナプキンをつけると、目の前にナイフとフォーク、そして料理人手ずから前菜が運ばれた。


「鴨のテリーヌでございます」


 四角い肉料理らしきものが目の前に置かれる。

 色々な晩餐会や社交会に、親父に付き添って行った時に見た気がする。

 ほとんど顔売りや商談で、食べ物は勧めたり話題にしたりするものだったから味は知らないが。

 どんな味がするんだろう。


「いただきま〜す」

「ルース。お祈りが先だ」

「あ、そうだった〜」

「もう、ルースったら、シビーラちゃんの前で恥ずかしいわ」

「いえ、お気持ちわかります。こんなに美味しそうなものを目の前にしたら、お祈りを忘れてしまいます」


 あっぶな!

 ルースの先走りがなかったらナイフ持ってた!

 ありがとうルース!


「では、天の神よ、地の神よ。素晴らしき糧に感謝と祈りを捧げます」

「「「「貴方の御許に」」」」

「では食べよう」

「いただきま〜す」

「いただきます」

「……いただきます」


 それとなくスラック家の所作に目を配る。

 特別変わった作法はないようだ。

 小さく切って、一口。


「!?」


 何だこれ旨い!

 丁寧に裏ごしされた鴨肉が、口の中で溶ける!

 滑らかな舌触りは淡く消えていくのに、肉の旨みが絶妙の塩加減と共に口を満たし続ける!

 も、もう一口! この野菜の部分を!

 うわ! 野菜のほんのりした甘みと歯応えが、鴨肉の塩気や滑らかさと引き立てあって……!

 こんな旨いものがこの世にあったのか!


「テスティ、今日もいい出来だな」

「ありがとうございます」


 侯爵が料理人にかけた声で我に返る。

 気が付けば目の前のテリーヌは残り一口二口になっていた。

 横目でルースを見ると、まだ半分くらいだ!

 まずい! いや旨いんだけど!

 がっついてるように見えなかったか!?

 育ちが悪いと思われるのは、事実だけど避けたい!

 残りはできるだけ小さく切って口に入れ、食べ終わりを揃える。

 ……何とか誤魔化せたかな……。


「茹で鴨のサラダでございます」


 これも旨い!

 何だろう、ソースの味が濃い。

 鴨の脂とか使ってるのか?

 初めて食べるものだから想像しかできないけど、すごく手が込んでいるのがわかる。

 あぁ、旨い!

 鴨肉はもちろんだが、野菜ってこんなに旨かったのか!

 ……あ! またいつの間にか七割くらい食べてた!

 またベースを調節しないと……。


「シビーラちゃん、その食べ方……」

「は、はい」


 夫人の声に背筋が伸びる!

 気付かれた!


「美味しいならおかわりしてもいいのよ?」

「え?」

「シビーラちゃん、すごく美味しそうに食べてくれてるのに、残りが少なくなると少しずつになってたでしょう?」

「……はい」


 み、見られてた……!


「最後の一口、もったいなくなっちゃうの、わかるわぁ」

「え、あ、はい、あまりにも美味しくて……」

「まぁ! 良かったわねテスティ」

「ありがとうございます」

「良かったわねあなた」

「……あぁ」


 夫人の言葉に料理人が頭を下げ、侯爵が顔を押さえて天を仰ぐ。

 良かった、育ちが悪いとは思われなかったみたいだ……。


「おかわりする?」


 う、食べたい。

 コルセットが外せたおかげで、腹にも余裕はあるが、そんな事を言ったら意地汚いと思われかねない。


「いえ、メインディッシュが食べられなくなると困りますので」

「そうね。あ、そういえばルースも前に前菜を食べ過ぎて、メインが食べられなかった事あったわね」

「ふふっ」


 ……! 今、私……!

 

「もうお母様〜。シビーラちゃんに笑われちゃったじゃないか〜」

「失礼いたしましたルース様。あまりに微笑ましいお話で、つい……」


 慌てて弁明するが、ルースは不思議そうな顔を私に向ける。


「失礼って、何が〜?」

「え、その、ルース様を笑うなんて、失礼かと……」

「え〜? 面白かったら笑うの普通じゃない〜?」

「そうね。シビーラちゃんは私達をとても大事にしようとしてくれているけど、そんなに気を遣わなくても大丈夫よ」

「し、しかし……」

「あの人なんて、今のシビーラちゃんの笑い声が可愛すぎて、ちょっと泣いてるもの」

「……! ……!」


 ……私は何を恐れていたのだろう。

 何と戦っていたのだろう。

 スラック家の方々は、ずっと温かく接してくれていたのに、私は一人怯えて……。


「……あの」

「なぁに? シビーラちゃん」

「……さっきのテリーヌとサラダ、もう少しいただいてもよろしいです、か……?」

「テスティすぐに用意しろすぐにだ」

「かしこまりました旦那様」

「あ、僕も〜」

「かしこまりました坊っちゃま」

「あら、大丈夫? ルース」

「平気だよ〜」


 おずおずと言った言葉に、涙声の侯爵が早口で指示を飛ばした。

 料理人は意気揚々と部屋を出て行く。


「ふふっ、シビーラちゃん、素敵なおねだり、ありがとうね」

「は、はい……」


 我儘が喜ばれ、褒められるという夢でしかありえない事態に、私は生返事を返すしかできなかった……。

読了ありがとうございます。


心の仮面「いけね、寝てた」

もう少し休んでもえぇんやで(にっこり)?


次話もよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「えっ今日は鴨食っていいのか!」 「おかわりもいいぞ!」 (1時間後) これよりイチャラブ訓練を開始する!!
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