第十六話 衣装
スラック家の夕食にお呼ばれしたシビーラ。
我流で整えた衣装がスラック夫人の目に留まり……?
どうぞお楽しみください。
「シビーラちゃん、こんばんは〜」
「こんばんはルース様。この度はお招きくださってありがとうございます」
スラック家の前で、馬車から降りた私に満面の笑みで駆け寄って来るルース。
落ち着け私。ルースは犬と思おう。
服を着て二本足で歩く、人の言葉がわかる犬だ。
だから動揺する事なんかない。
全然平気だ。
「さっきからね〜、ず〜っといい匂いしてるの〜。楽しみだね〜」
「本当ですね」
ほら犬だ。
だから膝の上で寝た事も、その頭を撫でた事も、一緒にうたた寝してしまった事も、全部問題ない。
ないったらない。
「あら、シビーラちゃん。こんばんは」
「スラック夫人、本日はお招きに預かり光栄でございます」
「まぁ、本当にシビーラちゃんはしっかりしてるわね」
「ありがとうございます」
「でも……」
スラック夫人の眉に皺が寄る。
「その格好は良くないわ」
そんな馬鹿なっ!?
でしゃばり過ぎず、だが彩りを添えられるよう、茶色を基調とした落ち着いたドレスに橙を入れた、完璧な服装のはずだぞ!?
何か見落としがあったのか……!?
「シビーラちゃん、こっちにいらっしゃい」
「……はい」
何を言われるんだろう……。
いや、まだ大丈夫なはずだ。
この歳で、しかも生まれながらの貴族じゃない。
言い訳のしようはいくらでもある。
甘えだろうが媚びだろうが、何でも使ってこの局面を乗り切る!
「じゃあ服を脱いで」
「はい……」
まさか折檻じゃないだろうな……。
それとも幼女性愛者……?
貴族はにこやかな裏に倒錯した性癖を持つ者もいると聞く。
……家のため、グレイブのためだ。
多少の事なら耐えよう……。
「あぁやっぱり。シビーラちゃんにコルセットはまだ必要ないわ」
「え?」
あ、開放感……。
家でぎちぎちに締めてきたコルセットが、緩められて床に落ちた。
「これじゃあ食べるに食べられないでしょ? せっかくの美味しいご飯だから、たくさん食べてね」
ぷぐ。
何を考えていたんだ私は!
夫人は純粋に心配をしてくださっていたのに、失礼にも程がある!
こんな疑う事しか知らない私が、こんな良い人達に関わってはいけないんじゃないか……。
「あら、やっぱりコルセットきつかったのね」
うわ!?
夫人、何を!?
抱きしめて背中をさすってくれている……。
「良かった。顔色が明るくなってきたわ」
「あ、あの、ありがとうございます」
それは血行の問題ではなく恥ずかしさで……。
「それにしても誰に教わったの? こんな上手な締め方……。あまりにもシルエットが綺麗すぎで、逆に心配になったわ」
我流だったが完璧だったのか。
それが良かったのか悪かったのか……。
「服の選び方も全然隙がないし、まるで目立ちすぎないようにしてるみたい」
う、その通りです……。
「シビーラちゃんはもっと可愛く華やかにしていいのよ? 他の方との会ならともかく、うちではシビーラちゃんが主役なんだから」
「……ありがとうございます」
どうしてこんなに温かい言葉をかけてくれるのだろう。
どうして他人である私に優しくしてくれるのだろう。
どうして今私は必死に涙を堪えているのだろう。
ドレスと共に仮面を被り直した私は、夫人に向き直る。
「ありがとうございます。これでたくさん美味しい料理をいただけそうです」
「良かったわ。さ、行きましょう」
差し出した手を握り返す。
その手が暖かくて、優しくて。
その優しさに甘えたくて、甘えたくなくて、私は仮面のまま微笑んだ。
読了ありがとうございます。
今回はルースではなく、夫人がシビーラを癒しました。
これはスラック家に入った暁には、シビーラの負担のない範囲でファッションショー状態になる予感。
さてこうなると、シビーラの母は何してんのって感じになるかと思いますが、それはまた別の機会に。
それでは次話もよろしくお願いいたします。




