第十五話 手紙
ルースへの気持ちを自覚したシビーラ。
動揺を振り払おうと、商家の仕事に打ち込むが……?
どうぞお楽しみください。
「ん〜!」
帳簿を付け終わって思い切り伸びをする。
……くそ、昔は嫌いだった単純な計算作業が、こんなに心を落ち着かせるとは。
昨日の親父の質問のせいでざわめいていた気持ちが、一晩寝て仕事を片付けた今はすっかり落ち着いている。
スラック家には三日に一回程度の頻度で行っていたから、次に行くのは明後日。
よし、大丈夫だ。
動揺を表に出すような無様な真似はしない。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
「ハドワーク? どうぞ入って」
「失礼します」
勤勉を絵に描いたような老執事、ハドワークが静かに入って来た。
貴族の生まれだが兄が大勢いたので、早めに家を出て執事や教育役として名家を渡り歩いたという、変わり種だ。
私の貴族の娘としての振る舞いは、ほとんどハドワークから見て盗んだ。
だがありとあらゆる場面で隙がないその姿は、まだ完璧に模せてるとは言い難い。
「お手紙が届いております」
「ありがとう。誰からかしら」
「ルース・スラック様からです」
んが。
な、何で私、名前を聞いただけで心臓が跳ねるんだ!?
心は落ち着いてたはずなのに!
すごく手紙が見たいような、見たくないような、ぐちゃぐちゃの気持ちが頭を渦巻く!
顔に出てないよなこれ!?
「ありがとう。後で読むわ」
「いえ、使いの方がお返事を頂きたいとお待ちですので、恐縮ですが今お読み頂けますか?」
嘘だろ!?
もうちょっと心の準備とか……!
……でも返事を待つという事は、何かの誘いだろう。
可能性が高いのは夕食の誘い。
舞踏会の誘いというのもあり得るか。
あのルースが恋文なんか気の利いたものを送ってくる訳がない。
よし、大丈夫。大丈夫だ。
「分かりました」
「ではお返事用の紙をお持ちいたします」
ハドワークが気を利かせて部屋を出たので、深呼吸して手紙を開く。
ーー愛しいシビーラへ
ぴめ。
思いっきり机を叩いて正気に戻る!
定型句! だからな!
続きを読もう! きっとここ以外はルースらしいはず!
今日はね〜、シビーラちゃんに明後日の夕食に来てほしいと思って手紙を書いたんだ〜
美味しい鴨が取れたんだって〜。
シビーラちゃんと一緒に食べたいな〜。
……よし、字はルースのだったから、頭の中でルースの口調に変換してダメージは最小限に抑えた。
添削されて加えられたであろう『可愛い』だの『僕の宝』だのはルースらしくないから無視すれば何て事はない。
よし、夕食の誘いか。断る手はないな。
「お嬢様、用紙をお持ちしました」
「ありがとう。持ってきて」
入って来たハドワークから用紙を受け取り、ペンを取り、固まる。
……愛しのルース様へ、とか書かないといけないのかこれ!?
た、たかが文字。たかが文字じゃないか。
心を殺せ! 何も感じるな!
そうだ! 恋文の代筆をしているんだ私は!
シビーラという女の子がルースという男の子に贈る恋文の代筆をしているんだ!
うわあああぁぁぁーっ!
「……書けました。お使いの方に渡してください」
「帳簿の作業でお疲れのところ、ありがとうございます。では失礼いたします」
「はい。お願いします」
ハドワークを見送ると、どっと疲労感が押し寄せてきて椅子に崩れ落ちる。
つ、疲れた……。
たかが手紙一枚で、何をしてるんだ私は……。
もう一度ルースからの手紙を見る。
……全体的に字が丸っこいよな、ルース、
……あ、ここ、字が間違ってる。
……可愛いシビーラ、か……。
「……よし」
鍵付きの引き出しを開ける。
手紙をしまうと、大分少なくなってきたルースからもらった飴を一つ口に放り込む。
上品な甘さが、疲れた身体に染み渡った……。
読了ありがとうございます。
ちなみにお返事は、こんな感じに書き上げました。
愛しのルース様へ
心のこもったお手紙、大変嬉しく読ませていただきました。
お夕食のお誘い、身に余る光栄に存じます。
是非お伺いさせていただきます。
美味しい鴨料理、楽しみにしておりますわ。
あなたのシビーラより
動揺に耐えてよく頑張った! 感動した!
次話もよろしくお願いいたします。




