表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

9

 

 師匠は出かけてしまったので、私はヨーゼフと二人で留守番している。することは特にない。


 この家で、今更私が手伝う事など特にないのだ。師匠はすでに1人で完成している。


「勉強も捗らないしな〜」

 この世界では、魔法が使える人と使えない人ははっきり分かれているらしく、私は「使えない」方の人だった。残念。


 もふもふの毛皮にもたれかかる。


「なんか……人間力が高まる方法ないかな?」


 この状況はあまりにひどい。ダメ人間の見本みたいな状況だ。この数日、私がしたことと言ったら食べて、寝て、散歩して、拗ねて、甘えて、だ。客観的に見てロクなもんじゃない。


「人間じゃないから知らないな〜」


「このままだと、私やばくない?」


 ヨーゼフは首だけをこちらに向けた。


「やばいって、何が?リコはちゃんと『オスカーの悪事の片棒を担いで帰りの切符を買う』って目標があるんでしょ。ゆっくりしてればいいんじゃないの?」


 いきなり、当然の事を言われて言葉に詰まる。


「それは」


「違うの? こっちにずっといるの?」

「……」


 正直、元の世界に帰れる、って実感が湧かない。そもそも、帰りたい……とも思っていない。


「だって、師匠が帰れって」

「僕はそう思わないけど」


「ちょっと、そこの所もっとわかりやすく」

「リコがどうしたいのかはっきりしないと何も言えな〜い」


 ヨーゼフはごろりと床に寝転がった。腹黒そうな顔をしている。


「助言が欲しいなら、おやつで考えないこともないよ」

 ヨーゼフは舌をぺろっと出した。こいつ……やっぱり悪の手先か。


「何かあるかな……」


 賄賂を探すために立ち上がろうとするより先に、ヨーゼフがすっくと立ち上がる。


「わ、何」

「リコ、奥の部屋に隠れて。何か来る」


 言い終わるか言い終わらないか、ぐらいのタイミングでヨーゼフがべしゃり、と伏せてしまった。と言うよりかは、見えない力で床に押し付けられている。


「え、何、どしたの?」


 おろおろしていると、屋敷のドアがきい、と開く音がする。心臓が跳ねる。


 しかし、私にはどうすることもできないので、じっと音のする方向を眺める。カツカツとヒールの音がして、ドアの向こうからオレンジ色の髪の女性が現れた。


「ごめんなさいねぇ、私は猫派なの」


「……あなたは?」

「あら。私の事、知らない?」


 夕日色の髪の女性は頬に指を当てて微笑んだ。……自分の事を知っていて当然。そう思う様な人は……


「オリアーナさん?」


「せいかーい」


 魔女はパチパチと拍手をした。


「鉄道会社の社長さん……でしたっけ」

 確か、師匠の昔の仲間、のはず。駅が近くにあるんだから、関係が悪いわけではないよね?ヨーゼフが潰れているのが気にかかるけど。


「そうよ?」


「えっと、何か、師匠とお約束、してました?」


 魔女はくすくすと笑い、私に白い紙袋を渡してきた。お菓子のようだ。


「用事なんて何もないわ。グラムウェルから話を聞いて、見学に来ただけよ」


「だって、面白そうじゃない? あのオスカーが、入れ込んでるって言うんですもの。是非とも調べて森の向こうまで広げないと」


「そう、ですか」


 駅長さん、何を言ったんだろう。私たちに全く興味がないと思っていたのに。


 とりあえずお茶を出す。ヨーゼフはクッキーを食べなかった。重力からは解放されたみたいだけど、無言のままソファーに伏せている。


「仲良くやっているのね。たまにはあの列車も、幸運を運んでくるものだわ」


「オリアーナさんがあれを動かしているのでは……?」


 そんな、人ごとみたいな。


「異世界への移動については、私の管轄じゃないわ。無理やり『列車の形に当てはめて』いるけどね」


「そうなんですか」

「そうよ」


 ふわふわしていて、捉え所がなくて、よくわからない人ではあるが、悪い人ではなさそうだ。悪役かと思って、スミマセン。


「師匠とは、旅の仲間なんですよね」

「まあね。あ、安心して? 旅の仲間だからと言って、過去にも未来にも何もないから」


「うぐ……」

 ちょっと嫉妬してたのがバレてしまった? 絶対にうまく隠せていると思ったのに。


「師匠の話、聞いてもいいですか」

「私が知っているような事は、本に全部書いてあるわよ」


「そんな……」

 私の少し不満げな視線に応えるように、魔女は視線を宙に彷徨わせた。何か思い出そうとしてくれるらしい。


「そうねえ。彼の師匠の事、ご存知?『隠者』とだけ伝わっているんだけど」


 私はふるふると首を振る。


「最初に仲間に誘った時、ご師匠の寿命がもう長くないから、って断られたのよ」


「結局、合流してくれたんだけれど。そのせいでその方の死に目にお会いできなかったのよ。ちょうど今時期だったと思うわ」


 あの日、師匠はどこかへ行こうとしていた……もしかして、お墓参りの邪魔をしたかな。


「さて、もう戻るわ。新婚の夫が待っているの」

「あ、はい」


 オリアーナさんが結婚したから、師匠も玉突きで結婚しろとせっつかれていたのだろうか。


「まあ、バツ8なんだけどね。頑張るわ」


 そう言って、魔女は去っていった。思ったより忙しない出会いだった。社長は忙しいのだろう。ほぼ入れ違いに、師匠が帰ってきた。


「さっき、オリアーナが来ただろう」

「知ってるなら言ってくださいよ! びっくりしたじゃないですか」


「知るもんか。気配だ。ヨーゼフ、その様子だと番犬の意味がなかったようだな」


「だって怖いんだもん」

「お前が杖で殴られたのはミレーネだろ?」

「魔女も聖女も一緒!」


 ヨーゼフは、昔勇者一行にボコられた事が未だにトラウマなのだそうだ。


「あの……すみません。師匠の師匠の話、聞いちゃいました」

「あいつが知っていて、知られて困るような事は何もないが」


「師匠の生まれ故郷って、どこにあるんですか」

「王都で列車を乗り継いで、半日ぐらいのところだ」


「お墓参り、邪魔しちゃってごめんなさい」


「そうでもないさ」


 やっぱりそうだった。でも、そうでもないんだ。ちょっと嬉しい。


 今日は、どこへ行っていたんですか。そう言いかけて、口をつぐむ。重い女だと思われたくないのだ。ただでさえ、めんどくさいのはバレている訳だし。


 手持ち無沙汰に、頬にかかった髪をくるくると弄る。師匠は私を観察しているらしく、視線を感じる。


「俺がどこに行っていたか知りたいか?」

「まあ、多少は……」


「これを買ってきた」


 ローブのポケットから出てきたのは、青いビロードの、立派な小箱だ。パチリと開けてみると、びっくりするほど輝きを放つダイヤモンドの指輪が収まっていた。


「へっ」


 これは……これは、その。あれだ。


「偽装工作用に、当日はそれをつけて行けよ。終わったら記念にやる」


「わ、わわわわ私にくれるんですか、これ」


「普通の既製品だぞ。合うかどうかはめてみろ。ダメだったら返品しなきゃならん」


 指輪は、窓からの日を浴びてうるうると輝いている。中心が大きなダイヤモンドで、縁もぐるりと小さなダイヤモンドで囲まれている。サイズはぴったりだ。


 高級感はあるけれど、私がつけるとおばあちゃんの指輪を借りてきた人みたいになった。


「えへへ。師匠、ありがとうございます。男の人からプレゼントをもらったの、初めてです」


「無くすなよ」


 その後はずっと気持ちがふわふわしていて、あっと言う間に寝る時間になった。


 しかし、全く眠れる気配がない。ごそごそと起き上がって、そっと指輪を取り出して明かりにかざしてみる。


 複雑にカットされた石が光をとりこんで、虹色に輝いている。昼と夜では、同じ指輪でも全く違うのだ。


 軽く手を動かすと、キラキラと、青、緑、オレンジの光が夜景みたいに瞬く。中央の大きなダイヤモンドが、ぴかっと反射して星みたいに光った。


 夢みたいに綺麗、とはこう言う時に使うんだろうな、と思う。


「へへへ」


「へへへへへへ……」


 ただの小道具にしか過ぎないのだろうけれど。自分でもびっくりするぐらい、心臓の高鳴りを感じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] へへへ [一言] かわいい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ