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「いたた……」
昨日のボール投げが効いたのか、筋肉痛だ。
「リコ、おはよう〜。昨日は遊んでくれてありがとう」
階段を降りるとヨーゼフが近寄ってきた。
「もー、どこへ行ってたの。若干命の危険を感じたんだけど」
「あはは。ごめんね。もうしないように言い聞かせたから」
師匠がキッチンから顔を出した。
「おはようございます」
「ああ」
朝食は?と聞かれ、何を食べたいか考える。足元でヨーゼフが『ベーコン……カリカリのベーコン。くるみのパン』とヒソヒソ話しかけてくる。絶対師匠にまで聞こえていると思うけど。
「カリカリのベーコンと、くるみのパン」
「卵は?」
「半熟で」
またもや『手伝うことは特にない』と言われたので居間を探索する。よく見ると、玄関の近くに水晶玉が置いてある。
「それで誰が近くに来たかわかるんだよー」
「そうなんだ」
朝食を食べて、とりあえずスクワットなどをしてみる。本番当日、太ってドレスが着れなくなったりしたら困る。
師匠は今日も電脳世界を探索するのに忙しい。冷静に考えると、自ら『師匠』を名乗ったのだからもう少し私に何か教えてくれても良いのではないか、と思う。魔法とか。
「……お手伝いすることはありますか?」
「なら、森の奥に行って薬草を取ってきてくれ」
どの草を摘めばいいのかは、ヨーゼフが分かっているとのことだった。買ったばかりの服を着て上にローブを羽織り、森へ繰り出す。
「リコは、この森が怖くないの?」
ヨーゼフも昨日の師匠と同じことを聞いてきた。
「うーん。一人だったら、熊とか、道に迷うとかの不安はあるけど。ヨーゼフがいてくれるなら平気じゃない?」
「ふふふ。リコって度胸があるんだね」
「そうでもないと思うけど……」
「これとこれと、これ。上から二番目の葉の位置から摘んで。さっきのとは別の袋に入れてね」
アルプスの少女になった気分だ。スイスじゃなくて異世界なんだけどさ。
「あとは、これ。ここに卵があるから回収して」
ヨーゼフが鼻で指し示した岩の影には鳥の巣があり、ニワトリの卵くらいの大きさの卵が数個収まっていた。
「いやいやいやこれダメでしょ」
「そういう契約だから大丈夫。なんだっけ?ムセーラン」
それならいいけど。毎日卵食べてるんだけど、もしかしてこれだったのかな。なんか生々しいな。本当に無精卵なのだろうか……。
「それにしても静かだね」
人の気配がまったくせず、どこまで行っても木しかないので、森の奥、って言うのは本当なんだと思う。苔が生えていて、じっとりしているけれど、所々明るい場所があって、それほど恐ろしさは感じない。
「奥にはぼくの家族とか、ほかの魔物が住んでいるけど。手前には滅多に出てこないかな。皆、オスカーを恐れているから」
ふと、ある疑問が浮かぶ。
「ヨーゼフって、いつから師匠の友達なの?」
「友達って言うか、主人だよね、ふつうに。元々は敵同士だったし」
「え、そうなの?」
「地獄の番犬ケルベロス、って言ってわかるかな。僕は魔王城の番犬だったの。そこで勇者一行にボコボコにされて、命乞いをして今に至るってわけ」
「大変だったんだね……」
ヨーゼフは、何事もなかったかのように過去を語った。まさか、二人にそんな過去があったとは。ただの世捨て人とセントバーナードじゃなかったんだ。
「その時命を助けてやろう、って信じてくれたのはオスカーだけだったから。旅が終わった後、ここに引っ越してきたってわけ。ま、隔離だよね。一緒に投降した他のケルベロスもいるけど、やっぱり溝があるからかあんまり出てこないねえ」
敵に命乞いされて、ちゃんとその後の面倒を見てくれるなんて、師匠ったらお人好しだわ……隙を見て齧ってこようとする奴らなのに。
「ところで、なんかその言い方だと師匠が勇者一行のメンバーだったみたいに聞こえるんだけど」
「うん?そうでしょ。賢者『深き森のオスカー』有名だよ。本人の顔を知っている人はあまりいないけど」
「ええっ?」
師匠がそんな大物だったなんて知らなかった。『賢者』って『教授』ぐらいの意味かと思ってたけど、まさか伝説上の人物なの?
「ふつうの魔法使いは魔の森に移住できないし、異世界の言葉や道具に適応できないし、転移したりしないよ〜」
「何が普通かわかんないもん」
「それもそうかもね〜。でも、それがいいのかもね〜」
それがいい、って何が?と言いかけて、ふと視線を感じる。背後を振り返ると、木のかげににダチョウらしき生物がいた。
「ヨーゼフ、ダチョウがいるよ」
「あれはジャイアントモアだよ」
「それなんか聞いたことある」
異世界から迷い込んでくるのは、人間だけではない。動物だったり、物だったり、いろんなものが流れ着いているのだそうだ。
「あいつは危なくないよ。大人しいからね」
「何なら危ないの?」
「んー、オスカー?」
ヨーゼフの渾身のボケはイマイチ私には伝わらなかった。モアさんは自分も卵を献上したくて出てきたらしい。鳥の精神構造ってよくわからない。よくって言うか、1ミリもわかんないけど。
帰りの道すがら、ヨーゼフは師匠の恐るべき悪行(元魔王軍から見て)を語ってくれた。列車を動かしている『魔女』と言うのは、師匠の当時の仲間だったそうだ。
「師匠って勇者だったんですか?」
「喋る犬の話を真面目に信じるとは、意外と純真な所もあるな」
「え、嘘なんですか?」
「嘘とも言えないが。俺はただの仲間の一人ってだけだ」
でもヨーゼフの口ぶりだと、四天王のうち二人を仕留めたのは師匠だった。それってすごい活躍じゃないの?
「すっごい大きな火の玉とか、雷とか出せたりするんですか?」
「出せる」
「マジっすか……」
師匠は過去の栄光にはあんまり興味が無い様子で、あまり詳しく語ってくれなかった。
午後のおやつにはパンケーキが出た。子供の頃に絵本で読んで憧れていた様な、分厚くて、ふかふかのやつだ。
ヨーゼフは朝食時と同じく、私に分け前を要求してくる。まあ、犬……ではないのなら、何を食べても大丈夫なんだろう。
「リコがいるとおやつがもらえるから、ずっといてくれればいいのにな〜」
「あんまり贅沢に慣れすぎると、後がつらいぞ」
師匠は当然の如く、この生活を一月後には『過去』にするつもりだ。もちろん、当初の予定通りなのだから、私が変な事を言い出したら迷惑がかかるだろう。
自分にあてがわれた部屋に戻って、私は少し拗ねた。