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 暇つぶしに屋敷の外に出ると、私に気がついた2頭の子犬が我先にと走り寄ってきた。


『きゃうん!』

『きゃうんきゃうんきゃうん!』

『わふっ!』


 子犬たちを撫で回す。子どもと言っても、柴犬くらいの大きさはあるんだけど。それでも、ヨーゼフよりはだいぶ小さい。


 家族……なのかな?本人は見当たらない。2匹の子犬は私を柱にして、ぐるぐると走り回っている。


『リコー、あそぼー』

『あそぼー』


「わっ、喋った」


『リコー! どこからきたの?』

『ぽよ玉で遊ぼー』


 異世界では子犬も喋る。「ぽよ玉」と言うのは、何か柔らかい素材でできたボールだ。これを投げて欲しい、って事らしい。原始的な遊びだ。師匠が賢者であるならば、私は原始人。それぐらいの違いがある気がしてきた……。


「ほーら」

 ボールを適当な位置に投げると、それを拾ってきて、私に戻す。それがしばらく続く。


『きゃー!』

『わー!』


 ……最初は楽しいのだが、小一時間もやるとさすがに飽きてきた。子犬の体力は無尽蔵だ。


『リコ、もっともっともっともっと遊ぼう』

『はやく。はやくボールを投げて』


「ちょ、ちょっとまって。疲れたよ……」

『はやくはやくはやく。もっと遠くに、もっと早く投げて』


「ごめん、疲れたから」


『なんで? なんでなんでなんでなんでなんで?』

『遊ぼ遊ぼ遊ぼ遊ぼ』


「もう無理。腕が疲れた……」


 私は芝の上に座りこんだ。子犬たちは不満げな様子で、私の臭いを嗅ぎ始めた。


『賢者のにおいがする』

『でも、よわそう』

『じゃあ、かじっていい?』

『たぶんいい』

『きっといい』

『おもちゃじゃなくておやつだったんだ』


「え、ちょ、ちょっと……」

 めっちゃ不穏な会話が聞こえてくる。


『喰われる』と思ったその瞬間、ひゅんっと光の玉が飛んできて、子犬たちはそれを追ってあっと言う間にいなくなった。


 振り向くと、窓から師匠が気怠げな顔を覗かせている。


「うるさくてかなわん」


「助けてくれてありがとうございます……」


「ローブを着ていろと言ったのに、もう忘れたのか」


「はは……」


 あれ、そういう意味だったんですね。まさかかわいい顔してあんな残酷な生き物だと思わなかった。


「ああいう魔獣と真面目に付き合うとひどい目に遭うぞ。手加減ってものを知らないんだ」


「よく分かりました」


 よれよれしながら館に入る。お茶を飲んで一息つく。


「いんたーねっと、繋がったぞ」

「へっ」


 いきなり衝撃的な事を言われて、若干むせる。


「この短時間で、何がどうなったんです!?」

「このくらいできなくて、『賢者』なんて呼ばれて涼しい顔してられるか」


 どうやら賢者を名乗るのも大変らしい。


 師匠はどうやったのかわからないが、動画配信サイトにたどり着いたらしい。ニュース番組が画面に映し出されている。外国語だから何を言っているのかわからないけど。


「お前の個人情報を調べてやる。名前を入れてみろ」

「えっ私なんて何も出ないですよ」


 師匠がやれやれうるさいので、私は渋々検索バーに自分の名前を入れた。同姓同名の人はいるが、私はニュースになるような事は何もしていないので特に得るものはない。


「何も出てこないな。本当に一般人なのか」

「どう見たってそうでしょうよ」


 通信費とか、誰が払うんだろう……でも、異世界だからもういいか。ちなみに、メッセージは送ることができなかった。



 ご飯を作ってもらって、お風呂を沸かしてもらって、昨日とは違う新しいパジャマを着た。いたれりつくせりである。


 食後の世間話もほどほどに、師匠はどんどんネットに適応して、いろんな事を調べ始めた。私に尋ねるより、自分で調べた方が早い事に気が付いたのだろう。


 やっぱり、この世界の魔法使いと言うのは、向こうで言う研究者的な『ちょっと変わった人』が多いのだろうか?自分の興味のあることには一直線、みたいな。


「わたし、もう寝ますね……」

「……ああ。おやすみ」



 なかなか寝付けなかった。1日でいろんな事がありすぎるのだ。ごろりと寝返りをうつと、聞き覚えのある鳴き声がする。


「ホーホー、ホッホー」


 この鳴き声はヤマバトだ。別に鳥が見たい訳じゃないけれど、なんとなく屋敷の外に出てみる。


 外に置いてある古ぼけたベンチに師匠が座っていた。顔の前で手を合わせて、ふよふよと漂う光の玉を見つめている。何か、考え事をしている様子だ。


 隣に腰掛け、横顔を眺める。薄暗がりだと、やっぱり大人の男性なのだと思う。


 鳥の鳴き声を聞きながら、木々の隙間から満月を眺める。異世界にも月がある。ここはどこなのか。元いた世界と、同じ宇宙にある場所?それとも、私は死の狭間で夢を見ているんだろうか。


「ガルーダの鳴き声が恐ろしいのか?」

「え、これ ヤマバトじゃないんですか?」


 ぼんやり考えていると、師匠はよくわからない事を口にした。


「鳴き声が怖くて俺を探しに来たのかと」

「いえ……? 何か危ない生き物ですか?」


 これ、ビビらなきゃいけない状況だったのかな?ガルーダってなんだろう……。


「怖くないのか?」


 師匠の言っていることはいまいちよくわからない。


「そんなに……」


 正直、姿の見えない鳥より無邪気に噛みつこうとしてくる子犬の方が怖かった。


「そうか」


 師匠は横目で私を見た。やば、頭ボサボサかも。暗くて見えないかな。


「お前は変な奴だな。気が小さいのか、大きいのかよくわからん」

「多数決を取ったら、多分師匠の方が変な人ですよ」


「それもそうだな。俺は変なのかもしれん」

「?」


 どこかで聞いた情報によると、IQが20違うと会話が成立しないらしい。私と師匠も実はそうなのだろうか……?


「夜更かししていないで、さっさと寝ろ」


 師匠は私をしっしっと手で追い払った。仕方ないので立ち上がり、部屋に戻ろうとする。


「寝坊したら、朝食の希望を聞いてやらないからな」


 そんな声が背中にかけられて、思わず顔がにやけてしまう。反対側を向いていてよかった。


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