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 採寸が終わり、買ったものをまとめてもらって、することがなくなった。マダムが用意してくれたお茶を飲みながら、ひたすら師匠の戻りを待つ。


 店の人はとても良くしてくれるけど、やはり落ち着かない。ここは「自分の居る場所」ではないのだ。見知らぬ地で、どうしようもなく1人だと感じている。


 ぼんやりと、子供の頃を思い出す。


「夕方には帰る」と言って、永遠に戻ってこなかった人の事を考える。あの日もまだかな、まだかな、とそわそわしながら何回も麦茶をおかわりして、そのうちボトルが空っぽになってしまって、する事がなくなって、ソファの上でじっとしていたんだっけ……。



「鮮度の悪い魚の目だな」


「わっ」



 いつの間にか、師匠は戻ってきて私の向かいに腰掛けていた。


「思ったより早く終わったみたいだな」

「はい。このまま師匠が戻って来なくて、置いていかれたらどうしようかと思いました」


 本当はそんな事、まったく思っていない。これはただの甘えだ。


 この人はきっと優しい。私が少しばかり寄り掛かったって、許してくれるかもしれないと、そう思ったのだ。


「俺がそんな不誠実な男に見えるのか?」

「いいえ」


「なら言うな。俺は低く見積もられるのが嫌いだ」


 師匠はぶっきらぼうだけど、きっとものすごくいい人で、自分でもそれを誇りに思っているのだろう。


 面倒臭いやつだと思われたかな……変な事言わないで、大人しくしてなきゃ。


「帰りまでまだ時間はあるが、何か見たいものはあるか?」


 返答に詰まる。そりゃ、観光はしてみたいけど。ここで希望を述べるのは厚かましすぎやしないか。でも、素直に言った方がいいのか。


 どうしたらいいのかわからず、無難な返答を口にする。



「特に、ないです。忙しいんじゃないんですか」



 師匠は、してやったりとでも言いたげに、意地の悪そうな顔をした。


「フン、甘えたりいじけたり、面倒臭い奴だな、お前」


「わ……私の事、そんな風に思ってたんですか」


「自覚がないのか?」

「ありますけど……」


 バレている。恥ずかしい。これは非常に恥ずかしい。顔がかあっと赤くなるのを感じる。


「お前、アレだろう。調子に乗って喋り倒して、一人になった後ではしゃいだ事を後悔して、夜に布団の中で悶絶する系統の人間だろう」


「うぐっ……」


 賢者ともなればなんでもお見通し、なのだろうか?そもそも賢者ってなんなのか不明のままだけど。


「せっかくなんだ、楽しんだ方がいい。俯いていたって、何も得るものはないんだ」


 師匠が服の入った紙袋を持ってスタスタと歩き出すので、後ろをついていく。



「人生を回顧するのって、意味がない事なんでしょうか」

「お前のは回顧じゃなくて、ただの後ろ向きな妄想じゃないのか」



 大きな石段を降りていく。途中で、誰かの帽子が飛ばされる。オレンジの入った紙袋が破ける。階段から転げ落ちそうな男の子がいる。


 でも、帽子は女の子の元へ、オレンジは持ち主の足元へ、男の子はお母さんの腕の中へ。


 全ての事が、何事もなかったように過ぎていく。誰も気がつかない。いや、気がついてはいるけれど「誰が助けてくれたのか」がわからないのだ。


 でも、私は「見て」いた。前を歩く背中に声をかける。


「師匠、師匠。オスカー師匠。いつもこんな風にしてるんですか」


「見直したか?」


 階段の途中で振り返り、私を見る瞳は。得意気でも、照れている訳でもなく。ごく普通の、当然の出来事だと言わんばかりだった。


 この人は本当に「魔法使い」なのだ。私の「普通じゃない」なんて、吹き飛んでしまうぐらいに、普通じゃない。


「人の心が読めるんですか?」

「そんな魔法はこの世にない」


 じゃあ、どんな魔法ならあるんだろう。


 私は、何もされていないのに。魔法にかかったみたいに、すうっと、さっきまでの憂鬱な気持ちが吹き飛んでしまって、世界が急に色鮮やかに見える。


 息が苦しい。空を見上げる。太陽が眩しい。


 私、ヤバいかもしれない。こんな訳のわからない状況で、良く知りもしない人を好きになってしまうなんて、あるだろうか?


「おい、何してんだ」


「なんでもないです」


 きっと、私が今感じている通りの事を言ったら、この人は浅はかだと笑うだろう。師匠は偽装工作に付き合ってくれるなら誰でもいいのだ。誰にでも優しくて、私は特別でもなんでもないのだと、心に言い聞かせる。


 石段を降りた先は大きな公園だった。御伽噺に出てくるような白いお城が綺麗に見える。


「写真を撮ってもらっていいですか?」

 私は師匠にスマホを渡した。普段なら写真を撮られるのは嫌いだけれども、今なら笑える気がする。


「……なんだ、これは?」

「あ、えーっと」


 そういえば、まだ説明していなかったっけ。私の持ち物を取りあげたりする人ではなかったので、元いた世界の説明は特にしていないのだ。


 私はスマホを操作して、昨日撮影した駅長さんの写真を見せた。


「ほう。確かにグラムウェルだ」


 この世界の魔法がどのくらいの文明レベルなのかわからないけれど、十分に興味を引いた様だ。と言うか、駅長さんってそんなカッコいい名前なんだ。


「なるほど、なるほど、なるほど……これはすごい」


「電波がないから、カメラと電卓ぐらいしか使えませんけど」

 あとは、ライトとか、時計がわりだろうか?時間はちゃんと合っている……と思う。


「この板一枚に、そんなにもたくさんの使用法が……? おい、こうしちゃいられない。帰るぞ」


「え、でん」


 喋り終わる前に、私はすでに森の前に立っていた。


「あれっ!?」

「さあ、この『すまほ』の使い方を教えろ」


「その前に! なんですかこれ?」


「転移魔法だろ」

「てんいまほう」


 こういうのが使えるなら、なんでわざわざ列車の時間に合わせて? 私の疑問に、師匠はすぐに答えてくれた。


「たまには、気分転換したくなる時もあるだろ?」

「そんなもんですか」


 よくよく考えてみると、私もたまに一駅ぐらい歩きたい気持ちになる時がある。師匠もきっと、そんな感じで暮らしているんだろう。



 森の中を進んで行くと、子犬の鳴き声がする。ヨーゼフではない……?早足で館まで戻ると、玄関の前で子犬が2頭じゃれて遊んでいた。


「わあ、子犬」

「犬は後だ。それよりこっちだ」


 私は師匠に『すまほ』について質問責めにされたが、ほとんど返答することができなかった。インターネットがどういう仕組みか、電波とは何か、なんて事はその辺の女子高生にわかりっこないのだ。


「ふむ……結局、何もわからんということか」

「はい……」


 師匠はあっという間にスマホの操作をマスターしたようで、ずっとそれで遊んでいる。


「『いんたーねっと』か。つまりは駅のあたりから出ている、向こう側の魔力をこちらに引っ張って……」


 師匠がぶつくさ呟いているが、何を言っているのかさっぱりわからない。


「文字を……おい、辞書とか持っていないのか。学生だろう」

「電子辞書なら」


 師匠は日本語には首を捻っていたが、驚くべきことに英語は読めるらしい。過去、こちらの世界に迷い込んできた英語圏の人がいて、彼の残した本があるそうだ。


「ふむ」

 師匠は書斎から持ってきた本と、電子辞書を照らし合わせて調べ物を始めた。


 パチパチパチ、と小さなキーボードを叩く音だけが聞こえる。


 その規則的な音を聞いていると、さっきまでのときめきがすうっと落ち着いていくのがわかってホッとする。


 いくら私でも、昨日会ったばかりの人をいきなり好きになってしまうなんて、ないよね?師匠は結婚したくないから、後腐れのない婚約者のフリをしてくれる人を探している。たまたま私がそのポジションにいる。


 それだけ。それだけの話だ。だってほら、私よりスマホの方が興味深い訳だし。


「……私、外で遊んできますね」


 師匠はスマホにかじりついたまま、無言でひらひらと手を振った。


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