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「こんにちは」


 駅長さんは日向で丸くなっていた。とりあえず撫でておく。


「こにゃにちは。運行は定時通り、にゃ……」

「どうだかな」


 眠そうな顔の駅長さんを見て、師匠はフンと鼻を鳴らした。


「そういえばこのホーム、券売機がないですけど。切符はどこで買うんですか?」

「車内で支払いだ」


 ぼんやりしていると、昨日と同じ列車が現れた。今日は何人かの人が降りてくる。めいめい、大きな荷物や籠を持っており、武装している人までいる。


「……この辺、何もないですけど。何しに来てる人たちですか?」


「この位置からだと見えないが、草原の向こうに湖と、村がある。観光地だ」


 師匠が指差した先を眺める。何かあるような、ないような……。


「あとは、この駅を囲む様に森が三日月型になっているんだが、浅い部分は安全地帯だからそこで採取をしている奴らだな」


「師匠の家とか、畑とか荒らされませんか?」

「魔法で歪んでいるから近く感じるのであって、本来は森のずっと奥に住んでいる」


「あ、そうなんですか……」

「だから、この辺をうろついている奴らは俺がここに住んでいる事も知らないだろうな」


 地主がいる山に入って、キノコや山菜を勝手に採取している人みたいなものか。というか、そのまんまか。


「師匠は、薬草を売ったりして生計を立ててるんですか?」

「言われれば売るが……」


 ゴトゴトと、列車は動き出す。窓を開けて外を眺めると、所々に風車や畑が見える。


「のどかですねー」

「そうだな。平和だ」


 師匠はなんだか、少し遠い目をした。何を考えているのか、私にはわからない。


「運賃を払ってくださいにゃん」


 列車の中を、キジトラ模様の猫が巡回している。背中に貯金箱のようなものをくくりつけていて、師匠はいくつかの硬貨をそこに入れた。他の人たちも同様にそうしていく。


「無賃乗車できそうですけど……?」


 いやまあ、しないんだけどさ。なんかゆるい。


「それをした奴は、問答無用で猫にされる」


「えっ?」


「無賃乗車をすると、『魔女』の魔法で猫にされる。運賃を支払えば解放されるが、無一文の奴はそのままだ」


「じ、じゃあ駅員さん達は……」

「あれは普通の使い魔だ」


 よかった。猫の姿で強制労働させられている人達はいなかったんだ。でも、私があのまま師匠に話しかけないで列車に乗っていたら、猫になっていたのかもしれない……。


「『魔女』って、誰なんですか」

「オリアーナ。夕日色の髪の魔女。この列車を運行している、『オリアーナ・エクスプレス』の社長だよ」


「え、ファンタジー世界なのに会社があるんですか?」

「お前はここを無人島か何かだと思っているのか?あるに決まっている」


 喋っているうちに、次の駅に着いた。


 赤い屋根が眩しい、素朴な感じの街だ。ここから、人がたくさん乗ってきた。


「ここは、王都で働く奴らが多く住んでいる。家族が多くなると、郊外に引っ越す傾向があるな」


「異世界でも、日本と変わらないんですね」

「かもな。人間、どこにいても同じかもしれん」


「次はどんな所ですか?」

「もう王都だ」


「すっごい田舎なのかと思ってましたけど、意外とそうでもないんですね」


「魔の森は開拓できない不可侵の領域だが、その分資源も多い。大昔から、あの森を中心に文明が発展してきた」


「師匠はどうしてそんな所に?」

「管理人みたいなもんだ」


「国家公務員なんですね」

「なんだそれは?」


「ええと……お役人?です」

「ま、そんな所だな」


 列車は進む。もう、見えるのはほとんど家ばかりだ。テレビで見た、外国の旅行番組みたいでドキドキする。


「わあ、すっごい都会だ!」


 ホームの奥に、青空をバックに大きなお城。石とレンガで作られた、古めかしい駅。剣と魔法の異世界と言うよりは、もう少し近代的な感じだ。


 いくつかの路線があるようで、人でごった返している。文字が読めないので、ここが何駅と言うのかはわからない。


「駅弁とかありますか?」

「中で食う弁当の事か?あるにはあるが、この距離で食うものでもないだろう」


 こっちだ、と手招きされ、はぐれない様にローブのすそを引っ張る。


 駅はとにかく人が多くて、いろんな髪色の人がいる。


 オスカー師匠の昆布みたいな濃い緑の髪は珍しいのかと思ったけれど、ピンクや水色、黄緑の髪の人が普通に存在している世界のようだった。


 駅を出て、乗合馬車で移動する。目的地は商店が集まる所だそうだ。通りがてら、目印になりそうな建物を、ひとつひとつ、説明してくれる。後半は、他のお客さんも師匠の話に耳を傾けていたぐらいだ。


「師匠って、もしかしなくてもすっごい親切ですよね」


「よく言われる」


 大通りを少し歩いて辿り着いたのは、一軒の洋服屋さんだった。ドアマンのお兄さんが立っている。


「ここは、マダム・ロジェの店だ」

「通りに面したお店って、私の世界では高い服が売ってる、って印象なんですけど」


「俺もそう思うが」

 師匠がまったく怯む事なく扉に向かって進むので、慌ててついていく。完璧なタイミングでお兄さんがドアを開く。


 やば、高そう。そんなおのぼりさんっぽい言葉をなんとか喉に押し留めて、とりあえず天井のシャンデリアを見る。


「オスカー様。お久しゅうございます」

 奥の扉から、痩せ型で色白の、儚げな印象の女性が出てきた。


「この少女に合いそうなものを見繕ってくれ。ドレスを数着、普段着、寝巻き、その他諸々一式だ。夕刻には戻る」


「かしこまりました」

 師匠は私を置いて、さっさと居なくなってしまった。喋る暇がない。私は仕方ないのでマダムに向かって愛想笑いをした。


「さて、お名前をお伺いしてよろしいですか?」


「リコ、です」


「リコ様ですね。私の事ははロジェとお呼びください」


 マダムは、いろいろな服を持ってきて私の好みを聞いてくれたが、この世界の普通がわからないので、無難なものを選んでもらうことにした。


「わあ、かわいい」


 何点か出してもらった物の中から、花の刺繍があしらわれたワンピースを手に取る。


「こういったものがお好みですか?」

「はい、そうですね。動きやすそうだし。でも、森にいるならズボンと長靴のほうがいいのかなあ……」


「では、散策用の服は別の店から取り寄せておきましょう」


 普段着を用意してもらって、次は採寸だ。奥の部屋に行き、下着姿になる。


「あらあら、これは、なるほど。素晴らしい技術ですね」


 マダム・ロジェは私の制服と下着が非常に気に入ったようだ。どんどんお針子さん達が集まってきて、口々にああでもない、こうでもないと喋り出した。


 パンツを脱ぐのは死守したけど、この状況、恥ずかしすぎるでしょ。


「どのようなドレスがよろしいですか?」


「えー……お任せで、お願いします。その、ドレスコード……? を満たしていて、師匠の隣に居ても変じゃない感じで……」


 わからない事は、大人に聞くに限る。


「かしこまりました。わたくしどもにお任せください」


 マダムはやる気充分といった感じで、にっこりと笑った。


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