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 少し潮が満ちて来たようで、観光客を送り迎えするためのボートが砂浜で待機している。今にも出発しそうだ。


「船が行っちゃいますよ?」

「大丈夫だ」


 師匠曰く、満ち潮でも戻れるルートがあるのだそうだ。


「もしかして、海を二つに割っちゃったりとかしますか?」

「できなくもないが」


 すい、と海岸の水が動いて、二つに割れた。カニがびっくりしたような様子で硬直している。私もびっくりだ。


「疲れるのでやめておこう」


 背後で一部始終を見て茫然としている男の子に指で「黙っていろ」と指図をして、師匠はさっさと海岸の端へ歩いて行ってしまった。


「こっちだ」


 手招きされ、近寄ってみるとゴツゴツした岩場が元の村の方まで続いている様だった。


「ここから遠回りに歩いて行ける」


「危なくないですか?」

「転んだら乾かしてやる」


 大きな岩の上を、師匠に手を引かれながら進む。岩にはびっしりと藻が生えていて、気を抜くとぬるっと滑りそうだ。足の間を、小さな青い魚がすっと通り抜けていく。


「昔は、往復の船なんてなかったからな。いつもここを歩いて移動していた」


「もっと詳しく聞かせてくださいよ、昔の話」


「面白い事なんて特にない。たまたまこのあたりの生まれで、魔物の襲撃から命からがら逃げ出して、師匠に拾われた。そしてある日、勇者が来た」


「そんなざっくり……。当時から天才だったんですか?」


「俺は天才じゃない」


 繋いでいた手が不意に緩められたので、強く握り返す。


「生き延びた奴らの中で一番年下で、いつも一歩引いた所にいて、力自慢でもないなら、きっと『賢い』んだろう。そんな積み重ねで、俺はその位置に収まった」


 自分よりも実力があった人は大勢居た。ただ、運が良かったから、結果を残した人の近くにいたから、こうして名が残っているのだと言う。


「運も実力のうちって言うじゃないですか?」


「そうだといいけどな。旅が終わったあと、すぐに魔の森に移住した。他の仲間たちの様に、王宮勤めなんてとても出来やしないと思ったからだ」


「役に立たなかったとは言わない。しかし、俺は臆病だった」


 誰かのために命を投げ出すとか、一緒に生きるために死地に赴くなんて、狂気の沙汰だと思ったと師匠は呟く。


「一時の感情に、自分の全てを賭けるなんて俺には出来やしない」


 旅の途中から、薄々感じていた『温度差』がある。師匠はそこに、疎外感を感じたのだと言う。


「……その。真面目すぎたんじゃないでしょうか。冷静な人も必要だと思います」

「だな。今ならただの性格の違いでしかないと言い返せるんだが……」


「結局、俺がずっと森に居るものだから、心に傷でも負って厭世的になっちまったんだと誤解しているんだ」


 やれ、愛はいいぞ。恋はいいぞ。家族はいいぞ。お前はいいやつだから、きっとどこかに『素晴らしい相手』が居るはず。かつての仲間たちは、口々にそう言うのだと。


「人生に悲観している訳でも、人間が嫌いな訳でもない。ただ少し、仲間内で一番根暗だっただけなんだ」


 岩場が終わって、遠浅の海に出る。さらさらとした砂が、足に心地よい。


「ご友人たちを安心させたくて、嘘をつく事にしたんですか」

「そうだ。お前は家に帰れる。あいつらも一度は安心する。それでいいと思った」


「迷惑に、思っているんですか」

「そうだな。でも、気にかけてくれるのはありがたいと思っている」


 元いた砂浜に戻ってきた。駅はすぐそこだ。


「どうして、旅が終わった後ここに住まなかったんですか。一度、戻ってきたのに」

「『師匠』がもうここにはいないからな」


「……その人の事、好きでしたか?」

「わからない……が、今となっては違う気がするな」


 大体誰でも、同じ状況にいたらそうなるんじゃないか。人間なんて、そんなもんだ。と、師匠は魔法で出した水で砂を洗い流す。


「さりとて、恋の一つや二つ成就しなかったところで、そうそうダメになるもんじゃない。『師匠』はある意味それを教えてくれた。世の中、死んだ恋人や叶わなかった恋に殉ずる話が人気だが、普通じゃないから物語として成立するんだ」


「死に目に会えなかった事、今でも後悔していますか?」

「していない。俺はあそこで旅立つべきだった」


「あの時選ばなかったから、諦めたから、今の人生がある」


 俺はこれでいい。だからお前も、後悔しない生き方をするんだ。師匠は散々語ってスッキリした顔をしていたが、私の心にはモヤモヤが残る。


 私の「後悔しない生き方」とは結局何なのか。答えが出ないまま、お土産の貝細工を買ってもらって、帰りの列車に乗った。



 ガタリ、と列車が止まって目が覚める。いつの間にか眠っていた様だ。外は真っ暗で、街灯のぼんやりした明かりだけが見える。


「あ、寝ちゃってました。暇でしたか、すいません」


 師匠が着ていたはずのローブが体にかけられている。私が起きて喋ったところで、おもしろいかどうかは微妙な所だけど……。


「いや。そうでもない」


 師匠はこの状況でも普通の顔だった。もう一度、白いローブにくるまる。師匠の匂いがする。


 ぶっきらぼうなくせに、こういう所が優しいから「もしかして頑張ればなんとかなるんじゃないか?」と、淡い期待を抱いてしまうのだ。


「起きたんなら返せ」

「もうちょっと後でもいいですか?」

「いいぞ」


 王都で魔の森行きの列車に乗り換える。行きと違って、待ち時間はさほどない。


「疲れているなら、すぐに帰ってもいいが……」


 ここからなら、転移魔法ですぐ帰れると言うのだ。


「もうちょっと、ゆっくりしませんか」


「帰りたくないんです」


 私はもう、どこにも行きたくない。この人のそばに、置いて欲しいのだ。後悔しない生き方と言われても、今はこれしか思いつかない訳だ。


「…………帰ろう」


 師匠はまたもやあっさりと、私の渾身の誘いをはねつけた。

4月中に終わりませんでした……あと3話です。頑張ります……

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― 新着の感想 ―
[良い点] やきもき [一言] はらはら温かいという不思議感覚。
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