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 日々は過ぎていく。私が元の世界に戻るまで、後一週間しかない。


 相変わらずのスローライフで、勉強したり、ナディアに向こうの世界の事を教えたり、子犬と遊んだり、近くの村へ出かけたり。そんな所だ。


「そう言えば、なんですけど。お墓参りに行かなくていいんですか」


 私はふと思い出した事を聞いてみる。私を拾った日、師匠は生まれ故郷へ向かおうとしていたのだ。


「別に命日ってわけでもなし、気が向いた時に行っているだけだ」


「暇なら、行ってみましょうよ。他の所も観光してみたいです」

「暇じゃない」


「……むう」

 私には師匠が何をしているのかいまいち理解できない。魔法が使えないから、遊んでいるのか、研究しているのかさっぱりわからないのだ。


「……まあ、明後日ぐらいなら連れて行ってやらんでもない」

「本当ですか?」


 王都で人と会う用事があるので、そのついでならば良いとの事だった。



 二日後の早朝、始発の列車に乗る。


「グラムウェルさん、おはよう」

「うにゃ……にゃ」

 駅長さんは朝は弱いみたいで、ホームのベンチにぐでーんと寝転がっている。


 ロングシートの座席に腰掛けて、外を眺める。今日は霧が濃い。どうせ海を見るなら、晴れていて欲しいものだ。


「乗り継ぎに1時間あるから、その間に話をする」

「誰とですか?」


「昔の教え子だ」


 王都の駅に着くと、数人の研究者っぽい服を着た人たちが待ち構えていた。


「あ、来た!先生、お久しぶりです」

「ああ」


「お元気でしたか?」

「お久しぶりです」

「構内の喫茶店に席を取ってありますから、ぜひ」


 教え子らしき人々は、私と師匠の周りをぐるりと取り囲んだ。


「子供は元気か?」


「はい! 保育園でもやんちゃすぎて一番の問題児ですよ」

「本当、この人の小さい頃そっくりで困っているんです」


「それは大問題だ。さぞ骨が折れるだろうな」


 三人のうち、二人は夫婦のようだった。もう一人の男性は、少し年上に見える。


 やっぱり私は特別でもなんでもないのだ。わかっていた事だけど、胸が少しきゅっとする。


「先生の奥さんですよね。もう、僕たちびっくりしちゃいました。舞踏会の次の日から、昔の仲間たちの間でもちきりで。いつ会わせてくれるんですか、って聞いても『ダメだ』の一点張りだし」


「え、あ、はい」


 眼鏡の男性に話しかけられてびっくりする。認識されていたのか。


 駅構内の喫茶店に入り、列車の時間まで世間話をする。彼らは国営の研究機関に勤めているらしい。教え子たちの中でも、特に優秀な人たち、という訳だ。


 別れ際、女性が「私、昔先生に告白して一瞬で振られたんですよ」といたずらっぽい顔で教えてくれた。


 まさか「私は告白するのもダメだって言われたんですよー」と返す訳にもいかず、大袈裟に驚いたフリをした。


『研究資料』としてスマホを預け、私たちは乗り継ぎの列車に乗り込んだ。次はいよいよ、海に向かうのだ。売店で買ってもらった駅弁を膝に乗せる。


「さっき、女性の方から聞いたんですけど、今まで結構教え子に告白されました?」

「そうだったかもしれないな」


「……その中の誰かと、結婚しようとは思わなかったんですか」

「思わない。今はちゃんと、皆まっとうに幸せになっている」


「……」

「弁当でも食え」


 列車はゆっくりと海へ向かう。師匠はずっと、窓の外の景色を眺めていた。



 海沿いに敷かれた線路の上を、ゆっくりと進んでいく。天気は次第に晴れに近づく。


 やがて、小さな駅に停まった。白い石で造られた、乗り降りするためだけの駅だ。『魔の森前』よりは村があるので発展しているとは思うけれど。


 ホームからでも、青い海が見える。湾曲した白い砂浜の向こう、歩いて行けそうな距離に小さな緑の島がある。


 師匠が指し示した先に、灯台がある。


「あそこに灯台があるだろう?俺の師匠は、いつもそこに火を灯していた。普段は滅多に動かない人だったが、それだけは欠かさずやっていた。普通の灯台よりずっと光が強いから、海上からよく見えるそうだ」


「今は誰が?」

「そりゃ、どっかの誰かだろうな」


 駅の入り口には、小さな女の子が貝殻で作った雑貨を売っている。


「お土産に、一つ欲しいです」

「帰りでいいだろう」


 今の時間は引潮なのだそうだ。海岸から、細い砂の道が伸びていて、小さな島へ繋がっている。歩けなくはないが、濡れはするだろう。


「歩いていくんですか?」

「ああ」


 靴を脱ぎ、服の裾をめくって遠浅の海を進む。きっと、魔法でなんでもできるんだろうけど、これが師匠にとって必要な儀式なのだと思う。


 こぢんまりして小さな島に見えたが、中は結構な人数がうろうろしていた。


「混んでますよ!?」

「観光地だからな」


 師匠が昔住んでいた小さな家は今はちょっとした博物館になっているらしく、人で賑わっている。


 師匠は人混みの中を、しれーっとした顔で歩き回る。こんな観光地に本人が降臨しているとは誰も思うまい。


 壁に一枚の絵が飾られている。海を眺めて悲しんでいる見知らぬおじさんと、それを慰めているおじさんだ。


『悲しむオスカーと、慰めるオービエ』と書いてある。


「また見知らぬ人が絵に描かれているんですが……」

「まったく似ていないだろう?」


 だから、俺が本人だって事はみだりに外で喋るんじゃないぞ、と師匠は小さな声で耳打ちした。多分言っても、誰も信じないのではないかと思うが。


「お墓はどこにあるんですか?」

「墓はない。人魚だからな」


 驚くべきことに、師匠の師匠は人魚だったそうだ。島の端っこ、北東の海に向かって小さな碑が建っている。


『ルリナは知恵に優れた人魚であったが、ある時難破した船から一人の船乗りを救助し(一説にはもっと身分の高い男性だったとも言われる)、彼に恋をした。ルリナは男に会いたい一心で、人魚の尻尾と自らの寿命の大半を引き換えに、人間の姿になった。しかし、男は愛する妻が居ると言い、ルリナの求愛を受け入れなかった』


『ルリナはひどく悲しんだが、男の幸せを壊す事を選ばず、この地に移り住み、人々に知恵を授けながら暮らす事を選んだ。そして後の賢者となるオスカー少年を拾い、彼を養育した』


『勇者が隠者の知恵を求めこの地を訪れた時、ルリナはすでに自らの死期が迫っている事を知りながら、それを隠し、オスカーを一行に同行させた。これが師弟の今生の別れであり、『魔王討伐に成功す』の報を聞く事なく、彼女の体は泡となって消えた』


「だ、だからあの絵で泣いてたんですか……」

「そうだ。さすがにショックだったな」


 死に目に会えなかったのは、なんとなく聞いたけれど。旅を終えて帰ってきて、もう待っていてくれる人がいないと知ったら、どれだけ悲しいだろう。


「騙されたよ。後3年は絶対に大丈夫、自分の事は自分が一番わかっているから、と言うから信じたのに、あの結果だ」


「嘘をつかれたのは、それが最初で最後だった」


「……怒っていますか?」

「いや。逆の立場だったら、俺もそうしただろう」


「相手が悲しむとしても、良かれと思って嘘をつきますか?」

「……そうだな。それが正しいと思えば、そうするだろう」


 師匠はそれだけ言うと、「戻ろう」と言ってきびすを返した。

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[良い点] してい [一言] 師匠てらいけめん
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