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誰だろう。当然の如く、まったく知らない人だし、今日話した人でもない。……この、周りの若干緊張した空気はなんなのだろう。
「あなた、異世界からいらしたんですって?」
「あ、はい」
「私はナディアよ。よろしくね」
差し出された手を、軽く握る。
「リコです。よろしくお願いします」
貴族の礼儀とか、そんな事はわからないけれど、師匠が普通でいいと言ったので、これで良いのだろう。
ナディアなる令嬢は、私が拒否の姿勢を示さなかった事にほっとした様子を見せ、すぐにキリリとした表情に戻った。
「あなた、お暇なら私の質問にちょっと答えて下さらない?」
「え? ええと……」
まだご飯を食べていないのですが……今日はドレスを着るので、お腹ぽっこりでは恥ずかしいと、食事を控えていたのだ。
しかし、否定しないと合意した事になるらしく、手をぐいぐい引っ張られてバルコニーへ連れ出される。
もしかしてこれは、この展開は……いわゆる『悪役令嬢イベント』なのでは!?
『オスカー様は渡さないわ』とか宣戦布告されちゃうのかな、とドキドキしながらナディアを見つめていると、濃い口紅で彩られた唇が、ためらいがちに開かれた。
「そちらの世界では、どのような女優や歌手が人気なのかしら? 芸人でも良いけれど。それをお聞きしたいの」
「……はい?」
聞き間違いかな? 師匠の事じゃなくて、エンタメ的な話を振られた気がする。いや、この状況でこんな話になるはずがない。
「女優? ししょ……オスカー様の話じゃなくてですか?」
「ええ。あなたの世界の話を聞きたいの」
いきなりこんなところで女子高生モードに戻れやしない。なんと説明したものか、まごまごしていると、縦ロールの隙間から小さなクマのぬいぐるみが飛び出してきた。
「わっ! クマちゃん!」
ナディアは無表情のまま、クマをカールの中に押し戻した。そんな馬鹿な。
『大丈夫でしょ。なんたって、賢者様の伴侶でしょ?このくらいじゃ驚かないんだよ、きっと』
「腹話術? それとも、しゃべるぬいぐるみ?」
「……カレリアは、カレリアですわ」
説明になっていない気がするけど、クマはカレリアと言うらしい。
『ナディアはね、歌手になりたいの!』
「あ、だからそんな事を……」
勉強のために、異世界の話を聞きたいって事か。
「今日は無理ですけど、オスカー様がいいと言えば、見せてあげますよ」
「見せる? 何か、録音したり記録するための魔法を持っているのかしら」
「そう言う訳じゃないですけど、数日後に訪ねて頂ければ」
勝手に約束しちゃったけど、まあ、いいでしょ。ダメなら駅前でいいし。ベンチしかないけど。
「おいリコ、何してる。王妃が呼んでる」
ホールから、私を呼ぶ師匠の声がする。名前を呼ばれてしまった。いつもは「おい」とか「お前」なのに。
「では、近日中に伺いますわね」
ナディアはすれ違いざま、優雅な礼をして去っていった。師匠はその背中を見つめた後、こちらに向き直った。
「おい、あいつは「はみ出しもの」のナディア・ローレンスじゃないか。何を言われたんだ?」
「そっちで人気の歌手はどんなのかって……」
「は?」
はみ出しもの、ねえ。たしかに縦ロールにぬいぐるみを収納してるのはちょっと変かも……。
「異世界の話を聞きたいそうです」
「そうか」
知り合いという訳ではないが、彼女もまた、有名な魔法使いで高位貴族の娘なのだそうだ。
舞踏会が終わった後、王妃様直々に魔法をかけてもらって、なんと字が読めるようになった。
こんな事が出来てしまうならば、誰も学校に行かなくていいんじゃないかと思うのだが、現在はこの魔法は王妃様しか使えないとの事。
「どうかしら?」
王妃様は、廊下にある絵画を指差した。見知らぬおじさんと、鎧の男性が頭が三つあるセントバーナードに襲われている絵だ。どこかで見たローブを着た男性は思いっきり肘を噛まれている。
「えーと『ケルベロスと戦う賢者オスカーと騎士ハロルド』ですかね」
「ちゃんと成功したみたいね。よかった」
「ありがとうございます」
お城に泊まって行かないか、と誘われたけれど、師匠がボロが出ないうちに帰ると言い張ったのでそのままお開きになった。
「このドレス、一回しか着ないのはもったいないですね」
「ほとぼりがさめた頃に貸衣装屋にでも売ればいいだろう。持っていても構わんが」
貸衣装屋さんという概念があるのなら、急ピッチで仕立てて貰わなくてもよかったのでは?と思っていると「俺がそんなにケチに見えるのか?」と尋ねられた。
「いえいえ。ただ、気前がいいなと思っただけです」
「そうか」
「……御馳走、何も食べられませんでした」
「そんな事だろうと思って、包んでもらったぞ」
「えっ、本当ですか」
私たち、実は本当に気が合うんじゃないですかね、と言いかけたが、先に師匠が「俺は誰にでも合わせられる」と言い放った。私の考えてる事、何でもお見通しって訳ですか?
「そういえば、廊下に絵が飾ってあったんですけど……」
「あいつら最悪だろう? 俺が犬に噛まれている絵を廊下に飾っているんだ」
「知らないおじさんでしたけど」
もしかして見た目を誤魔化す魔法を使っていて、他人から見たらあのおじさんなのかも……?いや、昔おじさんなら今お爺さんになってしまう。
「名前と経歴が世に知れ渡ってるのに、顔まで晒されてたまるか」
師匠曰く、あの絵を描いたのも古い知り合いだとのことで、わざと別人の顔にしてもらっているそうだ。
「本当は何歳なんですか?」
「非公表だ」
話ぶりから、国王夫妻よりは年下……だよね、きっと。
「どうして見た目が若いんですか?」
「森の奥は、魔力が濃過ぎる。その影響を受けて、老化が遅れる」
「それなら、移住したい人は沢山いるんじゃないですか?」
「魔力がないと、なんの影響も受けないらしい」
「じゃあ、私がずっとあの家にいても、不老にはなれないんですか?」
「そうだな……」
師匠が転移魔法を発動させたので、会話はそれで終わった。
「おかえり〜」
館に戻ると、ヨーゼフが玄関まで出迎えてくれた。
「ただいま」
「お土産ある?」
親愛の情でお迎えに来てくれたのではなく、私が抱えている箱が気になるだけらしい。
「ちょっとは分けてあげてもいいけどさぁ……」
金色の紐で括られたお惣菜の箱を見て、ふと先程見た額縁の中の風景を思い出す。
「ヨーゼフ、自分がケルベロスだって言ってたけど頭が一つしかないの?」
「え、あるけど。見たい?」
「あるんだ……」
おかずはあげるから、それは見せなくていいと丁重にお断りする。世の中、パッと見ではわからない事だらけだ……。
ドレスを脱いで、お風呂に入って、元の自分に戻る。鏡の中の自分は、すっかり魔法が解けてしまっていて、少しがっかりする。
自分の部屋に戻り、今までの事、これからの事を考える。
偽装工作のための『お城の舞踏会』は終わってしまった。帰りの列車まで、あと三週間もない。つまりは、私の『仕事』はもう無い、と言う事だろう。
……明日から、私、何して生きていくのかな。
今日は再度更新頑張りたいです。




