第1話
2030年、桜咲き乱れる春の候、ここ都立氷巡高校にも入学式の朝がやってきた。
校門前には仰々しい看板が設置され、校舎へ続く一本道は部員勧誘に燃える多くの在校生でごった返していた。
そんな通りを、これからの3年間に胸を膨らませた新入生たちが歩く。
真新しい制服に身を包み、その表情は活力に溢れている。
なんてことのない、一般的な入学式の朝だ。
かくいう俺も、真新しい制服に身を包み、活力に溢れているとは言い難いが、まぁ新たな環境にそこそこ期待したような表情で、その一団の中にいた。
「陸上部入りませんかー!」
「バスケ部!かわいい先輩多いよー!」
「吹奏楽部ー!」
雑踏をかき分け、何とか進む。
校門付近は一般的な部活が勧誘していたが、奥に進むにつれて何やら聞きなれない名前の団体が多くなってきた。
UMA研究部、ムエタイ部、インテリア部、ペタンク部……
部活が盛んだと事前に聞いていたが、かなり驚いた。
部活に入るつもりはなかったが、これだけあると少し考えてしまう。
まぁそんな軽い気持ちで入部しても、飽き性の俺には続かないことは明白だ。
そんなことを考えているうちに一本道は終わりを迎え、校舎の前に到着した。
一本道は在校生で溢れていたが、校舎前は新入生で溢れていた。
なぜなら、体育館入り口から延びる長蛇の列がここまで達しているからだ。
どうやら、新入生はそのまま入学式に参加することになるらしい。
新入生の多くはまだ友達ができていないらしく、この待ち時間を持て余していた。
「君、新入生?入学おめでとう。
ここが最後尾だから……」
おそらく生徒会か何かだろう、列誘導の在校生に話しかけられる。
時刻は午前8時前。
要件のない在校生が登校するにはまだ早く、要件のある在校生が登校するにはもう遅い。
しかし新入生は入学式の為にやや早く登校しなければいけない。
つまり今この時間にここに来る生徒はまず間違いなく新入生なわけで、そのセリフはごく当たり前のものだった。
が……
「いえ、違います。」
こと俺に至っては例外だった。
理由はもちろん、俺が新入生ではないからだ。
いや、”この学校に新しく入る生徒”という意味では新入生なのだが…
「よし、じゃあ最終手続きは終わりな。
時間あるし、校舎でも見て回ったらどうだ?」
今日から担任になるであろう教師にそう言われて、職員室を後にする。
もうとっくにわかっていると思うが、俺は転校生だ。
先程までの喧騒とは打って変わり、まだ人のいない閑散とした校舎を歩く。
創立50年を超える学校と聞いていたためどんなボロ校舎かと思ったが、存外綺麗な校舎だった。
おそらく、改修工事が行われたのだろう。
本棟の奥には少し古びた様子の別棟があった。
入口には『部室棟』と書かれている。
しかしそこは先程の本棟と同じくらい大きく、この学校の部活動の盛んさが覗える。
ずらりと並んだ部室には、人の気配がない。
きっとここの住人たちは、今もなお新入部員を獲得するため励んでいるのだろう。
34、35、36……
始めてしまったので最後まで数えるつもりだが、俺はすでに何個の部室があるかわかっていた。
部室は1つの階に10部屋あり、この建物は4階建て。
つまり40。この学校には40もの部活動が存在しているらしい。
そしてここまでの36部屋すべてがもぬけの殻だった。
しかし、
37、38、39……
4階最奥、40番目の部屋からは何やら物音がした。
その部室には部活名を書いたプレートがかかっていなかった。
半分程開いたドアから中を覗くと、そこには一人の女性がいた。
ここで”女子生徒”と言わなかったのは、彼女が制服を着ていなかったからだ。
その女性は雅な錦色の和服に身を包んでいた。
「あぁ、新入生はん? おいでやす、うちの方言部へ。」