バッドエンド百合世界に過激派チェーンソー魔法少女が乱入して力ずくでハッピーエンドにする話
あらすじで大体説明してます。
彼女は今日、私以外の男性と結婚する――
◇◇◇
結婚を切り出されたのは去年のことだ。
まだ私と付き合っていた彼女――もっと言えば、その前の週の土日には、うちに泊まって体だって重ねた彼女は、私をカフェに呼び出して話を切り出した。
「私、結婚するんだ」
私の頭の中は真っ白になった。
それが“私との結婚”という意味なら喜ぶ所なんだけど、彼女の表情からしてそれは無いだろう。
「お母さんから、そろそろ結婚したらって言われて。ほら、うちってお父さんも早くに死んだから、いつ自分も死ぬか不安だって。だから、できるだけ早く孫の顔を見せてほしいって……言われて……」
「付き合ってるの?」
「……うん」
「いつから?」
「去年から」
「セックスはした?」
「した……よ」
血の気が引いた。
目の前が真っ白になった。
さっきまで私の内側にいた彼女が、急に、何だか遠い存在に思えた。
そこまで決まってるんなら、もう私にできることはない。
別れる別れないの選択肢は私には無くて、“終わり”という事実を、ただ突きつけられるだけだった。
彼女は泣いていた。
私は涙を流さなかった。
傷つかなかったわけじゃない。
ただ、私という人間は、本当の本当に、どうしようもなく傷つくと、涙を流す気力すら無くなるという事実を、私はその日知った。
それから、私は部屋に残った彼女の荷物を処分した。
最近はこの部屋で、二人で寝泊まりすることも多くなって、そろそろ同棲をはじめようかと考えて、休日には不動産屋を見に行ったりもしていた。
いつかは、一軒家とは言わずとも、マンションを買って、結婚式もあげて、新婚旅行にも行って――そのために貯金だってしてきた。
まあ、彼女には話してないんだけど。
言ってしまえば、仕事を頑張って来れたのも、彼女との未来があったからで。
それから一ヶ月後、私は仕事をやめた。
上司には引き止められたけど、高い給料と引き換えに激務なこの会社で働くには、守りたいものを失った今の私はあまりに弱かったから。
上司も私の表情を見て悟ったのか、最後には「そうか……」と寂しそうに納得してくれた。
もちろん転職先なんて考えていない。
しばらくは、失業手当と貯金を切り崩して、無気力に生きていくことになるだろう。
単純だったのかな。
終わらない恋なんて無いって、わかりきってるのに。
それを信じなかった私は純粋すぎたのかな。
現実的に考えて、そりゃあ親は孫の顔を見たいだろうし、結婚したほうが将来の不安が無いっていう女性がいることも理解している。
まあ、私もどちらかというとそちらの人種だった。
ただ、彼女と一緒なら、そんな不安も簡単に飛び越えていけると思っていただけで。
周囲から見ると、私は仕事人間に見えていたらしい。
だから、仕事を辞めると言った時は、同僚もかなり驚いていた。
ひょっとすると……彼女も私のことをそう思っていたのかもしれない。
例えば、『私がいなくなっても、あの人には仕事があるからきっと大丈夫』と思っていたとか。
だとすると、私にも原因があったのかな。
もっと適当に生きて、頑張りすぎずに、のんびりやっとけばよかったのかな。
わかんないや、何も。
私には、あの子しかいなかったから。
目を閉じても、開いていても、見えるのは真っ暗な景色だけだ。
あんなに幸せだった過去も、明るかった未来も、全部黒のマーカーで塗りつぶされている。
いわゆる自己防衛ってやつ。
それを直視したら、今の私は耐えきれずにポキッといっちゃいそうだから。
それから、無職生活を続けて一ヶ月ぐらい経った頃、一通の手紙が届いた。
結婚式の招待状だ。
差出人には、彼女の名前が書かれていた。
◇◇◇
葛藤は、あっただろう。
私が“参加”に丸を付けることに悩んだ時間と同じか、それより長く、彼女も考えたに違いない。
婚約者には、『親しい友達』とでも紹介されるのかな。
高級ホテルでのディナー中に、気合いを入れて告白して微妙に滑っちゃった話とか。
旅行先ではじめて体を重ねた話とか。
夜空を見ながら、半ばプロポーズみたいなことをした話とか。
長期休みに、どこにもでかけずにずーっとセックスしてた話とか。
全部、無かったことにされて。
ただの友達として、彼女の旦那には認識されるんだろうな。
吐き気がする。
想像するだけで、私の人生の全てを否定されたような気分だ。
実際に言われたら、どんな気分になるんだろう。
その勢いに任せて、結婚式の帰りにでも自殺したら、彼女の心に私は一生住み着けるのかな。
なら、それもありだ。
遺書にありったけの彼女への想いを綴って、ボールペンのインクが切れて、指のマメが潰れて、紙に血が付いちゃうぐらいまで延々と書いて、それをあらかじめ彼女に送っておくの。
結婚式の翌日、新居に届くように。
いいなあ、それ。
そんなことしたら、きっと、彼女は一生苦しみ続ける。
私という存在を、忘れることはない。
……。
……。
……無いな。
うん、自殺とか痛いの嫌だし。
何より、私は彼女の悲しむ顔が一番嫌いだから。
彼女が幸せになるためには、私は結婚式で普通の友人を演じて、心から結婚を祝福して、今後も一生その役柄を演じ続けるしかない。
……。
……。
……いや、それも無理でしょ。
聖人じゃないし。
たぶん、どっかで心がぽっきり折れて、おかしくなる。
やめたやめた。
彼女のいない未来のことなんて考えたってしょうがない。
なるようにしかならない。
なるようにしかできない。
それが、永遠に続く恋だなんて甘い幻想に全人生を賭けてた、私にふさわしい末路なんだから。
◇◇◇
結婚式当日、私はドレスを着て会場を訪れていた。
部屋から出たあと、三回ぐらい引き返しては出発してを繰り返したので、予定の時間よりもかなり遅くなってしまった。
会場はきれいなチャペルで、参加者はみんな二人の門出を祝して笑顔そのもので、私も作り笑顔を顔に貼り付けていたけれど、胸に抱いたもやもやは、今までで一番大きく膨らんでいた。
ウェディングドレス姿の彼女を見て、爆発しないことを祈るばかりだ。
受付で、芳名帳に名前を記し、ご祝儀を渡す。
その中身は、彼女と同棲するために貯めていた貯金を切り崩したものだ。
ひどくみじめな気持ちになる。
負け犬ってこういうのを言うんだろうな。
別れの日から今日に至るまで、一切吹っ切れてないあたりもダサい。
ひょっとすると、今の私を見て、彼女はあざ笑ってくれるかもしれない。
ちょうどいい。
そうしてよ。
まあ、性格悪そうに笑う彼女もきっと綺麗で、私はどんなことをされても、あなたのことを嫌いになれないと思うけど。
会場の入口前で、顔見知りと挨拶を交わす。
彼女の母親とも偶然鉢合わせ、言葉を交わした。
一度、“友人”として実家には遊びに行ったことがあるので、面識はあった。
幸せそうな母親の姿を見て、私はまたみじめになる。
私が恋人だったら、この人にこんな顔をさせることはできなかったんだろうな。
みじめになる。
みじめになる。
そこから、私は心のスイッチをぷつりと切った。
ただただ無心になった。
なので、誰とどう会話したのかは覚えていない。
たぶん、営業スマイルと社交辞令で乗り越えたんだと思う。
そして気づけば、私はチャペルの長椅子に腰掛けていた。
やがて、聖堂に音楽が鳴りはじめる。
タキシード姿の新郎が現れ、私の横を通り過ぎていった。
優しそうな顔をした、背の高い、印象いい男性だ。
いわく、収入も安定しているそうで、彼と結婚した女性はきっと、私と付き合うよりさぞ幸せになるんだろう。
次に扉が開くと、いよいよ彼女がやってくる。
純白のウェディングドレスを纏い、母親に手を引かれて、彼の元へ。
私は目を細めて、その姿を見つめた。
本当なら――いや、“本当”なんて言葉を使うのは負け惜しみでしかないんだけど――そのドレスを彼女に着せるのは、神父の前に立って彼女を待っているのは、私のはずだった。
私が……私じゃ、ダメだったの……かな。
ああ、ダメだ。
涙が出そうになる。
今なら“感動”で誤魔化せるだろうけど、彼女に祝福していないことを気づかれてしまう。
うまくやろう。
笑顔を作ろう。
気付かれないように、全部、嘘で塗りたくろう。
……そんなふうに、思っていたのに。
私と彼女の目が合った。
彼女は、周囲に気づかれない程度に、目を見開き動揺すると、私から目を逸らす。
ああ、それ、知ってる。
罪悪感ってやつだ。
胸にどんよりとした暗雲が立ち込める。
悪いと思っているのなら、何で、私をここに呼んだんだろう。
何のために、私はこんなみじめな気持ちになったんだろう。
そう思うと、笑顔を作る気力すら失せた。
祭壇の前に新郎と新婦が並ぶと、神父に促され、賛美歌の斉唱が始まる。
私は感情を失った目で、渡された式次第に書かれた歌詞を見つめ、その通りに歌った。
聖書を読み上げる神父。
制約の言葉を交わす二人。
そして誓いの指輪は交換され――そこに私がかつて渡した指輪は無く、代わりに別物が上書きされて――嫉妬はぐつぐつと煮えたぎって、強く強く、二人に見えない場所で手のひらを握っているのに――私は、何もできない。
ただの傍観者だ。
あわれで、みじめな、負けて、倒れた、死体にすぎない。
そして、新郎が新婦のヴェールを持ち上げた。
誓いのキスの時間である。
セックスはもうしたと言っていた。
だったらキスなんて数え切れないぐらいやっていて。
舌だって絡めて、唾液だって交換していて。
私と絡めた舌も、あるいは私としていた時にはすでに、何度もあいつと唾液を交換していたと思うと、とても吐き気がする。
彼女は平気なのかな、そういうの。
好きでもない相手と――ううん、違うよね。
私は負けたんだから、彼女は私より彼の事が好きなんだ。
だから、私の方をちらちら見るのやめてよ。
本当はまだ好きなんだけどなんて、言い訳じみたことやめてよ。
私を早く、あなたから解放してよっ!
席を立って逃げようと思った。
でも、脚は動かない。
私は臆病者だから。
やろうと思えば、招待状で拒絶することもできた。
今日だって、参加しなければよかった。
今までだって、逃げる時間はいくらでもあったはず。
でも私は、見ることを選んだ。
彼と、彼女のキスを。
誓いのキスを。
私にはもうどうしようもないんだって、諦めをつけるために。
だけど私にはわかる。
無理だ。
諦めなんて、つくわけがない。
だって今も、きっとこの先もずっと、私は、彼女のことを――
「それでは、誓いのキスを」
神父が言うと、新郎の顔が新婦に近づいていく。
彼女は瞳を閉じて、寄せられる唇に抗うこともせず、そのままキスを――
「百合の間に挟まろうとする男は皆殺しだオラァァァァァアアッ!!」
その時、ドゴォォオオッ! と激しい音が鳴り響き、教会の扉が破壊された。
「きゃああぁぁあっ!?」
「いやっ、何なのっ!?」
一瞬にして、聖堂は混乱に包まれる。
もちろん誓いのキスだって中断だ。
彼は彼女から手を離すと、怯えた表情で後ずさった。
「何だぁ? この結婚式はぁ。アタシはなぁ、百合の気配がしたからここに来たってのによぉ! 何で男と女の結婚式なんてわけわかんねえもんを見せられなくちゃならないんだオラアァァァアアアンッ!」
巻き上がった白煙の中から現れる、ショッキングピンクのドレスを纏った、金髪の少女。
その姿を見たとき、私によぎった言葉は『魔法少女』だった。
ただし、その手に握られているのはファンシーなステッキなどではなく――
ヴォンンッ! ヴオォオンッ! ドルルルルルルルルゥッ!
あまりに凶悪で巨大な、赤錆びたチェーンソーだったが。
その銀色の刃には、赤い文字で『MAN KILLER』と刻印されていた。
「結婚式ってのはよぉおお! 新婦と新婦が! 祭壇の上で幸せなキスを交わすための儀式だってイエスなんちゃらが言ってんだよぉ! なんたってイエスだぞ、イエス! つまり“はい”だ! これはもう認めてるだろ、なぁっ!?」
少女はチェーンソーを振り回し、長椅子を破壊しながら、祭壇へと近づいていく。
神父は一足先に逃げ、そこには新郎と新婦だけが残されていた。
「う……う……うわあぁぁぁああああっ!」
「待って、どこに行くのぉっ!?」
彼女を置いて逃げる新郎。
あんのクソ野郎、自分の嫁を放置して逃げるなんてなんてことを!
彼女が危ない――そう思うと、私の体は勝手に動き出していた。
「おらおらおらおらぁっ! こんなくだらねえ儀式、この私、魔法少女プリティ☆デストロイヤー☆リリーがぶち壊してやらあぁぁぁぁぁああああっ! 百合だぁっ! この世に必要なのは百合だけなんだよオラアァァァアアアアッ!」
迫るチェーンソー。
もちろん私だって怖かったけど、私の命なんて彼女に比べればあまりにちっぽけだ。
「助けて……誰かっ……」
せっかくのウェディングドレスを埃で汚しながら、縮こまり、怯える彼女。
「大丈夫っ!?」
私は彼女の体を抱き寄せ、声をかけた。
「ど、どうして……」
「そっちがどう思ってようと、私はあなたのことが好きだから。別れても、たぶん一生ね」
「そんな……だって、私は……」
「ひどいことしたね。うん、ひどいことされた。でも好きだからしょーがないよ」
彼女の目に涙が浮かぶ。
そして彼女は、顔を胸に押し付けて、わんわん泣いた。
私は彼女の頭を撫でて、笑顔を浮かべる。
けれどそうしている間にも、あの頭のおかしい女の子はこちらに近づいてきていた。
「あぁん? てめえら何やってんだよ……」
「お願い、この子だけは殺さないで。私はどうなってもいいから!」
「んなことたぁどうだっていいんだよ。何やってんだって聞いてんだ!」
「守ってんのよ。好きな人を、好きだから、命を賭けて守ってんの!」
「……」
「奪うってんなら奪えばいいじゃない。それでこの子を守れるんなら、私に後悔なんて無いわ!」
「やめて、そんなのっ!」
「……」
「何か言いなさいよっ!」
「……尊い」
「は?」
「はぁ~ん……何それェ、マジで尊い。尊みしかない。神かよ……拝んどこ」
少女は手を合わせて、私たちに拝む。
意味不明だった。
「百合の反応ってこれかよぉ。現実や常識に縛られて、引き裂かれた二人……いいよなあ、アタシも好きなんだよそういうの、OL百合とかによくあるやつぅ。でもよお、悲しいかなそのまま終わっちまう話が多すぎるんだよな。やっぱりよお、百合ってのはあ、その悲しみを乗り越えて、社会的地位を捨てたっていい、金銭面で苦しんだっていい、それ以上の愛があるから! って結ばれるのがいいと思わないか? アタシはそう思う。お前もそう思わなくちゃならない。そして現実もそうあるべきだ」
つらつらと語る内容のほとんどを、私は理解できなかった。
彼女はひたすら、私の胸にすがりついている。
すると、少女の後ろに、人影が迫った。
「うちの娘を放しなさあぁぁぁぁぁぁいっ!」
彼女の母親だ。
母親は木片を手に、少女に殴りかかった。
何なら、そのささくれて尖った先端を、突き刺すぐらいの勢いである。
だが――
「あぁ……?」
少女はダメージを負うどころか、母親を睨みつけた。
「お母さん、逃げてっ!」
「ひっ!?」
睨まれ、怯える母親。
すると少女の表情はふっと緩み、顎に手を当てた。
「はぁ~、なるほど、わかりみだわ。母と娘の絆もあったわけだなぁ。悩ましいなあ、そのあたりもあったから、あんたは身を引いたワケ?」
「……私?」
「そうそう。でもそうなると難しいなあ、まだ女同士で子供が作れるほど科学技術は成熟してないもんなぁ。アタシのマジカル☆ジェノサイド☆ステッキを使えば生やせるけど、それは百合じゃねえんだよなあ! 百合じゃねえんだわ、困ったことに」
「何をわけのわかんないことを……あんた、わかってんの? この子の人生の大舞台である結婚式を、台無しにしたのよ!?」
「それはあんたの望んだことじゃなかったのか?」
「私は……違うわ。そりゃあ、本当は私が結婚したかったけど……でも、この子の幸せが一番なのよっ! 私がどうなったって、この子さえ幸せならっ!」
「くうぅ~! たまんねぇ~! 献身的な百合だよぉ! そして見ろよあっちの表情! まんざらでもない! いや、本当を言えばあの子だって結婚したかったんだよ! 二人でウェディングドレスを着たかった! でも母親への想いとの間に板挟みになり――うーん、ちょっとクラシックって言われるかもしれないけど、アタシはそういうのが好きだ! うん、尊い! 尊いから――溜まってきたぜぇ、百合パワァァァアアアッ!」
少女の髪の毛が、キラキラと光り出す。
私は異様な雰囲気に怯え、さらに強く彼女を抱き寄せて身構えた。
「うおぉぉおおおおお……ぉぉおおおおおおおおおおっ! 出ろッ! 百合を邪魔する男だけをこの世から消し去るビイイィィィィイィイイイイムッ!」
そして、ツインテールが天を向いたかと思うと、ヒュゴォォオオッ! と無数の光の線が飛び出して、チャペルの外に向かって射出された。
「ぐわあぁぁぁあああっ!」
「ぬわあぁぁああああっ!」
外から男性の叫び声が聞こえてくる。
「ふっ、来世では壁か女になれよ……そしてェ、次はお前たちもだッ!」
ヴオォオオオオンッ!
「いやあぁっ!」
「っ……!」
少女が振り上げたチェーンソーがうなりを上げる。
その刃はツインテールと同じように光を纏い、そのまま私たちに向かって振り下ろされた。
「リリカピリラアァッ! マジカル☆ジェノサイド☆ステッキよ、この二人を百合的な意味で幸せにするように現実を改変しろぉぉおおおおおおおッ!」
少女の叫び声とともに、私の意識は真っ白になっていく。
経験は無いけれど、感覚でわかる。
ああ――私、死ぬんだ――
◇◇◇
チャペルに、荘厳な音楽が鳴り響いている。
一足先に会場に入った私は、彼女が入ってくるのを今か今かと待ちわびていた。
今日は、私と彼女の結婚式だ。
彼女の母親や、うちの両親を説得するのは大変だったけれど、ようやくここまでこぎつけることができた。
思い返してみれば――何だか色々――そう、うまく説明できないけれど、とてつもなく大変なことが色々とあったような気がするけれど、今はとても幸せだった。
そして、その幸せの絶頂とも呼べる瞬間が、近づこうとしている。
扉が開く。
彼女は、二人で選んだ純白のドレスを纏って、そこに立っていた。
太陽の光が後ろから彼女を照らし、神々しさすら感じる。
そして母親に手を引かれながら、私の方に近づいてくる。
その目には、早くも涙が浮かんでいた。
「早すぎ」
笑いながら、小さな声でそう言うと、彼女は軽く頬を膨らます。
かわいい。
ただでさえお化粧やドレスで美しいのに、そこにかわいさまで加わったらもはや無敵である。
「だって……綺麗すぎるから。泣いちゃうぐらい」
どうやら、彼女は私の姿に感動してしまったらしい。
私は赤いドレスを着ているけれど、ちょっと派手すぎるかな――と思っていたので、その反応にほっと胸をなでおろす。
そして式は始まった。
参加者はそんなに多くないけれど、たしかに私たちを祝福してくれる人はいる。
それに何より、誰よりも愛していて、誰よりも愛してくれる人が、目の前にいる。
その幸せを噛み締めながら、誓いの言葉を告げ、指輪を交換し、そして――唇を、重ねる。
◇◇◇
チャペルから出て、舞い散るライスシャワーの中を歩く二人を、一人の少女が離れた場所から観察していた。
彼女は「うんうん」とツインテールを揺らしながら、しきりに頷いている。
「やっぱよお、結婚式ってのは女二人でやるべきだぜぇ。お前もそう思うだろ? ジェノサイド」
『ウオォォオオオンッ!』
リリーの呼び声に、威勢よく刃を回転させながら反応するジェノサイド。
そう、彼女の持つステッキ――もといチェーンソーもまた、生粋の過激派百合好きなのである。
「まだこの世界には、百合の間に挟まり、百合を引き裂き、百合を邪魔する男どもがうようよいやがる。この世界を正しい形に戻すため、止まってらんねえ! いくぞジェノサイド、アタシらの戦いはこれからだッ!」
そして少女は、ビルの屋上から高く高く飛翔した。
見下ろす先には、都会の雑踏がある。
手を繋ぐ少女、その間に割り込むチャラ男の姿を見つけると、リリーはニヤリと歯を見せて笑った。