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勇者と聖女と幼馴染み……『寝取られ』コメディー

聖女になった幼馴染みが勇者に寝取られてしまいました

作者: 東郷しのぶ

『寝取られ』コメディー第3弾です。

 前2作と世界観は同じですが、直接的関係はありません。

 今、僕の目の前には王都から帰ってきたばかりのサーシャが立っている。

 彼女の目から涙が溢れて頬を伝いこぼれ落ちる。

「ご、ごめんなさいリッド。私、私……」

 サーシャは嗚咽のあまり、それ以上話し続けることが出来なかった。

「良いんだよ、分かっている。サーシャ、君は勇者を愛してしまったんだね」

 僕は胸が切り裂かれるような痛みを感じながら、そう言った。



 サーシャが聖女になって王都に連れて行かれたのは1年前。

 16才の同い年だった僕とサーシャは幼馴染みで、婚約も済ませた仲だった。


 あの運命の日、僕らは2人で結婚したあとに暮らすための新居を探していた。

 そこに突然現れた騎士の集団。

 彼らは揃ってサーシャの前に跪いた。

「お迎えにあがりました、聖女様」

「え? 私が聖女? 騎士様、何を仰ってるんですか。私はただの町娘です」

 突然の事態に戸惑いを隠せないサーシャと僕。


「教会で神託が下りました。貴方様が聖女様であらせられることは、間違いありません。聖女様、勇者様がお待ちです。王都までお連れいたします」

 騎士の話によると、王都では勇者が王命によって召喚され、更に“聖女を勇者のお供に付けよ”との神のお告げもあったということだ。そして、サーシャこそがまさに聖女その人なのだと騎士たちは告げる。


「そ、そんな。サーシャが聖女……」

 僕は呆然としてしまう。そりゃ、サーシャは町1番の器量良しで、僕には勿体ないくらいの美人さんだけど!


「イヤです! 私はもうすぐリッドと結婚するんです。王都になんか行きません!」

「そうだ! 勇者なんか知るもんか! サーシャは僕が愛する人だぞ」

 僕とサーシャの抵抗むなしく、サーシャは騎士たちにより連れ去られてしまった。

 王様と教会の権威には逆らえない。これ以上逆らったら、聖女であるサーシャは大事にされても、僕の身はどうなるか分からないと騎士たちが脅しを掛けてきたのだ。


 サーシャは“勇者の付き人して聖女の役割を果たすのは1年間であること”と“外部との手紙のやり取りを自由にさせること”を条件に、王都行きをシブシブ承諾した。


「大丈夫! 心配しないで、リッド。1年経ったら戻ってくるから」

「待ってるよ! サーシャ」

 ただの町人である僕は、サーシャが騎士たちに護衛されながら王都に向かうのをただ見送るしかなかった。


 実はこの時点で、僕は既にイヤな予感がしていた。

 僕はサーシャに隠れて『勇者と聖女の熱い夜(あんなチンケな幼馴染みはポイよ!)』という18禁本を読んだことがあったのだ。

 あの本の中の勇者と聖女のチョメチョメシーンでは、勇者が『フフ、聖女様。もう幼馴染みのことはどうでも良いのかい?』と聖女に囁きかけて『私の身も心も、もう勇者のものよ! 幼馴染みは所詮モブだったのよ』と聖女が答えていた。


 幼馴染みとして、心が折れるシーンだった。


 まさか、あんなことが現実に起こる筈は……。

 “寝取られ”は2次元だから興味本位で楽しめるんであって3次元でやられちゃ(たま)ったもんじゃない。

 僕はサーシャを愛しているし、信じている。

 しかし“勇者”と“聖女”と“故郷に残してきた幼馴染み”というトリプルコンボは強烈すぎる。

 不安だ……。


 僕の不安は徐々に現実のものになっていった。

 王都から送られてくるサーシャの手紙の内容は、最初の頃は勇者に対するグチばかりだった。

『勇者がワガママで手に負えない』

『勇者とケンカした』

『王宮の人たちは勇者に好き勝手させすぎだ』

 サーシャと勇者は気が合わないようで、僕は安心していた。


 それが3ヶ月ほど経つと手紙の内容が変化してきた。

『このまま勇者を放っておけない』

『勇者を教育することにした』

『勇者を街に連れ出した。勇者も楽しそうだった』


 サーシャがだんだん勇者に(ほだ)されてきている。


 “これはマズい!”と思ったが、僕が王都に行くことは出来ない。王国の国民は国内の移動でも旅券の携帯が義務づけられており、その旅券が僕には発行されないのだ。どうやら王宮から町の上層部に圧力が掛かっているらしい。

 僕は焦った。

『サーシャと結婚したら住む新居を購入したよ! 2人で新居探しをした日にサーシャも気に入ってくれた家だ。この家でサーシャが帰ってくる日を今か今かと待っている』なんて、ちょっと“帰ってきてアピール”過剰気味の手紙をサーシャに送ったりした。


 しかし事態の深刻化は止まらなかった。

『勇者は異世界から突然召喚されたんだって。この世界に勇者は1人ぼっちで可哀そう』

『勇者の辛さを分かってあげられるのは私だけ』

『強がっているけど勇者は寂しがり屋。勇者を1人きりにはしたくない』


 ……ああ、サーシャが、大切な幼馴染みが勇者に寝取られてしまう。

 やはり『勇者と聖女の熱い夜(あんなチンケな幼馴染みはポイよ!)』という本のとおり、“幼馴染みの聖女”は“ポッと出の勇者”に寝取られてしまう運命だったのか。


 サーシャの手紙を握りしめながら、枕を涙で濡らす日々が続いた。


 そして約束の1年が経った。

 諦めと苦痛の中“それでも、もしかして全部僕の思い過ごしかも”との一縷の希望にすがる僕の前にサーシャが現れた。

「サーシャ、良く帰ってきてくれたね。お疲れ様。さ、ここが僕たちの新居だよ。ここで僕たち2人の新しい生活が始まるんだ」

 (せわ)しなくサーシャに語りかける僕を、サーシャがどこか他人行儀な態度で見つめている。

「リッド、とても大切な話があるの」

 1年間の王都暮らしでスッカリ垢抜けてキレイになったサーシャ。

 でも現在の彼女の表情は(こわ)ばっており、声にも微かな怯えと悲哀の色が混じっている。彼女が僕へ“申し訳ない”という気持ちを抱いていることが、ありありと分かった。

 それで僕は全てを察した。


 彼女は“寝取られ”てしまったのだ。


 彼女の目から涙が溢れて頬を伝いこぼれ落ちる。

「ご、ごめんなさいリッド。私、私……」

 サーシャは嗚咽のあまり、それ以上話し続けることが出来なかった。

「良いんだよ。分かっている。サーシャ。君は勇者を愛してしまったんだね」

 僕は胸が切り裂かれるような痛みを感じながら、そう言った。


 しばらくして落ち着いたのか、サーシャがポツリポツリと語りはじめる。

「そうなの。最初はあんなに嫌っていた筈なのに、いつの間にか私……」

「…………」

「もう、勇者がいない生活なんて私、考えられないの」

「…………」

「いつまでも勇者と一緒にいたいと、そう思うようになって……」

「…………」


 もう喋るのを止めて、サーシャ! 僕のライフポイントはゼロだよ!


 サーシャの懺悔を聞き続けることに耐えられなくなった僕は、決着を急ぐことにした。

「君が王都で勇者と仲良くなっている間、僕は1人新居で浮かれていた訳だ」

「…………」

「はは、僕はとんだピエロだね」

 ついつい自虐的になってしまう。

「そんなこと……」

「同情はやめてくれ、サーシャ! 自分をフッた女に慰められるほど、僕は落ちぶれちゃいないつもりだ」

「え?」

「え?」

 僕の精一杯の強がりに、サーシャは何故かキョトンとする。


「あの、私、リッドをフッたことになるのかしら?」

 ハァ~、サーシャは何を言ってるんだ?

「当たり前だろう! サーシャは勇者を愛してしまったんだろう!?」

「ええ。確かに私にとって勇者は大切な存在だけど、リッドも私にとってかけがえのない人よ」


 サーシャによるまさかの“2人とも愛してる”宣言。

 王都に行ったせいで、サーシャがここまでモラルハザードを起こしているとは。

 それとも聖女だからって逆ハーが許されると勘違いしているのか? いや、サーシャがそこまで堕落してしまったなんて信じたくない。


「つまり、サーシャは“僕と勇者”、2人のどちらも愛していると?」

「そ、その通りよ」

 何故かサーシャは赤くなる。なんで、ここでサーシャが照れるんだ?

「僕にはサーシャの気持ちが理解できないよ。これからサーシャはどうしたいんだい?」

「もしリッドが受け入れてくれるなら“リッドと勇者と私”、3人で暮らせたらと」

 サーシャが、とんでもないことを言い出した。


 冗談じゃない! 勇者を新居に招き入れるつもりか? そしてサーシャの二股を受け入れろと?

「無理だよ。この新居は僕とサーシャ、2人のためだけに用意したんだ。勇者が1歩でもこの家に足を踏み入れることは、断じて許さない!」

 僕の決意表明に、サーシャは悲しげな顔をする。


「そうなんだ。リッドがそこまで勇者を拒絶するとは思わなかった」


 そんなの当然だろ!  サーシャは僕のことを何だと思ってるんだ!?


 サーシャが振り返って、誰かに語り掛ける。

「ごめんなさい、勇者。一緒に来てもらったのに。リッドなら貴方を受け入れてくれるかもと期待してたんだけど、私が浅はかだった」


 え? 勇者がここまで来てるの?

 どうやらサーシャの背後に、勇者が隠れていたようだ。


 良いだろう! 僕からサーシャを寝取ったヤツがどんな(ツラ)をしているのかジックリ拝んでやる。そして叶うのなら、一発ぶん殴ってやるんだ!


 拳を握りしめる僕と悲嘆に暮れるサーシャの前に、勇者がその姿を現した。

 幼女だった。


「ウェ~ン」

 幼女が泣く。

「ごめんね、勇者。約束の1年が来て、私はリッドの所に一刻も早く帰りたくて、けれど貴方を王宮に1人残しておくことがどうしても出来なかった。だから一緒に連れてきてしまったんだけど、リッドが貴方と一緒はイヤだって言って、私もどうしたら良いか分からなくて、お願い、勇者。どうか泣かないで」


 サーシャが懸命に幼女を慰めている。5才くらいかな。いや、年齢なんかどうでも良い!

「え? 幼女? 幼女が勇者なの?」

「そうよ。リッドは知らなかったの?」

 サーシャがケロリンと僕に告げる。

「知るわけ無いよ!」

「うゎ~ん」

 僕の大声に怯えたのか、幼女勇者の泣き声が一層大きくなる。


「これからどうしよう、勇者。心配しないで。何があっても私は貴方から離れたりしない。リッドに見放されても2人で強く生きていこう!」

 サーシャが跪いて、一生懸命勇者を慰める。


 勇者が泣きはらした赤い目で僕を睨んだ。

「リッド、酷い!」

 幼女の非難の声が、僕の胸に突き刺さる。


 イヤイヤ。なんで夫が妻子を捨てる現場みたいな雰囲気になってんだ。


「つまり、この子が勇者なんだね」

「そうよ。こんな小さな女の子を勇者として召喚するなんて非道いでしょ。『これは未成年者略取という立派な犯罪です』って王様に抗議したら『いや、この子はあっちの世界では孤児だったから良いかな~って思って』と言い訳ばかりして責任とろうとしないから、いっそ私が面倒みようと思って」


 そうなのか。やっぱサーシャは優しいな。

 でもサーシャ、君は言葉足らずだよ。どうして手紙に一言“勇者は幼女です”って書いてくれなかったの?


「最初は勇者も突然こんな世界に呼び出されて不安だったのかしょっちゅう癇癪を起こしていたけど、辛抱強く接していたらだんだ私に懐いてくれるようになって、それで1年経って帰郷の許可が出た際に思い切って王様にお願いしたら、一緒に連れてっても良いってことになったの。リッドなら勇者を受け入れてくれるかもと思ったけど、私の勝手な願望を一方的に押し付けちゃダメだったよね。ごめんなさい」

 サーシャはそう言って、勇者の手を引いて立ち去ろうとする。


「待て待て待て」

 僕は慌ててサーシャと勇者を引き留めた。

「サーシャ、行っちゃダメだ。君の居ない人生なんて僕は耐えられない」

「リッド、勇者に心を奪われた私を許してくれるの?」

「許す、許すよ!」

 なんと言っても“サーシャの心を奪った相手”が幼女だからね!


「これからは勇者も一緒に3人で、ここで暮らそう」

 僕がそう告げると、サーシャの顔がパッと明るくなった。


「良かった! 勇者、リッドが許してくれたわ。これからは何があっても3人で頑張っていきましょう」

 サーシャが勇者に笑顔を向ける。

 僕も勇者に笑いかけたが、勇者は僕を警戒するようにサーシャのスカートの裾をぎゅっと握ったままだった。


 それから僕とサーシャと勇者は、3人一緒に新居での生活を始めた。

 サーシャとの結婚式はゴタゴタが治まった後に正式に挙げる予定だ。


 新居での生活は楽しいものだったけど、不満点を1つだけ挙げるのなら、僕とサーシャの仲が未だにキス止まりなことだ。

 実質新婚生活なので、僕としては一日も早くサーシャとの初夜を迎えたいと思っているのだが、勇者の存在がハードルになって、なかなかコトが進まない。

 と言うのも、勇者が夜になると必ずサーシャのベッドにもぐり込んでくるからだ。


 サーシャもいつも優しく勇者を迎え入れる。

 おかげで僕は寂しく1人寝だ。


 あの幼女勇者、意図的に僕とサーシャの仲を邪魔してないか?

 サーシャも勇者には甘々だ。

「リッド、ごめんね。勇者は環境が変わって不安だと思うの。もうしばらくは一緒に寝てあげたいの」なんて言って勇者を庇う。


 サーシャは間違いなく僕を愛してくれている。キスだってしてくれる。

 そんなサーシャに「初夜を早よ!」とは言えないわな~。


 何か、幼女勇者がサーシャの背後で僕に向けてあっかんべーをしている気がするけど。


 今日も僕は1人で寝る。

 サーシャと勇者は2人でおやすみだ。


 僕はついつい思ってしまう。

 これも、やっぱり“幼馴染みの聖女を勇者に寝取られた”ってことになるんじゃなかろうか?



『聖女になった幼馴染みが勇者に寝取られてしまいました』~完~



人物紹介 

リッド……少し心配性の少年。既に商人として1人立ちし、サーシャと勇者を養えるだけの甲斐性あり。現在、サーシャとの初夜を迎えるために幼女勇者との関係改善に奮闘中。


サーシャ……聖女。リッドの前ではお淑やかだが、実はけっこう気が強い。勇者を召喚した王様を叱りつけ、聖女を利用しようとしていた教会の腐敗を正してしまった。現在は王宮も教会も聖女に逆らえない状態。勇者に関しては最初は我が侭な子供だと思っていたが、境遇を知ってから同情し、激甘になった。リッドと再会の折に涙に暮れていたのは“こぶ付きの新婚生活”をリッドに押し付けるのを申し訳なく感じていたから。新居での生活でリッドとなかなか初夜を迎えられない現状を残念に思っているが、その原因が勇者にあることを何故か分かっていない。


勇者……幼女。孤児で辛い暮らしをしているときに召喚された。始めの頃は不安で暴れていたが、サーシャが親身になってくれたことで少しずつ落ち着いてきた。サーシャの存在が心の拠り所なので、リッドのことは『サーシャを自分から奪う相手』として警戒中。現在、リッドが呉れるお菓子で餌付けされつつある。実は勇者としての秘めたる素質を持っているが、開花するかどうかは未定。


王様……流行りの『勇者召喚』をやってみたら幼女が現れて大困惑。聖女から説教をくらって深く反省した。聖女が勇者を故郷に連れていってくれて、内心ホッとしている。基本的に聖女と勇者にはノータッチだが、何か頼まれれば力を貸すのにやぶさかではない。

 お読みいただきありがとうございました。

 ちなみに前作の勇者と違って幼女勇者に『寝取り』スキルは付いていませんので、サーシャに『性女』要素はありません。


 連載中の『異世界で僕は美少女に出会えない!?』も宜しくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 普通に聖女が地雷にしか見えない
[一言] 聖女が3人でって言いだしたときに、「コレは勇者が女パターンか!?」と思いましたが幼女とはおもわなんだ。 はっはっは、コレは一本取られたわい!
[良い点] ( ´3`)・;'.、・;'.、ブッ こらまたエライこっちゃ。 面白かったです! (´∀`σ)σ☆
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