プロローグ
ある住宅街に、若々しい、元気な声が響き渡った。
春。出会いの季節。二つのある家族はこうして出会い、そして交わっていった。
ピンポーン
「こんにちは。真向かいに引っ越してきた、広川です。これからよろしくお願いします」
小さな女の子を連れた母親が家から出てきた女性に話す。
「あら、こんにちは。日高です。こちらこそよろしくお願いします」
エプロン着のまま玄関に出てきた女性は、目の前にいる母親の後ろにいる子に目をやった。
「その子は? 可愛いですね」
「そうですか? ありがとうございます! 3歳です。ほら、挨拶は?」
「ひろかわ、ゆら、でしゅ! しゃんしゃい!」
舌のよく回らない声が辺りに響く。幼児特有の甲高い声。頑張ってゆっくりと話していて、声を聞くだけでもほほえましく思える。3を指で作り、にかっと笑う。
ゆらの声を聞いて、日高家の家から一人の男の子が出てきた。彼女よりも少しだけ背の低い男の子は、日高母の隣に来る。
「あら、丁度よかった。あの家に来た、ゆらちゃん。あなたと同じよ。挨拶は?」
「ひだか、とおや……」
そのまま、彼は口を噤んだ。そして、目の前にいるゆらを見つめる。
「とおやくん?」
「ああ、とうや、です。よく間違えられて」
「分かります。このくらいの年だと、行動とか声とかばかり覚えられて名前は覚えてもらえないんですよね。可愛いね、だけで」
「そうねー。あ、そういえば、ゆらちゃんは保育園、どこへ行かせるつもりなんですか? とうやは、一の宮保育園に通っているのだけれど」
「まあ、すごい偶然です! 明後日から一の宮に通わせるんです。同じクラスになれたらいいですね」
保護者同士で話が盛り上がる一方、子ども二人はなかなかそんな風にはいかなかった。
とうやに弾けるような笑顔を見せる、ゆら。とうやはその姿を見て、ほんのりと頬を赤くした。
春、出会いの季節。青くはれた空に、淡く色づいた桜の花びらが舞う。
太陽にも勝る明るい声で、少女は言った。
「よろしくね、とおやくん!」
「うん、よろしく……」
少年の口元は、すこし嬉しそうに歪んだ。