異世界ショーギ事情 ――まるで将棋だな。
(うちの別作品とは全くコレッぽっちも関係がないと思います)
僕、勇者ワタルは、日本からこの世界に召喚された勇者だ。
なんだかんだあって金貨2300枚という、日本円に換算して23億円という莫大な借金をこさえてしまった僕は、帝国の飼い犬として今日も元気にお金を稼いでいた。
「ハク様、こちら、ご依頼の品でございます」
「ご苦労様」
勇者は類い稀なる能力を持つため、それを駆使すれば1ヵ月に金貨100枚は稼げる。よって、23ヶ月頑張れば借金の返済は終わる見込みだ。……あと半分くらい残ってるんだよなぁ。はぁ。
「そういえば今回の依頼品、野生のベヒモスの柔爪って何に使うんですか?」
「あら。貴方がそれを知る必要はないでしょう?」
「ああいえ、まぁ、そうなんですけど……硬爪ではなく、わざわざ柔らかくて武器や防具にも向かない爪を、しかもベヒモスを殺さず採ってこいとか気になるじゃないですか」
「ふむ。……まぁいいでしょう。別に隠してることじゃないし……これはね、ショーギの駒にするのよ。加工して芸術作品にするには柔らかい方が扱いやすいというわけね。ベヒモスを殺さないようにというのは、そうすればまた採れるからですよ。どう、満足いく回答かしら?」
ショーギ。ショーギとな、しかも駒?
「えーっと、その。……この世界にも将棋があるってことですか?」
「あら。ショーギを知ってるの?」
「知ってるも何も、僕、こう見えて将棋は結構強いですよ?」
「へぇ……そういえばショーギは過去の勇者がもたらした遊戯だったわね」
どうやら、過去に召喚された勇者がこの世界にも将棋を広めていたらしい。
ハク様がニヤリと微笑む。
「なら、私とショーギしてみますか?」
「お。ふふふ、いいでしょう。いかにハク様といえど手加減はしませんよ?」
「――そう。なら公式ルールで私に勝てたら貴方の借金をすべて肩代わりしてあげましょう。あなたの幸運スキルも、ショーギの前にはさほど意味のないものですし」
「え、いいんですか!? やります!」
僕は喜んで申し出を受けた。それが、(ある意味)地獄の始まりとも知らずに――
「では駒だけど……貴方、持ってるの?」
「え? えーっと、持ってません」
「しょうがないわね。私の駒を貸してあげましょう。こちらを使って並べておきなさい」
ハク様がパンパンと手を叩くと、メイドがすっと僕に革袋と、半分の将棋盤を差し出してきた。折り畳み式の将棋盤の半分と言った感じだ。大理石製なのか、かなり重い。
「……ええっと、なぜ半分なのですか?」
「自分の陣地は自分で並べる。ショーギの常識でしょう?」
「え、あー、えっと、まぁ、そうですね。はい」
言われてみればそうなのかもしれない。
「私は私で並べますから。では並べ終わったらドッキングしますので、教えてください」
「はぁ」
革袋を開けると、そこにはごちゃっと色々入っていた。
……おう、これ他のゲームの駒とかも混じってるな。カードデッキまで入ってる。几帳面なハク様にしては雑なことだ。
まぁ、急遽予備を取り出して来たということだろう。僕はそれらの中から木製の将棋の駒を探し、将棋盤の上に並べていった。
「それにしても、この世界に将棋あったんですね。みんなサイコロばかりでボードゲーム無いのかと思いましたよ」
「ああ、まぁルールが複雑だし、貴族向けだからかしらね。ちゃんとやるとお金もかかるし……リバーシなら庶民でもできるとは思うけど」
なるほど、ルールの壁か。でもそれを乗り越えれば無限に遊べる競技なんだけどなぁ、将棋って。
「できましたよ」
「こちらもできました。では開戦といきましょうか」
そう言ってハク様は、
様々な、見たこともない駒を乗せた半分の将棋盤をこちらに差し向けてきた。
……あの? 違うゲームの駒が乗ってますよ?
っていうか、王将しか僕の知ってる駒がありませんけど。あと、数少ないんですけど。
「あら、ワタルはスタンダードなのね。よほど腕に自信があると見えるわ」
「スタンダード?」
「折角、今年出たばかりのブースターボックス『勇者ワタルの争乱』の駒まで全て入れておいたのに使わないのは予想外だったわ」
「ブースターボックス!? しかもなんか僕の名前が入ってる!?」
って、ちょっとまて。もしかしてまさか、先ほどの革袋の中に入っていた駒、全て将棋……否、ショーギの駒なのか!?
「どうしたの、早く始めましょう。手加減は不要よ?」
「え、ええとハク様。もうしわけ――」
「さ、早く始めましょう」
ハク様が、きらきらとした瞳で僕を見ていた。普段、皇族として常に気を張った目をしているハク様が、まさかこんな幼子のような目で……!
こ、これは、止めてはいけない……!
「せ、先行は、どうぞ……」
僕は搾り出すようにそう答えた。せめてハクさんの出方を見て、様子を見よう。
「あらいいの? じゃあ遠慮なく――私のターン。ドロー!」
「ドロー!? いきなりカードゲームが始まった!?」
「ふふっ、特殊効果が使えるカードは序盤のうちに手に入れておくのが定石でしょう? さ、次はワタルの番よ」
ハク様はさも当然といった顔で手に1枚のカードを持つ。……あ、いつのまにかこっちにも山札が置いてある。メイドさんの仕業か……なんだこれ。僕の知ってる将棋じゃない。
とりあえず、僕もカードをドローしてみる。
「……!」
手札に来たカードは、2回行動。
このカードは自分のターンに使用でき、使用したターンは1つの駒を2回動かせる。
これは、相当強いのではなかろうか。
「あら。相当いいカードを引いたみたいね。それじゃあ私のターン。カードを……というのもいいけど、3の七にいる『紅の魔術師』の特殊効果発動」
「と、特殊効果!?」
「ええ、直線状にいる駒一体を撃破するわ。カウンターはある?」
「カウンター……い、いえ、ありません」
「ならこの『歩』は貰うわね」
あ、よくわからなかったけど遠距離攻撃ができるんだ。その駒。ずっけぇ……
「あら、もしかして『紅の魔術師』を見るのは初めてだった? 大丈夫よ、『紅の魔術師』の効果はコスト5にしては破格だけど、1ゲームに1回しか使えないわ」
「コスト……!?」
「? ワタルはスタンダードにすることであえて低コスト戦法にしてるのよね?」
ショーギの駒はコスト制のユニットだったのか。
「さて、相手の駒を奪ったことで2の七にいる『血を求めるギロチン』の特殊効果をチェインして発動。奪った駒を破棄し、この駒のタテヨコ1マスの範囲にいるコマ1つ対象に、成らせる……対象は、もちろん『紅の魔術師』!」
チェスの駒みたいなのが『血を求めるギロチン』というやつらしい。そして、隣の赤い駒――『紅の魔術師』をひっくり返すハク様。
「『紅の魔術師』は『紅蓮の魔導士』になったわ。これで次ターン、今度は範囲攻撃になった特殊効果、爆裂魔法を食らわせてあげるわ……ターンエンド!」
やばい。もはや僕の知ってる将棋の面影がひとかけらもないぞ。
しかも取った駒を破棄って。敵兵はギロチンで生贄に奉げるシーンをありありと脳内再生してしまった。
……よし、こうなったらこちらもあっちの強い駒を奪うしかない!
っていうかどう動くんだか知らないんだけどね、あっちの駒。
「えっと、マジックカード2回行動発動します。対象は、飛車……で、こういって『紅蓮の魔導士』をとりますね。一応、成っときます」
「なっ!? 2回行動……ふふふ、さすがワタル。ショーギだろうと容赦なく幸運スキルを発動させてるわね。いいわ、持って行きなさい」
「あー、ちなみにその、『紅の魔術師』の効果ってこっちは別で使えます?」
「ええと、たしか使えるはずよ。コンマイ部発行のルール裁定によると――」
「……コンマイ!? いいんですかその名前!?」
「ええと、細かい所を処理する、という意味の日本語が由来と聞いたわよ?」
「方言だったー! ならセーフですね!」
危なかった。いや、異世界なら関係ないんだろうけど。
「まぁ、とりあえずこちらのターンね、ギロチンはそもそも移動できない駒だから……ドラゴンキラーの『ホワイトナイト』で取らせてもらうとしましょう」
将棋にドラゴンキラーとか意味あるんだろうか。と思ったら、『ホワイトナイト』は飛車の成った龍の隣のコマに置かれ、龍はとられた。解せぬ。
「言うまでもない事だと思うけど、キラー系は対象にタテヨコ有効だから」
言ってくれて助かった、そういうルールあるんだ、へぇ……
飛車だったら無事だったんだろうか。奥が深い(遠い目)
「……んー、ギロチンは止めておきましょう、飛車は強い駒ですし、消費コストにも使えますからね。さすが大駒、コスト10なだけのことはあります」
よかった、飛車は強かった! あ、でも取られたんだよな。どうしよう……
と、その後なんやかんやでカードをドローしたり、墓地に破棄されたはずの駒を特殊効果でゾンビトークンとして呼び出したり、トラップカードを配置したり、洗脳解除とかで取った駒を奪われたり、3つの駒を融合して上位駒を呼び出したりなんやかんやあって――
「ふぅ、これで全駒ですね」
「……はい、参りました」
当然、蹂躙された。
しかしなんだろう。今僕の心はむしろ清々しい。……きっと将棋で負けたからじゃない、ショーギに負けたからだな。
「いやぁ、粘りましたねワタル? ラヴェリオ帝国ショーギ大会5年連続優勝者である私に、お遊び構成だったとはいえここまで粘るとは……まさか最後に『王の帰還』を使って5ターンも粘られるとは思わなかったわ」
「あはは……幸運スキルはやっぱりゲームするときに有利すぎて向かないですね」
結局、ドローしたカードの効果によってなんとか戦うことができたって感じだった。
……もうね、途中から意地だったね。
「しかし成程、ちゃんとやるとお金がかかる、ってこういうことだったんですね……」
「ええ。毎年のように新たなブースターキットが出るので……環境最前線をキープするには、常にお金がかかります。期間限定や、素材による縛りなんかもありますし。まったく奥が深いですよショーギは。さすが異世界のボードゲームですね」
「……ははは」
僕は笑うしかなかった。
異世界において、将棋は進化していた。
最初は、魔法使いの駒がないのはどうしてだ、という話があったそうだ。
そこから成らない代わりに特殊効果のある駒とかどうだとか、立体的な駒がカッコイイとか、むしろ陣地固定はおかしいとか、折角だから俺はこの赤の扉を選ぶとか、2段進化しようとか、コスト制にしてはどうかとか、色々と話が膨れていき、今の形になったらしい。
なんかこう、人間ってスゴイな。そう思った。
将棋は、伝統とか全く関係ない異世界において、ルールの壁などというものはぶっ壊して完全に別の何か……ショーギに生まれ変わっていた。
リアルマネーの力で駒を集め、コスト内で陣地を構築し、カードゲーム要素までもをとり込んだ、新しすぎるゲームに。
……まぁ、きっと、ルールがわかればこれはこれで面白い。というか最後の方は結構面白く逃げ回っていた。
「まぁ、ワタルはスタンダードしか知らなかったでしょうけど」
「……あの、もしかして、将棋しかしらないこと気付いてました?」
「ええ当然」
「えーと、いつからでしょう?」
「もちろん最初からですが?」
ですよね……! じゃなかったら借金肩代わりとか言いませんよね! こんにゃろ!
――尚、その後僕がショーギの駒集めに嵌って借金が金貨300枚ほど増えたのは、ここだけの話である。 あ、くそっ、またダブった! 幸運スキル仕事しろよもう、ええい、こうなったらブースターボックスを貴族買いだ……!
(人が進化するように、人の作ったものも進化する――そういうテーマで書こうかなって思っていたんです、本当なんです!)