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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

メモーリアの海賊たち

錫羽根の商売

作者: ろんじん

 朝から強い日差しが街を照らしていた。ここは多くの貿易船が行き交う、アウロラ帝国のとある港だ。日が昇り始めた頃から人々は動き出し、これから出る船の支度や着いた船の荷下ろしに忙しそうであった。

 そんな波止場の様子が一望できる高台に、一件の小洒落た宿屋があった。黄色いレンガ造りに苔色の瓦屋根。室内の壁や床は木造で、テーブルセットの下に涼しげな青のラグマットが敷かれている。ルカ・ジャンパルノがこの部屋を借りてから早一ヵ月が経っていた。


 ルカは碧い宝石のような眼が美しい、優し気な男である。人混みでは頭が一つ飛び出るほどの長身だが、その柔らかな物腰で人に威圧感を感じさせない。彼が街中を歩くと、乙女たちは振り返らずにはいられなかった。計算と物の売り買いに長けており、この街にも商談を探しにやって来ていた。

 テーブルに用意された新鮮な果物と温かい珈琲を楽しみながら、ルカは新聞に目を通していた。一面には先日、訃報が伝えられた海軍中将の葬儀の様子が記されていた。息子が一階級特進するらしい。親が死ぬことで金と地位が得られるなら安いものだ、とルカは一瞥して流した。他にも牧草の不足だとか、魚の獲れ具合だとか、雑多な情報が載っている。端の方には南の海域で幽霊船が出たという話まであった。見た目は普通の客船だが、そこで出された物を口にすると記憶も自分が誰だかも忘れて帰って来れなくなるらしい。海を旅していれば帰れなくなる理由などいくらでもある。そういう話に尾ひれが付いて、たまにこうやって幽霊船騒ぎになっていた。

 新聞の間には広告も何枚か挟まれていた。古い毛皮を買い取ります、煙突の掃除を請け負います、といった小さな宣伝文句が紙いっぱいに刷られている。そのうちの一枚は懸賞金リストで、新規の欄にいきなり五百ポンドを掛けられた男が載っていた。一生遊んで暮らせる程ではないが、しばらく生活に困らない額だ。初登場からそんな値段を掛けられた男は哀れだが、賞金稼ぎたちはこぞって挑むだろう。いつまでリストに名前が挙がっているか、ルカは見物だと思い鼻で笑った。


 新聞と広告を一通りを読み、ルカは小さく切り分けられたオレンジを口にした。瑞々しい、新鮮な甘さが喉を潤す。それから珈琲を味わっていたところに、部屋をノックする音が響いて人が入ってきた。資料を片手にやって来たのは彼の部下、アルベロ・ベッティーニである。

 アルベロはふわふわとうねった短髪と、ツルの太い眼鏡が特徴のやや神経質な男だ。きっちりと着込んだシャツとベストが、今日も彼の膨らんだ筋肉でぱつぱつになっていた。

「おはようございます、ルカさん。今日の商談先資料です」

「おはよう、アルベロ。ありがとう。……ふうん、あまりぱっとしないね」

 ルカは受け取った資料に目を通しながらそう言った。取引内容は砂糖、鉛、ガーゼに香辛料。どれも悪くはないが、大金の匂いもない。こういう小さな稼ぎなら既に間に合っている。彼がわざわざ陸に上がってまで探しているのは、もっと大きな商談を求めてのことだ。

 ぱらぱらと紙をめくりながら、ルカは街を変えるべきかと考えた。一月もいて見込みがないようであれば、今ここには利益がないのかもしれない。無駄に長居をするより、他所へ行った方が別の話が手に入るだろう。それなら、早めに本船へ連絡をして次の手配をしなければ。

 そう思った矢先、一枚の商談書類が彼の目に留まった。

 相手は過去何度か取引をしたゾルズィ商会。狙いの品は羊毛。今年このあたりの地域では牧草が不作で、羊や牛などの値が上がってきている。それは肉だけに限らず、皮や毛なども同様だった。そこへ輪をかけるようにして羊毛の輸入船を襲い、暴利をむさぼろうという話だ。

 ルカが書類をめくる手を止めたので、気になったアルベロは後ろから覗き見をした。そして直ぐに怪訝そうな声を上げて言った。

「ルカさん、それは、そいつは駄目ですよ!確かに羊毛は値が上がってきていますが、あれは陸路でも簡単に運べます。船が襲われると分かれば、商人たちは直ぐに陸路で近隣から品を集めるでしょう。それで、俺たちよりも少し安く値をつければ売れること間違いなしです。それじゃあこっちが大損ですよ。その商談は利がありません」

「うん。そうだね。きっとそうなるだろう。商人はそういうことには利口だし、この男も分かっているはずだ。前に数回会ったことがあるが、そんな簡単なことが分からないほど馬鹿ではなかった。けれども、それでいて尚、この商談をうちに投げかけてきている。ということは、少なくとも、彼はこれで儲ける算段があるらしい」

「えっ…」

「他の申込みは全部断ってくれ。彼の話を聞きに行こうじゃないか、アルベロ」

「はい、直ぐに」

 自分の意見を聞き入れた上でゾルズィ商会を選んだルカの意図が分からず、アルベロは困惑した声で言葉を返した。普段なら薄利の取引や、危ない賭けはしない人なのに。それにどう見ても、この羊毛取引で多額の利益が出るとは思えなかった。

 二人は午前のうちにゾルズィ商会の屋敷を訪れた。


***


 ゾルズィ商会はここ数年で大きくなった、比較的新しい貿易会社である。陸路の近距離貿易から商売を興し、近年は航路での遠距離貿易へと手を伸ばしてきた。幅広い仕入先と、商品の多さが他よりも少し抜き出ている会社だ。ルカたちが訪れた屋敷はこの街にある支店だった。小さな赤レンガ造りの一軒家で、ドアマンに商談の招待状を見せると中の応接室に通された。

 出迎えてくれたのはゾルズィ商会の主、アウジリオ・ゾルズィである。

「またお目にかかれて光栄です、ジャンパルノ副船長。それにベッティーニさん」

「こちらこそ、ご無沙汰しておりました。ゾルズィさん。支店ですから、代理人の方との商談だと思っておりました」

「はっはっは。まさか。バルベリーニ商会さんとの取引だけは人に任せられませんよ」

 ルカの言葉に握手を交わしながら笑うアウジリオは、中肉中背で口ひげを蓄えた小男だった。ズボンの上に膨らんだ腹が乗っており、二本脚で歩く豚のようだ。双方がソファーに腰を下ろすと、直ぐに角砂糖を添えた紅茶が用意された。それから使用人が部屋を退出し、三人だけの空間となる。

 冷めないうちに、とルカたちに紅茶を勧めながら、アウジリオは砂糖をごろごろと中に溶かした。ルカは角砂糖を一つ粒入れて、アルベロは三粒落として飲んだ。濃い茶葉の味が口の中にしっとりと広がる。

 一口付けたティーカップをソーサーに戻し、ルカはさっそく商談を始めた。

「さて、今回は羊毛の取引ということで招待をいただきましたが。詳しくお聞かせ願えますか?」

「もちろん!お越し頂いて誠にありがとうございます!ご存じでしょうが、今年、このあたりの地域は牧草が不足して羊の育成が上手くいっておりません。これから秋に向けて、街の仕立屋は収穫祭の準備に羊毛、糸、布などを欲しがる時期です。既に何件かの店では船を使っての大きな買い付けが終わっています。それにうちも一枚噛んでおりまして。いつどこを船が通るのか、情報を掴んでおります」

 アウジリオは肉厚の頬を自信たっぷりに動かしながら、一枚の書類をテーブルに置いた。それは仕立屋に納品する羊毛や布などが、どこからどの航路を通って届くのかを一覧にしたものだった。納品回数は五回。うち一回は船団を組んでの大規模輸送になっている。出発地と目的地の他に、途中の寄港予定地まで記されており、かなり詳細な資料だった。

「他の商人たちの情報まで細かいですね」

「今回は特別です!一件ずつの取引じゃ商売にならないと言って、街中の仕立屋がまとまって発注をかけてきたのです。だからこちらも、複数の商会が交互に船を出しています。この一回目の輸送はモンタニーニ商会。二回目がうち。三回目がメディチ商会を加えた三商会合同で、四回目はメディチさんのみ。最後にもう一度、うちが船を出します。今回はこういう複数での取引になったので、全航路が把握できたのですよ」

「なるほど。それでうちにお話をいただけたわけですね」

 興奮気味に喋るアウジリオの言葉を聞き流しながら、ルカは資料を細かく確認していった。一番最初に港へ着く船は既に出航している。後二週間ほどでこちらへ到着するだろう。その後も半月間隔で商品が届く予定になっているから、これを狙うには早々に準備を整えなければならない。けれども詳細な情報が手元にあるので、やりやすい仕事でもあった。

 資料を興味深く眺めるルカにアウジリオはそっと声をかけた。

「いかがです?今回のお話」

 アルベロはその様子を、眼鏡の下で眉間に皺を寄せながら見ていた。宿屋で言った通り、どうにも成功する気がしなかったのだ。

 しかしルカは豚へ眼を向けると、にこりと笑ってこう返した。

「分かりました。この話、乗りましょう」

「ありがとうございます!」

 ルカの返事を聞いてアウジリオは大いに喜んだ。肉厚の手でルカの手を握り、それから依頼金をテーブルに置いた。商談が成立したとき、相手からは五ポンドを、こちらからは望みの報酬を一つ聞くのが決まりだった。

「報酬は何がお望みですか?」

 ルカは金をアルベロに仕舞わせながらそう尋ねた。するとアウジリオはそれまでの大声をさっと顰め、別の紙をルカに渡してこう言った。

「ありがとうございます。実は、今お見せした貿易とは別に、メディチ商会が海軍へ大量納品する機会が数ヶ月後にあります。それを不成立にしていただきたいのです」

「……海軍の護衛付き貿易ですか。ガレオン一隻にフリゲート一隻。荷はこちらでいただいても?」

「構いません。不成立になりさえすれば、もらっていただいても、沈めていただいても」

「同業者相手に随分なことですね。軍の依頼を失敗するとかなり痛手なのでは?」

「はははっ、恐らく。しかしうちがより大きくなるには、少しばかり邪魔なもので」

「分かりました。この件、確かに引き受けましょう」

「ああ、誠にありがとうございます!」

 報酬の件もすんなりと話がつき、アウジリオは重ね重ね礼を述べた。このまま昼食でもどうかと誘われたが、ルカは準備があるからと断って早々に屋敷を後にした。


 宿屋に戻り、アルベロは今回の商談についてルカに尋ねていた。

「なぜこれを引き受けたのですか?情報がありすぎて、俺は逆に変だと思うのですが」

「そうだね。確かに話が通り過ぎている。それに報酬がちょっと手強そうだ。海軍の邪魔をすると睨まれちゃうから、あんまりしたくないね」

「それならどうして!」

 ルカの言葉を聞いてアルベロは更に声を上げた。おかしいと思うなら止めるべきではなかったのか?商談はルカの一存で決まるので、アルベロは隣にいても口を出さなかった。しかしルカも違和感を感じていたのなら、仕事を受けなければ良かったのだ。

 いくつも商談をしていれば不成立になることだって多くある。利害が一致しなければ仕方がない。それは商人同士の話し合いでも、商人と海賊の話し合いでも変わらない。

 それなのに、今回ルカはこの妙な話を引き受けたのだ。

「確かに今回の件、羊毛や布じゃあんまり利益は出ないと思う。でも、向こうから話が来る前にちょっとおもしろい資料を見ていてね。何でこんなに高値で掛けてあるのかと思っていたんだけど、彼の話を聞いて合点がいったよ。三商会合同での貿易なら保証金も弾むってわけだ」

「保証金……?」

 食ってかかった顔の前にリストの束を突きつけられてアルベロは目を丸くした。そこには直近の、海上保険証券の内容が記されていた。

 海というものは、常に予測がしづらい道である。十分な用意をして出発したとしても、嵐に遭ったり、渦潮に巻き込まれたりと様々な危険が用意されている。海賊もその内の一つだ。だから貿易商人たちは積荷に保険を掛け、もし物が売れない状態になった場合、保険商人から保証金を受け取れる仕組みを作っていた。海上保険証券とは、航路で運ぶ荷物に掛けた保険の保証書である。これがあれば、保証金の受取人として万が一のときには金を手にすることができた。

 アルベロがさっとリストに目を走らせると、そこには先ほど話を聞いた船の名前が載っていた。ルカの言う通り、他よりもかなり高い額が掛けられているようだ。それは船団だけでなく、ゾルズィ商会単独での航行も同様であった。

「これ、羊毛を売るより保証金をもらった方が得なんじゃ…」

 アルベロは感じたことをぽろりと零し、それからはっとルカを見た。ゾルズィ商会は、羊毛が売れても売れなくても、船が襲われさえすれば儲かる手筈になっているのだ。そして船は、確実に襲われる。なぜならそれをルカに、錫羽根海賊団の副船長に、本人自ら依頼したからだ。

 話が頭の中で繋がり、アルベロはかっと眼を見開いた。蛇の獣人である彼は普段、瞳孔が縦に長いが、怒りで窄まると人に近い円形となる。二股に割れた舌先を隠すことなく曝け出し、この場にいないアウジリオを罵った。

「あの野郎っ!俺らを出汁に美味いとこを持って行きやがるつもりだっ!ルカさんっ、今から戻ってあの豚野郎ヤっちまいましょうっ!」

 向こうの算段に気付いたアルベロはポケットから分銅鎖を取り出して、今にもゾルズィ商会へ乗り込もうとする勢いだった。彼の仕事は専ら情報の収集や会計処理といった事務仕事だったが、鎖に繋がる分銅を巧に操る戦闘員でもある。その働きぶりは一味の中でも飛び抜けていて、いつも功績の首位争いに加わっていた。

 しかし勇ましい彼の様子を見ても、ルカはふわりと優しく笑うばかりだった。

「アルベロ、お前は賢いけれど、まだちょっと足りないね。そのリストから大金の匂いを感じないのかい?」

「えっ?」

「時間があまりないから、さっさと用事を済ませないと。とりあえず本船への連絡準備をしてくれるかな」

「このまま受けるんですか?この話…」

「もちろん」

 今度はルカの思惑が分からずに、アルベロは細長い眼を丸くした。ルカは部下の手元から保険証リストを回収し、それをおもしろそうに眺めて言った。

「こんな見え透いた算段で話を持ってくるなんて。うちとの取引がどういうものか、彼にはしっかりと教えてなげないとね」


***


 港町ティアから南西へおよそ八十海里。予定どおりであれば、今夜あたり三商会合同の輸送船団がここを通るはずであった。積荷は主に羊毛、糸、布などである。ウーゴ・バルベリーニ率いる二隻の海賊船、通称『錫羽根』海賊団はその商船三隻を狙って海上を見回していた。彼らは先日、副船長のルカが陸で受けてきた商売の途中である。

 錫羽根の言う【商売】とは、商人と手を組んで特定物資の貿易航路を入手し、それに狙いを付けて襲うやり方であった。集中的に特定物資を狙うことで、それが運ばれる予定だった地域では物価が上昇し、多少高値でも売れるようになるのだ。出来るだけ上手く値を吊り上げて、人々が手を出すぎりぎりの暴利を貪るのが彼らの【商売】だった。

 今回も既に数隻の羊毛商船を襲っている。襲撃毎に功績上位者には特別報酬が出るので、水夫たちは皆張り切っていた。


 船長ウーゴが乗るガレオン船と、副船長ルカが指揮するブリッグ船は、洋上に浮かぶ光を探しながら進んでいた。二隻は並走している。だだっ広い海の上で麦粒のような船を見つけるというのは容易ではなかったが、夜は光が遠くまで届く。それに被害を最低限に抑えるため、闇に紛れての襲撃は毎度のことであった。

 ウーゴは自らも最上後甲板に上がって望遠鏡を覗いていた。バンダナにあしらった大きめのブローチがときおり光る。長い錫色の髪は頭頂部でぐっと束ね上げ、後頭部は短く刈り揃えてあった。海鳥の獣人である彼は、首筋から耳の後ろにかけてその特徴とも言える羽をふさりと生やしている。

 彼の他にも大勢の水夫たちが商船の影を探して海に目を凝らしていた。空はうっすら曇っていて明かりが少ない。夜に紛れるため船の明かりも減らしていたので、同じ甲板にいても仲間の顔はぼんやりとしか見えなかった。

「おーい、船影はまだ見えねえのかー?ここんとこルカたちに先を越されっぱなしだぜ?今日こそは俺たちが先乗りして、ぱあっとヤろうじゃねーか!」

 なかなか目標が見つからず、ウーゴは三本指のトリ足で甲板を叩きながら周りに声を投げかけた。それに答えて方々から声が上がるが、船を見つけたという報告は出てこない。今日は今回一まとまった獲物だ。是が非でも見つけ出し、取れるだけ取って派手に沈めてやりたかった。

 水夫たちの報告に舌打ちをしながら捜索を続けるウーゴの眼に、隣から灯りの信号が飛び込んできた。どうやら向こうが先に見つけたらしい。二時の方角と言っているから、丁度こちらの船からは見えない位置だった。

 またかよ!という思いと共に、ウーゴは血が騒ぐのを感じていた。直ぐに指示を出して段取りを決める。ルカたちに船団後方の一隻を、こちらで残り二隻を襲うことにした。今回は相手の方が多数だ。闇に紛れて行くとは言え、一気に叩かなければ余計な反撃を食らいかねない。

 船がそれぞれ動き出すと、ウーゴは砲列甲板に飛び込んで言った。

「準備はいいかお前らっ!俺たちで商船二隻を叩く!使うのは左舷砲門だっ。向こうの船首を斜めに横切ってぶち抜くぞっ!弾はあるだけ撃って構わねえ!俺が許す!景気よく行こうじゃねえか!」

「うおおおおーっ!」

 船長直々の熱い鼓舞に水夫たちは雄叫びを上げた。大砲の弾は貴重なので普段は節制しているが、たまにこうやってお許しが出る。そういうとき、砲撃手たちは喜んで仕事に当たり、期待に応えようと熱くなった。中でも一際大きな声を上げて拳を握ったのは、砲撃長のエーデラ・ペッレグリである。

 エーデラは赤いバンダナがトレードマークの小柄な男だった。しかし小さいのは身長だけで、声も度胸もずば抜けて大きく、大砲を使っての狙撃はかなりの腕前だった。接舷すれば大砲を小型に改造した大筒を持って乗り込み、功績を挙げて帰ってくる。彼もまた特別報酬を多くもらっているうちの一人だった。

「よっしゃ腕の見せ所だっ!火薬をケチって弾を海に投げ込むんじゃねえぞ!二回に分かれてぶちかますっ!船首寄り四門と、左舷船首砲は奥の船を狙う!残りは手前の船を一撃で仕留めるつもりで撃てっ!」

 二層に分かれる砲列甲板にエーデラの大声が響き渡る。それは雷が走るような凄まじい命令だった。仲間は皆その覇気を受け、指示通りに準備を急ぐ。エーデラが小窓から外の様子を確認すると、商船の灯りがぐんぐん近づいてくるのが見えた。予定通り、船の針路は相手の前をすれすれで突っ切るようである。ある程度近づいたところで商船の灯りが一気に増え、どうやらこちらに気が付いた様子であった。

 だがこちらは既に砲撃準備を整え、撃つタイミングを待つばかりである。

「先、用意!…………放てぇーっ!」

 ズドドドッ!

「再装填急げっ。後の組、用意!……放てっ!」

 ズドドドドッ!

 夜の海から突然顔を出したガレオン船が一斉に火を噴く。飛距離を考慮しての二段攻撃が船団を襲った。それから素早い装填がなされ、すれ違い様に再び砲火を浴びせる。その後は闇に溶け込むように大きく旋回し、商船の船尾へ接舷する。乗り込んで行けば商船は既に大穴が開いて慌ただしく、戸惑う船員たちを斬り殺すのは容易かった。

 二隻とも同じ要領で中を掌握すると、ウーゴは号令を飛ばして船を停止させた。船を真横に着け直し、戦利品の回収作業に取りかかる。商船は沈める予定だったので、使えそうな物はすべて引っぺがして積み込ませた。


 暗い夜の海で真っ先に灯りを見つけたのは、フォアマストに登って捜索していた水夫だった。報告を受けたルカは直ぐに隣を走るウーゴの船へ情報を伝え、返ってきた内容で作戦を把握した。こちらで襲うのは、船団の一番後方を走る商船に決まった。できるだけ大回りをして気付かれないように船尾を狙う。数発の撃ち込みを皮切りに、前甲板をぶつけるように接舷させた。

「反撃されたら面倒だ!さっさとやるぞっ!」

「おおおっ!」

 副船長の号令で水夫たちが商船へ飛び移っていく。ククリナイフを両手に一番乗りを果たしたのは、ペッシェ・ローリという水夫だった。彼は普段、船の装備品などを管理している航海長だ。口数の少ない男で、船長と同じ海鳥の獣人であった。首筋の羽に沿うように、髪の毛が斜めに短く切り揃えられている。見た目は華奢だが、大きなククリと素早い動きでいつも船の制圧に功を上げていた。

 視界を得るために灯りを持ち出した商人たちを、逆にそれを目印に斬り殺す。ククリはその刃が大きく反った作りをしていて、かなり切れ味が良い。鉈にも似た使い勝手の良いそれを、ペッシェは好んで武器としていた。

 またトリ足の指と踵には大きな爪がついており、彼はその蹴りだけでも人を黙らせることが出来た。

「ヒッ!止めてくれっ、頼むっ、助け……!」

 ゴシャリッ。

 商船の中を素早く駆けるペッシェの後に、憐れな船員たちの死体が転がる。命乞いの言葉すら最後まで聞き届けられず、男たちは血だまりの中に沈んでいった。

 ペッシェに続いて他の水夫たちも侵入を果たし、商船はあっという間に掌握された。

 後は死体を退かしながら積荷を運び出すだけである。

「……二十一。…船長、褒めてくれるかな……?」

 全ての惨劇が終わった船内で、ペッシェはやっと口を利いた。それまではただ只管に人を斬り殺していたのだ。彼は目の前で死んでいく命に興味が無かった。彼の眼中にあるのは、いつでも憧れのウーゴ船長ただ一人だった。

 船長は彼と同じ種類の獣人だが、強く大きく、堂々としていた。羽も暗い煤色ではなく、華々しい錫色である。ペッシェにとってウーゴ船長は、誰よりも眩しい憧れの存在だった。

「…帰ったらいっぱい報告しよ……」

 特別報酬をもらうには、たっぷり働きしっかり報告する必要がある。いつでも船長の前で活躍できるわけではない。見えないところでの功績は、自己申告するしかないのだ。

 ペッシェは船長が好きそうな装飾品を懐に入れつつ、積荷の運び出しに加わった。


***


 錫羽根海賊団による羊毛商船の襲撃はしばらく続いた。船での輸送を諦めた商人たちは、案の定、輸送手段を陸路に手段を切り替えた。そこでウーゴたちは適当に他と値を合わせ、そこそこの利益で強奪品を売り払うことになった。ぎりぎり不利益にはならない、と言った具合で儲けは少なかった。

 だが、商売をするため陸に残している仲間からは大金入手の知らせが届いていた。収入源はゾルズィ商会が掛けていた複数の保証金である。これによって五ポンド、三ポンド、とまとまった金が手に入り、羊毛よりずっと利益が出ていた。

 また数日前にはこちらからの報酬、メディチ商会の貿易妨害も無事に果たし、今回の仕事が全て終わっていた。

「いいなあ!こういう商売っ。またゾルズィみたいなのが出てくりゃ楽だなあ!」

 ウーゴは副船長であり幼馴染みでもあるルカにワインを注ぎ、楽しそうに笑った。一仕事を終えた後の宴会は格別だ。たっぷりの酒と肴を並べて大いに騒ぐ。二隻合わせて百人を越える錫羽根海賊団の宴は盛大なものだった。

「今回はたまたま保険証リストが手元にあって、偽造が簡単だったからだよ。でも、不備の差し替えだって言って持ってくだけで本物が手に入ったから、本当に楽だった」

「そりゃあ、本物の保証書の紙で作ってあれば俺だって信じるぜ?」

「ははは!それは困ったな。頼むから引っかからないでくれよ?」

「ふっ、そいつはいらねえ心配だ」

 酒が回り、親友との会話が一段と弾む。ルカの見事な仕事っぷりに感心しつつ、ウーゴは立ち上がって叫んだ。

「俺はこの船に、命以外何も掛けちゃいねえっ!ここが全てだ!保険なんてちっせえことするかよ!俺たちが強者だっ!もしもの事なんて考えるな!勝てなきゃ沈む。俺たちは勝ち続けるっ!そうだろ、お前らっ?」

「おおおおおっ!」

 ウーゴがそう言って酒を掲げると、水夫たちも雄叫びで答えながら拳を突き上げた。


 海鳥の獣人船長ウーゴに、知恵者の麗人副船長ルカ。二つの巨大な柱に集う錫羽根海賊団は、寂れた田舎町にまでその名が轟く大悪党だ。ウーゴが現れた場所には錫色の羽根が落ちている、という話が広まってこの通り名が付けられた。

 彼らは金に目が眩んだ商人たちと手を組んで物の値を動かす。人々の生活が圧迫されようと知ったことではない。それが彼らのビジネスだ。彼らに手を貸す商人がいなければ成り立たない仕事だが、残念ながら商談は成立している。

 海にも陸にも、悪党は居るというわけだ。

 略奪と宴会を繰り返しながら男たちは自由に海を渡っていく。錫色の羽根に魅せられた水夫たちが群れを成す。

 潮風に混ざる金の匂いを嗅ぎ分けて、彼らは次の商談を探しに海を行く。




End 2017/7/22

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