第7話:赤い夏
期末テストも終わり、夏休みがやって来た。しかし夏休みとは名目上のものであって、彼らに「休み」など存在しなかった。ただ週5日の授業が週7日になっただけだ。むしろ休めない。県立高校生にとって、夏休みに与えられるのは「休暇」ではなく「監視」である。
クーラーもない教室で、彼らは勉強し続けた。将来の何の役に立つのかも分からぬままに。
18時に1日のプログラムが終わり、タクヤはマサトと帰路に着いた。
空はまだ明るく、このまま帰るにはもったいないような気がした。
「なあ、カラオケ行こうぜ」
マサトの誘いに、タクヤは頷いた。ちょうどマサトと話したいと思っていたのだ。マサトとは中学校からの付き合いになるが、こうしたところが心地よい。
彼らはトチギ駅からNeo-Roy-Moに乗り、シントチギ駅に移動した。シントチギ駅の前は商店街や遊技場が多く、学生たちの遊び場となっていた。
タクヤたちがカラオケボックスに入ると、すでにほぼ満室だったが、幸い2時間コースで入ることができた。2時間ならば親や学校に怪しまれることもないし丁度いい。
本来カラオケやボーリング、ゲームセンターなどは「不健全なもの」として県立高校生が利用することは禁じられているが、月に1度だけ入場が許可されている。タクヤたちにとって、今日は特別な1日だった。
タクヤとマサトが交互に自分の好きなジャンルの曲を歌った。久々のカラオケだ。この夏休みになってから、本当に勉強しかしていなかった。こんな些細な時間が大切に感じられた。
しばらく歌っていると、突然部屋のドアが開き、男女4人組の高校生が部屋に入ってきた。
まずい、と思った。マサトは熱唱していてすぐには気づかなかった。
始まる前から勝負の決まっているケンカが始まっていた。
「この時間って混んでてさー。おれら2時間待ちとか言われちゃったわけ。でも公立のお客さんに譲ってもらえばいいって店員さんに言われたわけよ。キミたちそろそろ帰ってお勉強すればー??」
その白い制服で彼の身分もすべて察した。トチギ中央学園の奴らだ。4人のうちの1人の男子がタクヤに絡んできた。勝ち誇ったような顔。見下すような目。本当に「身分差」を感じさせるような態度だ。
タクヤはマイクを置き、帰り仕度を始める。
しかしマサトが彼らにつっかかった。
「おい、なんだよお前。自分たちの立場わかってんのかーーー。」
言葉よりも早くマサトの顔に蹴りが入った。マサトは抵抗もできずに壁に頭をぶつける。
なんとかやり過ごさねば。
タクヤの本能がそう叫んでいる。マサトを必死にかばい、男に頭を下げた
「ごめんなさい、僕らは月に1度のカラオケの日で、テンション上がっちゃってたんです。中央学園のみなさんに逆らおうなんて微塵も思ってなかったんです。こいつもカッとなっただけなんで、今回は許してください。お願いしますーーー。」
本心か否かが肝心なのではない。肝心なのは「態度」だ。タクヤは必死で彼らに頭を下げ続けた。
「チッ、そこまでされると気持ち悪いよ。せっかくの1日だし楽しめよな」
と4人組は部屋から出て行った。
タクヤたちの赤い夏は、もう始まっていたーーー。