第6話:白い雀
ウズマ側はトチギ区を南北に流れ、その川沿いにはもはや「旧世界」とも言える時代の「クラ」というものが並んでいる。でもこの「クラ」が臨時政府樹立以前の「栃木」の歴史の残滓であることを、庶民はきっと知らないんでしょうねーーー。
彼女はウズマ側沿いにある公園のベンチに腰を下ろし、湿った空を見上げた。7月の空気が、彼女の肌に触れる。あまり気持ちのいいものではないけど、これが夏ってものなのよね。
彼女の前を数人の男子校生が歩いていく。彼らの下校路なのに、まるで彼らが何か違反でもしているようにこそこそと歩いていく。私を見ることも「不健全行為」に当たるとでも言うかのように。
彼女は一息ついて立ち上がり、公園を出て西へ進む。
「そこにいるの?女の子の後をついて来る人なんて、好きになれないわ」
やれやれ、と一人の男子が顔を出す。彼の白い制服に、月明かりが反射していた。
「君が勝手なことをしてないか、僕が見張りにきたんじゃないか。もう読書の時間なのに迷惑な話だよ。」
と少しも迷惑そうな顔をせずに彼は言った。彼女の右に並んで歩き始める。二人は白亜の校舎が見えるところまでしばらく無言で歩いた。
「今夜あの学校の生徒がうちを見に行ってるわ。政府に見つかったらどうしましょう?」
「どうもしないさ。分かってるくせに。それよりもうちの生徒がケンカでもふっかけなければいいけど。絶対勝てないケンカなんて、彼らには可哀想だ。」
やはり少しも可哀想だというようではない。言葉はポーズというところだろうか。
「ねえ。スズメ。私もっとドキドキしたいわ。」
スズメ、と呼ばれた男は立ち止まり振り返る。いつの間にか彼の方が彼女の前を歩いていた。
「きっといつか、ドキドキするようなイベントを用意するよ。君だけのために。そう、きっと1年後くらいにーーー。」
二人の視線の先に、校舎に向かう二人の男子が見えた。彼らは黒かった。暗闇に紛れて飛び交う烏のようにーーー。