第5話:白亜の校舎
トチギ臨時政府には3つの行政区域があり、それは21世紀初頭には「市」と呼ばれたものに起源を辿ることができる。栃木市に合併されてしまっていた大平市が分離・独立し、県南諸市を吸収してオオヒラ区となった。そして栃木市がかつての県庁所在地の宇都宮市やその他の諸市を吸収してトチギ区に、そして那須塩原市が勢力を拡大し、シオバラ区として県北を統括している。そしてウズマ川のほとり、かつて栃木市の役所らしきものがあった場所にトチギ臨時政府庁が建てられている。そしてこの3つの区に1つずつ公立の男子校・女子高が配置され、これらのすべてを臨時政府が管理・監視している。タクヤの通う栃木第3高校はトチギ区にあり、臨時政府庁とはまさに目と鼻の先、政府庁の正門から続く道路の先にあった。
そんなトチギ区の西端の山の麓に、その学校は建てられていた。
ーーートチギ中央学園ーーー
トチギ臨時政府にある高校の中で、唯一の私立高校にして、政府内の最高学府。支配者たることを義務付けられた、ほんのひとの握りの人間しか通うことはできない。学費は公立の100倍で、さらに入学金等莫大な金額が要求される。しかし私立を出た学生は臨時政府内で確固たるステータスを手に入れ、社会のヒエラルキーの頂点に立つことが約束されるのだ。
校舎全体が白亜の壁に包まれ、辺りの光景とは完全に分離している。トチギ中央学園の存在は、この暗澹たる社会にとっては白すぎた。
タクヤたちがテスト勉強を終え、学校を出る頃には既に午後の9時を回っていた。この時間にもなるとトチギの街も暗くなる。夜の帳というよりも、臨時政府の管理体制が意図的にそうしているように思われた。
マサトと二人で校門を出ると、マサトは普段直進するところを右へ曲がった。タクヤはマサトと毎日一緒に帰っているため、慌てて彼を追いかけた。
「どうしたんだよ、いつもまっすぐだろ?しかもそっちはーーー」
「いいじゃん、別に。それにおれが行きたいのは女子高じゃない。もっと向こうのあの白い学校だよ。」
栃木第三高校から西に進むと栃木第三女子高に着くが、もちろん男子校生が付近に近づくことは許されない。もしも私服警察に見つかれば指導では済まないかもしれない。
それどころか、マサトはあのトチギ中央学園を見に行きたいというのだ。自分たちとは住む世界の違う人間達の通う高校。近い将来自分たちを歯車として使う人間達の通う高校。
気にならないことはない。しかし見たところで仕方がないではないか、とタクヤは諦めていた。無駄な労力は避けたいし、不必要なトラブルに巻き込まれたくない。
しかし友人のマサトが行きたいというのなら仕方がない。行ってみるべ、とどこかで聞いたことのある言葉遣いで、タクヤに返事した。