8 騎士エクターとの共闘
当社比でちょっと短めです
「なんで戻るんだ騎士なんか放っておけばいいだろうおい!アレフ!」
せめて説明してから言ってくれ!!と叫ぶブロードを振り切って、俺はひたすら駆け抜ける。
木々の間をぬけ、草原を駆け、俺はヨルネドの町に戻る。
二人と一緒に西の森に戻ってもよかった。だがエクターがネフィリム未完成体を倒せたかどうかが気になって俺はここまで戻ってくる。アイツがめちゃくちゃ強いとしても、万が一の可能性がある。エクターが死ぬのはファンとして看過できない。まあ俺がネフィリムを起動させる原因なのもあるけどな。だが森と町をわざわざ往復してくるなんて俺はさながらリバース版の走れメロスだ。かの暴れん坊ネフィリムをとっとと大人しくさせよう。
町の中心地に近づくにつれて、人の数が増えている。とはいえいるのは武装した兵士ばかり。町の住民は避難命令でも出たのだろうか、姿が見当たらない。
俺は隅っこの方にいる若そうな兵士に声をかけた。
「おい、エクターはまだ戦ってるのか?」
「なんだお前は!住民は避難するように言われてるんだぞ」
「固いこと言うなよ。まだ奴さんは倒されてない?兵士は突入しないの?」
「……まだエクター様は交戦中だ。下手に突入すれば被害が大きくなるだけだと、おひとりで戦われている」
見たところ俺が話しかけた兵士は、まだ成人しているかどうかも怪しいくらいだ。だが今の現状に歯がゆい表情であり、命令ひとつあれば突入して敵に立ち向かうだろう。戦士の顔って言えばいいのか、こんな状況でも怯えたりはしていない。
「それにお前、いくらなんでもエクター様を呼び捨てにするなんて無礼だぞ!あの方は騎士の称号を与えられている戦士なんだ!」
「知ってるぜ、俺もゲームっで何回か戦ったけど毎回叩き潰されたよ全く強いヤツだ」
「変なことを言うやつだな……そりゃあ、守護者を除いてアン・タブリで一番強いと言われている方だからな。……おい、待て!奥に行くな!」
若い兵士が俺を制止する前に、人ごみをかき分けて前へ前へと出る。エクターはまだ戦ってるんだな。流石にネフィリム相手には手間取ってるのかぁ。
道をどんどん進んでいくと、ある所に兵士が固まってたって道をふさいでいる。あれ以降は進入禁止のようだ。まあ俺にはそんなの関係ないけどな!
俺はちょうどいい感じに家の横に積み上げられている箱に乗り、そして民家の屋根へ上がる。ちょっと落ちそうだった。こんなところで骨折って闘えなくなるなんて涙が出るくらいダサい。
夜とはいえ、魔術灯があちこちに掲げられているおかげて町はそこまで暗くない。
少し高いところから見渡すと、町の外壁は遠く、いかにヨルネドの町が大きいかが分かる。さすが、田舎とはいえ大国の地方都市、巨大だ。
相変わらずエクターの戦っている研究所前では魔法による炎や雷の光がチカチカと輝いている。イルミネーションにしては攻撃的すぎるな。
近づくと、エクターの姿が見える。そしてネフィリムも。ネフィリムは片腕を切り落とされたようだ。あんな固そうな鎧を着てるのにさすがエクター!だがネフィリムは片腕でも十分すぎるくらいに剣を振っている。むしろ、さっきよりも動きに凶暴性が増したように見えるな。
家屋を伝い、俺は研究所すぐ近くの路地裏へと降りる。
研究所前でエクター、ネフィリムは剣を打ち合っていた。エクターが距離をとった瞬間、ネフィリムが手を高く掲げ、魔法陣を出現させる。
「くっ!」
魔法陣から放たれた炎から避けるためか、エクターはちょうど俺のいる路地裏に飛び込んできた。おお、偶然だがちょうどいい。
「困ってるみたいだな、俺がいるぜ!」
「うおおっ!?」
「あぶなっ!燃えるぞ!」
俺はエクターに声をかけた。が、勢いよく後ずさったせいで炎の渦巻く表通りに出そうになった。俺は腕を掴んで引き留める。そんなに驚かなくても……。
「なんっ、お前か!!清掃夫!!」
「おう、俺だ」
「急に消えたと覚えば、なんで戻ってきた!巻き込まれて死んでも知らんぞ!」
怒鳴るなよ。顔立ちが整っている分怖い。
だが、何も俺は見物やエクターの生死確認のためだけに戻ってきたわけじゃない。
「手間取ってるじゃないか。他の兵士を呼ばないのか?あんた息切れてるぜ」
「……呼ばないさ。おそらく、まともに立ち回れるような兵はわずかだ。無駄な犠牲者を出したくはない。……だが、正直に言うが、魔力は切れた」
「えっ、マジで?もう玉切れ?」
「口惜しいが、他の兵士を呼んできてくれ。手練れの上級兵だけを……」
「いや、俺がいるぜ」
「…………あのなあ!死ぬぞ!」
今まで堅苦しい感じだったが、エクターは口調を崩して俺を怒鳴った。まるで子供を叱るような言い方だ。だがエクターは王国兵隊第3部隊隊長、国民を守るのが役目だ。責任感も正義感も強そうなエクターのことを考えれば、一人の犠牲も出したくないんだろう。だが被害を抑えたるため一人で戦うなんて、さすがに無謀だろ。いやでも、強大な魔物に一騎打ちを仕掛けれるのが「騎士」なのか。
「大丈夫だ」
「お前な」
「俺は、大丈夫だ」
「……なんだその自信は。兵士でもないだろうに」
「ああそうだ。俺は俺の部下でもなきゃ、国民でもない。別にお前に守ってもらわなくて大丈夫だ。それに、さっき俺の剣悪くないって言ってたろ」
エクターは顔をしかめた。俺の態度を傲慢だと思ってるのか、それとも頭がおかしい馬鹿だとでも思ってるのかもしれない。だがもし、エクターが死んでこの町が破壊されたらそれはそれで困るというか、罪悪感に苛まれる。
「魔力も切れて、さすがに体力の方もなくなってきただろ。俺の協力を仰ぐのは悪くないと思うぜ。勝策はある」
エクターは俺をじっと見る。ぶっちゃけ今の俺はろくに自己紹介もしてない不審者野郎だ。撃を仕掛けてくることも考えられるし、ただの足手まといになって戦闘開始早々に死ぬ可能性もある。実際のところ、俺がエクターと共闘したいって気持ちがあるのも事実だ。不謹慎だけど、そこはあれだ、ファン精神だ。
「……わかった。やってみよう。お前の動きは本当に悪くない。だが、危険な場合は直ちに戦線離脱するんだ。いいな」
「了解」
「それで、作戦は?」
「うん、じゃあ状況に応じて協力したりしなかったりして頑張ろうぜ」
「それはぶっつけ本番というんだ!」
「はっはっはキレるなよ怒りっぽいと禿げるぜ!嘘嘘、怒るな、俺じゃなくてあっちが敵」
エクターが拳を構えたところで俺はふざけるのをやめる。こいつの拳はきっとそこらへんの石つぶての何倍も痛いだろう。それを食らうのは嫌だ。日夜鍛えているであろうエクターの筋肉の盛り上がり具合は鎧を着てても分かる。
「エクター、あんたはあいつの右腕を切り飛ばしたよな」
「ああ」
「なら外装は硬くても、体のほうはまだ柔らかいってことだ。アイツの首を狙おう。いくら天使化してるとはいえ、首が落ちれば……死ぬはずだろ?」
「一撃では首は落ちない。あれが回復魔法を使う可能性もある」
「じゃあ、俺が前から指すから、お前は後ろから切ってくれ。俺が動きを止めるから、その隙にやってくれ」
「……簡単じゃないぞ。あれの剣は速く、重い」
「両手に武器持ってたら失敗したかもしれないがな。でも片腕だけなら、できるさ。じゃ、行こうぜ」
俺は剣を抜く。作戦は伝えた、あとは実行するだけだ。
俺は一度大きく息を吸い込んだあと、走り出す。
路地裏から飛び出した俺にネフィリムはすぐ気づく。離れていれば魔法が直撃だ、俺はすぐに距離を縮める。
「ギギギギイイッ!!」
「ふっ!」
振り下ろし攻撃。横によけ、すぐ背後に回って切り付ける。だがそれもすぐネフィリムの剣に受け止められる。さっきよりも速いな。腕が切れてるからダメージ0なわけないんだが。
俺に続いてきたエクターが、反対から切り付ける。
「だあっ!」
「ギッ!ギギギッ!!」
エクターの連撃。素早い打ち込みだが、剣で受け止められ、鎧に弾かれる。
俺は背後から、剣をバットのように構える。そしてフルスイング!
「ギッィイッ!!」
効いたな!ネフィリムから悲鳴のような声が出る。
ほんの僅かにネフィリムは体勢を崩す。エクターは剣を素早く構え、振り下ろす!
「ギィイッッ!!」
「くそっ!」
だが弾かれる。頭を殴られたのに、ネフィリムが体勢立て直すのは早い。
エクターに隙ができた。俺はこちらに意識を移させるべく、剣を振る。
だが二方向からの攻撃が続き、ネフィリムも反撃に出る。
剣を水平に構え、大きく体を回転させた。
「ギギギギギイイアァッ!」
「うおっ!」
「ぐうぅっ!」
歯車のように回転しながら、全方向へ切り付ける。回るなんてバランスも崩れ力が入りにくいはずなのに、俺は強く弾き飛ばされる。そしてエクターも、ネフィリムを挟んで向こう側で体勢を崩したのが目に入る。いや、腕を切られたんだ。遠目でもエクターの傷は浅くないように見える。
「ギギ、ギ……」
ネフィリムは手を高く上げる。このモーションは、魔術発動だ。ここからはもう路地裏や炎を防げそうな場所には走っても届きそうにない。
俺は、まあ大丈夫!だがエクターはもう防御魔法が使えない。まともに食らえば、あの炎の威力だ、焼け死ぬ?それは困る。なんというか、俺が困る!なんたってファンだからな!
路地裏には届かない……が、エクターがいるところには届く。
「うおおおおっ!!」
「おい、おまっ」
驚いた顔が目に入る。俺がまるでぶつかるような勢いでエクターのところに走りこんだとき、周囲は炎に包まれた。
気付いたときには、背中が熱かった。燃えるように、いや燃えてるんだ。激痛が走る。俺はエクターの上にのしかかるような体勢になっていることに気付いた。しまった潰してる。いや、これでいいんだ。俺の咄嗟の作戦は成功だ。
「う……」
俺はすぐ立ち上がろうとするが、身体に力が入らず膝をつく。
そんな俺に肩を貸したのは、他でもないエクターだった。だが、怖い顔だ。怒ってるなこいつ。
「おいっ、おいっ!お前、ふざけるな!危なくなったら戦線離脱しろと言っただろう!!」
耳元で叫ばないでくれ。デカい声出さなくても聞こえてるよ。まだ死んでない。
身体の状態を確認してる余裕はないが、もう背中あたりはすっかり焼けたんだろうか。ついさっきまでは激しい痛みがあったのに、もう背中ごと何処かになくなったかのように無感覚だ。こんなときに俺は呑気なもんで、ナベリウスに噛み砕かれて死んだ時よりも痛くないななんて考えてた。いやでも、とっとと感覚が消えたせいかもしれない。絶賛背中が焼けてるときはめちゃくちゃ痛かった。
「すぐ撤退だ!今ならまだ……」
「いや、いい」
俺はエクターの背中を押して離れる。なんとか立ってるが、膝は震えている。痛みはなくなったが体には思いっきり負担がかかっているせいかな。たまらないほど怖いわけじゃないんだ。
「ちっ……くしょう。人間を生きたままバーベキューにしやがって。油はのってないぜ」
「無理だ、やめろ!動くな!」
「やめないさ!」
怒鳴り返す。エクターはハッとしたような顔だ。半死半生の男がなんでこんなに元気なんだと思ってるのか、それともゾンビがしゃべってやがると思ってるのかもな。だが俺はここぞというときの踏ん張りに定評があるんだ。自称な。
「止めないでくれよ。俺は花火みたいに消える直前に全力で燃えるタイプなんだ。でもまあ、いい加減しんどいから早めに終わらせたいな……」
どうしてだか、気分が高まってるんだ。それは誰かと戦えるからなのか、それとも強いヤツと戦えるからなのかはわからん。だが、ナベリウスとの戦いを乗り越えた今、ネフィリムも倒してやろうって考えるとたまらなく楽しい。
俺は、一か月くらい前までは普通の人間で、戦うのも怖かったはずだ。なのになんでこんなに変わったんだ?恐怖は消えてはないし、痛いのは相変わらず嫌いだ。だが、ナベリウスとの戦いの高揚感といえばいいのか、胸の奥から湧き上がる熱い何かが忘れられない。こんなボロボロになっても敵に立ち向かって笑ってる俺は、自分でも狂気的だと思う。だが、この世界に来て俺は決定的に変わった。不死の祝福が、俺の世界を覆したんだ。
俺は剣を構える。どんな状況でも剣を手放さない、それもナベリウスとの戦いで学んだことだ。ナベリウスには一応勝ったものの、完全に倒せる気はしなかった。だがネフィリム、お前はイける気がする!
「よぉし、あとひと踏ん張りだっ!頼むぜエクター」
止めようとしたのかエクターは俺に手を伸ばす。それより早く、俺は走り出した。
「うおおおおおおっ!」
馬鹿の一つ覚えみたいに、俺は雄たけびをあげて向かっていく。でも俺は、これ以外のやり方なんか知らん!
剣を振り下ろす。
右、左、上、突き!全てネフィリムは受け止める。俺の未熟な剣の技巧じゃそうだろうな!
だが肝心なのはこれからだ。俺はエクターがネフィリムの背後に回っているのを視界に捕らえる。チャンスは来たれり、作戦実行は今だ。
「だああっ!」
俺は大きく腕を上げて振りかぶりながら、高く飛ぶ。腹を晒す姿は、まさに隙だらけの姿勢だ。
ネフィリムは突きの構え。残った片手に体験を構え、腕を引き、そして突き出した。
「がっ……!」
俺の腹部を銀の大剣が貫く。エクターの驚愕の表情が見えた。だがこの際気にしてられん!
「ぐ……おぉっ!」
力を振り絞り、俺は貫かれたまま、ネフィリムの首元に剣を突き刺す。
「はああああっ!!」
同時に、エクターも同じように剣を突き立てる。
一瞬、ネフィリムの体はビクリと大きく痙攣する。そしてゆっくりと倒れていった。
ネフィリムの手から大剣が離れ、俺は地面へと投げ出される。
もう腹に剣が刺さってるのかも俺には分からなかった。普通の攻撃と違って、こういう致命傷のいいところは痛みが早いとこ分からなくなる所だ。攻撃された瞬間は比べ物にならないくらい痛いけどな……。
「おい……」
やけに沈んだ表情のエクターが、俺を覗き込んだ。ゆっくりと丁寧に仰向けにしてくれる。夜だと思っていたが、空は少し白んでいた。空の端のほうが少しあかく見えるから、夜明け前なのだろう。
「名はなんだ……」
「…………」
「大馬鹿者が……これではお前がどこの誰かも分からない。家族に最期の雄姿を語って聞かせてやることもできないぞ」
名乗ろうとしたが、もう声は出ない。そういえば自己紹介すらしてなかったな。あんな強いヤツ一緒に倒したのに変な関係だよ。
エクターは沈痛な顔持ちだった。多くの同胞、部下、国民を戦いの中で看取ったんだろうか。もう俺が助からないとエクターはわかっているようだった。
「立派だった。お前は、神の元に送られるだろう……」
エクターは俺の手を胸の上におき、それを握りこんだ。日本人だからこういうスキンシップには慣れてない。だが、こういう時には嫌じゃない、ありがとうなエクター。
俺は意識が遠のきながらも、目蓋を開いたままその時を待った。
空は気付いたら燃えるような朝焼けに包まれ、今日の始まりを告げる。最期に見えたのは、おおそろしく怖い顔をしたエクターの顔だった。