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Rebirth  作者: したかり
8/11

7 再開



 男たちはまるで化け物を見たような顔をして俺を振り向いた。

 俺は男たちが動くより前に、手前にいた男の肩に剣を突き立てる。そしてすぐに、顔にたたきつけるようにして瓶を割り、ブロードお手製の薬をかけた。

「ひ……うっ!?」

 痛みに叫ぶ暇もなく、男は地面に崩れ落ちるように倒れこむ。男にかけたのは麻痺薬だ。体が動かなくなり一定時間はしゃべることすらできなくなる。ブロードの自信作のひとつで、意識は失わず、感覚麻痺は起こらない。つまり、刺さった剣はしっかり痛い。

 そして、ボケっと突っ立ったままのもう一人の男に近づき、俺は力いっぱい壁に叩きつけた。物音を立てずに隠密行動しましょう作戦は一旦中止だ。こいつらがほかの人間はいないって言ってたからそれを信じる。


「おまっ、ぎゃうっ!」

 男が何か言う前に、俺は握りこぶしでヤツの顔をぶん殴る。

 男は呻きながら、床に蹲る。俺は男の襟元をつかんで上を向かせる。

「訳が分からねえ誰だこの不法侵入者はって、言いたそうだな」

「なん、なんだお前っ!?ここの研究員じゃないのか!?」

「喋るな。静かにしないと今日から五体不満足だぜこの糞ペドロフィリア」

 俺がすごんでみせると、男は言われた通り口を閉じた。

 俺は男の胸倉をつかんだまま、ベッドの上の子供に目をやる。

 呆然として、俺を見ている。ブロードの言った特徴と同じく、大きなエメラルドの瞳にブロンドの髪。間違いない、ルーシュカだ。

 さっと体の方に目をやる。粗末な上着とズボンを身に着けているが、目立った怪我はない。服の乱れ具合からして、今回は未遂で阻止できたようだが……。

「おい、無事か、ルーシュカ」

 ベッドの端で震えていたルーシュカは、俺に名前を呼ばれてびくりと体を揺らす。俺の言い方怖かったか!?よし、できる限り優しい声を意識しよう。

「ブロードに依頼されたんだ、お前のお父さんにな。ここから出るぞ。ずっと我慢してたんだな、えらいぞ。あとちょっとだからな。ちょっとの間だけ、壁の方を向いててくれないか?あと、耳をふさいでおいてくれ。すぐ終わるから。うん、お前に痛いことは何もないからな。俺はこいつらをちょーっとお仕置きするから、うん、いい子だ。いいって言うまでそっちを向いてるんだぞ」

 ルーシュカが言われた通りにしたのを見届ける。


 俺は男に向き直る。思ったよりも強く殴りつけてしまったのか、鼻からダラダラと血が流れている。

「おい、一つだけ聞いておくことがある。お前ら、もう手ぇ出したか?」

「ひっ、あっ」

 完全に怯えてるな。さっきまで強気だったのに、ここまで萎縮されると聞きたいことも聞き出せない。

「今すぐ答えなきゃ利き腕切り落とすからな。今まででも、この子に、手ぇ出したことがあるかって聞いてるんだ」

「な、ないっ!それはないです!してないです!」

「嘘じゃないな?」

「は、はいっ!今までは鍵がかかってて入れなくて……!」

「よし、もう喋るな。知りたいことは以上だ」


 胸倉から手を放すと、男は少し安堵したような表情をうかべる。もう俺に開放してもらえると思ってるんだろうか。だが、残念だがそれは許さん。ルーシュカに不埒なことをしようとしたからな、懲りてもらわないとだ。こんなクソヤロウ研究の職員だかなんだか知らないが、こいつを早いとこなんとかしておかないとアン・タブリ中の子供に悪影響だ。

「おい、安心してるところ悪いが、お前はもしかしてこのまま無事に家に帰れるとでも思ってるのか?」

「……えっ?」

 俺はできる限りの冷たい表情を作って、男を見下ろす。地面に座り込んでいる男は、みるみる顔を青ざめさせる。この男はおそらく声から察するに、積極的にルーシュカに悪戯しようとした男の方だろう。鍵を用意したのもこいつだったな。

「まっ、待ってくれ!」

「何をだ?」

「ま、待って、その、出来心だ!」

「だから?出来心だからって許されると思ったのか」

「俺も家に帰ったら子供がいるんだ!殺されたら、その子は路頭に迷う!お願いだから命だけは助けてくれ!」

 男は俺の服をつかんで哀願する。


「家に子供が……そりゃ可哀想だな」

「あ、ああ、そうだろう!?」

「ああ、可哀想だが、でも仕方ないことだ。罪には罰、そうだろう?」

「なんっ……」

 そういって見せたものの、実際のところ俺がこいつを痛い目にあわせたいってのが本心だ。

「安心しろよ。最初からお前を殺すつもりはない。それは本当だ」

 さっきまでは心底殺してやりたいと思ったが、ルーシュカを犯すのは未遂に終わったんなら祈りだけは見逃すこととする。それにルーシュカだって俺が勝手にこいつらを殺したら責任感じるかもしれんしな。だが、殺す以外にも罰を与える方法はある。

 俺はこいつに家族がいようがいまいがどうでもいい。確かに当分父親が家に帰ってこなかったら子供は悲しい思いをするにちがいない。俺だってそれは可哀想だと思う。だが今は、それ以上に悲惨な目にあったルーシュカがいる。悪いのはこの男自身だ。家族がいるなんてだけで罰が軽くなるほど世界は優しくない。なあに、殺しはしないさ。ただ当分の間大人しくしてもらうだけだ。


「この薬を飲め」

 俺は男に小瓶を突き出す。それはブロードの特製調合品。作成者曰く、新作の中でも特に自信作だとか。

 男は薬を受け取った。飲むのをためらっているようだったが、俺は無言で飲み干すことを催促する。男は俺の視線に負けたのか、手を震わせながら、薬を飲んだ。

「よし、ちゃんと飲み込んだな。一応効果を説明しておいてやるが、それは石化薬だ」

「……なんだって?」

「しばらくしたら完全に体が石になる。普通の石化薬なら意識もなくなるらしいが、そいつは一流錬金術師が作った特別作だ。石になってる間もずっと意識はあるからな、泣いて喜んでくれ」

「なっ、えっ、う、嘘だろ……おい、これ元に戻るのか!?」

「さあな」


 これは嘘だ。ブロードから効果はもって2,3か月と聞いている。

 ただ男は俺の言葉を真実と思ったらしく、今にも薬を吐きだしそうな顔をしている。だがブロードは即効性も考えて、消化器系から短時間で吸収されるように作ったらしい。嫌な薬だ俺は絶対に飲みたくない。男の指先はもう、石膏のように変化していってる。

「この子に、ルーシュカに手を出そうとしたことを後悔しろ。自分が強い立場にいるからって、なんでも許されると思ったのか勘違い野郎。お前みたいな俗物が、家族に囲まれ温かい食事をとり、穏やかな夜を過ごすなんて不公平だとは思わないか?」

「やめて……助けて!」

「お前に子供が本当にいるってんなら、ルーシュカみたいな扱いを子供がされたらどうかってことを想像してみろ。足りない脳みそをフルに使え、考えろ。お前がどんなことをしたのかってことをな。さもないと、俺はいつかお前の家族にも同じことをしに行くぜ」

 俺は目の前の男が鼻の先まで石になるのを見届ける。男は何かを叫びたそうに口を動かしていたが、俺が話している間にもう喉元まで石化が進んでいて、言葉を発することは叶わなかった。


 さて、一仕事終わりだ。

「ルーシュカ」

 俺はベッドの柵を軽くたたいてルーシュカにお仕置きタイムが終わったことを知らせる。

 ルーシュカは耳に当てていた手をどかせ、ゆっくりと俺の方を向いた。

「終わったぜ、ルーシュカ。今まで、本当によく我慢したな。ここから出れるぜ」

 ルーシュカは状況が飲み込めていないようだったが、怖かったのかはたまた解放されて喜んでいるのか、無言で涙を流していた。俺はなんだかいたたまれなくなって、痛くない程度にルーシュカを抱きしめてやる。これは別に下心とかそんなの一切ないやつだ。だが泣いている子供がいたら、俺はなんだか抱きしめてやりたくなる。俺のおふくろが子供のころにそうしてくれたらかもしれない。泣いてるときは無駄な言葉なんていらないもんだ。

「う、ううっ……」

 やがてルーシュカは俺の腹に顔をうずめながら泣き始めた。それでも大きな声を上げることはない、およそ子供らしくはない泣き方だった。







「よぉし、いいかルーシュカ。ここにはこっそり忍び込んできたんだ。できるだけ静かにして、そんでもって俺の言うことを聞いてくれるか?」

「うんっ」

 ルーシュカはしっかりと頷く。泣き止むのにそう時間はかからなかったが、まだ目元は赤く腫れぼったい。


 ルーシュカの服を見ると、なんだか心もとない感じの面積の少ないボロッボロの服だ。いや、布きれといってもいいかもしれない。チッ、こんな劣悪な環境に2年もいたのかよ。ちゃんと寝てたのか?飯食えてるのか?あと、ルーシュカ裸足だ、靴がない。こんな状態で歩いたら足怪我しないだろうか、いや今から用意するのも無理だし、今は我慢してもおう。不服だ。いつかルーシュカにきれいな服と靴をプレゼントしてやろう。ついでに髪飾りも。

 ルーシュカはいま俺の腰に手を回してぴったりとくっついている。俺が父親の知り合いだと名乗ったことで信頼してもらえたんだろうか。だが、少々動きにくい。

「あー、ルーシュカ。その、怖かったな。でもこのままだとちょっと歩きにくいんだ」

 ルーシュカは俺の腹くらいまでしか身長がなく、ルーシュカが俺と視線を合わせようとしたら自然と見上げる形になる。

「え……うん……ごめんなさい」

 しゅん、としたようにルーシュカは俺から離れた。置かれた状況のせいか表情が乏しい子だと思ったが、今は眉を垂らしちょっと悲し気な顔だ。そんなつもりで言ったんじゃないぞ!?離れろよって意味じゃない!

「あっ、謝らなくていい。かわりに、ほら。手をつないでいこうぜ」

「……うんっ!」

 手を差し出すと、ルーシュカはすぐに握ってくる。心なしか表情は明るくなったように見える。

 まだ小さな子供、ルーシュカの手はすっぽりと握りこんでしまう。あーちっちぇえ、こんな子供を実験体にするなんていったいどんな神経してるんだここの研究者たちは。

「いい子だ」


 俺はルーシュカと一緒に研究所上層へと向かう。少し騒いでしまったが、人が来る様子もない。このままうまくいくといいが……。

「お、おいっ!」

「ひゃっ」

 階段を登ろうとしたとき、背後から声がかかる。ルーシュカは小さく悲鳴を上げた。俺はルーシュカを体の後ろにかばいながらも、声のほうを向く。

 なんだ、さっきの男だ。俺が石化薬を飲ませたほうじゃなくて、肩に剣をぶっ刺して麻痺薬をかけたほうだ。薬の効きが悪かったのか、立ち上がって実験室までやってきている。だがひどくふらついた歩き方で、意識も朦朧としているのかかなり呼吸が荒い。おいブロード立ち上がれてるじゃないかよ不良品だぜあの麻痺薬。

「お前、倒れてたほうがが楽じゃないのか」

「うる、せえっ!ふざけんるなよ、こんな、こと、許されると」

「それはこっちのセリフだ。こういうの児童虐待って言うんだぜ変態野郎」

「黙れぇ!お、まえみたいな、やつに、好きにはさせない、ぞ。ここにはな、秘密兵器が、あるんだ。おまくらいすぐに……」

「……秘密兵器って、天使化実験で作った兵士のことを言ってるのか?」


 俺の言葉に、男は目を見開く。そりゃそうだ、王国政府の最高秘密事項らしいからな。俺みたいな不法侵入者が知ってるような内容じゃない。適当に言ったら当たってたな、驚いてやんのへへ。

「なんっ、なんでそれを、どこで、知った!?」

「ひ、み、つ」

「こ、この、おまえ、いっ、生きて返しはしないっ!」

「いいや帰るね。お前に構ってられん。いくぞルーシュカ!」

「ひゃっ、う、うん!」

 いつまでもこんな男にかまっていられない。俺はルーシュカを抱き上げて階段を駆け上る。

 研究所一階に上がったところで、俺は素早く廊下に人がいないかを確認し、そして手引き車のある小部屋へと駆け込む。よし、順調!あとちょっと!

「ルーシュカ、ばれないように出ないといけない。この中に入ってくれ」

「うん!」

「ちょっと狭いし汚いけどごめんな」


 俺はルーシュカを持ち上げて、手引き車に入れる。そして上から布をかける。もうちょっとちゃんと隠したかったが、時間がない。

「いいって言うまで絶対に出ちゃだめだぞ。頼むからな」

「うん、出ない」

「よし。じゃあ行くぞ、揺れるけど頑張ってくれ」

 俺は部屋から出て、研究所の外へと向かう。もちろん剣と調合薬の入ったカバンは手引き車の中だ。服や手に返り血がついてないことも確認した。OK、いける!俺は落ち着いた態度で、研究所の出口へと向かう。所内ではまだ人がいるようだが、地下での異変を察知した様子はない。ずらかるなら今の内だ。

 出口にはすぐにたどり着く。外に出ると、そこにはやはり衛兵がいる。だが入ってきたときと同じ衛兵二人だ。

「どうもお疲れ様です」

「ああ、おつかれ」

 愛想よく笑って見せると、門番もなにも疑う様子もなく門を開けようとしてくれる。よしっ、あとちょっと!

「ずいぶん時間がかかってたな」

「あえっ、そうですかねぇ?なんせ新人なもんですから」

「そうだったのか。ここの研究所はいろいろ不気味な噂も聞くからなぁ、清掃員も入れ替わりが多いんだよな」

「へぇ、そうなんですか」

 不気味な噂ってなんだ?気になる……いやでも、今は早く門を開けてくれ!冗長に話してないで仕事しろ。

 俺はちょっとイライラしながら待ってたが、衛兵の一人がふと俺の手引き車を見ていることに気付く。


「……どうかしましたか?」

「いや、なんか、荷物がずいぶんと増えたな」

 そんなとこに着目しなくていい……!

「ついでにごみを捨てておくように言われまして」

「……そうなのか?いつもなら廃棄物はすべて研究所内で処理してるんだが……」

 衛兵はいぶかし気な表情をして、手引き車に手を伸ばした。中身を確認するつもりらしい。

 俺は焦る。中にはルーシュカがいる。見られてしまったら、確実にただの清掃員じゃないことが知られてしまう。他の衛兵を呼ばれる前に二人を気絶させるか?だがすぐ近くにも何人か衛兵の姿が見える。駄目だ。どうすればいい?

 衛兵は引き車に手を伸ばし、ルーシュカの上にかけている布を剥ごうとした。

 俺は衛兵を殴り飛ばすために、固く拳を握った。


「おい、あれなんだ?」

 だがそのとき、もう一人の衛兵が俺の背後を指さして言った。

 振り向こうとした瞬間、すさまじい衝撃が襲ってきた。





「きしさま!きしさま!」

 気付いたとき、俺は夜空を向いて倒れていた。俺を呼んでいるのは、ルーシュカだ。周囲から、町の住民だろうか、いくつかの叫び声が聞こえる。

 ルーシュカは俺の体を揺さぶっているが、猛烈に痛い。先ほどの衝撃のせいだ。くそ、何が起こってる?

「ぐうっ、ううっ!」

「ひゃっ」

 気合いで立ち上がる。俺の体を揺さぶっていたルーシュカは驚いて飛びのいた。

「ルーシュカ怪我ないか!?無事か!?」

「う、うんっ!でも早くにげないとっ!あれが来るよっ!」

 ルーシュカは、研究所のほうを指さす。

 研究所の門は無残にも破壊されていた。鉄製の柵はくしゃくしゃに折り曲がっている。

「ぎゃあっ!誰か、助けてぇっ!」

 門を壊した張本人らしき何者かが、衛兵を襲っている。

 あれは……おい、マジかよ。あんなのがここにいるって聞いてないぞ!


 俺はルーシュカを見てから、そして襲われている衛兵を見る。そしてすぐ、立ち上がる。幸いにも俺の剣はすぐ近くに落ちていた。手引き車も近くにあったが、なんとか形を保っている。ルーシュカが無事だったのはこれのおかげか。

「ルーシュカ、物陰に隠れてろよ!何かあったら逃げろ!」

 俺は走り出し、そして衛兵を襲っているヤツの腕に剣で叩きつける。

「ギ、ギギギギッ」

「うわあっ!」

 そいつに首をつかまれていた衛兵は解放され、そしてすぐ逃げ去ってしまった。おい、礼の一つくらい言ってから逃げろよ!……まあいいか、無事なら。


 俺は敵に向き直る。

 対峙しているのは、兵士らしきなにかだ。全身を白銀の鎧で包んでいて、手には大剣を持っている。町の街灯に照らされて、冷たい光を刃が反射する。鋭利に研がれ、切れ味のよいものだと俺でもわかる。

「ギギギギギッ、ギギッ……コー……ホォー……」

 うめき声とも呼吸音ともわからない音を、口から発している。顔まで鎧に覆われているため、正体が分からない。ただ、俺はこいつのことを知っている。こいつは、NPCでもなんでもない。いや、かつてはこの世界のNPC……人間の一人だったんだろうが、今はただの生物兵器だ。

 王国の研究所が開発した疑似天使化兵士。通称ネフィリム。


 さっきの研究員が起動させたんだろう。王国都市のデカい研究所にしかいないと思ってたが、この町にもいたようだ。ネフィリムの完成体は使用者の指示に従って動くらしいが、こいつはどう見ても制御されていない。未完成体はすぐに使用者の制御を振り切って暴走するという大きな欠陥があるんだが、まさに今がそうだ。門はバラバラ、足元の兵士は生死不明の状態だ。倒れてる兵士が心配だが、今は助け出すことはできない。

 ネフィリムの戦い方は基本的には剣、そして魔法での攻撃だ。剣での攻撃は早く重い。距離をとっても魔法で追撃される。つまりすっげー強いってこと!俺は第2ルートでこいつと戦ったけど、ボス戦と同じくらい苦戦する相手だ。さっき俺が吹き飛ばされたのはこいつの魔法攻撃だろうな。痛かったぜ!

 本当はすぐに逃げ去ってもいい。だが移動速度は早いし、暴走しているときにはこいつは周囲の生命ある存在を見境なく襲う。第一こいつを起動させたのはあの変態研究員とはいえ、俺が原因でもある。ヨルネドの住民が殺されたら、それはさすがに目覚めが悪い。

 まともに戦ったら死ぬ。だが俺はいいんだよ俺は!甦れるからな!だがほかの人間はそうじゃないなら、率先してこいつを食い止めるくらいはするさ!ただ今はルーシュカがいるからな、増援が来たらとっととおさらばしたいんだが。


「ギギ、ギギイイイイイッ!!」

 ネフィリムは、あり得ない速度で大剣を俺の頭上へと振りかざす。

「うおっ!」

 素早く避ける。だが大剣が直撃したレンガで舗装された道は、その下の地面が大きくむき出しになっている。人間が持って戦うには重すぎる大剣、受け止めれる気がしなくて避けたが正解だったみたいだ。俺は自分が頭から真っ二つになっているところを想像して、背筋がゾワリとする。

 ネフィリムの胸にはプレートが埋め込まれていて、125という文字が刻まれている。125人目の実験志願者ってことか。強制的な天使化は成功率が極めて低いらしいが、一体こいつのあとに何人の兵士が実験に志願したんだか……。

「ギイッ!」

「ふっ!」

「ギイイイッ!」

「よっ!」

 ネフィリムの攻撃を避ける。大剣を持っているくせにとてつもなく動きは速い。だが俺はギリギリのところでかわし続ける。近距離だとこいつは剣での攻撃だ、物理攻撃はまだ回避できる。

「ギイイイアアアアア!!」

 獣のような声を上げながら、ネフィリムは剣を振り回す。

 薙ぎ払い、突き、上段構えからの振り下ろし。だが俺はすべて避ける。

「ギイイ……コー……コー……」

 すべて攻撃をかわされてさすがに俺を警戒したのか、ネフィリムは一度動きを止める。感情が残っているかどうかは分からないが、観察するように俺の方を向いている。

「お熱い眼差しだな、穴が開きそうだよ」

 軽口をたたいてみせたが、俺はこれからどうしようか考えていた。まだ増員は来ていないためこの場からは逃げれない。そもそも背中を見せたらすぐ殺されるだろうからな、逃げるに逃げれないって感じだ。攻撃に関してもこれくらいならかわせる。ナベリウスと日夜戦い続けたおかげか、攻撃をかわすのだけは得意になってきた。

 だが、倒す方法は思い浮かばない。攻撃したとしてもこいつに通るだろうか。鎧が堅固なものだってことは見ればわかる。攻撃するなら、わずかに開いた鎧の間だ。中でも、首の部分だ。わずかにすき間がある。なんとかそこに剣を突き立てれたらいいんだが……。

「ギイイッ!」

「ぐっ!おおおおっ!」


 ネフィリムの重い一撃を剣で受ける。それを横に受け流し、攻撃へ転換を試みる。だが、俺の刃が届く前に、それをネフィリムの剣が防ぐ。

「ぐっ、せえぇいっ!」

 体をひねって力のこもった一撃を叩きこむも、あっさりと防がれる。

「ギギイッ!」

 ネフィリムの振り下ろし攻撃、俺はギリギリのところでそれを交わす。だが危機一髪とはこのこと、大剣が前髪をかすめて切り落としていった。

 怯んだせいで、俺は必要以上にネフィリムと距離をとった。だが、それが間違いだった。

 ネフィリムは腕を上げて、何かをつぶやく。すると、空中に光の線で描かれた図形が出現する。魔法陣だ。お前普通に呪文唱えれたのかよ。

「しまった」

 距離をとりすぎたことを後悔するには遅かった。魔法陣がひときわ大きく光ると、炎の渦が飛び出した。



 死んだな。俺は目をつぶった。戦いにおいて目をつぶるのは、死ぬときと諦めたときだけだ。ここで諦めるわけにはいかないとわかっていたが、俺は思わず目を閉じた。頭にあるのはルーシュカのこと。せめてこの後どうすればいいかだけでも伝えておけばよかった。自由になれるのに、逃げきれるのに。畜生め。だが、この一撃で死んだとしても、なんとかルーシュカに町から出るよう伝えれたらそれでいい。それさえ伝えたら……。


 俺は炎の暑さを感じる。周囲の気温が急激に上がったように感じる。

 俺の体は燃え尽きてしまうのか……いや、待てよ。

 熱いけど、俺は燃えてない。


 俺は目を開ける。俺の前方にはネフィリムの魔術が生み出した炎が渦巻いているが、それを防いでいる人物がいた。


「……アンタ、騎士ならもっと早く来いよ」

 俺は目の前の人物に言う。そいつは防御魔法を発動させながら、俺の前に立ちはだかり炎を防いでいた。


 緋色の鎧、腰には長剣。

 そいつは俺の文句に、少し眉をしかめて振り返った。

「助けたのに文句を言う男はお前が初めてだぞ」

「あいにく、元から素直な性格じゃないんだ。助けてくれてありがとな、エクター様」

 俺は冷静を装いながらも実のところ、大興奮だ。

 さすが我らがエクター!やられる寸前に来てくれるなんてまさに英雄!最高だ!恰好よすぎるぞなんて男だ!しびれるぜ、脳髄まで。ファンとしてもこのワンシーンを写真にでも取りたい、なんでこの世界には写真ってもんがないんだ!くううぅっそおおお!

 ネフィリムの炎はエクターに防がれ、やがては勢いを失って消えた。大きな明かりが消えたせいで、急に夜の暗がりが戻ってくる。

「いい剣さばきじゃないか。先ほど掃除夫だと名乗ったのは偽りか?」

「どうだろうな」

 これはいくらエクターに対しても素直に答えてはやれない。

「なら後で聞かせてもらうとしよう。ひとまずは、あれを止めなくてはな」


 エクターは剣を抜く。ロングソードは鈍く輝いていて、剣の表面には細かく文様が刻まれている。俺の持っている剣よりもはるかに格好がいい。流石エクター、どこからどこまでも決まってる男だ。

「あれは一体なんだか知ってるのか?」

 あれ、なんだエクターは天使化実験のこと知らないのか?さっき研究所にいたくせに。じゃあ天使化実験はかなり秘密裏な実験ってことだ。俺ネフィリムのこと教えていいのか?でも別に王国の秘密をわざわざ守ってあげる理由ないしなぁ。

「あれは強制的に天使化させられた、元人間。今は生物兵器だ。ちなみにありゃ未完成体だ」

「……なんだと?」

 ネフィリムから視線を外さなかったエクターが、一瞬だけ俺を見た。鋭い眼光だ。

 いろいろ聞きたいことがありそうな眼差しだ。そりゃそうだ、天使化の儀式は、エーテル信者の秘術みたいなもの。本来なら心身ともに優れた選ばれし一部の人間だけが受けれるもので、人類守護に身を捧げるための崇高で神聖な儀式。そもそも神エーテル自身が承諾しないとできないはずの儀式で、強制的に行うなんて不可能だ。


「なんでそれを……」

「質問はまた今度な。それより応援は来るのか?」

「いいや。危険だからほかの兵は待機するように指示している。敵の脅威の程度が分からに今は、俺が一人で戦う」

「そうか、あんたがいるなら安心んだな。じゃあちょっと頼んだぜ」

 俺はそれだけ聞くと、ネフィリムの攻撃を受けないエクターの背後にまわってとっととその場を離れる。

「……は?待て、どこにいく!」

「俺を待ってるお姫様がいるんだよ!足止めよろしくな!」

「待て、まだ質問が……くっ!」

「よろしくなぁ~エクター様!」

 背後で剣が触れ合う音が響く。激しく応酬される剣術は、聞こえる金属音の激しさがよく物語っている。うん、さすがエクター、ネフィリムに一切引けを取らない剣術だ!エクターには悪いけど今の最優先はルーシュカだ!それにお前は人間最強レベルの戦士だろうから、一人でもネフィリムくらいいけるいける!




 ルーシュカは言われた通り、物陰に隠れていた。ずっと俺の様子をうかがっていたらしく、俺がネフィリムから離れるとすぐに駆け寄ってくる。

 俺の腰に勢いよく抱き着いたルーシュカは、不安だったのか目に涙を浮かべている。

「きしさま!大丈夫だった?」

「もちろん!さあ行くぞ!しっかり捕まっててくれよ」

「うんっ!」


 俺はしっかりとルーシュカを抱っこする。乙女のあこがれと言われている(実態は不明)のお姫様だっこで、そのままヨルネドの町を出口まで駆け抜ける。

 夜だというのに通りには住民が出てきているが、みんな心配そうに研究所のある方向を向いていた。時折研究所のある方向から炎が立ち上ったり電流らしきものが見えるのは、ネフィリムかエクターが使用している魔法だろう。

 ざわざわと不安そうに話し合っている住民の間を俺は駆け抜ける。驚いている住民もいるが、今はそれを気にしてる余裕はない。街中の兵士すら動揺しているんだ、街を脱出するのにはもってこいの状況だ。

 あっというまに町の門へとたどり着く。基本的に魔物の襲来などがない限り門は開かれている状態だ。門の前には衛兵がいる。走ってくる俺に衛兵は築いているが、俺はその間を走り抜ける。

「おいっ、お前!」

「子供!?おい、なにしてる止まれ!」

 止まらねえよ!




「はあっ……はあっ……体力ついたとしても、はあっ、これは、きついな……はあっ」

 町から少し離れた森の中まで俺はスピードをなるべく緩めないまま走り続ける。

 そして森の中へきて、ようやく歩く速度に落とす。街からは確実に見えない場所だ。ここにきたのも作戦のうちだ。

「大丈夫?ずっと抱っこしてもらって、ごめんなさい……」

「はあっ、気にすんなルーシュカ!それよりも……あとちょっとで、会えるぜ」

「えっ」

 俺は木々の間を縫って進んでいく。今日は月が明るいとはいえ整えられた道なんかなく迷いやすい。だが、何度もあらかじめ森を歩いて、通り道を確認しておいたからな。俺はまっすぐ目的地へとたどり着く。




 木々の間を縫っていくと、やがて開けた場所に着く。そこにいるのは、フードを頭で被っている人物、そして馬が2頭だ。

 俺はルーシュカを地面におろしてやる。そして、馬に寄り添っている人物の名前を呼んだ。

「ブロード」

 はじかれたようにブロードは振り返る。無理せず家で待っていろと言ったのに、ブロードは自分も森で待っているといって聞かなかった。朝から顔色は悪く辛そうだったが、一刻も早くルーシュカに会いたいと言って聞かなかったため止めきれなかった。だが、連れてきて正解だったと思う。

「る、ルーシュカ……」

 ブロードは信じられないという表情で、こちらへと歩いていく。そしてルーシュカも同じように、吸い寄せられるようにブロードに近づいて行った。


「……お父さんっ!!」


 そして、走り出す。


 裸足なんてことはお構いなしにルーシュカはブロードの元へ一直線に駆けていった。ボロボロな体のどこにそんな力があったのかと思うほど強く地面を蹴り、そして膝を折っているブロードの腕の中へと飛び込んだ。

「お父さん、お父さん……うう、うう、ぐずっ……」

 ルーシュカはさっき俺に抱き着いていたときとは比べ物にならないくらい激しく、声を上げて泣いている。2年間、数字にすればあっさりとしたものだが、年端もいかな子供からしたらとてつもなく長い時間だ。

 ブロードも、離れていても分かるくらいに情けない顔をして泣いている。あーあー、せっかくの男前が台無しだな。

「ルー、2年も待たせてすまなかった……もうお前を離さないよ……!」

「うんっ、うんっ……!」


 2年ぶりの親子の再会を邪魔するものは、世界のどこにもいなかった。俺は少し離れたところで二人を眺める。目頭が少し熱い。

 固く硬く抱きしめあう二人。まるで一つの塊のように、スキマなくくっつきあっている。

 泣き声だけが響く森の中で、月明かりが二人を照らしていた。





ルーシュカはめちゃくちゃ可愛い子だと想像してほしいです。

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