余談 ルーシュカの祈り
わたしがいつからここにいるかは、もう忘れちゃった。
お父さんとふたりで住んでたとき、怖い男の人たちがわたしたちをつかまえた。
ヨロイをきて、剣をもった男の人たちだった。お父さんが「レンキンジュツシ」だから、捕まえたんだって言ってた。
どうして、レンキンジュツシは駄目なの?お父さんは悪いことなんかしないのに。
そして、わたしはホムンクルスだからここに閉じ込められてる。
「このホムンクルスはどうします?」
「処分するなんてとんでもない。研究対象にしよう。表沙汰にはするなよ。特にエクター様には内密にな。地下研究室へ連れていけ」
わたしは、お父さんと離れ離れになった。
鍵がかかった場所にいれられてたわたしは、お父さんに会えなくなった。
どうして出してくれないの?わたしがホムンクルスだから?なんで?ホムンクルスは悪いことなの?それを聞いても、怖い大人のひとはおしえてくれない。それでも聞こうとすると、うるさいって怒鳴られるの。怒鳴られるのが怖くて、わたしは声を出すのをやめた。
大人のひとは、わたしのかみの毛を切っちゃった。お父さんがながいほうがきれいだってのばしてたのに、男の子みたいに切っちゃった。わたしは短いの、嫌だったのに、やめてっていってもやめてくれなかった。
まいにち、あの汚い寝る部屋か、実験室しかいけない。部屋の外にでるとき、怖い大人のひとはわたしが逃げないようにって鎖でつなぐの。
外にいきたい。前はお父さんといっしょに散歩するのが大好きだった。
でも、お父さんといっしょにいたころも、家にいることのほうが多かった。おとうさんはわたしがホムンクルスだってばれちゃったら、どこかに連れていかれちゃうって。だからお父さんといっしょじゃないと外には出ちゃダメだっていわれた。でもわたし、お父さんとお家で過ごすのも、好きだったの。
でももうあの家に戻してくれない、なんで?外に行きたいってお父さんにわがまま言ったから?もう、悪い子じゃないよ、わたし、悪い子じゃないもん。だから、ここから出して。
じっけんはきらい。注射は痛いし、お薬はにがい。ときどき、怖い人がわたしてきた薬が、すっごく気持ち悪くなったり、頭が割れそうに痛くなったり、身体のあちこちがバラバラになりそうなくらい痛くなるの。でも、嫌がって暴れたら、もっと痛いことをされた。痛いのは、きらい。すっごくきらい。
あれから、もうどれくらい時間がたったのかな。
ここで眠るときは、いつも怖くて寒くて、部屋のすみっこで眠っていた。
夜寝るときだけは、怖い大人のひとはわたしをそっとしておいてくれる。
でもあるとき、男の人ふたりがわたしの夜寝る部屋にやってきたことがある。
「なあ、ホムンクルスがいるのここだろ?」
「お前本当に趣味悪いよなあ、まだ10歳くらいのガキだろ」
「だって、あんなにきれいな顔してるんだぜ。どうせ実験に使われるだけなんだから、ちょっとくらいいいだろう」
「おいおい、あんなちびっこいのに無理やり突っ込むと、下手したら壊れるぞ」
部屋のとびらががちゃがちゃ音をたてる。なにが起こるのかはわからなかったけど、なんだかすごく怖いことをされるんじゃないかと思って怖かった。
わたしは頭までシーツをかぶって、部屋のすみっこでブルブルふるえてた。
いやだ、こわい、いやだよ、こわいよ、お父さん。
しばらくして、音がしなくなった。
「チッ、鍵あかねえよ」
「遊ぶなら貧困街のガキを買えってことだろ。さあ、見つかる前にとっとといこうぜ」
音がとおざかっていく。怖い男の人はいなくなった。でも、わたしは怖くて眠れなくなった。
わたしは眠りたかった。
怖くないところで。お父さんの膝のうえか、それともベッドのなかで一緒に眠りたかった。ううん、わがままはいわない、となりのおふとんでもいい。ううん、床でもいい。どこでもいい。お父さんのいるところで眠りたい。
お父さん、わたしが悪い子だから、おいて行っちゃったの?どうしてむかえに来てくれないの?いいこにする、わたし、いい子にするよ、だからここからつれて帰って……。ちゅうしゃでも、薬でも、なんだってガマンする。だから、ここにきて。わたしのことむかえにきて、捨てないで、いっしょにいて、捨てないで!!わたしここだよ!ここにいるの!!
今日のじっけんはおわり。注射したうでがすごく痛かったけど、どうしようもない。
怖い大人のひとはみんなかえって、わたしはいつもの部屋にいれられる。
眠いけど、眠れない。まえ男の人がふたりきたときから、ずっと眠れない。もしまたきたらっておもうと怖くて怖くてしかたなかった。
そして、今日、ついにまたあのふたりがやってきた。
前は鍵が開かないからってどこかにいってくれたの。でも、今日は開いた。
男の人はふたり、わたしにらんぼうするんだってわかった。じっけんよりも痛くて怖いことなんだってわかった。
「やだぁ……」
男の人はわたしが嫌がっても、体にさわってきた。
きもちわるい!さわらないで!でも怖くて声が出ない。
おとうさん、おとうさん、おとうさん!たすけて!やだよ!
だれもきてくれない、そんなのわかってた。でも、誰か助けてって思わずにはいられなかった。
男の人がわたしの足にさわった。
わたしのからだはいま、女の子の体だ。女の子の体のときわたしはは、男の人と、よくわからないけどなにかへんなことができるんだって知ってた。男の人はそれが好きなんだって、しってた。でもお父さんはわたしが本当の女の人になりたかったら、体を大切にするんだよって、男の人にだれでもさわらせちゃだめだよって教えてくれた。
でも、めのまえの男の人はわたしの体にさわってる。わたしはすっごく怖くなる。わたしはこのままだと、自分が本当にこわれちゃう気がしてたまらなかった。
男の人は、わたしの服をぬがせようとした。
もうだめなのかも。
でもそのとき、へやに、男の人がもうひとり、はいってきた。
黒いかみ、黒いめ。こわいかおでわらってる。
「俺がいるぜ」
気が付いたら、怖い男の人ふたりを、黒い男の人がやっつけちゃってた。
「無事か、ルーシュカ」
黒い男の人はわたしの名前をよんだ。わたしのこと、知ってるの?
「ブロードに依頼されたんだ、お前のお父さんにな。ここから出るぞ。ずっと、ガマンしてたんだな。えらいぞ」
黒い人は、お父さんを知ってた。
そして、黒い人はわたしをえらいって、抱きしめてくれた。
あったかかった。この男の人は、怖くない。
わたしはしばらくしてから、自分が泣いてるってわかった。
この人は私をたすけてくれるってわかった。
黒い人、ううん、黒い、きしさま。わたしの、きしさま。