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Rebirth  作者: したかり
6/11

6 始動




「私は2年前に一度投獄されている。錬金術師というのが告発されてしまってね」

 ブロードはさらりと語っているが、告発されて投獄なんて物騒な話だ。

 思うんだが、この世界での錬金術師に対する扱いはなかなか酷いものだ。いや、錬金術師へというよりもアーエール信仰なのが問題なのか。差別どころか排除だ。まるでキリシタン迫害や魔女狩りみたいだ。信仰の自由ってのはないんだな。

「そのとき、ルーシュカがホムンクルスだとわかると私から引き離されて行ってしまった!私は脱獄してこの森に姿を隠しているが、いつ町の者に見つかるかも分からない……ゴホッ、実際、街で西の森に錬金術師がいると噂にはなっているようだね。魔物もいるから滅多にこちらに人はこないが、私の存在が明らかとなれば兵士たちが押し寄せるだろう……」

 ブロードはひどく暗い表情を見せる。顔色は先ほどよりもより悪い。というかブロード、投獄されておいて脱獄できたなんてすごいやつだな。


「私一人で助け出そうとも考えたさ。でもそれは、至難の業だ。ゴホゴホッ、いまだに私はお尋ね者だ。ゴホッ。兵士が守っているような場所に入り込むなんて到底不可能だ」

「アンタ、それなのによく宿屋に言って俺に依頼をしたな」

「ははは、ゴホゴホッ、途中で兵士に顔を二度見されたときは捕まるかと思ったよ。けれど、ルーシュカをなんとか助け出せるなら手段も方法を選んではいられない。あの子は、確かにホムンクルスだが、まさしく私の愛する子供なんだ!どうか、助けてくれないか……君はあの町に普通に入れる!もちろんあの子を助け出すことが簡単だとは思っていない。でもヨルネドの町の研究所で、あの子は実験体にされていると聞いた!一体どんな扱いを受けてるんだか…………」

「……あれ?ちょっと待て」

「な、なんだい?」

「その子って、ヨルネドの研究所にいるのか?」

「あ、ああ。そういえばきちんと説明してなかったね。その通りだよ」

「ルーシュカって、どんな子だ?外見とか、年齢を教えてくれ」

「……今はおそらく10歳くらいだろうな。エメラルドの瞳とプラチナブロンドの髪が魅力的でね、親のひいき目なしにしても、とても綺麗な顔立ちだった」

 俺はブロードの話を聞きながらも、ひとつ考えることがある。俺はルーシュカって子を知ってるかもしれない。

「10歳、エメラルドの瞳……ヨルネド……うっ、まさか」

 俺はここまで話を聞いておいて、ルーシュカというホムンクルスの存在に思い当たる節があった。王立研究所、10歳くらいの子供、そしてエメラルドの瞳。


 リバースでは俺はできる限りのあらゆるイベントを見るようにし、会えるNPCには全員会った。ただ、時折内容が良く分からないイベントかどうかも分からないものも起っている。

 そのなかのひとつが、ホルマリン漬けの瞳」イベントだ。第1ルートにおいては正式に王国兵隊の一員として戦うのだが、その際には研究所などにも出入りすることができる。俺はあるときヨルネドの研究所に立ち寄ったが、地下にいくと、鍵のかかった部屋がある。部屋にはこう書いてあった「実験用」と。だが、その中にいるのはひとりの子供だ。男の子か女の子かは定かじゃないが、小さな子供だった。会話はできず、何度話しかけても無反応だ。俺は、なんであんな場所に子供がいるかずっと不思議だった。いずれ、この子をここから出すようなイベントが起こるんじゃないかと期待もしてた。

 だが、ある時、その子供はいなくなる。実験用と書かれた部屋は空っぽになり、その代わり実験検体のホルマリンの瓶がひとつ増えるんだ。中に浮かんでいるのはエメラルドグリーンの眼球がふたつ。つまるところ、その実験体の子供は原因は不明だが、死んだとみなして間違いないだろう。

 ……これは、偶然じゃないよな。確信はないけど、その子がルーシュカちゃんじゃないか!? つながったよ、まさかここであの実験用の子供とブラードがつながったよ!謎な鬱イベントだと思ってたらこういうことだったのか!

「私は、どんな謝礼でもする。そのかわりにルーシュカを助け出して欲しい……頼む!神が告げた君になら、きっとその可能性があると思うんだ!ほかに私に助力してくれるようなものはいない!お願いだ、私はただ、わが子に会いたいんだ……!」


 ゲームでのブロード、ルーシュカ。それは第1ルートなら、両者とも悲惨な結末で終わる。ブロードはいずれアン・タブリ王国の敵として討伐対象になるだろうし、そしてルーシュカは、実験体として死に、ホルマリン漬けされ眼球だけが残る。

 もしも、もしも俺が第2ルートを最後までクリアしていれば、二人の結末は変わったのか?二人は出会えたんだろうか……。そして、もし俺がここで二人を助けなければ、二人の結末は第1ルートのままになるだろうか……。

 俺が元の世界に戻ることを考えれば、こんな顔色が悪い持病持ちのおっさんなんか仲間にするのは諦めて、とっととほかのNPCを探しに行ったほうがいいだろう。それに研究所から実験体を連れ出すのが見つかったら、今後は町で活動がしずらくなるかもしれない。

「頼む……」

 ブロードは涙を浮かべている。アーエールの信者で錬金術を研究していたという理由だけで迫害され、わが子を奪われたブロードの心中は俺なんかには想像もつかないだろう。だが錬金術師だというブロード、果たして今後の俺の旅に役立ってくれるだろうか。助けとなるかもしれないが、お荷物となるかもしれない。ましてやルーシュカなんて子供がいたら、旅の進みが悪くなるのは確実だろう。

 もし俺が、なりふり構わずエーテル神殿の破壊を目指すとしたら、余計な寄り道はしないに限る。最短クリアを目指したいなら不要なイベントは無視するのが鉄板だ。

「ハハ……」

 思わず口から笑みがこぼれる。ブロードは俺の返事をただ黙って待っているが、俺が急に笑ったことで表情は曇る。実際のところ、神に「こいつが助けてくれるぜ」ってお告げされたからってだけで見ず知らずの他人に命の危険を顧みず協力する……そんなお人よしはそうそういないだろう。それにブロードのゴーレムのおかげで死にかけたし、今でも殴られた体は痛い。


「厚かましいお願いだとはわかってる!でも、他に頼める人がいなくて……」

「そうだな……ただし、条件がある」

「なん、なんだ?」

 ブロードは驚いたようだが、素直に聞き返してくる。必死なんだな、今のブロードなら営業なんかやったことない俺でも法外な値段で幸福の壺とか数珠とかを売りつけれそうだ。

「条件を呑めないなら、依頼は引き受けないぜ」

「分かった」

「なあブロード、ルーシュカのためにどんなことでもできるか?」

「……できるさ、どんなことでも」

 ブロードの意思は固い。まっすぐ俺を見返す目には、迷いはない。

 ごくりと固唾をのんで俺の言葉を待つブロードに、いやらしく笑って見せる。


「まず初めに」

「ああ、なんでも言ってくれ!」

「条件その1、持病を治せ。もしくは長生きできる程度にコントロールしろ」

「……ほあっ?」

「その2、今後町で活動できないと困るからな。俺の正体がばれないように作戦を考えてくれ」

「ほおっ!まさか、協力してくれるのか?」

「その3は……うーん」 

 恰好よく条件を3つほど提示しようと思っていたが、すぐに出てこない。いまいち決まらないな…。あっ、思いついた!

「その3、俺に文字を教えてくれ」


 条件をすべて言い終えたが、ブロードはぽかんとした表情のまま黙ってしまった。しばらくしてから、ようやく口を開く。

「……そんな、そんなことでいいのか?私には少なからず財産があるし、貴重な合成薬品だってある。アルフ、君が要求するならとっておきの……」

「そんなことって、我が子を取り戻してもアンタがすぐ死んだら意味ないだろ。せめてルーシュカが成人するまでは見守ってやれよ。あと、文字が書けないのは今一番の悩みなんだからな。俺は名前すら書けないんだ。ブロード、あんた頭よさそうだからわかりやすく教えてくれ」

「わ、わかった……」

 ブロードは呆然としていたが、やがて顔を手で覆って机に伏してしまった。そんなに依頼を受けてもらえないと思ってたのか。ちょっともったいぶった態度を取りすぎたな……。だが、リバース愛好家を自負する俺としては、NPCが悲惨な末路を遂げるのは嫌だ。それに、自分が助けないと悲しい思いをするって分かり切ってる人を、簡単に見捨てたりはできない。

「お、おいおい、泣くなよ大げさだな」

「ああ……神はまだ私を見捨てていないんだな……本当にありがとう」

「感謝するのはルーシュカが戻ってきてからにしてくれよな」

「ああ、そうだな……!」




 ひとまずは、どうやってルーシュカを助けるかだ。

「俺は、できるかぎり殺人はしたくない」

 俺は強く念を押すようにブロードに言う。命の危険がいつ迫ってもおかしくないリバースの世界において、俺の考えはあまっちょろいのかもしれない。だが、今の俺は不死身というか無制限よみがえりスキルがあるんだ、それなら相手を殺すよりも自分が死んでおくほうがいい。まあ俺が不死身じゃなかったらなりふり構わず殺人を犯していたかもしれないが……今はその心配はない。ただあんまり苦しい死に方は避けたい、それくらいだ。

 これに関しては、ブロードも同意してくれた。安心したが、よく考えたらブロードはアーエール信者だけど、別に人間の敵になるため信仰したわけじゃないんだよな。NPCの中には人間を憎んでアーエールを信仰したやつもいたんだ。いやでも、それが原因で投獄されて娘を引き離されてもいる。それでも殺人を俺に強要しないでいてくれてるのは、俺の意思を尊重してくれているんだろうか。

 そして作戦に関してだが、やはり、騒ぎを起こさずに隠密に行動したほうがいいだろうな。

 今のところ、アーエール信者だと思われてない俺はヨルネド町には自由に出入りできるはずだ。ただし、研究所は塀に囲まれた町の中心にある。鉄柵にかこまれ重厚な門があり、24時間体制の厳重な警備だ。

「研究所の関係者を装うのが一番いいんじゃないか」

「そうだな。だが研究所のどこにでも自由に立ち入りはできないだろう。ルーシュカのいる部屋の場所も今は分からないし、施錠されている場所の可能性もある」

「それは大丈夫だ」

 ルーシュカがいる場所に関しては、俺はゲームをプレイしたことで知っている。確か研究所の地下にいたはずだ。だがルーシュカのいる場所を知っているとブロードに言うとふ不思議に思うだろうから、地図の場所を知っていると嘘をついた。別の世界から来たという事実はまだ秘密にしている。

「だが鍵がかかってたら困るな。道具があれば扉くらい壊せると思うが……」

「壊す音がすれば不味いだろう。それにそんな道具を持ち歩いていると怪しまれる。それよりも、いいものがある」

 ブロードはにんまりと笑って、なにかを取り出す。紳士らしく整った顔立ちのブロードだが、今の笑った顔はあくどい表情だった。まるでB級映画に出てくる悪者の博士みたいだ。いや、間違ってないのか俺たちはいわば人類の敵ポジションだったな。


 机に並べられたのは、いくつかの瓶に入った薬液だ。全体的に赤や青といった体に悪そうな色をしている。ラベルが張ってあるが、俺は読めない。

「これも、新作だ。効果は確かだ、保証するよ。実用したいと思っていたんだよ」

「なんだこれ?」

 まさか、飲み薬じゃないだろうな!?俺の体で実用じゃないだろ!?ホムンクルスまで作り上げたブロードの調合物の効能を疑ってるわけじゃないが、さっきの激臭回復薬のことを思うと飲みたくない。さっきのはな、本当に臭かったぞ。気分が悪い時なんかに匂いを嗅いだら確実に吐いてるからな。

 俺が分かりやすく嫌な顔をしたため、ブロードはすぐに説明を加える。

「そんな顔をしなくても、これは飲み薬じゃない」

「心底安心したぜ」

「そんなに毛嫌いしなくても、ちょっと臭くて苦いだけなのに……」

 臭くて苦いのがいやなんだ。そしてちょっとじゃない。

「これは強酸みたいなものだ、金属を溶かすから鍵がかかった部屋も開けれるだろう。くれぐれも素手で触らないようにな、私はこいつを作る過程で指紋が少し消えてしまったよ。あとこっちの瓶は睡眠薬だ。瓶を割ればすぐに中身が気化するから、使用するにあたってはあらかじめこの拮抗薬を飲んでおいてくれ」

「おおお!全部このときのために造ったのか、すげえなあ」

 俺が褒めたらブロードは少し照れくさそうに笑った。だがブロードが薬品の説明をしてくれているとき、俺より年上だというのに、まるで少年みたいにキラキラした目をする。


 さらにブロードは、いくつかの小瓶を取り出した。

「こっちはかけたところが石になる薬、こっちは一時的に混乱状態になる薬、こっちはしびれ薬、こっちは毒薬だ!大丈夫、全部致死的な効果はないしきちんと治療すれば治るものだ、多分ね!あとこれは割ると半径5メートルくらいは火の海になる薬で、こっちは大爆発が起こる薬だ。今回は隠密ということで使わないかもしれないが、敵に囲まれたときは一掃するのにちょうどいいだろうなっ!」

「俺は人殺ししないって言ったよな!?死ぬだろそんなの使ったら!」

「当たり所が良ければ、死なない」

 悪かったら死ぬじゃねえかよ。

 ……忘れてたけど、こいつ実はかなりマッドサイエンティスト系の男なんだよな。今はどっちかっていうと我が子を思うよき父親って感じだけど、ゲームでのこいつとの戦闘はかなり苦戦する。この毒薬だのしびれ薬だの爆発薬だのを多量使用してくるからだ。敵に回すと厄介だが、味方だと心強い。

 とはいえ、火炎瓶だの爆発瓶だの、殺傷力の高い薬品も一応は持っていくことにする。万が一見つかった場合、兵士たちとの戦闘を回避するのは難しいだろう。ただでさえ町中央部という逃げずらい位置にあるし、しかも兵士宿舎からも近い。なんといっても、ヨルネドにはいま、「ヤツ」がいる。この町で一番戦いたくない男、出会わないよう祈るのみだ。







 実行するのはやはり、警備が手薄になる夜間だ。24時間体制の警備とはいえ、夜間の人員を少なくするのはこの世界でも同じだ。だがこんな片田舎の町でそこまで厳重に守らなくてもええがな。

 とはいえ、ゲームである程度世界の知識がある俺は、研究所を厳重に守る理由はわかる。それは王国が秘密裏に行っている、後ろ暗い研究のせいだ。

 アン・タブリ王国は魔法の力をもって発展したとされている。それは本来弱い存在である人間に対し、人間の守護神であるエーテルが加護として魔法を与えたからだ。古来よりも人間は魔法研究を進めてきた。古代文字の解析、新たな魔術の開発、錬金術ではなく魔術をよりどころとした特殊効果のある薬品の作成などなど。それが弱い人間が魔物に対抗しながら生きていく上で必要だったからだ。人類最大の敵、それはこの世界では魔物だからだ。

 ただ、魔物に抵抗する手段を作るためには、多少の犠牲や反正義的な行いも必要なんだろう。研究所内では魔物や、ときには奴隷・犯罪者といた人間も実験体として使用されることがある。非人道的な実験の最たるものは、不適合者への天使化実験だろうな……おぞましい。


 ブロードと作戦を立ててから次の日、作戦は実行へと移される。

 俺は研究所の係員の制服を着て、街を歩く。兵士宿舎近くの倉庫にしまわれているもので、こっそりと拝借してきた。後ろには引き車があり、俺が引っ張るのに合わせてゴロゴロと音を立て進んでいる。

 研究所に近づくが、俺はできる限り平静を装う。実際のところ、今からルーシュカ奪還作戦を実行するとはいえ気分は落ち着いていた。なんかこの世界に来てかより神経が図太くなった気がする。

 研究所の高い門の前には、二人の衛兵がいる。俺は手を挙げて二人に挨拶する。

「どぉもぉ!夜の警備ご苦労様でぇす!掃除係なんだけど、中に入ってもいいですか?」

 俺が今回潜入するにあたって扮装したのは、掃除屋だ。上下繋がっている作業着の上に、白いエプロンをつけている。後ろ手に轢いている引き車からは、ブラシだのホウキだのが飛び出している。どこからどう見ても、清掃員だ!もしや研究員とか兵士のフリすると思ったか?いろいろ考えた結果、清掃員が一番いいってなったんだ。白いエプロンがちょっと情けないがな!それに個々の清掃員は普段、掃除道具をこの引き車に入れて持ち運びしているようなんだ。この引き車のなかにルーシュカに入ってもらったらうまい具合に連れ出せるだろ。ま、あくまで希望的観測だけどな。バレた場合のB案もちゃんと用意してある。

「おお、ご苦労」

「こんな時間から掃除なのか?」

「昼間は人が多いからって、夜来るように言われたんですよお!」

「なるほどな。ほら、入ってくれ」

 思った以上にあっさりと門は開かれる。二人の兵士は俺を疑う様子は全くない。俺は頭を下げながら、研究所の中へ入った。


「うお……あっさり入れたな」

 思った以上に、難なく門を抜けて逆に不安になる。警備、ガバガバすぎやしないか。いや、焦るな俺、不審な態度をとるな!こういう時は堂々としているほうが怪しまれないんだ!

 俺は門を抜けたすぐにある、研究所の扉を押して中に入る。研究所の中は灰色の石で塗装されていて、俺の世界でいうコンクリート造りのような感じだ。だが、夜間だというのに研究所内には普通に職員がいる。あれっ、夜までやってんの?

「おや、こんな時間に清掃かい?」

「ひょおっ」

 そしてすぐ職員らしき男に話しかけられる。クールダウンクールダウン!

「そうなんですよぉ。むしろ職員さんも遅くまで大変ですねえ!」

「いやあ、本当だよ!納期が近くてね……仕事を終わらせないと帰れないんだ」

 職員はげっそりとした顔をしている。目の下になかなか目立つ隈ができているが、寝不足なんだろうか。

 やだっ、こっちの世界でもブラック企業とかってあんの!?しかもここ王立の研究所じゃァん!公務員なのにブラックなんてやってらんないよぉ!お疲れさまだ!


「今日はまだ研究室は使ってるからいいよ。いつものところと、あと奥にある小部屋を掃除しておいて」

 俺は疲れきった職員の背中を見送りながらも、目的の場所へと歩いていく。研究所の構造に関しては問題ない。ブロードが研究所の地図を入手していたし、ゲームで俺も何度かここを訪れている。ただほかの職員は普通にいるみたいだから、なるべく怪しまれないようにしないとな。

 昨日、実際に清掃員として働いているNPCをとっつかまえてさりげなく話を聞き出した。どうやら研究所内の清掃は便所、休憩室以外は、職員に指示がないと掃除しないらしい。確かに研究室とか勝手に触られたら困る物ありそうだもんな。

 どうしよう、職員に部屋の掃除しといてって言われちゃったよ。今すぐ地下に言ってもいいけど掃除しとかないと怪しまれるか!?ええ~……でも時間が切迫してるわけじゃないしなあ。掃除、しとくか……。

「奥の小部屋……ここか。失礼しまーす、掃除しに来ました」


 お、人がいる。ここの職員だろうか…………ほあああああああ!?!?

「君は、清掃員か?」

「ほ、ほぁい……」

「そうか。先ほどまでここは会議に使っていたんだ。まだ残っていてすまないな」

 うひょおおおおお出たああああああ!!!

「い、いえ全然大丈夫ですよ」

「そうか。こんな時間までご苦労」

 俺の目の前にいる男のことを説明しよう。この男はリバースのNPCが一人、エクターだ。ヨルネドのエーテル神殿の門番である。俺より少し年上くらいか、態度は穏やかだが雄々しい顔つきだ。今もそうだが、常に重厚な緋色の鎧をつけていて、腰には長い剣をさげている。エクターの緋色の鎧は竜が吐いた炎すら防ぐとされていて、実際にエクターは過去に何度も竜討伐を成し遂げた。俺がヨルネドのエーテル神殿内部に入り込むためには、まずこのエクターを倒さなければならない。数多くのNPCの中でも、生身の人間のNPCならトップクラスの強さを誇る男だ。

 ちなみにエクターはこの町を定位置として出現するNPCだ。だが大体はエーテル神殿にいるため今回会うことはないだろうと高をくくっていた。誤算だ……だがエクターも普通に生活する人間の一人だし、そりゃあ街中だろうが研究所だろうがいてもおかしくはない。

 ……この町でナンバーワン会いたくない男だ!!俺が侵入者だって気付かれてないよな!?


「見ない顔だな」

「そ、そうですかね」

「ああ。掃除夫らしく、ない」

 エクターは俺の顔をじっと見る。俺の顔は引きつってるだろうが、エクターの目にはどう映っているだろうか。

 俺は引き車の中に置いてある剣を意識する。だがこの王国騎士エクターは、俺が剣を取り出すような時間は与えないだろう。その前に俺の首は胴体をさよならをしているはずだ。別に死んだら死んだで復活できるからいいが、そうなったら今後は研究所の警備が強化され再侵入は困難になるだろう。

「うむ、やはり掃除夫には見えない」

 エクターは腕組みし、手を顎にそえながら再度言う。

 畜生!エクター!ぶっちゃけ第1ルートのとき死ぬほど仲間にしたくでイベントが起きないが頑張りまくった男だよ!そんなイベントはなかった!格好いいぜ!強そう!でも敵として出会うには最悪だ!1か月前に剣をとった俺とエクターの実力差なんて言わなくても分かるだろう。カトンボと大砲付きの戦車くらいの攻撃力の差だ。おまけにエクターは魔術も使える。なんてハイスペック野郎なんだ。

「いい筋肉をしているな」

「へえっ?」

「トレーニングじゃない、まるで実践でついた筋肉だ。しっかり絞れている」

 俺は間抜けな声が出る。筋肉……えっ、そこ見てたのか?

「掃除だけじゃあそんな体にはならないだろう。掃除夫をしておくにはもったいない。兵士を志望しようと思ったことはないか?」

「争い事は苦手なんですよ。その、生来気が弱くて」

「本当か?どっしりしてるように見えるがな」

「はは……」

「いや、仕事中にすまなかった。ただ、その気になったらいつでも志願するといい。俺も王国兵隊の一人なんだが、人のために尽くせる仕事だ。やりがいはあるぞ」

 エクターはにかっと笑って、部屋を出て行った。アン・タブリ王国の英雄の一人は、どこまでも英雄らしい態度だった。

 パタンという扉が閉まる音とともに、俺は大きくため息をつく。

「はああぁぁあぁぁ…………嵐は去った」

 エーテル神殿は街の真横にあるから出会うかもしれないとは思ってたよ!でもエクターがまさか研究所に来てるとは思わなかったよ!ああ、作戦が早々に終わるかと思ったぜ……。







 小部屋の掃除を終えたあと、俺はやっと動き出す。部屋なんかピッカピカにしてる場合じゃねえよ!普段自分の部屋は適当にしか掃除しないくせに、妙に張り切って掃除しちまったよ!ほかの人が使う場所だし、仮にも清掃員として入ってきたんならしっかり仕事しないとなって思っちゃっただろ!

 行く場所はわかってる、この部屋のすぐ近くの壁だ。剣と調合薬を取り出し、手引き車は部屋の中に置いていく。一応剣を持ってはいるが、誰とも戦闘にならないことを祈る。特に建物内では。俺の剣はある程度の刃渡りがあるから室内戦には不向きだ。それでもほかの武器を持ってこなかったのは、俺がこいつしか使い方を知らないからだ。

 地下へつながる階段は、一見、普通の壁だ。だが、この壁は幻視魔法で作られている。腕を上げると、まるで切断されたように腕が壁の中へめり込んだ。うっ、奥があるとはわかっててもちょっと怖いな……。

 ゲームのプレイ中にこの壁を見つけたのは、本当に偶然だ。ほかの職員に話しかけることもできるが、その中でも地下の研究室のことは一切話題に上らない。ノーヒントでこれを見つけろってなかなかハードだぜ。流石リバース。そういえば、エクターは地下で非人道的な実験が行われてるって知ってるのか?正義に厚いキャラだが、人類のためと看過してるんだろうか。


 なるべく足音を立てないように俺はゆっくりと階段を下り、地下の研究室へとたどり着く。

 きょろきょろと研究所のなかを観察するが、人影は見えない。わずかな明かりしか灯っていないが、薄暗さが却って俺には都合がいい。階段を下りた場所は広い部屋で、実験室だろうか。並べられた机の上には、使用方法不明の実験器具のようなものが置かれている。

 ルーシュカのいる部屋は、この一番奥だ。

 ここまで来ておいてなんだが、俺はもしルーシュカがいなかったらどうしようという不安がある。ルーシュカが居なくなって、眼球だけがホルマリン漬けとして残されるあの鬱イベント。あれがいつの時期に発生するイベントなのか分からないからだ。もしかしたら、ルーシュカはもう……いいや、やめだやめだ!今そんなこと考えても仕方ないだろ!悲観的ってのはよくない、特になんか行動を起こしてるときにはな。余計なことを考えるんじゃねえよ俺、油断は命取り。ナベリウスとの戦いで学んだだろうが間抜けめ。今は隠密行動に専念するんだ、

 俺はルーシュカのいる部屋にたどり着いた。ここまで順調だ、あとは扉を開くだけ。

 そのとき、俺は背後の方から男の声を聞いた。やばい、研究員か!?


「おい、お前懲りないやつだな……」

「だって喰いどきだぜ。最近、いい感じに育ってきた」

「ったく、お前は本当に趣味が悪いよ」

 俺は慌てて物陰に隠れる。一応は見えない場所にいるが、物音を立てたらすぐに見つかってしまう。心臓の鼓動が高鳴るのが分かったが、どうすることもできない。落ち着け俺、物音を立てるな。

 どうやら、二人組の男のようだ。まだ位置は遠くて会話は聞こえない。こんな夜なのに、まだ働いてるヤツがいるのか?

 足音はどんどん近づいてくる。冷や汗をかきながらも時間が立つのを待っていた。男たちは俺には気づいていないようだが……。

「ホムンクルスがいるのは、ここだっけか」

「おお~い、来てやったぜホムンクルスちゃんよぉ!」

 男たちは、なぜかルーシュカのいる部屋の前で止まった。カチャカチャという金属音が聞こえるが、どうやら鍵を開けているようだ。手間が省けたが、あいつら何してる?地下の実験はもう終わった時間じゃないのか。

「今日はちゃんと中に入れるからよぉ、どうだい俺がまた来てくれるのが恋しくてたまらなかっただろうよぉ」

「くっくっくお前本当にいい性格だよ」

「ここまできといてお前も同類だぜ。だが最初にスるのは俺だ。いいな」

「はいはい、その代わり俺に――させてくれよ。あのくらいの幼い子供にしたらどうなるか見てえんだ」

「うっはぁ!お前も悪趣味だなあ」

 声を抑えながらも下品に笑う二人の男。鍵が開いて、部屋の中へと入っていくのが物音でわかった。俺は人影がないことを確認すると、ルーシュカの部屋の前まで移動する。

 俺は、ある程度いろんな物事……世界の薄汚いことも知ってる大人だ。だから、あのクソッタレ野郎二人の会話から、ある程度のことを理解した。


 音を立てないように、剣を抜き、鞄の中からいくつか小瓶を取り出す。俺は腹の底から湧き上がる胸糞悪さを覚える。ブロードには「人殺ししない」なんて偉そうに言っておきながら、俺はあの二人の男の喉を剣で掻き切りたい衝動に駆られる。……落ち着け、慎重に行動しろ。

「やだぁ……」

 部屋の中からルーシュカと思わしき声が聞こえる。涙交じりの声だ。俺はゆっくり、音を立てないように扉を開いた。部屋の奥には小さなベッド、そのうえにルーシュカらしき子供がいる。そしてそれを取り囲むように、汚らしい下種が2匹だ。

「お前が抵抗しなきゃ痛くしないよ」

「そうそう、それに嫌がっても無駄だからな。ここには俺たちしかいないんだ、お前を助けてくれるやつは……」

 三文芝居のようなセリフ、聞きたくねえから最後までは言わせてやらねえよ。

 ここには俺たちしかいないだって?笑わせるなよ。




「俺がいるぜ」




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