5 錬金術師の依頼
あれから俺はデイヨルネド鍾乳洞を抜け、地上へと出た。
久々の外の世界に、俺は柄にもなく涙が浮かんだ。今まで当たり前だと思っていたが、世界がこんなに美しく見えるとは思えなかった。我ながら、地下へこもりっきりの生活はつらかったんだなあ。
「うおおおおおおお出たぞー!!!!」
万歳するように腕を高く上げ、全身で太陽の光を浴びる。ざああっと木々が揺れ、心地いい風が頬を撫でる。ほのかに香るのは、もうあの地下の湿気てカビ臭いにおいじゃなく、さわやかな草の香だ。
「くうぅ、自然万歳!」
思わずガッツポーズ。
さてと、感動もそこそこ、どうしようか。ひとまず森は出るとして、近くにヨルネド町があるからそこにいって……。
「おーい、そこの君!無事なのかー!」
「……ん?」
「嘘だろう、生きて出てきたぞ!」
「えっ?」
地下を脱した俺はなぜか、ヨルネド町の一角にある救護所にかつぎこまれ、医者や兵士たちに取り囲まれている。全員が俺を見て驚いているが、「奇跡の生還者」だの「死地を乗り越えた兵士」だのと言う声が聞こえる。
「いやあ、本当に無事でよかった!あのデカい犬がいる神殿からよく逃げてきたねえ!」
恰幅のいい医者らしき男が言う。俺はなぜ自分がここに連れてこられたかすらもよく分かっておらず、あいまいな態度をとるしかなかった。洞窟から出てきた男が怪我してるかもしれないから連れてきたとか、そんな感じか?
「お、おお……どうも」
「あんたのほかに偵察兵はもう残ってないよな?」
「偵察兵?ああ、多分……」
「全く、偵察にしてもちゃんと人数がいないとだめだな、無駄に犠牲者が出るだけだよ。あんた本当に生きて帰ってこれてよかったねえ」
医者は優しく俺の肩を叩いた。優しそうな男だ、俺は久方触れていなかった人のやさしさにちょっとじぃんとなる。
さりげなぁく、できるだけ不自然なく聞き出してみたが、あのエーテルくそったれ神様に連れてこられた攻略者たちは、国王より送られたアーエール神殿の偵察隊とみなされているようだった。つまるところ俺を発見した兵士たちと同じ王国兵隊の一員ってことだ。魔物が異常に増えていないか、様子が変わっていないかなどを観察する役割らしく、俺はその任務に就いていたらしい。
……王国兵隊だあ?全く身に覚えがない。だが否定して敵か何かと怪しまれるのも困るし、俺は黙って肯定した。
王国兵隊っていうのは、主にアン・タブリ領土での魔物討伐を一任されている存在だ。ぶっちゃけ戦う公務員だ。俺のいた世界では軍隊とかその類のものは、自衛あるいは侵略を目的とした対人間のものだろう。ただアン・タブリは各地の魔物の存在が他国よりも強力なため、王国兵隊の専らの仕事は魔物討伐ってわけだ。簡単な魔物退治から巨大魔物討伐までなんでもござれらしいが、最大の任務はアーエール神殿の破壊だろうな。実際のところ、ゲームでの主人公は第1・2ルートともに王国兵隊に所属しているという設定だ。第1ルートではデイヨルネド鍾乳洞から生還したことを讃えられて天使化の儀式を受けることができた。魔物討伐は基本的にはちゃんと体勢を整えて人数をそろえてやるのが普通らしい。兵士の死亡率上昇防止のためにも一人での魔物討伐は原則禁止されている、挑んだどころで死ぬだけだ。
ただ特例はある。それが「騎士」の称号を与えられた兵士だ。心身ともに優れ、アーエールに信仰厚い人物に授けられるらしい。ちなみに天使化するかどうかを選ぶ権利ももらえるらしい。第1ルートでの主人公はこの騎士の称号を授かることになる。だからこそ各地のアーエール神殿を一人で回ることができた。もしかしたらあのクライネやバルバロ達も今頃は騎士の称号をもらってるのかもしれないな。俺はいらんがな、のし付けてお返しするさ。
ていうか、俺は一応だがアーエールの信仰者だぞ。ここのヨルネドの町は確か、アンタブリ王国の地方都市みたいなやつだろ!?エーテル信仰の町じゃないかよ!ほいほい俺を入れていいのか!?警備がばがばじゃねえかよ!それとも、あれか、俺が自白しない限りアーエールを信仰してるってことはわからないもんなのか。ああでも、確かゲームでも第2ルートにおいて自由に町に出入りできたな。うん、じゃあ大丈夫だなよかったよかった。
一通り医者に体を診てもらったあと、異常なしということで俺は解放された。俺が地下に放り込まれてから一か月は経っていたらしく、その間の飯はどうしたとかいろいろ聞かれた。これは非常食があったとか、洞窟に生えている植物を食べてしのいだとかなんとかごまかした。
「食べるものがなかったにしてはあんた体だね。いやあ見事な筋肉だ!」
「ありがとよ。元々がたくわえが多かったんだ」
感心したように言ってくれるのは普通の町民らしい男だ。俺はさらりと返す。なんかナベリウスと戦ったおかげか前よりも肝が据わったというかふてぶてしくなったような気がするな。
物珍しそうに見物していた兵士や町人の人も少なくなっていくなら、兵士らしき姿の男が俺に話しかけた。当然だが全く知らない男だ。
「なあ、あんた名前アルフだったよな」
男は手に、こぶし大の袋を持っている。中に何か詰まっているようだった。
「そうだ。俺名乗ったっけか?」
「いや、あんたの仲間から聞いた。黒目黒髪、背はやや高めの若い男。洞窟から出てきたんならあんたで間違いないな。ほら、仲間から預かってるぜ」
差し出された袋を受け取る。んんん?なんだこれ?中を開くと、入っていたのはコインだ。いや、銀貨っていうべきだろうか。なんでこの兵士は俺にこれを渡すんだ?
「それ、あんたの給料だよ」
「え」
「あんたと一緒に派遣されたやつの一人が、生きてるかもしれないからあんたに残していってくれたんだぜ。それは今回の偵察の報酬だ。本当なら先に生き残って帰ってきたやつらにそれも分配されるはずだったんだけどな!」
「ほえー、そうなのか……」
「なんて名前だっけ……あんたと同じ黒髪の坊主だったな。ああ、確かクライネって名前だったな。俺も多分生きてないぞって忠告したんだけど、クライネがどうしてもって頼み込んできたんだ。まあ、あの坊主が信じた通りあんた生きて帰ってきたけどな!」
クライネ……あいつか!俺を置いて行った4人の一人だ!
あいつ……置いて行ったことの遺恨は消えないが、見直したぞ。再会したときには一発お見舞いしようと思ってたが、考え直さないとな。軽い一発にしてやろう。
「いやあ、絶対骨になってから見つかると思ってた。生きて戻ってきてよかったなあ」
しみじみと言う男。確かに2か月も地下に潜って出てこなかったら確実に死んでると思うだろう。むしろクライネはよくぞ金を残していってくれた。これがなかったら完全に身一つ、無一文だからな。心底助かる。
「ははは、俺は不死身だからな」
「がははは豪胆だねえ!」
笑っている中年の兵士につられて、俺も笑いこぼす。いや、不死身って嘘じゃないんだぜ、俺何回殺されても死なないからな。
翌日、俺は用事がてきたため兵隊宿舎を出て町の中心地へと向かう。久々のちゃんとした寝床での睡眠、そしてうまい食事のおかげですごぶる調子がいい。食事といっても元居た世界とはあんまり変わらないようだ。朝食はパンとスープだけ、それでも最高にうまい。やっぱり衣食住はちゃんとしてないとな。ちなみに服はナベリウスの攻撃で背中がびりびりに破けていたため新しいのをもらった。王国兵隊は福利厚生が行き届いている。いい世界だな。
石造りの家の街並みを眺めながら、俺は剣を携えて歩いていく。歩く人々は、みな金髪だったり黒髪だったり、はたまた赤やオレンジ、青っぽいのや緑の髪のやつもいる。顔立ちも日本人っぽいのもいるし、外国人っぽい人もいる。服装は普通の服のやつもいれば、鎧を着てたり、はたまた妙に胸元があいてセクシーだったり、やたら派手だったりとさまざまだ。
家のつくりの様子からは西洋っぽいのだが、歩いている人々を見ていると俺の知ってるあらゆる文化が取り込まれたような感じだ。いや、この混合した感じがこの世界の文化なんだろうか。
並ぶ店をみるが、やはり元の世界とは違う。電化製品は見当たらない。その代わりに武器商店だったり、魔術の道具らしきものを売っている店がある。
歩きながらも、俺は今後のことを考える。やっと最初のステージをクリアしたが、今すぐエーテル神殿に行くわけにもいかない。この町の隣にエーテル神殿がありそこにも守護者がいるが、今の状態で倒すのは不可能だろ。何度死んでもOKとはいえ、派手な動きをしてつかまったりっていうのは避けたい。今の俺がすべきなのは情報と仲間を集めることだ。元の世界に帰れるかどうかがかかってるんだ、できる限り慎重かつ確実に行動したい。
しかしなあ、情報はともかくとして、仲間なあ、どうやって集めたらいいんだ?
ほかの攻略者を仲間にするのは駄目だ。あいつらは俺を置いて逃げた根性なしだし、それに戦闘技術のことを考えてもNPCを仲間にしたほうが早い。現代育ちの貧弱そうな攻略者よりも、NPCの方が絶対に強いし頼りになる、間違いない!
だがまずはNPCの居場所を探さないとな。ただ、そこでシビアさを発揮するのがリバースだ。ゲームでレベルアップ制度がなく生身の人間が戦うというシビアな設定をしたように、NPCにだって簡単に会えるわけじゃない。なんと、NPCの配置はランダムなのだ!そうだよなあ、現実的に考えて同じ場所にずっといたりしないよな。
特定配置のNPCはいる。でもそれは大体が兵士とか守護者とか、アン・タブリ王国の関係者だ。いくら仲間が欲しいと言えそいつらを仲間にすることはできない。なんたって俺はアーエール信仰者だからな。アン・タブリ国民は基本的にエーテル信仰者だし、俺が、一緒にエーテル神殿壊そうぜ、なんて誘っても魔物の仲間だと思われて殺される。よくて頭がおかしいと思われて聞いてもらえない。
途中で旅をしてるNPCもいるし、そいつらには宿屋や街中を練り歩けば会えるだろう。中にはダンジョンの中に住んでるNPCもいるから、思い当たるダンジョンをかたっぱしから言って……。ううん仲間にできるだろうか。ゲームとしてのリバースには基本的に仲間と戦うなんて制度はなかったからなあ。
俺は、建物の前で立ち止まる。剣の紋章が看板に彫られている3階建ての建物。おそらくここだろう。
軋む扉をゆっくりと押して入れば、建物の中は人で込み合っていた。カウンター周辺、もしくは並べられているテーブルについている。一回は食事処なんだな。
俺が尋ねたここは、国営直轄民間宿泊所。正式名署はこんな長い名前だが、通称は「剣の館」。看板に一本の剣が書いてあるため、こう呼ばれている。いわゆる、宿屋だ。
「らっしゃーい!」
主人だろうか、活気のいい声が聞こえる。だが俺はここに泊まりにきたわけじゃない。一応俺も王国兵隊の一員のようなので寝泊りは衛兵宿舎を貸してくれている。
NPCを探しに来たのと、「依頼」を受けに来たのだ。
店内を見回す。NPCらしいやつは見当たらない。ううん、すぐには見つからないよな。
俺はカウンターへ近づく。エプロンをつけて片手にはデカい肉切り包丁を持っている。十分に肥えた腹回りは破裂寸前の風船のようだ。
「なあ、あんたがここの主人か?」
「ああ、そうだ。なんだ宿をとりたいのか?」
「違う。俺は、えっと、兵士のアルフだ。ちょっと前に、俺に用があるって訪ねてきた男がいるらしいから来たんだ」
主人はすぐに合点がいったのか、ああ!と声を上げて店の奥に引っ込んだ。そしてなにやら紙をつかんですぐ戻ってくる。
俺がここに来た理由は、宿屋の主人に「アルフという男に依頼がしたい」と少し前に尋ねてきた男がいるという情報を聞いていたからだ。
王国経営の宿屋剣の館は、各地から多くの人間や集まる場所だ。情報を集めたかったり、小遣い稼ぎの仕事をしたければここに来ればいい。王国兵隊が討伐してくれないような弱い魔物の討伐を頼みたい場合や、魔術師に結界を張ってほしい場合などは宿屋にその依頼を持ち込むと、適当な相手を見つけてくれるってわけだ。そんでもって、今回はなぜか俺を指名して依頼をしてきた人物がいると聞いてきたのだ。あいにく、この世界にほとんど知り合いはいない。攻略者のだれかじゃないだろうし、依頼主は一体どんな奴だ?
「ああ、やっと来てくれたよ!あんたのこと待ってたんだよ!ほらこれ、読んでくれよ!」
紙を渡される。そこを見ると、なにか文字らしいものが書いてある。
俺は、その紙を読み込むフリをする。ふむ、ふむふむ、ふむ、なるほど。
「読めない……」
「ん?どうした?アンタ宛の手紙だぞ?」
「いやなんでもない。うん、よくわかった」
この世界にきて最も困っていることのひとつは、文字が読めないということだった。これが何よりも不便だ。看板が掲げられていてもなんの店か全くわからないことがある。ついでに金の使い方もおぼつかない。どうやらこの世界は硬貨が一般的な通貨のようだが、なんと銅貨・銀貨・金貨と3種類の硬化がある。使いにくいだろうが一種類に統一するか単位を円に直してくれよ!俺は日本人だぞ!
恥を忍んで字が読めないことを主人に伝えようか……読み上げてもらえたら万々歳なのだ。
「いやあでも、変なお願いだよな。ただ自分の家に来てくれって書いてあるんだもんな!」
宿屋の主人がカウンター裏で野菜を切りながらそう言う。えっ、そんなこと書いてあるのか!?
「ほ、ほんとだよな!俺、またここに来たばかりで街中歩くとすぐ迷っちゃうんだよ~」
「森の奥に家があるって書いてなかったか?」
「え」
主人は親切にも、意味不明な文字の一文を指さして教えてくれた。残念なことに俺には象形文字が規則的に並んでいるようにしか見えない。俺がしゃべってるのはなんと日本語なのに、どうして使用文字は漢字カタカナひらがなじゃないんだ。あれか、連れてきたエーテルくそったれ神様の不思議なパワー(笑)ってやつか。会話だけじゃなくて文字も読めるようにしておいてくれよ。
「うん、やっぱり西の森って書いてある」
「本当だぁ!ちゃんと読まなきゃダメだな俺のうっかりさん!」
へへへっと笑った俺に、宿屋の主人もただの間抜けな男だと思ってくれたのかいっしょに笑う。
……いずれは文字を習うべきだな。でもこの年になって学校に通うなんてなあ……そもそも学校というものが存在するかも不明だ。
「なあ、あんた。紹介しといてあれだけど、その依頼は行かないほうがいいと思うぜ」
親父がカウンター越しに俺に言う。しゃべりながらも魚をさばく手は止めない。赤い魚の頭が胴体から分断された。
「は?なんでだよ。大体、この人は俺を指名してんだろ」
「そうだけど、あんたの知らないやつみたいじゃないか、どう考えても怪しいだろ。それに西の森に住んでる男の噂を聞いたことあるけど、いい噂じゃない。そいつはアーエールの信仰者だって話だぜ?」
「……なんだと!?!?」
力んだせいで手の中の紙がぐしゃっとつぶれる。
アーエール信仰者だって!?!?
なんと!まさか!仲間フラグ立ったじゃないか!
「ほおおおお、どんなヤツだった?これを依頼してきたヤツ、覚えてないか?」
「男だったな、40代くらいで口ひげが生えてる。わりかしハンサムだったような……」
「ふんふん、それで?」
「背丈はあんたと同じか、低いくらいだ。そういえば、すっげえ咳してて顔色が悪い男だったなあ」
よし、これで大体の話は聞けたな。なんとか探せるはず。森の中で暮らしている男なんかそんなにいないだろう。
「もしかしたら魔物が人間に化けてるかもしれないし、行ったらあんた殺されるかもだぞ?やめとけやめとけ」
「わかった、行くわ」
「おう!……えっ?あんた、話聞いてたか!?おい、ちょっと!」
背後で引き留める声が聞こえるが、俺は一切を無視して建物を出る。
「もっと早く情報を集めときゃよかった……謎の男X,本当にアーエールの信仰者だったら仲間になってもらわなきゃな」
俺はウキウキしながら町の出口へと向かう。
どこかにいないかと思っていた、俺とおなじアーエールの信仰者。人間に敵対してるかどうかはわからんが、味方になってくれる可能性の高いヤツがこんなにすぐ見つかるなんてな!イヤッター!これの神のお導きか!?さすが俺、ラッキーボーイ!
街を一人で出るとき、念のためあの紙を見せながら衛兵に西の森の生き方を聞く。分かりやすい説明に礼を言おうとしたとき、衛兵は俺に町の外に一人で出るのは危険だといって止めた。
「大丈夫、剣も持ってるし大丈夫だ」
「あんたなあ、過信は命取りだぞ。それに、森には闇の錬金術師が住んでるって噂だ。アーエールへ生贄として子供を殺して捧げる残虐非道なやつだ!」
「はあー?」
なんだその噂。俺はたいして真面目に聞いていないが、一方の衛兵のほうは真剣に俺に言い聞かせようとしているようだった。錬金術師を非常に危険視している衛兵の様子は大げさに見えるが、おそらくこれがこの世界での錬金術に対する一般的な反応なんだろう。
この世界で、錬金術というのは危険視されているものだ。エーテルは加護として人間に魔法を与えたとされている反面、錬金術はアーエールの与えたものとされている。故に、錬金術というのはエーテル信仰が非常に強いこの世界では禁断の業だ。俺が最初に持っていたエリキシル薬だが、本来あれは一般では流通してない。時折闇市とかで売っているようだが、極稀なことだ。エリキシル薬に関わらず錬金術で作成されたと思われるものは、兵士に見つかれば即牢獄行きだ。
「闇の錬金術師ねえ……まあ気を付けるよ」
「炎を吐くゴーレムに住処を守らせてるんだ!せめて仲間を連れて行ったらどうだ。すぐに殺されてしまうぞ」
この若く真面目そうな兵士が、俺の命を危ぶんで止めてくれているのはわかる。ただ、俺にとっては錬
金術師は別に脅威となる存在じゃない。この青年にとっては錬金術師は敵なんだろうが、別に俺にとってはそうじゃない。むしろ錬金術師だって同じ人間なのにそう毛嫌いする理由が分からんな。それは俺がこの世界の人間じゃないからだろうか。でも噂で判断するのはよくないぜ。
必死に止めようとする兵士を交わして門の外へ出る。
「大丈夫だ、俺は……不死身だからな!」
森へとむかう足取りは軽い。仲間ができるかもしれないという期待のおかげだ。
西の森は、町を挟んでデイヨルネド鍾乳洞とは正反対の方向にある。食料と水を手元に、ざくざくと森を進んでいく。西の森としか言われていないんだから、とりあえずは森の奥へと進んでいくしかない。紙に地図を描いてくれたらよかったのになあ……。
もうしばらく歩き進んだとき、俺は森の空気が変わった気がして立ち止まる。なんだか、やけに静かだった。
妙な予感がして剣を抜く。静かすぎる気がする。さっきまでは風の音や動物の鳴き声が聞こえていたのに、全くの無音だ。……なぜだ?
立ち止まっていても仕方がないため、さらに森の奥へと進んでいく。すると、なにか不思議な岩を見つけた。ただの岩じゃない、人間の形をした巨大な岩だ。
「あの衛兵が言ってたのは全くの嘘じゃなかったんだなあ……」
そこにあったのは、ゴーレムだった。
そーっと近づく。動く様子はなかったため、俺はゴーレムにペタペタと触れる。固い、普通の石だ。これ動くか?起動してるところ見たいなあ。
「ほあー、案外錬金術師ってのは本当かもしれないなあ……え?は?ちょ」
のんきに考えていたとき、俺は異変に気付く。ゴーレムがいつのまにか、片腕を上げていたのだ。正拳付きの構えだ……。
「動くのかよおおぐえっ!」
回避が追い付かず、俺はまともに殴り飛ばされる。ナベリウスの攻撃とは違う、重い痛みが走る。いいパンチだなふざけんなよ動くならもっと最初から動いとけよ!俺が完全に油断したときに起動するんじゃねえこのゴーレム作ったやつぶん殴ってやるからなあああああ!!
「ぐぐぐううう、う」
骨がどこか折れたかもしれないが、踏ん張って立ち上がる。幸いにもゴーレムの動きはゆっくりだ。一体だけなら走って逃げれる!……と思ったのは間違いだった。俺は甘かった。
すっかり失念していたが俺がいるのは悪評も高い鬼畜ゲー、リバースの世界だということを。
「はあああ!?!?六体いるのかよ!!ふっっざけんなよ!」
ずしん、ずしんと地面が響く。6体ものゴーレムが一斉に歩いているせいで、地震が起きているようだ。
俺の逃げ道をふさぐように、周囲から計六体のゴーレムが迫ってきている。
「は?どこに配置してたんだ他の5体。もう逃げ道ないじゃねえかよ!」
戦いしかないのか。だがゴーレムに剣は通用するのか!?ゲームじゃ大丈夫だったけど、今はリアルだぞ。明らかに先に剣が折れて役立たずになるだけだろう。
焦っていてもずしん、ずしんとゴーレムは俺との距離を詰める。
うわああああ嫌だナベリウスのときは出血死とかが多かったけど、ゴーレムに殴り殺されるのはそれ以上に痛いんじゃないだろうか嫌だ。
「くそぅ……」
この世界に来てから死んだ回数は数えきれないが、自害するのはこれが初めてだった。だがなるべく痛くないように死にたい、明らかに勝率のないこの状況だと、自害するのが最善策じゃないだろうか。
目前に一体のゴーレムがせまり腕を振り上げた。俺は覚悟を決めて、自分の首筋に剣を押し当てる。
「待て!止まれゴーレム!」
男の声が響く。俺はハッとして声のしたほうを見る。そこにはローブを着た男が一人、経っていた。見た瞬間、敵ではないと気付く。
……どうやら運命の女神はまだ俺を見捨ててないようだった。
石造りの小屋の中に入ると、そこの中には所せましと訳の分からない薬品だったり葉っぱだったり瓶詰の粉だったりがひしめき合っている。ここは、あの六体のゴーレムを作り、そして俺を森へと呼び出した張本人である男ブロードの家だ。部屋の四方の壁には棚が置かれていて、錬金術に使うであろう怪しげな材料や、分厚い本が並んでいる。錬金術には興味があるため本の内容が気になったが、背表紙のタイトルさえ読み取れない。
「来てくれて本当にありがとう。ゴホゴホッもし行き違いで来てくれなかったらどうしようかと……神に感謝しなくては」
穏やかな態度を崩さず、ブロードは言う。当然、俺とブロードはこの世界では初対面の者同士だ。ただ、俺はすでにブロードに会っている。もちろんゲームにおいてな。
一体どんな奴が俺を呼び出したのか疑問だったが、まさかこいつだとは……。
目の前の男、ブロードはNPCとして登場したキャラクターだった。こんな状況じゃなかったらもっと感激してたんだろう、だが6体の殺人未遂ゴーレムのおかげで感激よりも怒りが勝った。
ブロードはゲーム内では、サブボス的な存在として登場する。俺がプレイしたときは確か大陸北部の洞窟にいた。俺は確か、国王からの命令を受けて錬金術師を討伐するように言われたんだよな。そのときもブロードはゴーレムを使役していていた。ゲーム内とはいえ、俺はブロードを一度討伐してるんだよなあ。今はそんなこと微塵も考えてないが……すまん。ゲーム内では俺、余裕で人殺しもしてたんだよな……今は無理だ。
剣の館の主人が言っていた、ハンサムな中年男という情報は間違っていない。イケおじだの紳士だのってブロードはそこそこ人気があったキャラだ。ただ今は顔色も悪く、おまけに右頬を紫色に染まっている。俺が怒りを込めて渾身の力で殴ったからだ。べつにブロードを敵だと思ったわけじゃない。ただ遅けりゃ死ぬところだったし、ゴーレムのおかげで全身の打撲痛がなかなか収まっていないん。あの一発でおあいこってことだ。錬金術師ということもあって、ブロードはローブを身に着けている。様々な紋章が縫い込まれている非常に雰囲気のある衣装だが、着こなし次第ではただの胡散臭い男に見えてしまうようなものだ。俺が街中を着て歩いたら白い眼で見られるだろう。だがブロードにはよく似合っている。なぜだ、こいつが紳士風の髭が似合うハンサム野郎だからだろうか、しまむらでも着てるがいい。
ところでなんでこいつこんなに顔色悪いんだ。生まれつきか?あいにくネタバレが嫌で攻略サイトもネット掲示板もほとんど見なかったからな、詳しいことは不明だ。
「ゴーレムのことは、本当にすまない」
一撃入れさせてもらったおかげで多少怒りは収まった。ブロードもこうして深々と頭を下げているところだし、これ以上責めることもないか。
「言い訳になるだろうが、身を守る必要があったんだ……」
「まあ錬金術師って名乗るだけでも投獄されるらしいからな」
「ああ、あのゴーレムたちは結界兼ボディーガードだったんだ。ちなみに改良を重ねたおかげであの中の一体はパンチを飛ばすことができるんだ、格好いいだろう」
「もしそのロケットパンチが発動してたら、お前の歯が10本は抜けてたと思えよ。大体、俺を呼び出したんなら一時的にも解除しとけよ!」
「いや、その、いつ来るかわからなくて……本当にすまなかったね。お詫びに、これは回復薬だ。さあ、飲んでくれ」
ブロードは一本の円柱状のガラス瓶に入った薬液を取り出す。
「これは……」
「エリキシル薬の改良版だ」
俺はきゅぽんとふたを外す。確かエリキシル薬は飲んでもよかったはずだ。打撲なら肌に塗るよりも飲んだほうがいいかもしれない。ガラス瓶を口に近づける。だがそのとき、鼻から脳天に突き抜けるような激臭が俺を襲った。
「う”ぇっ……………………やっぱりいい。気持ちだけもらうぜ」
「ええっなんでだ!」
思わず断ってしまったが、これは無理だ。俺は多少の異臭くらいには動じないと思っていたが、これはキツイ、無理。なんというか、発酵とかそんなのは生ぬるい、刺激臭がする。比喩ではなく、鼻の粘膜が溶け落ちそう。間違って飲んでしまったら喉が焼けるんじゃないか。
「なんでじゃねえよ!これは、いくら、なんでも、ひどい!臭すぎるだろ!悪臭なんて生易しいぜ!」
「匂いがダメなのか!?良薬は口に苦しというだろう、そこらへんは我慢してくれ!」
「はあああ?じゃあほれ、自分で飲んでみろよ」
俺はずいっとブロードの顔に瓶を近づける。
「うっ……」
ブロードはもとより青い顔をより青くさせ、口元を抑えて顔をそらす。ほーらー臭いじゃねえかよおお!
「ほらみろ、作った本人でさえその反応ってどうなんだよ」
「いやでも、効果だけは確かなんだ……」
「効果上昇だけは改良とは認めん」
「……新作だったのに」
「ちゃんと毒見をして味を改善してから俺に渡してくれ。バニラかチョコ味でよろしくな」
ブロードは心底残念そうに薬を仕舞った。
「まず質問なんだが、あんたはなんで俺を知ってるんだ?まずこれは教えてもらわないと」
「信じてもらえるかはわからないが、神が夢を介して私に教えてくれたんだ、アルフという男が見方で、いずれヨルネド町を訪れるとね」
「……神って、アーエール……だよな?」
ブロードは神妙な表情だ。普通なら、アーエール信仰者だということは口が裂けても公言できないことだからだ。
「新たな信者に力を貸してやれとね。ゴホッ、そして、その信者は私の手助けをもしてくれると。君は、アーエールの信者で間違いないね?」
「信者……まあ、一応な。なあ、ブロード。お告げはそれだけか?何かほかに言ってなかったか?」
ブロードは首を横に振った。なんだ、俺の行く末を教えてくれたりはしなかったのか。てか、なんで俺のことをわざわざブロードにお告げなんかしたんだろうか。俺が攻略者だからか?でもいまいちまだ攻略者の具体的な役割わかんねえんだよなあ。神託をくれとは言わないからせめて行先くらいは教えてほしい。俺がまじめにお祈りしないせいか?
「ところで、手助けってなんのことだ?何か困ってるのか」
「そうなんだよ!困ってるんだ!」
「うおっ!」
ブロードは急に机をバアンと叩く。あまりの勢いにカップが揺れて若干お茶がこぼれた。
ひぃ!?なんだよ!?
「はっ、す、すまない」
「急にどうした!情緒不安定か!?」
「その通り本当にすごく困ってるんだ!ゴホッゴホッ、君に、頼みたいことがゴホッ、あってね!」
「おい、むせてるじゃねえかよ落ち着けよ」
ブロードは激しく急きこみだす。俺はなんだか可哀想になって背中をさすってやる。そういえばゲームで戦った時も咳をしてたような……ゴーレムとの戦闘に集中しててあんま覚えてないな。
「……実は、持病があってね。最近ますます悪化したよ。正直、先日町に言った時倒れかけて、つい先日まで寝てたんだ」
ブロードは先ほどよりも顔色が悪く、息をするのも苦しそうだ。
そこまでして俺に頼みたいということはいったい何なんだ?困っているようだから、できることは引き受けるつもりでいる。そう、俺にできる限りの、殺人以外のあらゆることはな。
しばらくしてブロードの咳はようやく止まった。
そして真剣なまなざしで俺に向きなおる。
「私の、ホムンクルスを探してほしいんだ。ルーシュカという子供のホムンクルスをね」