10 終息後 攻略者の旅立ち
俺はむっくりと起き上がる。デイヨルネド鍾乳洞のアーエール神殿で、なんだか久々の復活だ。てか復活するならここからなんだな。別のアーエール神殿見つけてお祈りしたら復活場所も変わるか?
相変わらず復活直後は寒いし体は重いが、火傷も何も残っていない五体満足の体だ。腹に剣も刺さってない。ビバ復活!あれを倒すなんて俺もなかなかやるものではないか。エクターのおかげもあるけど。
「お前戻ってくるの早いと思ってるだろ」
「ワフッ」
「あと肉持ってきてないすまん」
「バウッ!」
「ごめんって!俺の腕食う?」
「グルルル……」
ごめんってーと撫でると、ナベリウスは首元を差し出してくる。相変わらずもふもふだな!
ヨルネドの町でのルーシュカ奪還事件は、見事に成功したんじゃないか。二人はもう家にもどっていネフィリムを起動させたのは想定外だったが、あれも被害を抑えて倒せたし、まあ悪くないんじゃないか。俺が死んだのは被害の内にはカウントしない。
「これって薬草?それとも雑草?」
「それは薬草だよ、お兄ちゃん」
「こっちは?」
「それは雑草」
「えっ、マジで?俺さっき薬草だっつってブロードに渡しちゃったよ。もし作った薬草飲んでブロードがお腹壊したらどうしよう。一緒に謝ってくれよルー」
「ふふ…お父さんそんなことで怒らないよ」
俺が手にしている薬草を見事見分けたルーシュカはぎこちなく笑う。もうみすぼらしい服でも薄汚れた体でもない。少女らしいワンピースのような服をきたルーシュカは、俺と一緒に畑の薬草を摘み取っている。以前も手伝いをしていたんだろう、ルーシュカの手つきは慣れたもんだ。
この森の中の家に戻ってきた当初は無表情か、怯えている顔のことが多かった。常時ピリピリ、ビクビク、そんな感じだ。だが父親がそばにいる環境に安心できるようになったのか、ぎこちなくも笑顔を見せるようになった。
「えらいなルー。俺は全部草にしか見えない」
「えへ……お兄ちゃんもなれたらすぐできるようになるよ」
頭を軽くなでると、ルーシュカは恥ずかしそうに俯いた。
ルーシュカの言うお兄ちゃんっていうのは、もちろん俺のことだ!牢屋から助け出したおかげか、人間不信になっているかと思ったルーシュカは俺とも仲良くやってくれている。妹が出来たみたいで可愛い、心底。お兄ちゃん呼びはちょっとギャルゲーみたいだと思ったけどな。
「うおー、腰痛いな……。ルー、そろそろ戻ろうぜ」
「うん」
「後で腕立て伏せするから背中に乗ってくれよ」
「うん……あれ好き、楽しい」
「はっはっはいくらでもやってやるぜぇ!筋肉痛どんとこい!」
今日は晴天、どこまでも晴れ渡るような空がひどくまぶしい。汗もかくはずだ。
俺たちは今旅への出発にあたり、家の整理をしてるところだ。俺たちといえばそりゃあ、俺、ブロード、そしてルーシュカの3人だ。今は畑に植えてる育ち切った薬草をかたっぱしから抜いてるところだ。こいつらは様々な薬に変化してくれるだろう。旅立ってこの畑も放置してしまうから、薬にできるのは全部抜いておかないとな。
錬金術だけじゃなくて普通の調合薬もいろいろ作っているが、俺も薬草をゴリゴリすりつぶすくらいの手伝いはしてる。うん、楽しいぞ。ただ完全なる素人だから、俺よりもルーのほうが手際がいい。
ルーシュカ奪還成功後、俺の目的がエーテル神殿の破壊であること、そのために仲間を集めていることをブロードに告げた。ルーシュカが家に戻ってきて二日目のことだ。
ブロードはなんと、俺の旅に同行することを了承してくれた。まさか、とは思った。俺の旅は終わりが見えない、危険だし、最悪アン・タブリ国家全体が敵に回るかも…。ブロードにはなんたって取り戻したばかりの愛娘(愛息子)がいるんだから俺の提案に乗ってくれるとは思わなかった。
「別に、守護者と戦ってくれとは言わないぜ。でも俺がやることはいわば、国崩しみたいなもんだ。一緒にいるだけで危ない目に合うかもだ」
だがブロードはあっさりと言った。
「そりゃあ危険なのはわかってる。どんな旅にも危険はつきものだ。だが、ここにずっといるわけにはいかない。私はともかく、ルーシュカに一生森に籠らせているのは可哀想だ。それに、君がいるじゃないかアルフ。いざとなれば乙女を加護する騎士のごとく、ルーシュカからあらゆる敵を遠ざけてくれる。そうだろう?」
ブロードの視線は家の奥のほうに注がれている。そっちにルーシュカ眠る寝室があるからだ。本当はルーシュカ専用の子供部屋にベッドが置いてあるんだが、2年の歳月を経てルーシュカにはちょっと小さくなっていた。なによりもルーシュカ自身がブロードの傍を離れたがらなかったから、二人はずっとブロードのベッドで寝ている。俺は居間のソファーだ。ブロードは恩人に申し訳ないと言っていたが、俺は別に硬い石の床でも寝れる男だから大丈夫だ。ベッドを譲ろうかといったブロードは丁寧にお断りした。
疲れがたまっているせいか、ルーシュカは先に寝てしまっている。時折魘されることがあるみたいだ…。
「あんまり俺を買いかぶらないでくれよ……」
「でも王国の生物兵器を倒したんだろう?」
「ありゃエクターがいたからだぜ。俺は本当に、ただのしがない素人剣士だ。買いかぶりはいらない」
「私はそうは思わないけどね……君はあの子のナイトだ。私だって気軽な気持ちなわけじゃない。私は調合薬だって作れるし、ゴーレムもね。旅の助けに必ずなる。それに、私はルーシュカを狭い世界に閉じ込めておきたくないんだ。私一人ならいつ捕まるかもしれないけど、君が居ればもしもの時が来ればルーシュカを任せられる」
もしもの時のことは考えたくないけどね、とブロードは笑う。
期待がでかいな……。いやまあ、できる限りはやるぜ?確かにルーシュカに世界を見せてやりたいって親心は納得できるけど……。俺ももっと強くならなきゃだめだな。
「まあまあ、細かいことは気にしないでくれ。細かいことは物事が始まってから考えたらいいんだ。さあ、飲んで飲んで。秘蔵の一杯だ」
「ありがとよ。いや、待て、俺はあんまり酒に強くないからそれくらいでいい」
「なに?酒豪のような顔をしておいて……」
少し遅れた祝杯ということで、ブロードは酒を戸棚の奥から引っ張りだしてきた。
この酒は果実酒っぽく甘くて酸味がある。柑橘ベースっぽい酒だ。うん、うまい。だが俺はあんまり酒の味も分からない。飲むよりも食べるほうがもっぱらだ。
「んんんー、うまい!頬が落ちる、いや溶ける!絶品!」
「うーん、ただの焼き魚だぞ?君、以前はよほどひどい環境で生活してたのか?」
「ああ、一か月飲まず食わずだったな」
「はははは時々変なことを言うなアレフ!なら今度はもっと手の込んだものを作ろう。料理は錬金術に似ているから得意なんだ」
マッドサイエンティスト気質錬金術師のこの発言はちょっと怖い。とてつもないものを作り出しやしないだろうか。いや、ルーシュカも食べるだろうから大丈夫か。
そういえば、とブロードは切り出す。
「なあ、アレフ。私は錬金術師だからだが、なんで君はアーエールを信仰しようと思ったんだ?」
きょとんとした顔になっているのが自分でもわかる。なんで……なんでって言われてもな。
「うーん……不可抗力というか……生きるためというか……」
「ああいや、すまない。詮索するつもりはないよ。込み入ったことを聞いて済まなかった」
「気にするな。まあいろいろあってな……いつか話せたらいいんだが」
俺は自分が異世界から来て、しかも不死の肉体だって事実を持て余していた。ブロードみたいにアーエールを信仰してても別に不死じゃないみたいだ、なら攻略者だけに与えられた特殊能力だってことだろ。この事実がいずれ自分に不利に働くかもしれないかもと思って、俺はまだブロードには話してなかった。時々冗談半分で俺は不死身だぜ~って言ってはいるけどな。
「普通に生きていれば、アーエールを信仰しようなんて考えないものさ。この国はエーテル信者に生きやすく、私たちには生きにくく作ってある。なんたって人間の国だからね」
「その、俺は世間に疎いんだが……そんなにアーエール信者への扱いはひどいのか?」
「基本死刑、悪ければ研究の実験体だ。アーエール信仰と分かれば即お尋ね人になる」
「アン・タブリにいるほかの信者に連絡はできないのか?」
「私が持っていた連絡網はとっくの昔になくなったよ。情報提供者がみんな捕まったからね。それに、アーエール信者に接近するのは簡単じゃない。それこそ摘発するのに、自分も信者だと偽って接近するケースが多いんだ。アーエール信者だと君が名乗ったところで、簡単に信じてはもらえないだろう」
「はぁー……」
仲間を見つけるのは思った以上に困難みたいだなあ……。でも仲間にするとしたらゲームで出会ったNPCのほうがいいと考えてるんだが、NPCは誰がエーテル信者で誰がアーエール信者なんだ?
ブロードは酒を再びあおった。顔が赤いが、もしかしたら俺以上に弱い?
「お前な、体も弱いんだからほどほどにしとけよ病弱紳士」
「まあまあ、どうぞどうぞ」
「ありがとよ」
進められるがままに俺も酒をあおる。うん、うまい。言っとくが俺は食レポなんて高等技術はできない男、どんなものを食べても美味しけりゃうまい以外の感想は言わない!言えない!
……あれ、なんかこの酒だけ味が違う?変?んん、まあいいや。
「ところでな、アレフ。大事な話があるが」
「なんだよ改まって」
「君の女性の趣味は?」
「はああ?」
急にどうしたんだブロードは。俺の女の趣味がなんだってんだ。
「いや、これは必要な質問なんだよ。偽らずに答えてくれ、お願いだ」
「はあああ?まあいいけど。好み、趣味……うーん、気が強いっていうかしっかりしてる人のほうが好きだな」
「年齢は?もしかして、うんと年下が好きとか言わないかい?」
「別に。俺はどっちかっていうと年上くらいのほうが好きだし。姉さん女房が欲しい。できれば胸は大きすぎず小さすぎずほどよく形が整ってればなおよしだな。あと料理が出来たらなおよしだけ。陰ながら支えてくれる感じで……って、あれ?なんで俺ここまで話してる?なんかいつもよりも色んなことを話しまくってるような」
「ああ、酒に自白剤を入れたからね」
「なんだとおおおおおお!!!???なんで?なんで?急にどうした!?俺の女の趣味がそんなに重要か!?」
「重要だとも!!君は可愛い娘を持つ父親の気持ちが分からないか!!」
ブロードは力強く机をたたく。大きく揺れた机の上でグラスがこぼれた。
「分からねえよ!お前仮にも仲間に薬盛ってんじゃねえよ!!悪い方向に親馬鹿爆発させてるんじゃねぇ!」
「私は君が幼児趣味じゃないかどうかを聞き出しておきたかっただけだ!!命の恩人だがそこだけは確かめておかなければ!それが父親としての義務だ!!」
「やっぱりお前マッドサイエンティストだぜ!いや錬金術師だからマッドアルケミストだ!これは親馬鹿が過ぎるんだよ錬金術でつくったものを悪用してんじゃねえよ!俺は神に誓って幼女趣味じゃないから安心しろ!」
「これは悪用の内には入らないなんたって愛があるからね!今回みたいなことを二度と起こさせないためにも娘に降りかかるありとあらゆる害悪は取り除く所存だ!もし君が幼児趣味だったら毒殺してるところだったよ!」
「ふざけんな俺はルーシュカを取り戻してやった恩人じゃねえのかよ!二度と自白剤は使うな!!」
「いや、それが聞きたかったからもういいよ。はい、解毒薬」
解毒薬を飲み込みながらも、俺は誓う。二度とブロードの注いだ酒は飲まない。マジでなんて野郎だ!俺だって最近自分がちょっとヤバいヤツになってきた気がするけどこいつもヤバい!よくよく考えたら脱獄した指名手配犯なんだよな……。
「それはともかく、ルーシュカを気にかけてくれて助かるよ。2年間、あんな場所にいたからね……人間不信になってもおかしくないと思ったんだが……ほかならぬ君がそばにいるとルーも安心するみたいだ」
「さっきお前が毒殺しようとしてた男だけどな。まあ確かに、目を離さないでおかないとな……トラウマになってるだろうし」
実験体としていろいろ薬も投与されてたみたいだし、今後も体調とかも心配だな。それに旅は楽しいかもしれないけど、知らず知らずルーシュカにはストレスになるかもしれないし、変な野郎が近づかないようにしないとなあ。
「そういえば君はずいぶん子供の扱いが上手だな、アレフ」
「ん?ああ、おふくろの仕事仲間の子供を俺が面倒みてたことがあるんだよ。なんつーか、夜の仕事してたからな。夜間に目を離すのは心配だけど預けるところがないからって。それで慣れた」
「あ、ああ。それでなのか」
おふくろは今頃何してるのかねえ。早く戻らないとだが……。
「んううー……お父さん」
おっと、お姫様を起こしてしまった。
ルーシュカが表れたとたん、ブロードはたたずまいを直す。
「なんでもないよルーシュカ。うるさかったかい?」
「ううん……お父さん、まだ寝ない?」
首を軽くかしげて、ルーシュカはブロードを見上げた。ブロードの顔は、まあ緩んでること。
この家に戻ってきてからブロードのルーシュカへの溺愛っぷりは、すごい。2年ぶりに戻ってきた娘がそりゃあ愛おしくて仕方ないんだろうが。
「いや、もう寝るよ」
「片付けとくぜブロード」
「あー、すまない頼んだ。さ、行こうかルー」
「うん。……お兄ちゃん、おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
軽く手を上げると、ルーシュカも小さい手を振り返す。二人は寝室の奥へと消えていった。
今こそ俺をお兄ちゃんと呼んでくれるが、ルーシュカは当初は俺のことをなぜか「きしさま」と呼んでいた。これは称号的な意味のあれじゃないよな。白馬の王子さま的なあれだよな?そう呼んでくれたのはぶっちゃけうれしいが、別に本物の騎士でもなんでもないから呼び方を変えてもらうように言った。
「きしさん」
「うーん、もうちょっと親しく。一回キシサマから離れて」
「……お兄さん」
「おっ、いいんじゃないか?」
「……やっぱりお兄ちゃん、がいい」
「おお!もっとよくなった!ちょっとエロゲっぽいけどな!じゃあそう呼んでくれルーシュカ」
「……うん」
そううなずいたルーシュカは、控えめに言って超可愛いかった。誤解がないように再度言っておくが俺はロリコンじゃない。そこらへんの趣味は普通だ!
だが、先日ルーシュカに関して驚愕の事実が発覚した。
それはある日のこと、風呂上がりのルーシュカの髪を俺が布で拭いてやっていたときのことだ。
ゆったりとしたワンピースのようなパジャマを来て、ルーシュカは俺の足の間に座っていた。ブロードの綿密な手入れのおかげで、くすんでいたプラチナブロンドは艶を取り戻し、光に照らされると美しい光沢が浮かぶ。俺はふと、前思いついたことを提案する。
「なあルーシュカ」
「なあに?お兄ちゃん」
「背も伸びたし、今着れる服が少ないよな。服欲しくないか?お近づきの印ってやつだ、一式プレゼントさせてくれよ」
「ほんと?…………いいの?」
「ああ。ルーシュカがとびきり可愛く見えるようなやつにしよう」
ルーシュカは顔をぽわっとあかくした。これは嬉しいときのはずだ。
俺はなんだかあるいは姪っ子を可愛がる小父の気分になる。もしくは孫を可愛がる祖父。おもちゃでもなんでも買い与えたくなる気持ちがよく分かるこの頃だ。
「それは賛成だ」
ブロードも顔を出す。
「だが」
「だが、なんだ?」
「男物にするつもりか?それとも女物にするつもりか?」
「はあ?何言ってんだよ、ルーは女の子だろ?」
ここで、ブロードはちょっと変な顔を見せた。あれっと思っていると、足の間に座っているルーシュカが、なんだか困った顔をして俺を見上げた。
「お兄ちゃん……わたし、両方なの」
「……ワッツ?ふ、ふた……な……えっ?つまり、両方あるってこと?」
俺の脳内に、想像したくないけど両方ついてるルーシュカの股が浮かぶ。マジ?こんなにかわいいのに?
「違う。体を変化させれるんだ。ホムンクルスの特殊能力だよ」
「マジで!?すげえ!えっえっえっマジで!?ルーシュカやってみせて!」
「う、うん。えい」
ルーシュカは掛け声を出すと、ルーシュカの体が微妙に変化する。えっ、こんななんか体が光るとかじゃなくて、ぐにぐに骨とか筋肉が動いて性別変わるの?ガチの変身じゃないか。
「どう、かな。……今男の子だよ」
「おおおお……確かに、ちょっと変わった」
確かにちょっと男の子らしくなった。体つきから若干丸みが消えて、顔立ちも少年っぽくなったような?
「今、男……だよな。ううん、でもまだ可愛いっていうか、女の子って言われても通じる」
「ははは、まだそんなに分からないよ。第二次性徴を過ぎてからはっきり変化が見えるんじゃないか?」
「へえええええええすげえ」
なんと神秘の存在だろう、ホムンクルス。両性体で、しかも半陰陽とかじゃなくて体が実際に変化して性別が変わるなんて、すごい。魔法とかじゃないんだよな、すばらしい男にも女にもなれるなんて。
「ルーは、実際のところどっちなんだ?それとも性別なんて無いって感じ?」
「これに関しては錬金術師の間でもずっと議論されてるんだ。両性という者もいるし、無性という者もいる。それともホムンクルス自身の主張で変わるんじゃないかともね。ただ実際に存在するホムンクルスがいないからはっきりしてないんだが……」
「へえー。ルーシュカは自分が男だと思ってるのか?それとも女の子?」
「んー……わからない。でも、服とかはね、女の子のほうが好き。でも、お兄ちゃんみたいに強くなれるなら、男の子もいいかも」
「おお、ルーも剣の良さが分かるか。ブロードはどっちがおすすめなんだ?」
「私はどちらになってもかまわないと思ってるよ。男だとしても女だとしてもルーシュカは私の子供だからね」
「えへ……」
ブロードはルーシュカの頭を撫でて、髪に指を通す。いい父親だ、まったく。
だがもしもルーシュカが彼氏なんか連れてきたらゴーレムで攻撃しそうだなこいつ。ろくでもない男だったらとっとと毒殺しそうだ。
結局ルーシュカの服は女物、男物両方を買うことが決まった。よし、女物のほうはフリルとレースがたくさんついたやつにしよう。
ブンッと剣が空を割く。ここしばらく誰とも戦っていないが、鍛錬を欠かしてはいけない。
俺は愛用の剣をただひたすらに振る。これはもう日課だ。
「ふんっ!はっ!」
ネフィリムは強かった。無事倒すことができたが、エクターのおかげだった。
あのときは俺も協力して戦ったが、本当はエクター一人っで勝てたんじゃないだろうか。俺の予想ではあるが、あの時は市街地での戦いだった。ゲーム内で一度見ただけだが、確かエクターには魔力を剣にまとわせて放つ奥義的な技があったような……。あれを発動させてたらネフィリムにも大きな打撃を与えられたと思うんだが、攻撃範囲も広いんだよな。やっぱり町をあまり破壊しないようにと思ってしなかったのか?そういえば名前を告げれずさよならになったけど……うーん、あいつに一般人を死なせちゃったと思わせただろうか。たかが一人の死に対して思い悩んで禿げそうなタイプだな、あいつの毛根を心配しておいてやろう。俺は生きてるぜって言ってやれたらよかったかもしれんが……。
「アレフお兄ちゃん、あの、お水」
「おっ、ありがとな」
「かっこいいね」
「ん?ルーも持つか?」
「ううん、剣じゃなくて、戦ってるお兄ちゃん、かっこいい」
「おお!嬉しいね」
エクターは強かった。押されていたが、剣さばきはつばらしい。動きに無駄がなく、防御をすぐさま反撃に、攻めながらも相手の攻撃を防ぐという見事な戦いをする。俺はああもうまくはいかない。どこかでちゃんと剣術習ったほうがいいのかもなあ。文字の練習もしなきゃだし、金の使い方も覚えなきゃだし、この世界の一般常識も覚えなきゃだし、やることたくさんだ。なんせこれから先は地道な地下活動だからな。
だが、今日はこれ以上悠長に鍛錬してられない。なぜなら、今日が出発日だからだ。これはちょっとした朝の運動。
もう少しで準備が終わる。俺とブロード、そしてルーシュカは北の港から王都へと旅立つ。
世界中を旅とはいわなくても、せめて王都に移動したほうが仲間を探しやすい。それに王都なら、変装すればブロードも出歩けるんじゃないかと思う。
広大なアン・タブリ王国の中でも、ひときわ巨大な王都。ゲームではもちろん行ったが、実際に歩くとなると今から楽しみで仕方がない。情報も人も物もなんだって王都にはある!くうううう楽しみだ!
いざ行かん王都、ということで俺の目前には海が広がっている。王都にいくには海路を選ぶのが一番いいだろうということで、俺たちは北の港まで来た。
北の港は周囲に宿場などもあり、小さな町があるようなものだ。多くの人でにぎわっているが、兵士の姿はそう多くない。一安心だ。
「ささーお嬢様!海でございます!」
「わあああぁっ……すごい。すごいっ!これが海なの?はじめて見た……」
人生で初めて海を見るというルーシュカは、港の端で大はしゃぎしている。ううん、元気な姿が大いに可愛い!ブロードも俺の背後でにっこにこして嬉しそうだ。
ブロードについてだが、現在指名手配中ということで舟に乗るのも難しいのではと思っていた。だがヨルネドの町を歩いたとき、兵士に顔を見られたが捕まらなかった。変装で乗り切るんじゃないか、ということでブロードの現在の恰好は行けてる初老のイケてる貴族風だ。髪をビシッとオールバックにしてつけ髭をしている。相変わらずの顔色の悪さだが、それ以外は文句なく決まっている。あの錬金術師ですと主張強な服も似合っていたが、今はまさに紳士!そのせいで周囲のご婦人方の視線を独り占めしている。うん、わかるぞ。男の俺から見てもかなり格好いい。兵士も今のところ気にしてはいないようだし、うん、いいぞ悪くない。もし見つかれば逃走経路も確保してるし大丈夫だ!
ただ、捕まるよりも気にしないといけないのはブロードの体調面だな。咳は最近出てないが、長距離移動は休み休みじゃないと無理。走ったら短距離で倒れる。会った初日よりはわずかーに体調がよくなったが、無理をさせてはいけない。王都についてもブロードは主に留守番役や拠点の守備をまかせることになるだろうな。
そしてルーシュカ。今は男にチェンジしている。服も貴族の子息風だ。これは俺が贈った服!最高に似合ってる!さっき間違ってお嬢様って言っちゃったけど、脱走したホムンクルスだとバレないように今は男だ。だが、男の子でも非常にかわいい外見だ、不審者に要注意!俺に手をつながれながらも、周囲のなにもかもが気になるのかきょろきょろとせわしない。だが周囲の大人もそんなルーを微笑ましそうに見ている。ルーシュカといいブロードといい見た目がいいってのは得だな。
俺は別に顔も割れてないだろうから、鎧もなにもない普通の服だ。マントはブロードにもらったもので、ほぼ黒に近い紺色のマントだ。格好いいぜ、マントは男の永遠のあこがれだと思う。だがブロードのいでたちがどこぞの貴族様のようで、俺が横に並ぶとまるで従者だ。実際のところ、今は王都へ旅行する貴族御一考という設定だ。ご主人様たちを守らないとな。
「こちらへどうぞ」
船員らしき男が俺たち3人を船の中へと案内してくれる。ここまで来たらもう兵士に捕まる心配は、一旦忘れてた大丈夫だろう。
俺たち3人が案内されたのは上級客室だ。ブロード達が貴族の変装をしているため相応しい部屋をとった方がいいだろうとここにした。多少は値がはるが、偽装を惜しんで捕まるのはあほらしい。それに上級客室のほうが寝床もしっかりしてるからな。ブロードもルーシュカもゆっくり休める。
「綺麗な部屋……」
「大陸に着くまではここが部屋だ。でも1人では出歩かないようにね」
「うん……お父さん、あとで上に行きたい」
「甲板に出たいのかい?いいよ、きっといい景色だろう」
ルーの言う通り、さすが上級客室の内装は一般客室に比べてかなり綺麗だ。ゲームじゃあ船代ケチってたからずっと一般客室だったが、実際に使うならやっぱ上級の方がいいな!
「あっ、やべえ」
「どうした!?」
「なっ、なにっ?!」
俺の一言で、敵襲かなにかと勘違いさせてしまったようだが、違う。
「酔い止めが、ない」
「なんだそんなことか……ビックリさせないでくれよ」
「持ってる?」
「ない」
「うっそだろおい……」
絶望的だ。俺は恐ろしく船酔いするんだ!!車とかは平気なのに船に乗るとノンストップ吐き気だ。地上に降り立つまで終わらない苦しみ、酔い止めがないなんてやってられるか!!
「やばい、俺は死ぬかもしれない」
「アレフお兄ちゃん、死んじゃうの……!?」
「酔い止めがないと本当にゲロ吐きすぎて死ぬかもしれない。ちょっと買ってくる!」
「えっ、今から?」
「出発までは時間があったはず!」
やべえやべえあれがないと俺はダメなんだ!
ブロードにお金の使い方教えてもらったし大丈夫だ!この国じゃあ銅貨100枚が銀貨1枚、銀貨100枚が金貨1枚という換算になっている。だが俺が金の使い方知らんから教えてくれとブロードに言った時は本気で驚かれた。文字が読めないやつはたまにいれしいが、さすがに金使えないやつは初めてだったようだ。
「まさか山で獣にでも育てられたのかい……?」
心底信じられないというブロードの視線は、地味に辛かった。
「まだ出港しないよな?」
「ええ。ですが時間までにはお戻りください。ほかの乗客様もいらっしゃいますので」
さてと酔い止めはどこに売ってるかな……。なんか、さっきよりも兵士増えた?なんかあるのか?
兵士の多さは気になるが、今は酔い止めだ。あ、ここらへんなら売ってる?
「なあ、酔い止め売ってる?」
「ええ、ございますよ」
商店で俺に応じたのは、人当たりの良さそうな老婦人だ。ここで働いて長いのだろうか、なれた様子だ。
俺は念のため少し多めに酔い止めを購入する。ルーシュカも船旅は初めてだし酔うかもしれないしな。折角楽しみにしてたのに始終ゲロまみれなんて可哀想すぎる。
俺はつつがなく支払いを済ませる。うん、金の使い方は大丈夫だな!
置いて行かれるのは一番困るため、すぐに来た道を引き返す。だが、船に近づくにつれて様子が分かってきたが、やけに兵士が集まっている。一体本当になにがあるんだ?
しかも、ちょうど俺が乗る王都行きの船に集っている。先にブロードたちを船に乗せておいて本当に良かった。
「大切な貨物だ。丁寧に扱ってくれ」
兵士の間を縫って船に乗ろうと思ったとき、男の声が耳に届いた。周囲はがやがやとにぎわっていたが、それでもそいつの男の声ははっきりと聞こえた。……なんでエクターいるんだ。
「畏まりました」
「貨物の引き渡しの際には王都より派遣された者だと確認してからにしてくれ」
「はい、必ずそのように致します」
「頼んだ」
うっひょおおおおおおいつもの鎧着てないから分からなかっただろお前かあああああ!!
俺は慌ててフードを被る。うっかり近づいてばれたらヤバいところだった!
俺はフードでしっかり顔を隠しながらも、エクターや兵士達の話し声が聞こえる位置に移動する。会話を盗み聞きするためだ。あんまり褒められた好意じゃないがな。……もし見つかったら海に飛び込んで、そのまま船に張り付いて大陸に行こう、可能かはわからん。
それにしてもなんでエクターともあろう男がわざわざ北の港に来てるんだ。貨物がどうとか言ってたけど、そこはよく聞こえなかったな。
「あの青年の身元は分かりましたか?」
「いいや。似顔絵も作らせて周辺の村から獄囚にも訪ねたが、家族や友人を名乗るものはただの1人もいなかった」
「……早く家族を見つけてやりたいですね」
「ただ、似たような男は見つかったら」
「本当ですか!」
「ああ。それが、王都より派遣された調査兵のアレフという男が、見た目もよく似ていたらしいが、先日より行方が分からないのだという」
「もしや、その青年では?」
「ああ。だが、あの男は俺にはっきりと『兵士でも国民でもない』と言ったのだ。矛盾している。それに、アレフという男は元々王都からの派遣兵だとか。ただ王都に戻った可能性も考えられるな」
俺の話か……な?確かに共闘をもちかけるためにエクターにそんなことを言った気がする。言葉のあやというか、兵士だけど兵士じゃないっていうか、いつの間にか勝手に王国兵隊に所属させられてたんだ。
だが、俺の名前が割るのは非常にまずい。清掃夫としての俺は死んだままということにしておいた方がいいな。……あわよくば、エクターと戦えたらと思っていたが……俺はアーエールの使徒だ、そういうわけには行かないよな。今後は王国兵隊という立場も利用させてもらいながら活動中するつもりだが、エクターに会ってしまえばややこしい事になるだろう。1度のイベントのみでの共闘ってことか……はぁ、そう思い通りには行かないよなぁ。
「重要なことは分からぬまま、迷宮入りと終わりそうだ」
憂いを含んだエクターの声が聞こえる。何もかも謎のまま終わるのが俺にとっては一番都合がいい。
「ですが、騎士と剣を並べ闘った一夜の勇者、一体誰だったのか……」
俺はこの場を離れて船へ入る。甲板のほうにブロード達の姿が見えた。ルーシュカが俺見つけて手を挙げたのに、俺も同じようにして応える。
いいさ、この世界にいるうちはまた、会うこともあるだろうさ。敵として剣を交えるか、見方として肩を並べるか……ぶっちゃけ仲間になれたらいいな!!
「さらばヨルネド」
俺は遠ざかる緑の大地を見送る。船は速く、風の力を借りてぐいぐいと進む。港はすぐ、水平線へと紛れ、見えなくなった。