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ロリからはじまるハーレムルート!?  作者: みのり
01 比内千鳥と三人の小学生
9/15

四章 『仲違い、それは仲直りの前触れ』 《後》

 あれからアカネの機嫌は多少直ったが、キララとの関係は、未だギクシャクしたところが残った。

「おにーちゃんソースとってー」

「ひーくん、お醤油」

 目玉焼きにかけるものを競って睨み合う──これが、ケンカのせいなのかはわからないが。

 個人的には好きなものをかければいいんじゃないかと思う。

 ちなみに俺はコショウ派である。

「……ひーくんはお醤油じゃありません」

 お決まりのセリフを言って、キララに醤油を、アカネにソースを取ってやる。

 二人は睨み合ったままだった。

「……アオイさんや、これは一体どうすればいいのかね」

「私に振らないで下さいです。それと、私にはマヨネーズをお願いします」

「マヨ、だと……!?」

 そんな選択肢があったとは。

 というか、目玉焼きにマヨって合うの?

「何を馬鹿なことを。マヨネーズの成分には卵も含まれています。つまりマヨはほとんど卵。目玉焼きと合わないはずがないです」

「なんだその豆腐に醤油みたいな理論」

「美味しいじゃないですか、お豆腐にお醤油」

「美味いけども」

 いや、別に目玉焼きに何をかけるか議論をしたいわけじゃないんだよ。

 この気まずい雰囲気がどうにかならないかという話をしたいのであって。

「だから、私に振らないで下さいってば。ケンカの仲裁方法なんて、私にわかるわけがないじゃないですか」

「本に書いてなかったのかよ」

「一旦何もかも台無しにして関係をまっさらにするというようなことを読んだことがある気がしますが、試してみますか?」

「何もかも台無しって具体的にどういうことなんだよ。怖ええよ」

 普段どんな本を読んでいるのだろうか。

 ……アオイには、期待はできなそうだ。

「だから、最初から言ってるじゃないですか。私に振らないで下さい、って」

「っつってもなあ……」

 ちらと、言葉を交わさず黙々と朝飯を食うアカネとキララを見やる。

 この状況がいつまでも続くのは、傍から見ていて気が滅入る。

 どうにか、仲直りさせてやれればいいのだが。

「千鳥さん千鳥さん」

「あん?」

「そろそろ八時になりますけど、出なくていいんですか?」

「げっ」

 急いで支度をさせ、慌ただしくガキどもを送り出してから、俺も戸締りをして家を出た。

「……あ、自転車、小学校に置きっぱなしだったわ」

 結局、俺は自転車を取りに行った時間の分、遅刻することになったのだった。



「仲直り、ですか」

 その日のバイトの休憩時間中、俺はコマちゃんに相談した。

 うちに住み着いているガキどものことを知っている人間の中で、相談できそうなのは彼女くらいだったのだ──ジジイなどは問題外である。

「外から口を出すことじゃないのかもしれないけどさ。やっぱ、見てられなくて」

「そうですよね……心配ですね」

「どうすれば仲直りさせられるのかねえ」

 休憩室のパイプ椅子に腰かけ、天井を仰ぐ。

 アカネもキララも、ケンカの原因自体には、もう拘泥していないのだろう。

 アカネは、俺との対話で、七夕の一件に関しては吹っ切れたように見える。

 キララはそもそも自分がやったことをそこまで気にしていない──アカネを傷つけたことに関しては罪悪感を抱いているのは見て取れるが、当のアカネが吹っ切れているのだから、謝ってしまえば済む話である。

 だから問題は、互いに気まずくなって話もできないような状況に陥ってしまっているということだ。

「……上手く、仲立ちできればいいんだが」

「……私、きょうだいとかいないのでよくわからないんですけど」

 どうしたもんかとパックのジュースをストローですすりながら考え込む俺の正面で、コマちゃんは首を傾げながら言った。

「きょうだいゲンカって、長引くものなんですか?」

「……俺も、きょうだいなんていないからなぁ」

 実際には兄、あるいは姉と呼ぶ()()相手はいる。

 しかし、彼ら彼女らを相手に、今まできょうだいらしき関係を築いてこなかったのも確かだった。

 一方的になじられるようなのを、ケンカとは言わないだろう。

「それに、アカネとキララも、別に姉妹ってわけじゃないしなぁ」

「一緒に暮らしてるんだから、姉妹みたいなものじゃないですか」

「一緒に暮らしてるって言っても、まだ一カ月とかそこらだよ」

 まあ、元々友達だったんだから一カ月きりの仲というわけでもないが。

 ……きっと、その当時──一緒に暮らすようになる以前の二人ならば、こんなケンカにはならなかっただろう。

 学校では何かと遠慮がちらしいアカネは、たとえキララに何を言われたとしても、今回のようにつかみかかったりはしなかったのではないだろうか。

 距離が縮まったことで、逆に、距離を開くきっかけを作ってしまったのだろうか。

「……大丈夫、ですよ」

「………」

「一緒に暮らしてなかったら、ケンカしてそれまでだったかもしれません。そのまま気まずくなって、話せないまま小学校を卒業していたかも──でも、違うじゃないですか。一緒に暮らしているんだから、きっと、仲直りをする機会も、ありますよ」

「……そう、だな」

 俺は、兄姉たちとの関係に耐え切れず、家を出た。

 けれど、アカネとキララは、まだそこまで破綻してしまったわけではない。

 きっと、仲直りできるはず。

 きっと。


「あ、そうだ」

 もうそろそろ休憩時間が終わるというところで、俺は昨日、大学のカフェテリアで悩んでいたことを思い出した。

 キララの誕生日、である。

「コマちゃん、なんかいい案ない?」

「そんな、急に言われても出てきませんよ……」

 まあ、そりゃそうか。

 気がつけばもうキララの誕生日も二日後に迫っている。大掛かりなことをやろうと思えばそれなりに準備が必要なので、今日中には何をするかまとめておきたいところなのだが。

「普通に祝ってあげるんじゃダメなんですか?」

「それでアイツは満足するかねえ」

「祝ってもらえるなら、どんな形でも嬉しいと思いますけど……」

 ふむ、ならばひとつ考えてみよう。

 普通のお祝い。

 普通と言っても、やはり子供相手だし、出来るだけ派手なのがいいだろう。

 明後日は平日であり、キララも学校に行く。だから何をするにしてもキララが学校から帰ってきてからだ。

 学校から帰って来たキララを、まず『お誕生日おめでとう!』と書かれた横断幕で迎える。目を丸くしているキララをダイニングまでエスコートし、お祝いの御馳走を振る舞う。テーブルが片付いたところでバースデイケーキのご登場だ。

 そうだな、やっぱ立派なやつがいいよな。

 ここに来て最初の誕生日祝いだし、三段くらい──は流石に無理にしても、でっかいホールケーキでも買ってやれば、少しは満足するんじゃないだろうか。

 ケーキを平らげたら、いよいよプレゼントタイムだ。高いものには慣れてるだろうから、そうだな、手作りでなにかできればいいのだが。

「プレゼント、まだ考えてなかったんですか?」

「ん、ああ、まあ……なにがいいかな?」

「だから、私に訊かれても……」

 だよなあ。

 手作りとなると、俺でもできるのは、マフラーとか手袋だろうか。

「二日で作るのは難しいんじゃ……」

「うっ……やっぱ時間が足りないかぁ」

「それに、マフラーとか手袋じゃあ、ちょっと季節外れかと」

「たしかに……」

 プレゼントというのもなかなか難しいものだ。

 二日で用意するとなると、やっぱり手作りは難しいよな。

 とはいえ、既製品ではブランド慣れしているキララを満足させるのは難しい──一体、どうするのが正解なのだろうか。

「あっ、そうだ」

 不意に、コマちゃんが手を打った。

「何か思いついた?」

「ええ、とびっきりの手が──それに、」

 もしかしたら、キララちゃんとアカネちゃんが仲直りする手助けができるかもしれませんよ──意味ありげに笑って、コマちゃんは言った。



 七月七日。

 世間は七夕ともてはやし、近所の商店街には小学生たちの願い事が書かれた短冊がいくつも飾られ、周りの装飾と共に町並みを彩っている。あの中にはアカネやキララ、アオイが書いたものも混じっているのだろう。

 とはいえそんな浮かれた空気を尻目に、俺は大量の買い物に勤しんでいた。

 キララの誕生日パーティの準備である。

「チキンも買ったし、あとは予約したケーキを取りに行くだけか」

「チキンにケーキに、なんだかクリスマスみたいですね」

 傍らで荷物持ちを手伝ってくれていたコマちゃんが、なんだかウキウキした感じでそう言った。

 落ち着いてはいても女子高生、パーティは心躍るイベントなのだろうか。

「誕生日パーティもクリスマスパーティも、大して変わんないんじゃないか」

「ええ……全然違いますよ」

 呆れたように言うコマちゃん。

 呆れられてしまった……。

「いや、誕生日とクリスマスが近くてさあ、俺。お祝いはクリスマスも誕生日もいっしょくただったんだよ」

 もっと言えば親戚からの誕生日祝いは年始のお年玉と一緒にされていた。

 ケーキがひとつになるよりも年始の臨時収入が少なくなる方がよっぽど悔しかったものだ。

「……なんというか、色々と薄幸ですよね、先輩って」

「言うな、現実を直視したくない」

 そもそも生まれからして不幸なのだし、そういう星の下に生まれたということなのだろう。

 もはや嘆くことすらなくなった。

「ケーキ屋はちょっと遠いから、俺が自転車チャリで取ってくるよ。コマちゃんは先に行って準備しててくれ」

「あ、はい、わかりました──あの、鍵は……?」

「ああ、預ける」

 ポケットから出した自宅の鍵を渡すと、コマちゃんはしばらく呆けたような表情でその鍵を見つめていた。

 ……なんだろう、なにかおかしなことでもあっただろうか。

「コマちゃん?」

「……先輩、簡単に家の鍵を他人ひとに預けるのはどうかと思いますよ」

「ああ、最近は物騒だって言うもんな」

「いえ、防犯的な意味じゃなくて……まあ、いいです。それじゃあ先に行って準備してますね」

「? ああ、よろしく」

 なんだかよくわからないが、本人がいいと言っているのだから、まあいいか。

「あの子たちは、まだ帰ってこないんですよね」

「ああ、先生に頼んで足止めしてもらってるから大丈夫」

 買ったものをコマちゃんに渡し、俺は自転車に跨る。

 大量の買い物袋を提げたコマちゃんがよたよたと角を曲がっていったのを見届けて、俺もケーキ屋へと自転車を走らせた。



 回収したケーキを崩さないように注意しながらマンションの階段を上っていると、下の方でわいわいと騒ぐ声が聞こえてきた。

 聞き慣れた、三つの声。

「げ、ガキどもが帰ってきやがった……」

 よくよく聞いてみると、会話をしているのはアカネとアオイ、あるいはキララとアオイのいずれかだ。まだ、アカネとキララの間には気まずさが残っているらしい。

 しかしそれも、今日のパーティが終わる頃には仲が回復しているはずだ。

 コマちゃんの秘策によって。

「っと、とりあえず早く帰って準備を終わらせないと……」

 ガキどもがすぐそこに迫っている。

 ほとんどの準備はコマちゃんが済ませてくれているだろうが、俺も最終チェックをしなければ。

 ケーキに注意を払いつつ足早に階段を駆け上がり、ドアを開けて中に入る。

「あ、先輩、ケーキは無事に──」

「コマちゃん、アイツらが帰ってきた!」

「え、もうですか!?」

「あとは俺がやるから、外で引き留めといて!」

「わかりました!!」

 入れ替わりでリビングに踏み入り、ケーキを仕舞ってパーティ会場の確認をする。

 テーブルメイクよし、料理よし、よし、よし──OK、大丈夫だな。

 と、チェックを終えたところで、玄関のドアが開いてドタバタと足音が聞こえてきた。

「あ、ちょっと待って! もうちょっと──」

「コマちゃんなんで止めんのー?」

「怪しいですね、なにか隠してるに違いありませんです」

「浮気だし浮気だし浮気だし浮気だし……」

 コマちゃんが必死に制止しようとしているのが窺えたが、パワフルなガキどもはお構いなしにリビングに直進してくる。

 も、もう準備も終わってるし、迎え入れて大丈夫だよな!?

 よ、よし、入れるぞ?

「おにーちゃん、ただいまー!」

「ただいまです」

「浮気浮気浮気浮気浮気」

「帰ってくるなりこええよ!」

 コマちゃんを見るたびにそのモードになるのはやめていただきたい──まあ、それはともかく。

「お、おかえり、三人とも」

 慌てた素振りを見せないように、精一杯の微笑みで出迎える。

「千鳥さんがいやににこやかです、なにか後ろ暗いことがあるに違いありません」

「浮気浮気浮気浮気UWAKI」

「なぜ最後ローマ字に……」

 TENPURAとかSUMOUとかみたいな感じだろうか。

 浮気と天ぷらやら相撲やらを並べるのはどうかと思うが。

「つうかまあ、後ろ暗いことというか……」

 こうなったらもうこの流れで誕生祝パーティを始めた方が手っ取り早いと判断し、俺は道を空けて三人をリビングに通した。

 そこには、『キララ、誕生日おめでとう』と大きく書かれた横断幕と、テーブルに並べられたパーティ用のご馳走が。

「な、なにこれ……」

「見たまんまだよ」

 唖然とするキララの金髪頭にぽんと手を置いて、俺は祝いの言葉を口にした。

「誕生日おめでとう、キララ」



 コマちゃんを加えた五人でのパーティは、和気あいあいとした雰囲気で行われた。

「このチキン美味しいし!」

「肉屋のおばちゃん厳選の鶏肉だからな。その分値は張ったけど……」

「お金のことを言うのは無粋です、千鳥さん」

「高いものだと知った途端に手を引くのをやめろ、このブルジョワアレルギーめ」

 祝われているキララは満足げにご馳走を口に運び、いつもとは違う夕食に舌鼓を打つ。

 ……まあ、カネの話になると、キララの実家の方でよっぽど高くて美味いものを食って育ってきただろうからそこで勝てるとは思えないが。

 だ、大事なのはカネよりもキモチだ。一応俺とコマちゃんの手作りだし、それなりに愛情はこもっていると思っていただきたい。

「……はっ、あたしの知らないところで、ひーくんと浮気オンナが共同作業を!?」

「コマちゃんを浮気オンナって呼ぶのやめろ。コマちゃんが浮気したみたいだろうが……いや、別に俺が浮気したわけでもないけどね?」

 まあたしかに、コマちゃんと二人で料理を作るというのも、なかなか楽しい時間ではあったが。

「つうか、お前のためにいろいろ手伝ってくれたんだから、礼くらい言えよ」

「えー……」

「本当にこの子はもう……」

 どんな家に生まれたらこんな子に育ってしまうんだろうか。親の顔が見て見たいぜ。

 ……まあ、父親の顔は知ってるけど。

 あの親のせいでこんな子供になってしまったのだろうか。

 ちなみに、先日メールが送られてきた通り、キララの父親からのプレゼントは昨日の夜に配達されてきた。なにか届くとすぐにお菓子か何かかと疑いをかけて突撃してくるガキどもから隠し通すのはけっこうな骨だった……。

 まあ、プレゼントの出番はもう少しあとだ。

「メシも片付いてきたし、そろそろケーキを出すか」

「ケーキ! あるの!?」

「そりゃあるだろ、誕生日祝いなんだから……」

 アカネとアオイが目を輝かせる。

 これまでケーキとは無縁な生活をしてきたのだろう。

「まあ流石にこっちは手作りじゃないけど、その分味は保証されてるからな」

 言いながら冷蔵庫から出したのは、イチゴのいっぱい乗っかった正統派のショートケーキだ。

 その上に、十二本の蝋燭を立てていく。

「今どきは年の数の蝋燭を立てるのよりも、数字の形をしたやつの方が主流なんだろうけど、こっちの方が雰囲気出るしな」

 一本ずつに火を灯し、最後にリビングの電気を消す。

 カーテンも閉め真っ暗になった部屋に、ちろちろと揺れる蝋燭の温かな灯りが浮かび上がった。

「わあ、キレイ……」

 キララが感嘆の声を漏らす。

 オレンジ色の明かりに照らされた彼女の顔は、今までのどの瞬間よりも明るい笑顔に彩られていた。

「そんじゃ、まあさっきも言ったけど──誕生日おめでとう、キララ」

「ありがと!!」

 言って、キララは一息に蝋燭の火を吹き消した。


 さて。

 切り分けたケーキをそれぞれの皿に盛ったところで、気になっていることがあった。

 俺に続いてアオイとコマちゃんがキララに向けて祝いの言葉を口にしたが、一人、まだ一度も「おめでとう」と言っていない奴がいる。

 もちろん、アカネである。

 ……正直に言えば、このパーティの空気に流されてなし崩し的に仲直り、というのが最善だと思っていたのだが、どうもアカネは思っていたよりも強情らしい。

 ならば、コマちゃんによって提唱された仲直り作戦を、決行するしかあるまい。

「……さて、皆さんケーキをお楽しみのところ恐縮ではありますが」

「……急にどうしたんですか、千鳥さん」

 変に丁寧口調になってしまい、アオイに訝しげな視線を向けられた。

 咳払いをして、仕切り直し。

「こほん、ええっと、そろそろ誕生日プレゼントの時間に入りたいと思います」

「プレゼント!?」

 その言葉に、キララが目を輝かせる。

「ひーくんからプレゼント!?」

「言い直すな」

 いや、俺からももちろんあるけどさ。

 そんなに期待されるとハードル上がっちゃって出しづらいんだけど。

「まずは、お前の親父さんからな」

「パパからもあるの? へえー」

「リアクション薄いな……親父さん泣いちまうぞ」

 まあ、父親からは毎年貰っているのだろうし、こんなものなのだろうか。

 渡された箱を開け、中を覗き込むキララ。

 そこに入っていたのは──高そうなブレスレットだった。

「子供に贈るモンじゃねえ……」

 なんかキャバ嬢への貢ぎ物みたいじゃねえか。

 まあ、キララが嬉しそうだからいいが。

 ブレスレットを贈られて喜ぶ小学生というのも、大概一般的ではない気がするが。

 しかし、あの親父さんには悪いが、そのプレゼントは前座である。

 おそらく一番値が張っているであろうプレゼントを前座に持ってくるというのはいささかミスキャストのような気がするが、それはともかく。

「アカネ、アオイ」

 少し離れた位置でもじもじしている二人に、声をかける。

 二人とも、カラフルな包装紙に包まれた箱を抱えている。

「え、二人からも、あるの……?」

「おう、当然だろ」

 パーティのことは伏せていたが、二人にはキララに贈る誕生日プレゼントを選んでおくよう言っておいたのだ。

 まずはアオイが手に持った箱を差し出した。

「これ、お気に召すといいのですが」

「わあ、かわいー!」

 アオイのプレゼントは、くまのぬいぐるみだった。

 てっきりお勧めの本でも出してくるかと思ったが、流石に一緒に暮らしているだけあってそれではキララが喜ばないであろうと考えたのかもしれない。

「これを千鳥さんだと思って大事にしてください」

「おい、勝手に形見みたいにすんな」

 余計な一言はいつも通りだったが、アオイなりに、キララへの心遣いが感じられるプレゼントだったと思う。

 で、あとは。

「アカネ」

 俺の呼びかけに、赤髪の少女はびくっと肩を震わせた。

 相変わらず拗ねたような表情で、部屋の隅っこを睨んでいる。

「アカネ」

 もう一度、呼んだ。

 アカネの手にもプレゼントが握られていることが示す通り、アカネもキララのためにプレゼントを選んだのだ。小学生に自分のカネで買わせるわけにはいかないので最終的に買いに行ったのは俺だが、アカネにもキララの誕生日を祝う気持ちはちゃんとある。

 今はただ、気まずさを引きずっているだけなのだ。

 ちょっと背中を押してやれば、きっと──

「アカネ、ほら、ちゃんとキララにプレゼント、渡してやんな」

「……ん」

 三度目の呼びかけで、ようやくおずおずとこちらに歩み寄ってくるアカネ。

 そして、キララの顔を見ないまま、そっと手に持ったプレゼントを差し出した。

「……開けても、いい?」

「……ん」

 アカネがこくりと頷き、キララは包装紙を破きはじめる。

 中から出てきたのは、小さな三つの星が連なった髪飾りだった。

「! これ……」

 その贈り物を見た途端、キララはハッとしてアカネを見た。

 俺は、言われたものを買ってきただけであり、それがどういうものなのかはわからない。しかしその反応を見る限り、なにかしら意味のあるものなのは間違いないようだ。

 果たして、アカネはどういう意図で、この髪飾りを贈ったのだろうか。

「キーちゃん、七夕の短冊に、これ欲しいって書いてたよね」

 アカネは、目を逸らしながら、もじもじとそう言った。

 七夕の短冊──そんな即物的な願いごとをしてたのかよ、こいつ。

 サンタさんに欲しいものをお願いするわけじゃないんだから……。

 まあ、キララらしいといえば、キララらしいか。

「アーちゃん……」

 キララは送られた髪飾りを手に取って、アカネに気まずそうな視線を向けた。

 それも、致し方なかろう。そもそもアカネとキララが気まずくなったのは、アカネの七夕の願い事に、キララがケチをつけたせいなのだから。意趣返しのように受け取っても仕方がない。

 しかし、アカネの本意は、おそらくそうではなく──

「アカネね、おにーちゃんに、アカネの夢は叶うって、言ってくれたの」

 アカネは気まずさを残しながらも、キララを責めるような顔はしていない。

「だからね、キーちゃんのこと、もう怒ってないよ」

「アーちゃん……」

「怒ってないし、それに……キーちゃんと話せないの、もうやだな」

「……うん、あたしも」

「だから、仲直り、してくれる?」

「……うん、仲直り」

 アカネがそっと差し伸べた手を、キララが取って、握り返した。

 照れくさそうに、お互いに視線を交わす。

「ねえ、これ、つけてもいい?」

「うん! つけてみて!!」

 そこからは、少し前までの、いつも通りの二人だった。

 髪飾りをつけたキララを、アカネが似合ってる似合ってると騒ぎ立てる。奔放なアカネと、かしましいキララ──二人が揃うと、手が付けられないくらい騒がしくなる。

 仲違いしていたのはほんの三日ほどの間だったのだが、二人揃って騒いでいる姿は、なんだかひどく懐かしい景色のように思えた。

「コマちゃんの仲直り作戦、大成功みたいだな」

「私は、背中を押しただけです。仲直りできたのは、あの子たち自身のおかげですよ」

「……ああ、違いない」

 コマちゃんの返答に、俺も笑って同意する。

 そもそも、お互いに意地を張っていただけで、仲直りしたいとは思っていたはずなのだ。だから必要だったのは、ほんのちょっとの後押し。

 アカネにキララへのプレゼントを渡させるというコマちゃんのアイデアは、その『後押し』にぴったりだったと言えよう。

「ありがとな、コマちゃん」

「へ?」

「背中を押しただけにしたって、こうやって楽しい誕生日会を開けたのはコマちゃんのおかげだよ──だから、ありがとう」

「……いえ、こちらこそ。呼んでくれてありがとうございました」

 コマちゃんは、ふいっと顔を逸らして、照れくさそうにそう言った。

 つられて俺も照れくさいような、むず痒い気持ちになってくる。

 はしゃぐ子供たちを尻目に、なんだか甘い空気が漂っていた。

 ……あれ? これ、いけんじゃね?

 告白していい雰囲気じゃね?

 ゴールイン待ったなしじゃね?

「……コマちゃん」

「はい?」

「……その、よければなんだけど」

 これからも、こうしてあの騒がしいガキどもの面倒を見るのを、手伝ってもらえないか。

 俺の、隣で──そう、口にしようとした瞬間。

「ひーいーくーん!!!」

 騒がしいガキどもの襲来だった。

「ひーくんのプレゼントまだもらってないしぃー!」

「おにーちゃん、はやくー!」

「キララはともかく、アカネに急かされる意味がわかんないんだが……」

 例のごとく腹にタックルをかましてきたアカネをあしらいつつ、俺は密かに告白失敗の事実に打ちひしがれていた。

 くそう、邪魔しやがって……。

 そういえばちょっと前にもこんなことがあった気がする。

 あーもう、邪魔臭いなあ。

「いいからひーくん、早くプレゼントー!」

「わかったから、ちょっと待てって。つうかアカネ、腹痛いからマジでタックルやめて……」

 外的な要因でこんなに頻繁に腹を痛めてるのは、世界広しと言えど俺だけなのではないだろうか。

 腹を押さえながら、バレないように隠しておいた誕生日プレゼントを引っ張り出してくる。

「ほれ、おめでとさん」

 適当な調子で、しっぽを振って待つキララに小さな包みを渡す。

「ずいぶん小さいプレゼントなんですね、千鳥さん」

「うるせえ。プレゼントは大きさじゃなくて気持ちだろ」

「この大きさ……もしかして婚約指輪!?」

「いや、そこまでの気持ちはこもってない……」

 俺がキララに贈ったのは、水色の生地に刺繍で黄色い星をあしらった、ハンカチだった。

 まあ子供に贈るものとしては、それくらいが妥当なんじゃないかという判断である。

「この刺繍、もしかしてひーくんが?」

「ま、カネをかけないで気持ちをこめようと思ったら、手作りしかないかなと思ってな」

 星ってところは、アカネのと被っちゃったけどな。

「全然いいし! 大事にするね!」

「そんくらい喜んでもらえれば、まあプレゼントのし甲斐があるけど」

「ひーくんだと思って大事にするね!」

「だから形見みたいにすんなっつうの!!」

 わいわいと、騒がしい声が七夕の夜に響く。

 こうして、我が家に来て初めての、白金しろかね黄星々(きらら)の誕生日会は終わったのだった。


「そういえば」

 コマちゃんを帰し、夜も更けてきた頃に、ふと気になりだしたことがあった。

「アカネは『プリピュアになれますように』で、キララはあの髪飾りが欲しいっつってたらしいけど──アオイは、七夕の短冊になんて書いたんだ?」

 普段ならばとっくに床に就いているアオイだが、今日はテンションが上がっていたのか、珍しく随分遅い時間まで起きていた。

 だから、直接訊いてみると、眠そうな声で、こんな答えが返ってきた。

「そんなの決まってるじゃないですか──『アーちゃんとキーちゃんが仲直りできますように』、ですよ」


 どうやら、今回の一番の功労者は、遥か宇宙そらの彼方で我々の願いを面白おかしく眺めている織姫さんと彦星さんだったらしい。

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