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ロリからはじまるハーレムルート!?  作者: みのり
01 比内千鳥と三人の小学生
8/15

四章 『仲違い、それは仲直りの前触れ』 《前》

 じめじめした季節も明け、暦は文月ふづき

 本格的な夏の到来を感じて、俺は首筋に伝う汗を拭った。

「七月か……もう、一カ月も経ったんだなあ」

 道楽ジジイに呼び出され、アカネの存在を知らされると共に引き取ることになったのが六月のはじめ。

 一カ月も前のことになる。

「長かったような、短かったような……」

 俺の十九年間の人生から考えれば一カ月なんて短いものだが(冗談だと思ってくれ。厭世家を気取りたい年頃なのだ)、アカネたち小学生からすればそれなりの期間に値するだろう。

 アカネもキララも、アオイも出会った頃からほとんど変わらず、アカネは奔放に、キララはおませに、アオイは大人ぶった調子で、相も変わらず騒がしい日々を送っている。

 変わったことといえば、たまに秋田さん──改め、コマちゃんが子供たちと遊びに家に来るようになったところか。

 アオイに本を買ってきてくれたり、アカネと公園で遊んでくれたり──キララだけは、まだ俺との関係に嫉妬して敬遠しているが、子供の相手をしてくれて色々と助かっている。

 ……なんだか、シングルマザーならぬシングルファーザーのような気分である。

「──ま、コマちゃんが家に来てくれて嬉しいのはガキだけじゃあないしな」

「なあにブツブツ言ってんだい地鶏くん」

「……そのあだ名はやめろって言ってんだろ」

 背後から声をかけてきたのは、大学の友人・赤松だ。

 ちなみに現在地は俺の通う大学のカフェテリアである。

「なんで、いいじゃん地鶏。煮ても焼いても美味しそう」

「イミわかんねえよ、バカ松」

 特に断りもなく向かいの席に座って来た赤松を睨む。

 俺は勉強していたというのに、邪魔する気か。

「勉強にも身が入ってなかったじゃん。ブツブツ独り言言っちゃってさ」

「……聞かれてたか」

 これは迂闊だった。

 ガキどものことは、とりあえず今のところコマちゃん以外には知られていない。

 あえて教える必要性も感じないし、知られて得することがあるとも思えない──まあ、知られてしまえば隠す理由もないのだが。

「で、コマちゃんって誰?」

「……そっちか」

 そういえばコイツが声をかけてくる直前に呟いていたのはその辺りのことだったか。

「コマちゃんは、バイト先の後輩だ」

何歳いくつ?」

「……十七」

「ひゅう、JKじゃん」

 下手な口笛で感嘆してみせるバカ松。

 紹介なんかしねえぞ。

「可愛いの?」

「どっちかっていうと美人系かな」

「なんだよー、リア充めー」

「お前カノジョいるじゃん……」

 たしかこの間出来たとかなんとか自慢していたはずだ。

 俺は特に羨ましいということもなかったが、無性にムカついたのでよく覚えている。

「ああ、あのコとは別れたよん」

「は? いつ?」

「昨日」

「昨日!?」

 そりゃまた、ご愁傷さまな……。

「ざまあみろ」

「地鶏クンや、心の声と口にする声が逆になってないかね?」

「まあ、それはどうでもいいんだけど」

「俺のプライベートにももっと興味もとうぜー」

「お前はもうちょっと俺のプライベートから興味をなくせよ」

 大学に入ってから、つまり二カ月程度の付き合いしかない赤松だが、何かと絡んでくるのでわりと深い付き合いになっている。

 だからこんな風に軽口も平気で叩けるのだが──ふと冷静になると、なぜこんな風に話す仲になったのだったかと首を傾げてしまう。

 あまり、自分から関わり合いになるタイプの人間ではないのだが。

 今日も内心で首をひねっていると、不意にスマホが振動した。

 大学にいる間はマナーモードにして尻ポケットにしまっており、場合によっては気付かないことも多いこの振動だが、今回ばかりは気づけて良かったと、メールの送り主を確認して胸を撫で下ろす。

 白金(ライト)──キララの、父親である。

 すわ、そろそろ娘を返していただきたいとでも言い出すかと(こちらとしては願ってもいない申し出だが)身構えるが、スマホの画面にはこう表示されていた。


『娘の誕生日が近いので、プレゼントをそちらに送っておきます』


「アイツ、もうすぐ誕生日なのか……」

「アイツって? コマちゃんってコ?」

「んにゃ……」

 また首を突っ込もうとしてくる赤松を放っておいて、思案にふける。

 そういえば、うちに来てすぐの頃に、キララ本人が言っていた気がする。

 たしか、七月七日──七夕だったはずだ。

「今日って何日だっけ」

「スマホ見ながら何を言っているんだね。カレンダーを見給えよ」

「ああ、そっか」

 役に立たないバカ松の代わりに、カレンダーアプリを起動する。

 信頼できるスマホくんによると、今日の日付は七月三日。

 つまりキララの誕生日まであと四日だった。

「連絡がおっせえよ、オッサン……」

「ん? なんの話?」

 せめて一週間前には教えてくれよな──まあ、あの親父さんは別にキララの誕生日が近いことを俺に教えるためにメールを寄越したわけではないと思うが。

 しかし、どうすっかねえ。

 なんもしないわけにはいかないよなあ──アイツ、絶対拗ねるし。

 かまってかまってと騒いでいるうちは、まだ扱いやすい方なのだ。

 部屋の隅っこで膝を抱え始めたら、もう頭を撫でてやるだけでは機嫌が直らない。

 このあいだ間違ってキララ秘蔵の少女漫画を捨ててしまったときは、アカネはもちろんアオイにも協力してもらってどうにか機嫌を直してもらったもんだ。

 あれをもう一度やれというのは、あまりにも気が重い。

 それを避けるためには、きちんと誕生日を祝ってやらねば。

「……でもなあ、アイツ社交パーティとかこなれてそうだしなあ……生半可な祝い方じゃ満足しないよなあ」

「地鶏クン、ちょっと独り言が多くないかね?」

「どうすっかねえ……」

「おーい、聞こえてますかー」

「あ、バカ松まだいたの?」

「いたよ! ずっと目の前に!」

 ふむう、しかしどうするかねえ。

「あれ!? また自分の世界に入っちゃった!?」

 煩いな。いま考え事してるんだよ。

 誕生日パーティとか、やっぱやった方がいいのかね。

 でもなあ、あんまカネかかることはできないしなあ。

 アイツ、何したら喜ぶんだ?


 ──ひーくんがくれるなら何でも嬉しいし!


 ……ああ、言いそう。

 アイツ、なんであんなに俺のこと好きなんだろ──俺、なんかしたっけ?

 ……ええっ、と?

「なあー、地鶏ぃ」

「応えてほしいならとりあえずその呼び方をやめろ、バカ松」

「お前のその呼び方はなんとかなんないの?」

「だってお前、バカ松じゃん」

「赤松ですぅ! だったらお前も地鶏だろうがぁ!」

 なんでこんなきゃんきゃん騒ぐんだろうな。躾のなってない犬かなんかか。

「お前さーあ、もうちょっと俺に気を遣ってもバチ当たんないよ?」

「お、ラッキー、スーパーレア当たった」

「人と話してるときにスマホゲームすんのやめろよぉ!」

「冗談冗談、メール見てるだけだからそんな怒んなよ」

「それもそれでどうなのさ……」

 しかし、本当にキララの誕生日、どうするかなあ。

 あ、やるとなればアカネとアオイにも相談しなきゃか。

 ……アイツらに話したらまずサプライズは無理だろうなあ。

 アオイはともかく、アカネは天然で言っちゃいそうだもんなあ。

 うーむ。

「なに? なににそんなに悩んでるの?」

「……お前、誕生日に何してもらえたら嬉しい?」

「え? 俺の誕生日十二月だよ?」

「お前の誕生日を祝おうってんじゃねえよ」

 なんでお前の誕生日を祝ってやらなきゃいけないんだよ。

 多分十二月には忘れてるよ。

「なに? 誰かの誕生日でもあるの?」

「そんな感じだ」

「コマちゃん?」

「ちげえっつってんだろ」

 ……そういえば、コマちゃんの誕生日はいつなんだろう。

 訊けば教えてくれるだろうか。

 ちなみにアカネの誕生日は秋、アオイはもう過ぎているのでとりあえずいま考える必要はない。

「で、どうなんだよ。質問に答えろ」

「なんでそんな一方的なのさ……まあ、そうだな、俺なら誕生日は好きな人と一緒に過ごしたいかな」

「……でもフラれたんだろ?」

「フラれたとは言ってません~、別れたって言ったんです~」

「え、じゃあ自分から別れ話切り出したの?」

「いや、まあ、フラれたんだけどさ……」

 しかし、好きな人ねえ。

 キララの場合、それは俺ということになるのだろうか──あまり認めたい話ではないが、あれだけ許嫁だ浮気だと騒いでいるのだからそういうことなのだろう。

 もちろん、子供ゴコロのままごとのような気持ちなのだと思う。

 いまはたとえ十年後になろうと構わないみたいなことを言っているが、実際十年もすれば──いや、三年もしないうちにそんな気持ちは消え失せているだろう。

 中学に上がって、あるいは高校に入って、新たな恋を見つけるだろう。

 俺が赤松の誕生日を忘れるように、キララもまた、俺への気持ちはやがて忘れるのだ。

「……とはいえ、いま現在の相手が俺であることは事実なんだよなあ」

「なに、告白されたの?」

「……お前もう帰ったら?」

「相談を受けてたはずなんですが!?」

 今まで独り言が多い方だとは思っていなかったが、こうしてみると結構気を付けた方がいいのかもしれない。

 秘密にするつもりはないが、妹でもない小学生女子三人と同居しているなんて噂が広まってはたまらない。

 アイツらのことになるとつい考え込んで意識が疎かになってしまうのだとすると、迂闊に考え事もできないな。

「お前が帰らないなら、俺が帰るよ。晩飯の支度もしないといけないし」

「ん、あれ? 地鶏ってそんな支度が必要なほど凝った晩飯作ってたっけ?」

「最近ハマってんだよ。ほっとけ」

 これ以上話していると本当にボロが出かねない。

 俺はいそいそと席を立ち、カフェテリアをあとにするのだった。


 ぎゅうぎゅうの駐輪場から自転車を出そうと四苦八苦しているところで、またスマホが振動した。

 ただし今回はメールではなく、電話。

 ディスプレイには、『学校』と書かれていた。



 自転車を飛ばしに飛ばし、小学校に到着する。

 アカネたちの担任・嘉鳥先生から連絡を受けて、すでに十分ほどが経っていた。

 普通に来れば二十分かかることを考えれば、頑張った方だろう。

『茜ちゃんと黄星々ちゃんが、ケンカしてしまって……』

 連絡の内容は、そんな感じだった。


 大分焦っていたのだろう、俺がすぐに行くと返事をすると、事情の説明もないままに通話を切ってしまった。

 アカネとキララがケンカ──家ではままあることではあるが(唐揚げを取り合ったり、観たいテレビ番組で揉めたり)、学校からそのような連絡を受けるのは初めてだった。

 いや、学校でも、ケンカをすることくらいはあっただろう──以前三者面談でアカネは学校では大人しい方だと聞いていたが、しかしこの間は、最近は学校でも明るい顔を見せるようになったと電話で言われた。

 それが俺との共同生活を始めたからなのか、キララという友人と家の中でも付き合うようになったおかげなのかは定かではないが、まあいい傾向だということで内心ホッとしていたものだ。

 だから、ケンカくらいならば、日常的にあったはずなのだ。

 男子と言い合いになったり、女子と言い合いになったり──小学生のうちは、それくらい活発でいいのだと思うし、実際そういう些細な事件でいちいち報告を受けるようなことは、今まではなかった。

 だが、今回は連絡がきた。それもわりと切羽詰まった感じで。

 一体、何があったのだろうか。

「あ、比内さん……」

 教室に入ると、それを認めた嘉鳥先生が二人の下へ促す。

 アカネもキララも、取っ組み合いにでもなったのか、あちこちひっかき傷やら痣やらが出来ていた。

「お、おい……どうしたんだよ」

 お互い離れた位置に座る二人に、声をかける。

 アカネはあくまでそっぽを向いて無視を貫き、キララはバツが悪そうにこちらを見る。

 これは、わりと珍しいことだ。

 家で二人がケンカしたときは、大体アカネが泣き、キララは拗ねたように部屋の隅っこを陣取る。

 しかし今の状況は、どちらかというとアカネの方が拗ねているように感じる。

 ……これは、キララから話を聞いた方が早そうだ。

 ただ、ケアが必要なのはアカネの方だろう。

「アカネ」

「………」

「何があったのかは、とりあえず聞かない。話は落ち着いてからな──とりあえず、帰ろう」

 アカネは無言のままだったが、小さく頷き、俺の首にしがみついてきた。

 「ぐぇっ」という声を出したあと、俺はしがみつくアカネを抱きかかえる。

「キララ、悪いけどお前は自分で歩いてくれな。我慢、できるか?」

「……ん」

 いつもならばずるいずるいと自分も抱っこをせがんでくるキララだが、今回は我慢してくれた。

 えらいえらい、と頭を撫でてやると、少しだけラクになったような顔になった。

「すみません、そういうことなので、今日はこれで」

「はい……すみません、私がついていながら」

「いえ、連絡ありがとうございました」

 心から申し訳なさそうに頭を下げる嘉鳥先生を尻目に、俺はアカネを抱えたまま、キララを従えて学校を出た。

 自転車を置いていくことになってしまったが、まあ、仕方がないだろう。

 幸いウチと小学校はそう距離がない。明日大学に行く前にでも回収しよう。



「……で、何があったんだ」

 アカネが疲れて寝ついたのを見計らって、キララから話を聞く。

 ちなみにアオイもすでに寝てしまっている。

 アイツに聞かれてもややこしいことにしかならなそうなので、まあそれはいいのだが。

 閑話休題。

 キララは、次のように話した。

「今日はね、総合の時間で──」

「総合の時間?」

「なんか、やることが決まってなくて、その時々で行事の準備をしたりする時間」

「ああ……」

 ロングホームルームみたいなやつか。

 そういえばあったな、そんなの。

「で、その総合の時間で、なんて?」

「今日の総合の時間は、七夕の短冊づくりだったの」

「ほう」

 そういえば、七夕の季節になると商店街なんかに小学生たちの願い事が書かれた短冊が飾られるようになる。それを、今日書くことになっていたということか。

「で、それでなんでケンカに?」

「………」

「ん? どうした?」

 急に黙り込んでしまうキララ。

 なんだ? 訊いちゃいけないようなことだったのか?

 でも、訊かないと始まらないしなぁ。

「……怒らない?」

「怒られるようなことしたのか?」

「………」

「わかった、怒らないから言ってみろ」

「……あのね、」


 聞いてみれば、下らない──とまでは言わないが、なんてことはない、いつものケンカの延長のようなきっかけだった。

 アカネの『願い事』を、キララが馬鹿にしたらしいのだ。

 では、アカネの願い事とは一体なんだったのか。

 七夕でする願い事というのは、まあ子供のすることというのもあって、その種類は多岐にわたる。

 将来の夢だったり、喫緊の欲しいものだったり、自分とは関係ないことだったり。

 ある子供は『サッカー選手になりたい』と願い、ある子供は『P○4が欲しい』と願い、またある子供は『世界が平和でありますように』と願う──アカネの場合は、将来の夢だったらしい。それもパティシエとか洋服屋さんとか、そういう小学生の女の子にありがちな『願い事』ではなく。

 『プリピュアになりたい』。

 それが、アカネの『願い事』であった。


 ……まあ、なんというか、らしいといえばらしいのだが。

 そういえばこの間プリピュアのショーを観に行ったときも、そのようなことを言っていた気がする。

 だから、特別取り上げることではないのだ。

 『魔法使いになりたい』とか『お姫様になりたい』とかと同じような純真無垢な願い事を大人は微笑ましく眺めるだけで、そんなことはあり得ないなどと無粋なことを言いはしない。

 魔法使いもシンデレラもプリピュアも、すべてはフィクションであり、実在はしないのだ、と──そんなことは大人たちの常識であり、あえて子供に説いたりはしないのだ。

 しかし、キララは違った。

 大人ではないキララは、違った。

 他の子供よりも大分マセた、故に『大人の常識』を知ってしまっているキララは、アカネに言ってしまった。

「プリピュアになんてなれるわけないじゃん。あんなの、作り物の作り話だし」

 アカネは、キれたらしい。

 そんなことない、プリピュアにはなれる──と、そう言って、なおも馬鹿にしたように笑うキララにつかみかかった。

 あとは、俺の知っている通りである。

 アカネは拗ね、キララは遅すぎる罪悪感からか遠巻きに様子を窺うしかなくなり、状況は膠着した。

 嘉鳥先生が俺のところに連絡し、俺が学校に到着したときには、嵐の前の静けさならぬ、嵐のあとの静けさだったわけだ。

「……ま、とりあえず」

 一通り話を聞き終え、俺は口を開いた。

「キララはアカネに謝らなきゃな」

「………」

「さっき、俺に怒られると思ったってことは、悪いことをしたとは思ってるんだろ?」

「……ん」

「じゃ、ちゃんと謝ろうな」

「うん」

 そんなやり取りを終え、キララも疲れていたのだろう、すぐに寝てしまった。

 ……さて。

 俺も、保護者としての義務は果たさなきゃな。



 翌日、アカネは学校を休んだ。

「アカネもキララも、いただきますはちゃんと言えー」

「……いただきます」

「………」

「アカネ」

「……い、たぁき、ます」

「うむ、それでいい」

 朝食風景である。

 アオイなんか、気を遣って一言も喋らず黙々とトーストをかじっていた。

 で、食べ終わったあとで、

「アカネ、今日学校いかない」

 と言い出したのだった。

 まあ、学校に行く気分じゃないという日もあるだろう──と、気楽に考えることにして、俺はその申し出を受け入れた。

「その代わり、今日は俺も休む。流石に小学生ひとりに留守を任せるわけにもいかないしな」

「ええ~、そんなのずるいしぃ」

「キララ」

 おそらく学校を休むことよりも俺と二人きりという状況を羨んでいるであろうキララの目を見て、ゆっくりと諭す。

「悪いな、今度なんか好きなもん買ってやるから、ちょっとだけ、お姉さんになってくれるか?」

「……あたし、アーちゃんと同い年だし」

 ぶつぶつ言いながらも、キララは不承不承、俺の頼みを聞き入れてくれた。

 あんまり高いものをねだらなければいいのだが……まあ、そのときはそのときだ。

 二人連れ立って学校へ行くキララとアオイを見届けてリビングに戻る。

「……さて」

 アカネは、いつものように食べ終えた食器を下げることもなく、食べ終えたままの位置でふてくされたような顔をしていた。

「お前と二人ってのも、考えてみりゃ久しぶりだな」

 アカネの隣に腰かけ、話しかける。

 いつも元気な赤毛の少女は、自分の膝を見詰めて、黙りこくっていた。

「すぐにキララが来たから、数えてみりゃ一週間か、お前と二人だったのは」

 道楽ジジイに、行き場を失ったアカネを押し付けられたのが六月の上旬、キララが上がり込んできたのがその約一週間後のことだ。

 昨日もなんとなく考えていたことではあるが、振り返ってみればあっという間だった。そのときそのときは息せき切って息も絶え絶えになんとかやってきたが、過去のことになってしまえば、なんてことのないことのようにも思えてくる。

 それでもほんの一カ月前のことが懐かしく思えてくるのだから不思議だ。

「最初はなあ、お前、あからさまに警戒──っつうか人見知り発揮してたよなあ」

 第一印象が『老人に平手を打つ奴』なのだから、まあ当たり前ではあるが。

 呼び方が『おにーさん』から『おにーちゃん』に変わったのは、いつ頃からだっただろうか。

「……アカネ」

 まったく応答しないアカネの頭に、そっと手を置く。

 撫でて撫でてとせがまれるせいでもはやすっかり触り慣れた、クセのあるやわらかい赤毛。

 置かれた手を、アカネは特に嫌がることなく、撫でられるに任せて膝頭を見つめ続けていた。



 いつしか眠ってしまったアカネが目を覚ましたのは、俺の作ったうどんの匂いがリビングまで充満し始めた頃だった。

「んみゅう……もうお昼ぅ?」

「おう、食うから起きろー」

「ぁい……」

 目をこすりながらテーブルにつくアカネ。

「どうだ、気分は」

「んん……」

 俺の問いに、アカネは目をつむって頭をひねる。

 まあ、そう簡単に機嫌は直らないか。

「さ、伸びないうちに食っちまいなさい」

「いただきまーす!」

 朝とは違い元気よく、手を合わせる。

 朝はキララがいたし、そちらを意識していたのだろう。

 熱々のうどんを、はふはふ言いながらすする。

「美味いか?」

「ん、うまい! 給食よりもおいしー!」

「そんなにか? それは給食のおばちゃんに失礼じゃないか?」

 まあ、最近は学校の給食も委託注文が多いと聞くし、給食のおばちゃんなんて存在は絶滅危惧種なのかもしれないが。

 絶滅危惧種は言い過ぎか。

「……キララからさ、話は聞いたよ」

「……ん」

 アカネが昼飯を食べ終えた頃を見計らって、俺はそう切り出した。

 アカネも、このまま何事もなかったかのように流されるとは思っていなかったのだろう、箸を置いて、少しだけ顎を引いた。

「……おにーちゃんも」

 俺がどう言うべきか迷っていると、アカネの方から口を開いた。

「プリピュアになるのはムリだって、思う?」

「……そうだなあ」

 現実的なことを言うならば、プリピュアになるという夢を叶えることは、決して不可能ではない。

 たとえば、この間デパートの屋上で観た、プリピュアショー。あれはプリピュア役をアクトレスの人が演じていたが、あれも、『プリピュアになった』と、言って言えなくもないだろう。

 あるいは、声優になるとか。プリピュアはシリーズもののアニメだから(たしか今は十代目とかだったはずだ)今からアカネが声優を目指し、いつかそれが実現したときにプリピュアの役をやることも不可能ではないだろう。

 『プリピュアになる』という夢は、必ずしも不可能なことではない。

 ただ、アカネが望んでいるのは、そんな答えなのだろうか。

 そんな現実的な答えを、アカネは望んでいるのだろうか。

「……アカネはなんで、プリピュアになりたいんだ?」

「かっこいいからー!」

「そうだなあ、プリピュアかっこいいよなあ」

「そんでね、かわいいの! かわいく怪獣を倒しちゃうの! みんなプリピュアに助けてもらうんだよー!」

「ふむ……じゃあさ、アカネ」

 どう言えばいいのか。

 暗中模索しながら、俺は続ける。

「プリピュアは、プリピュアだからかっこいいのかな?」

「??」

「プリピュアに変身する女の子たちがかっこよくて、可愛くて、皆を助けるのは、そんな力を持ってるからってだけか?」

「……よくわかんない」

 小学生には難しいか。

 んん、どう言えば伝わるのだろうか。

「……多分さ、プリピュアはプリピュアじゃなくても、かっこいいんじゃないかな」

「………?」

「プリピュアだからかっこいいんじゃなくて、手に入れた力をひとのために仕える、そんなかっこいい人間だからこそ、プリピュアはプリピュアになれたんだよ」

 俺の言葉は、アカネに伝わっているだろうか。

 俺の気持ちは、想いは、どうだろう。

「かっこよくて、可愛くて──人を助ける。そんな人間ひとにもしなれたら、きっとそのとき、アカネはプリピュアになってるはずだ」

「……アカネ、プリピュアになれる?」

「ああ、絶対なれる──なんてったって、アカネはお手伝いもできるいい子だからな。俺の──にーちゃんの、自慢の妹だ」

「……!」

 そこで今日初めて、アカネの瞳が輝いた。

 俺の言ったことが、どれだけ伝わったかはわからない。

 プリピュアになれる──そんな無責任な太鼓判だけを取って、アカネは喜んでいるのかもしれない。いつかまた、同じ問題に、厳しい現実に、突き当たるかもしれない。

 けれど多分、大丈夫だ。

 アカネはもう、大丈夫だ。

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