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ロリからはじまるハーレムルート!?  作者: みのり
01 比内千鳥と三人の小学生
7/15

三章 『休日、それは安らぎのひと時のはずなのに』 《後》

 服屋を出たあとは、書店に行くことになった。

 アオイの希望である。

「そういやお前、元の家にいた頃は図書館に入り浸ってたんだよな。本、好きなのか?」

「図書館に行ってたのは家に帰りたくなかったからですけど」

「お、おう……」

「本は、好きです。色々な人生を、体験できますから」

「色々な人生を……」

 それは、『家に帰りたくなかったから』というのと同じ、逃げの発想なのかもしれない。

 この世界を抜け出して、物語の華々しい世界に生きる自分を想像する。

 本を読んでいる間だけは、自分はネグレクト家庭の娘ではなく、竜を討伐する勇者だったり、悪者を懲らしめる魔法使いだったりするのだ──なんて。

 まあ、そんな会話を経ながら数分歩いて、東口にある大型書店に。

 俺は、前までは南口の方にあった支店の方を使っていたのだが、最近できたバスターミナルの影響か、規模縮小してしまったその店の代わりに、こちらの本店を使うようになった。

 支店の代わりに本店を使うというのもおかしな話だが。

「で、アオイはどんな本が欲しいんだ?」

「そうですね、久々の本屋さんですし色々見て回りたいところですが……」

「もうすぐ十二時になるし、あんまり時間はないぞ」

「じゃあ、目的の本を探すだけで我慢しますです」

「ん、そうしてくれると助かる」

 物わかりがいいことで、何よりである。

 あとの二人ももう少し物わかりよくなってほしいものだが。

 ほらー、書店で騒ぐなー。

 まったくもう。

 とはいえ、その『物わかりの良さ』は、やはり俺や周りに対する遠慮なのではないだろうか。

 だとすると、もうちょっと物わかりが悪くても、俺は構わないのだが──まあ、時間がなくなった原因もアオイなのだし、この件に関しては気に掛けるだけ損のような気もするが。

 アオイの目的のものは文庫本らしく、奥の階段を上って二階に向かう。

 しかし、小学生の癖に、漢字とかちゃんと読めるのだろうか。

「問題ありません。私、夏休みだけで『ハリー・○ッター』全巻読破したことがありますから」

「お、おう……小学生にしては凄いとは思うが、それで問題ありませんに繋がる意味がわからん」

 まあ、アレが読めるんなら大抵の本は読めるか。

「おにーちゃあああん」

「だからうるせえっつの! 迷惑になるから静かにしろ!」

「千鳥さん、あなたの怒鳴り声も五月蠅いです」

 おっと。

「──で、どうしたんだよアカネ」

「あのね、あのね、んーっとね、えとね」

「興奮してんのはわかったからちょっと落ち着け……キララ、お前一緒にいたんだろ。何だかわかるか?」

「知らないしー」

「……? そうか」

 目を逸らして口笛を吹くキララ。

 なんだろう、とぼけてる感が半端ないんだが。

 んー、こういうとき、キララを信じると大抵ろくでもない結果になるからなあ。

 アカネがなにか伝えたいみたいだし、そっちを待つか。

「いいか、アカネ、とりあえず深呼吸するんだ」

「すーっ、はあーっ」

「そうそう。吸ってー、吐いてー」

「すーっ、はあーっ」

 それを何回か繰り返すと、ようやく落ち着きを取り戻したらしい、アカネは俺のシャツの袖を引いてくる。

 落ち着いたんだからちゃんと言葉にしろよ。

「来て! いいから!」

「おい、引っ張んな。袖が伸びるだろうが」

 走ろうとするアカネをなだめながらついていく。

 ふと後ろを見ると、むくれ顔のキララも一緒についてきていた。

 ……?

 なんでコイツ、こんな不機嫌なんだ?

「ほら、アレ! アレ!」

「『アレ』じゃわかんねえっつうの。お前もアオイを見習ってちょっとは本を読んで語彙を増やせ」

「アレ! アレ!」

 俺の言葉も聞かずに、アカネはいずこかを呼び指し続ける。

 小さく溜息を吐いてその指の示す先を追うと──いた。

 アカネが何を報せようとしたのかと同時に、キララがなぜ不機嫌なのかも理解する。

「浮気浮気浮気浮気浮気」

「だから怖いよ、そのモード」

「浮気浮気浮気浮気浮き」

「浮き?」

 釣りでもするのだろうか──ともかく。

 キララがこの状態になるのがどういうときなのかは決まっている。

 つまり、秋田こまちとの遭遇。

「あ──先輩」

「……やあ、奇遇だね」

 遭遇、なんて言葉を使ったが、このときの俺はどちらかというとその言葉のイメージに反して心が弾んでいた。

 キララじゃないが、浮き浮きだ。

 そんな感じでそわそわとしていると、秋田さんも同じように遠慮がちに視線を向けてくる。

 普通ならば、ロマンスが始まる場面。が、傍らの赤髪の小学生は、そんな空気を、空気を読まずに破壊する。

「おねーさんおねーさん、この前おにーちゃんといっしょに帰ってたひとだよねー?」

「え、あ、ええ。そう、だけど……」

 遠慮なく顔を覗き込むアカネに、たじろぐ秋田さん。

 これアカネ、失礼をするでない。

「お名前はー?」

「あ、ええと……秋田こまち、です」

「なんで敬語なのー?」

「ほ、ほとんど初対面だから、かな……?」

「ふーん」

 小学生の対人コミュニケーション能力は並ではなかった。

 秋田さんがアカネとほぼ初対面であるのと同様、当然アカネも秋田さんとほぼ初対面のはずだが、まったく物怖じした感じがしない。

「あきたこまちちゃんだから、おねーさんはコマちゃんねー!」

 初対面であだ名を決めんな。自由か。

「えっと、あなたの名前は?」

「アカネだよー」

「アカネちゃん、よろしくね」

「よろしくねー!」

 打ち解けるの早すぎだろ。

 俺だって秋田さんとここまで距離を縮めるのには結構時間がかかったのに……。

 ……最近、また距離が広がっている気がするが。

「えっと、秋田さん、今日は本を買いに?」

「本屋さんに本を買いに来る以外の用事が、果たしてあるのでしょうか」

 いつの間にか傍らに立っていたアオイが(選んだらしい本をしっかり抱えている)横から呟く。

 ちょっと黙ってろ。

「私は、何か気に入ったものがあればと思って見て回っていただけですけど」

「じゃあこれから暇だったりする?」

「え? ええ」

「じゃあさ」

 お昼、一緒に食べない?

 そう言った瞬間、背後でキララが発する嫉妬のオーラが倍増しくらいになった。



「あの、本当によかったんですか? お邪魔しちゃって」

「はっはっは、邪魔だなんて。むしろガキどもの方が邪魔なくらいだよ」

 書店を出た俺たちは、すぐ近くにあったファミレスで昼食を摂ることにした。

 ガキどもは一括でお子様ランチ(カネがないので)。俺は一番安いハンバーグステーキのセットを頼み、秋田さんも気を遣ったのか安めのパスタを頼んでいた。

「ひーくん、気を遣わなくたっていいし。あたしらの間にこの女は邪魔なんだってこと、はっきり言ってやればいいし」

「この女とか言うな。お前がもっと気を遣えよ」

 秋田さんのこと嫌いすぎだろ。

 もうちょっとこう、嫉妬するにしても可愛らしい嫉妬をしてほしいもんだ。

「ごめんな、秋田さんを嫌ってるっていうか、俺と仲がいいのが羨ましいだけだから」

「仲がいい、ですか……?」

 悲しくなるからそこ疑問形にしないでください。

 やっぱり、心の距離が開いてる気がするなあ。

 ガキどもと不慮の遭遇を果たすまではもう少し距離が近かった気がするのだが。

「おにーちゃん、お子様ランチまだー?」

「まだ頼んで三分も経ってねえじゃねえか。気長に待ってろ」

 まあ、昨今のファミレスは注文したらすぐ出てくるって言うし、そんなに待つこともないと思うが。

 そのうち出てくるだろ。

「お子様ランチだなんて、私も舐められたものですね」

「黙れ最年少」

「この場合議題に上げるべきは相対的な年少年長ではなく、絶対的な年齢だと思うです」

「小5なんて全然お子様圏内だろ」

 大体好んで難しい言葉を使おうとするのがもうお子様の証だ。キララとは違う意味で、背伸びがバレバレなのだ。

 そういう意味では、年相応の言動をするアカネが一番大人であると言える──まあ、アカネは普通に子供なのだが。

 相応に、な。

「ふふ」

 そんなやり取りをしていると、不意に秋田さんが笑った。

 何事かとそちらを見ると、慌てて取り繕う。

「あ、いえ、なんというか──結構、子供の相手とか得意なんですね。ちょっと意外です」

「ああ、まあ──」

 そりゃあ四六時中いっしょにいれば、慣れもする。

 コイツらが来るまでは、小学生どころか中学生だって、どころか年下というものにほとんど関わることがなかったから(冗談抜きに、秋田さんくらいだった)、そりゃあ扱いに困りもしたが。

 今では苦労なく寝かしつけられるくらいには、慣れたつもりだ。

 いや、苦労はしてるが──それでも最初の頃よりは、マシになったはずだ。

「むう、揃って子ども扱いされてる気がするし……」

「だから、お子様だっつの」

 七つも年齢としが離れてるのだ。少なくとも──そうだな、義務教育を終えるまでは、お子様扱いである。

 中学を卒業するまで面倒を見るのなんて御免だが。

「おにーちゃん、お子様ランチ来た!」

「それは報告しなくていい」

 アカネが指す通り、丁度俺の死角になる方向から、ウエイトレスさんが料理を運んできたようだ。秋田さんが、テーブル上のスペースを空ける。

 ちなみに席順は、店の入り口から見て手前側に俺とキララ(絶対に隣は自分だと強行してきた)、アオイの三人。その正面に秋田さんとアカネ(一番秋田さんに対する当たりが強くないので)といった感じだ。

 というわけで、お子様三人にお子様ランチ、俺のところにハンバーグステーキのセット、秋田さんのところにパスタが揃う。

「いただきまーっす!」

「あんま大声出すな。家ん中じゃないんだから」

 本当に、家の中のように。

 騒がしくも和気あいあいとした昼食風景だった。

 まるで本当の家族で来たかのように。

「先輩」

 秋田さんに声をかけられ、フォークでカットしたハンバーグを口に運ぶ手を止めて顔を上げる。

「ん、どうした?」

「これから、何か予定はありますか?」

「あ、えーと」

「ごはん食べたらね、プリピュアのショー見に行くの!」

 答えに詰まった俺の代わりに、アカネが元気よく答える。

 あーあ、できれば隠しておきたかったのに。

「プリピュアって、日曜の朝にやってる……?」

「まあ、お恥ずかしながら、付き合うことになっておりまして……」

 午前はキララとアオイ、午後はアカネの希望に付き合うことになっているのだ。

 しかし服屋や本屋はともかく、ショーの付き添いともなると本格的に親じみてくる。

 あまり、そういう印象は持ってもらいたくないものだが……。

「なんだか、本当のお父さんみたいですね」

 柔らかく微笑んで、秋田さんが言った。

 ああ、そういう印象になってしまった……。

「あの、よければ、ですけど……」

 打ちひしがれている俺の頭頂部に話しかけてくる秋田さん。

「ご一緒しても、いいですか?」

 二、三秒、耳を疑ったのは言うまでもない。

 その申し出を快く受け入れたのも同様。

 ついでに、さらにむくれるキララの様子も。

 そんなわけで、午後からの秋田さんの同行が決定したのだった。



『今日もプリティにピュア―な解決! 応援してくれたみんなのおかげだよ! ありがとねー!』

 ステージ上に立つ進行役の女性が観客席に向けてそんなことを言った。

 予定通り、日曜朝にやっている子供向けアニメ『プリピュア』のイベントである。

 が、それは想像とはちょっと違う様相をしていた。

 まず子供向けアニメなのに子供じゃない観客が多い──俺のような付き添いでなく、だ。

 所謂『大きなお友達』というやつだ。

 噂には聞いていたが、まさか本当に存在するとは。

 まあ、その存在のせいで本来のターゲットであるはずの子供たちが十分に楽しめない、ということもなさそうなのでそれ自体は別に構わないのだが。

 あとは、これは実際ここに来る前から疑問に思っていたことではあったのだが、ステージで何をやるのか、という話だ。

 これがプリピュアの前に放送している特撮モノならば、アクターがスーツを着て演じればいいのだろうが、アニメであるプリピュアはそうはいかない。

 予想としては、キャストが出てきてフリートークでもしていくのだろうと思っていたのだが。

 しかし予想に反して、それは『コスプレをした女性アクター(アクトレスと言うんだったか)が着ぐるみの敵モンスターと戦う』というものだった。

 なんというか、子供たちは盛り上がっていたが、個人的には少しがっかりという気もする。

 だってプリピュアって、一応中学生っていう設定なんだぜ?

 アクトレスさん、当然なんだろうけど、結構しっかり筋肉ついてるんだもんなあ。

 どう頑張っても中学生には見えないぜ。

「先輩」

 白けた表情で復活して現れたモンスターと戦うアクトレスさんたちを眺めていると、横から秋田さんが話しかけてきた。

 つい、周囲を見回す。

 ガキどもはステージに夢中、確認OK。

 今なら邪魔が入ることはない。

 まさか秋田さんがそんな打算の上に話しかけてきたとは思わないが、周りの迷惑にならないようにか、ひそひそ声で続ける。

「今日はすみません、お昼だけでなくこんなところまでついてきちゃって」

「いやあ、俺もひとりであのはしゃぎまくりのガキどもを相手するのは骨が折れるし、助かってるよ」

 何一つ嘘偽りのない感想だった。

 いやまじで、一日中アイツらの相手をするのなんて、身体ひとつじゃとても足りない。

「でも私、あの子たちに嫌われてるみたいですし……」

「はは、それこそ気にすんな、だよ。さっきも言ったけど、嫉妬してるだけなんだから」

「先輩は、どうやってあの子たちと仲良く? 最初から、というわけではないんですよね」

「ああ、まあ──キララはともかく、アカネなんかは露骨に人見知り発動してたしなあ」

 そもそも『大好きなおじーちゃんに暴力を振るった奴』として認識されていたのだし、仕方なくはあるのだが。

 しかし、どうやって仲良くなったか──認識を改めてもらえたのかって言われると、俺にもよくわからないんだよなあ。

 いつの間にか『おにーちゃん』って呼ばれるようになってたし。

 何かきっかけがあったのか、それとも段々と慣れてきた結果なのか。

「アオイちゃんは?」

「アイツは今でも慣れてるとは言い難いが……」

 迂闊に触れようものならひっかかれるんじゃないかと冷や冷やだ。

 例えるならアカネが奔放な犬、キララが人に慣れた手乗りインコで、アオイはなかなか心を開かない近所の野良猫って感じ。

「近所のって……いっしょに住んでるんですよね?」

「そうだな、近所の野良猫が家の中にいるってことは、つまり晩飯のおかずがピンチってことだな」

 まあそれは直接アオイの脅威って言うよりは、アオイがけしかけるアカネの脅威なのだが。

 と、まあ我ながら馬鹿なことを言っていると、秋田さんはこらえきれないという感じに「ふふっ」と吹き出した。

「ごめんなさい、可笑しくてつい」

「可笑しいって……そんな変なこと言ってたかな?」

「言ってました」

「断言された……」

 どれのことだろう。動物で例えた下りか、晩飯がピンチの下りか。

 困ったことに心当たりは無数にあった。

「前は先輩、もうちょっとかっこつけてましたから」

「かっこ……!?」

「私としては、今の方が自然でいい感じです」

「お、おう……」

 思わぬ高評価だった。

 しかし、かっこつけてるの、バレてたのか……。

 これは恥ずかしい。ちょっと秋田さんの顔を直視できないレベルで。

「まあ、かっこつけてるときも、悪くはありませんでしたけどね」

「ん? なんか言ったか?」

「いえ、別に」

 ぼそっと付け加えられた言葉は、丁度モンスターを倒したプリピュアへの歓声にかき消されてしまった。

「ステージ、今度こそ終わりみたいですね」

「あ、ああ、そうみたいだな」

 アクトレスさんたちと倒れたモンスターがはけて、進行役のお姉さんが本日二度目の『みんなのおかげだよー!』を言う。

 それ、復活フラグじゃないだろうな……。

 もちろんそんなこともなく、進行役のお姉さんもすぐに引っ込み、プリピュアショーは閉演となった。

 いつの間にか最前列まで観に行っていた三人が戻ってくる。

「おにーちゃんおにーちゃん、見てたー!? プリピュアかっこよかったねー!」

「ああ、そうだな」

 アクトレスさんだけどな。

「アカネもねー、大きくなったらプリピュアになるんだー!」

「おう、頑張れー」

 腹にタックルしてくるアカネを引きはがしつつ、その赤い頭を撫でてやる。

 まあ、子供のうちはこれくらい純粋でいいよな。プリピュアよりもよっぽどピュアだ。

 で、純粋じゃない方のガキどもはというと、

「あー、ひーくんまたいちゃいちゃしてるしー!」

「千鳥さんはろりこんさんではなくおーるらうんだーさんなんですね。ということはお婆さんとかも射程範囲に入るんでしょうか」

「好き勝手言ってんじゃねえ。俺の恋愛対象は至ってノーマルな範囲だ」

「果たしてそのノーマルとは本当に普通なのでしょうか。あなたが普通だと思い込んでいるだけかもしれません。普通なんてものは人によって千差万別、千変万化です。千鳥さんにとっての『普通』が周りの『普通』と同じとは限りませんですよ」

「うるせえ。理屈ばっかこねやがって」

 こういう奴がどういう大人になるのかとか、あんまり想像したくないな。

 もしかしたら『はい、論破』勢になってしまうのかもしれない。

 くわばらくわばら。

「理屈を制する者は論理を制する。論理を制する者は人を制する、ですよ」

「なんの引用だよ──ったく、もうステージも終わったんだからさっさと帰るぞ」

「はあーい」

 もう少し渋るかとも思ったが、やけに素直に応じる三人。

 なんだろう、やっぱり流石に疲れているのだろうか。

 まだ午後の二時を過ぎた辺りだが──まあ、六時前から起きていたんだし、仕方がないか。

「ほら、せめて家に帰るまでは意識を保ってろよ。流石に三人は背負えないからな」

「うむゅー……」

「もうすでに寝かかってんじゃねえか……」

 勘弁してくれよ、まったく。



「悪いね、帰りまで付き合ってもらっちゃって」

 さっきまで幾度に渡って『お邪魔してすみません』を繰り返してきた秋田さんだったが、今度は俺が謝る番だった。

 正真正銘。

 迷惑をかけてしまっている。

「いえ、気になさらないでください。日頃お世話になってるのは私ですから」

「お世話にっつったって、別に俺は何もしてないしなあ」

「なってますよ、お世話に」

「……そう?」

 まあ、秋田さんがそう言うなら、あえて強く否定もすまい。

 そういうことにしておこう──本当に、大したことをした覚えはないが。

「それにしても、よく寝るなあ。夜寝れなくなるんじゃねえか」

「ふふっ、こうして見ると、可愛い子たちですね」

「ずっとこのままなら手もかからなくていいんだけどな」

 言いつつ、一番近くにいるアオイの頭を撫でてやる。寝てる間にやっても誰も喜ばないので、あまり撫でる意味はないのだが。

 三人全員が、熟睡だった。

 よっぽど疲れていたのだろう、バス停まではなんとかこらえていたものの、乗り込んで一番後ろのロングシートにかけた瞬間電池切れのように眠ってしまった。

 というわけで今も帰りのバスの中である。

「秋田さんも、バスでよかったのか?」

「ええ──というか、家の位置は先輩とそんなに変わりませんよ」

「ああ、そうなのか」

 バイト帰りに途中まで送っていることもあって方向が大体同じなのは知っていたが、距離もそう離れていないらしい。

「というか──先輩」

「ん?」

「『秋田さん』って呼び方、やめてもらえませんか」

「ん!?」

 急になんだ。

 えっと──これ、どっちの意味だろう。

 『そろそろ、名前で呼んでくれてもいいんですよ? 私も、千鳥さんって呼びますから』か、『先輩の癖に馴れ馴れしいです。秋田こまち、とフルネームの下に殿を付けてください』か──いや、流石に後者は穿ちすぎだが。

 殿って。

 しかし前者だとすると、一体どういう流れでそういうことになったのかが見当がつかない。

 急にロマンスルートに入ったのだろうか。

「いえ、その……小学生の頃、『秋田産』っていうあだ名で馬鹿にされていたので、それを思い出しちゃって」

「ああ……なるほど」

 俺の『比内地鶏』みたいなもんか──そりゃあ確かに、呼び方を変えた方がいいかもしれない。

 むしろ今までそうとも知らず呼んでいたのが申し訳ない。

「じゃあこれからは──秋田殿?」

「どうしてそうなったんですか」

「いや、その……」

 妄想に引っ張られた、とは言えない。

 でも、なあ? 秋田ちゃんだとなんかチャラい感じがするし、秋田って呼び捨てにすると却って距離が開いた感じがする。

 呼び名を変えると言っても、急には思い浮かばないのだ。

「な、名前で呼んでくれても、かまいませんよ」

 秋田さんは、こらえかねたように言う──って、え?

 名前って──下の名前で?

「こまちと呼び捨てにしてもかまいませんし、こまちさんでもこまちちゃんでも──なんなら、アカネちゃんみたいにコマちゃんでも!」

「えっと、じゃあ──こまち殿?」

「それは却下です」

 却下されてしまった。

 しかし、いきなり下の名前呼びとは……。

 これまでの対人関係でそんなことほとんどなかったから(小学生の頃は普通に男女問わず名前呼びだった気もするが。今から思うと甚だ不思議だ)、戸惑ってしまう。

 というか普通に照れくさい!

「えっと、じゃあ──ゴホン、」

 咳払いをし、改めて。

「こまち」

 俺は、秋田さん──改め、こまちの名前を呼んだ。

「……やっぱり呼び捨てはむずがゆいですね」

「……コマちゃんにする?」

「……それでいきましょう」

 呼び名はコマちゃんに決定した。

 俺の意気地なし!

「じーっ」

「じいいいいい」

「じぃ……」

「わひゃあっ!?」

 いつの間にか三人分の視線に射抜かれていて、俺は思わず情けない悲鳴を上げてしまった。

 さっきまで寝ていたハズのガキどもが、寝起きとは思えないはっきりした視線をぶつけてくる。

「お、お前ら、起きてたのか……」

「おにーちゃん、コマちゃんと仲良いねー」

「吐き気がしますね」

「吐き気まで言うか!? 別にいいじゃない、バイト先の後輩をあだ名で呼ぶくらい!!」

「嘔吐感がこみ上げてきますね」

「さっきとまるで意味が変わってない!」

 バスの中だというのについ大声を出してしまった。

 他の乗客たちに睨まれ、縮こまる。

「浮気浮気浮気浮気浮気」

「だから怖いって、それ……」

「浮気浮気浮気浮気吐気」

「吐き気を混ぜんな!」

 またもや睨まれ、肩身の狭くなった俺たちは降車予定のバス停より二つ手前の停留所で降りることになってしまった。

「ごめんな、コマちゃん、付き合わせて……」

「いえ、別に……」

 そう言う表情も、流石に今まで通りまったく気にしないでというものではなく。

 とても心が痛んだ。

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