三章 『休日、それは安らぎのひと時のはずなのに』 《前》
それは唐突な目覚めだった。
「おにーちゃあん!! 起っきってっ! 起っきってーっ!」
「ひーくん!! はぁやぁくぅ!」
「んあ? なんだよこんな朝っぱらから。今日は日曜だろ……」
枕もとのスマホを確認すると、ディスプレイに表示されている時刻はまだ六時前だった。
六時前って。
早起きにしてももうちょっと遅く起きて来いよ。
「千鳥さん、早く起きないとアーちゃんに冷蔵庫の大掃除をお願いするです」
「お前、我が家の食卓と家計を人質にとるつもりか……?」
「10、9、8、7……」
「わかった、起きる! 起きるからちょっと待って!!」
完全に寝床と化しているソファから上体を起こし、両手を上げて降参を示す。
起きた、起きましたよー。
「ふむ、では起きるまでにかかった時間の一分間分だけ大掃除を許可するです」
「悪魔かお前は!?」
大体その時間、アカネが最初に起こしにきたとこから数えてるだろ。
せめてカウントし始めたとこから数えろよ。
「つーか、一体なんなの? 日曜の六時前におれを起こして何がしたいの?」
「ええ~っ、忘れちゃったのー!?」
「ひどいしぃ」
「これはもう罰として冷蔵庫の中身を空にするしかないですね」
「お前はうちの冷蔵庫の中身に恨みでもあるのか?」
執拗に空にしようとしてくんな。
……ちょ、ちょっと待って。いま思い出すから。
んーっと、日曜、日曜……なんかあったっけ?
「アーちゃん、よろしくお願いしますです」
「待った待った!! 思い出した! いま思い出した!!」
ようやく目が覚めてきたおかげでなんとか思い出せた。
あれだ、たしか新宿に買い物に行くとか、この間言っていた気がする。
きょう一日使っていろいろと買い込むという話だった。
「いや、それにしたってこんな時間に起こす必要ないだろ。今から行ったってどこの店も開いてねえよ」
「楽しみすぎて早く起きちゃったから、ひーくんも巻き込んじゃおって思って。てへぺろ☆」
「お前らそんな当てつけみたいな理由で休日の貴重な睡眠を邪魔したの?」
両手で顔を覆って悲しみを表現する。
今から二度寝できないかなあ。
「おにーちゃん、朝ごはん作ってー!」
「寝かせろよ。せめて八時までは寝させろ」
「二時間も待てないよー!」
「お前らも寝てろ」
ソファに寝っ転がり、二度寝の体制に入る。
二時間寝りゃ、まあ十分か……。
しかし、そんなことを許してくれる三人ではなかった。
「アオちゃん、なんかひーくんをやる気にする魔法の呪文ない?」
「そうですね。発奮系と後門の狼系、どっちがいいですか?」
「後門の狼系ってなんだよ……」
「後ろから追い詰めて起きるしかなくするタイプの呪文です」
「……具体的には」
「明日から一か月間毎日千鳥さんの店に三人で押し掛けます」
「お前、それは立派な営業妨害って言うんだぞ」
相変わらず発想が悪魔的なアオイだった。
わかったよ、起きればいいんだろ、起きれば。
まったく、昨日もバイトで疲れて帰ったっつうのに。
「でも千鳥さん、どうせあの女子高生さんと乳繰り合ってHPを回復してたんでしょう?」
「小学生が乳繰り合いとか言うな」
「浮気浮気浮気浮気」
「キララも秋田さんに反応して病むのやめろよ!!」
「浮気浮気浮気浮気乳気」
「なんか変なの混じってたぞ」
乳気ってなんだよ。
乳繰り合いに引っ張られんな。
「おにーちゃん、朝ごはんはー?」
「お前、自分でトースト焼くくらいできないのか?」
「え、いいのー?」
「……やっぱ俺がやるから焼かなくていい」
なんか、一度に袋ひとつ分食べられる未来が見えた気がする。
仕方ない、観念して起きるかあ。
頭をかきながら、洗面所に向かう。とりあえず顔を洗って目を覚まそう。
ついでに歯を磨きながら、今日の予定について考える。
たしか主たる目的は、三人の服を買うことだったはずだ。
三人が我が家に来てからもうけっこうな時間が経ち、色々と行き届かないことも多くなってきた。服も、その中のひとつだ。
特にアカネ。毎日毎日泥だらけで帰ってくるあの暴れん坊はすぐに服をぼろぼろにしてしまう。
だからそろそろ新しい服を買ってやらないと、という話になり、それならば新宿で揃えようとキララが言い出したのだ。
俺は普段新宿で服を買うことなんてないし、子供服なんて近所のデパートでいいだろうと言ったのだが、キララはどうしてもいつも利用している店に行きたいらしい。
ガキのくせに新宿のブティック御用達なんて、生意気な話だ。
で、服を買い終わったらそのまま色々と見て回ろうという話になり、今日は一日ショッピングということになったのだった。
「おにーちゃあーん、はぁーやぁーくぅー!」
急かすアカネの声が洗面所に届き、俺は歯磨きを切り上げキッチンに向かう。
トーストが焼きあがるまで五分程度。それまであの食いしん坊は果たして我慢できるだろうか。
「ごちそうさまでしたー!」
「アカネ、ほっぺにパン屑ついてる」
「とってー!」
「そんくらい自分で取れよ……」
突き出してくる頬についている食べかすを取ってやる。なんか、日に日に甘えん坊になってきた気がするなあ。
遠慮がなくなってきたのだと考えれば、まあいい兆候ではあるのだろうが。
手伝いやらをやらなくなったわけじゃないから、悪いこともないしな。
しかし暴れん坊で食いしん坊で甘えん坊とは──坊じゃなくて嬢なのにな。
「ひーくん、あたしのもとってぇ」
「お前、なんにもついてないだろ」
「いいからほら、このあたりに口で直接、ね♡」
「アカネ、やってやれ」
「はーい!」
「ちょ、待って! いい! 自分で取るからいいってばぁ!」
俺の命令を忠実に聞いてキララのほっぺに口づけしようとするアカネと、それから逃れんとするキララ。
自分で取るも何も、だからそもそも何も付いていないのだが。
相変わらず騒がしい朝食風景だ。
アオイだけは、眠気が今になってぶり返してきたのか、うつらうつらとしているが。
本来早寝遅起きの睡眠人間だからな、アオイは。
それを押してこうして起きてきたということは、アオイもそれなりに今日を楽しみにしていたのかもしれない。
それならば、なかなか起きない俺に業を煮やしてあんな悪魔の所業に打って出ようとしたのも、微笑ましいことと取れなくもないかもしれない。
実際に行動に移さなければの話だが。
「ほら、アオイ。ちゃんと食っとかないと買い物中に腹鳴っちまうぞ」
「んにゅう……千鳥さん、食べさせてくださいです」
「お前まで甘えに便乗しようとすんな。さっさと食え」
……まあ。
一番年下のアオイが一番甘えていい立場ではあるんだが。
言動が大人びているからといって甘えちゃいけない理由はない。
「よし、そんなに言うなら食わせてやろう。ほれ、あーん」
「いや、本気にしないでくださいです。あなたは寝ぼけている相手との契約を正当なものだと主張するひとですか」
「寝ぼけてるまま契約の席に立つな」
フラれてしまった。
傷つくぜ。
「ひーくん、あたしにあーんして!」
「アカネ」
「りょーかい!」
「だからそうじゃなくてええええ!!」
遂にキララが泣いた。
お前そんなに俺に甘えたいのかよ。
──そんな感じで、休日の朝は過ぎていった。
いつも通りと言えば、いつも通り。
しかしこんな騒がしい朝がいつも通りになってしまっていることに、疑問を感じていない自分がいることにこそ、俺は首を傾げるのだった。
*
というわけで、新宿にやって来た俺たち四人。
バスを降りると暑い日差しがアスファルトに照りかえって上から下から猛暑が襲ってきた。
そろそろ夏か──と思ったが、六月末なんて普通に夏真っ盛りだったな。どおりで暑いはずだ。
「おにーちゃん! 早く早くーっ!」
「アーちゃんそっちじゃないし! 戻ってくるしー!」
「元気だなあ、お前ら」
子供のエネルギーは無限大、といったところか。
青いのは普通に暑さに参って俺にもたれかかっているが。
しかし、四人でバス代片道500円かあ。
往復だと1000円──今から買い物をすると思うと、ちょっと痛い出費だな……。
自転車だと駐輪場代の400円で済むんだけど。いや、たしか無料で停められるところもあったはずだ、東口の方に。
ただ、今三人が自転車を持っていないのを抜きにしても、多分この三人は自転車には乗れないのではないかという気がする。
アカネは経済的な問題で。
キララは必要性の問題で。
アオイは親の問題で。
それぞれの事情で、おそらく三人は自転車に乗ったことがない。
乗ったことがないということは、つまり少し練習すれば乗れるようになる可能性はあるということだが、とりあえず今のところは乗れないので移動手段に使うことはできない。
仕方がないので1000円の交通費は甘受するしかない。
まあいずれは自転車も買い与えてやらねばいけなくなるときはくるのだろうが。
三人分買うとなると、いくらかかるんだろうなあ……。
「千鳥さん、景気の悪い顔をしているとお財布落とすですよ」
「そんなダイレクトな被害があんのか……?」
それは気を付けないと……。
……つうか、おい。
アカネとキララがいないぞ?
「アーちゃんキーちゃんなら、あっちの方に走っていきましたけど」
「なんと」
あっちの方に走っていった?
なんと曖昧な情報だろうか。
曖昧すぎて色々な可能性を想像してしまう。
迷子とか迷子とか迷子とか。
交通事故とか誘拐とか?
キララに関しては誘拐も洒落にならない気がするが──それで実家の方に身代金要求の電話でも来た日には、俺の身が危ない気がする。
「待て待て待て待て……なに? どうすればいいの? 探せば見つかる程度なの?」
でも新宿ってけっこう広いですよ?
地下とか含めたらもう手の付けようがないんじゃ……。
「千鳥さん、落ち着いてください。キーちゃんはスマホを持っています」
「マジか! 流石ブルジョワ!」
たしかにあの過保護そうな親父さんなら生まれた瞬間に持たせててもおかしくないよな。
「で、番号は?」
「……え? 千鳥さんが知ってるんじゃないんですか?」
「だから俺はスマホ持ってることすら知らなかったんだっつの!」
ダメじゃん! もう手立てないじゃん!
「千鳥さん、落ち着いてください。要するにキーちゃんの連絡先を知ってる人に連絡すればいいんです」
「たとえば?」
「キーちゃんのお父様です」
「……あんま気が乗らないなぁ、それは」
それこそ、キララが迷子になったなんて知られたらどれほどお怒りになられるか。
「キミにはもう任せられない!」つってキララを引き取りに来るなんてこともあるかもしれない。
……ん? それはそれでいいのか?
あれあれ?
「あ、千鳥さん、戻ってきたです」
「え?」
アオイの指さした方を見ると、たしかにアカネの手を引いてこちらに向かってくるキララの姿が。
その様子を見るに、どうやらアカネがフラフラとどっかへ行こうとするのをキララが引き留めてくれたらしい──そういえば、消える直前にそんなようなやり取りをしていた気がする。
たまに見せるキララのお姉さん的一面だった。
「ひーいーくーぅん! もぉー大変だったしぃ」
「お、おう、お疲れ……」
本当に大分お疲れのご様子だった。
こんなんでこれから買い物できんのかよ。
「買い物は別腹だしぃ」
「お前本当に小学生か?」
ショッピングでHP回復するって、JKとかのスキルじゃねえの?
秋田さんはそういうイメージないけど。
「おにーちゃんおにーちゃん! シンジュクってすごいね! なんかいっぱいあった!」
「お前は元気だな……」
アカネにはそもそもHPのゲージがないんじゃないだろうか。
HP:∞って感じ。
この暑いのにまったく参った様子もないし、暑さ耐性もあるのかもしれない。
髪赤いし、炎属性なのだろうか。
そんなゲーム脳的なことを考えていると、キララがしびれを切らしたのか俺の七分袖のシャツの袖をつまんで引いてきた。
「ねーえ、早く行くしぃ」
「迷子になりかけた奴が急かすんじゃねえよ」
「迷子になったのはあたしじゃなくてアーちゃんだし」
「連鎖遭難って言葉知ってるか?」
ミイラ取りがミイラになる、とも言う。
今回たまたま無事に帰ってこれただけで、下手をしたら一緒に道に迷っていたかもしれないのだ。
「新宿はあたしの庭だし。迷子になんかなんないし」
「だからお前、ほんとは女子高生なんじゃねえのか?」
背後から近付いてきた黒ずくめの男たちに薬を飲まされて身体が小さくなってしまった! ってナレーションが番組冒頭で流れるんじゃないだろうな。
お前が名探偵だったら家主の俺はポンコツ探偵になってしまうんだが。
眠りの千鳥とか呼ばれるようになったりしてな。「急にフラフラし始めた! あれが噂の『千鳥足』か!」なんつってな。
「いつまで下らない話をしてるんですか」
「くだらないとか言うな」
「いつまで下らない話で盛り上がってるんですか」
「言い直すな。下ったり上がったりで大忙しみたいじゃねえか、俺」
「ひーいーくーん!!」
「わかったから! 袖引っ張るな! 俺の分の服も買わなきゃいけなくなるだろうが!」
「おにーちゃあーん! あれ見て! でっかいテレビ!」
「アカネはすぐどっか行こうとすんな! とりあえず落ち着け!」
……なんというか。
休日お出かけに付き合うお父さんってこんな気分なんだろうか。
まだなんもしてないのにすっげえ帰りてえ。
で、目的の服屋。
服屋というか……なんていうんだろうな、こういうオシャレな服屋。
ブティックっつうと古臭いか?
「アパレルとかじゃない?」
「アパレル……なんか服屋って感じがしないな」
「知らないしぃ」
面倒臭そうにぷいっと服を物色し始めるキララ。
これがジェネレーションギャップというヤツだろうか……。
今どき、ふたつみっつ違うだけで話が合わないこともざらじゃないからな。子供の頃観てたアニメとか、昔聴いてた子供向けの音楽とか。
コン○ューターおばあちゃんが通じないんだぜ?
「おにーちゃあん! 見て見て! この服フリフリですっごい可愛い! プリピュアみたい!」
「頼むから暴れないでくれ……これ破いたりしたら弁償に幾らかかるんだよ……」
恐るべきは、これからその幾らかかるかわからないような服を三人分揃えなければいけないということだ。
領収書切ってジジイに叩きつけてやろうか……。
「ほらほらアオイ、見てみろよこの値札。ゼロの数が数えきれねえぜ」
「なんで私にフるんですか……」
一番金銭感覚が一致してそうだから、かな……。
キララは言わずもがな、アカネは値札とか気にしてなさそうだし。
「書かれているゼロの数も数えられないようなひとと一緒にされたくないですね」
「それはただのオーバーリアクションだろうが。察しろ」
本気で数えられないわけないだろ。俺をなんだと思ってるんだ。
まあ、ちょっと数える気にはなれないけど……。
「? ひーくんもアオちゃんも、なんの話してんの?」
「あ?」
不意にキララが割り込んできたと思ったら、そんなことを言ってきた。
なんの話って。
「そりゃあ、いまから買う服の値段を気にしてるんだろうが」
「何言ってんの。今から買う服がそんなとこに並んでるわけないし」
「……はい?」
何を言っているのか、本気で理解できなかった。
だって、ここに並んでるのがこの店の商品の全てだろ?
そりゃあ、在庫とかはあるだろうけど……。
が、そんな考えは、生温かったと言わざるを得ない。
冷めたお湯に常温の水を混ぜたくらい生温かった。
なんとキララは、店員さんを呼びつけてこんなことを言ったのだ。
「シマダさん、いつもの」
なんで店員さんの名前知ってんだよ──って、いつもの?
いつものって──
反応もできずに見ていると、呼びつけられたシマダとかいう店員だけでなく、何人もの店員さんが──どころか、ハデなメガネをかけた店長らしき男性まで出てきた。
ハデメガネ店長は、にこやかな営業スマイルでキララに話しかける。
まるで、上客を相手にするかのように。
「キララお嬢様、いつもありがとうございますぅ~。『いつもの』でよろしいですねぇ~?」
「うん、お願い」
お嬢様?
そういう扱いなの?
「あ、あたしと、あっちの赤いコと青いコの分もね」
「あら、お友達ですかぁ~?」
「そんな感じ。お願いね」
「かしこまりましたぁ~──オーダーメード三人分、よろしくねぇ~」
キララが慣れた様子で注文を終えると、ハデメガネ店長は群がる店員たちに声をかけ、店の奥に引っ込む。
……って、え?
オーダーメードっつった、今?
「千鳥さん千鳥さん、聞きました? オーダーメードですって。ついに私もオーダーメードデビューですよ。ぶるじょわの仲間入りですよ」
「おーだーめーどってなに? メイドさんを注文するの?」
「逆にアカネはどこでそんなん覚えてくんだよ……ジジイの影響?」
あるいは自宅にメイドさんがいるらしいキララの影響だろうか。
後者だとしたら、これからの共同生活に一抹の不安を禁じ得ないが。
「いや、っていうか、なんだよオーダーメードって」
「千鳥さん、オーダーメードも知らないんですか?」
「そういうこっちゃねえよ。オーダーメードくらい俺も知ってるっつうの。アレだろ? お高いやつでしょう?」
俺今日、五万程度しか持ってきてないよ。
絶対足りないでしょ。
「ダイジョーブダイジョーブ」
何やらせかせかと準備を始める店員たちを眺めながらキララが適当なことを言う。
何が大丈夫なんだ。俺の財布の中身は全然大丈夫じゃねえぞ。
「ダイジョーブだって。うちのパパにツケといてもらうから」
「……領収書の宛名は比内次郎吉でお願いします」
流石に他人様に払ってもらうのは良心が痛むので、ジジイにツケてもらうことにした。
ついでにオーダーメードはそれぞれ一着ずつだけと制限を取り決め、あとはバーゲン中の安物から選ぶことを約束させ、どうにか抵抗を見せたのだった。
「見て見ておにーちゃん! ふりふり~」
いち早く測量を終え、バーゲン品を漁っていたアカネが試着室から出てきた。
家から出たときはいつも通りのプリントTシャツと短パンだった赤髪娘が、今やおしゃれなフリフリの白ワンピに身を包んでいる。
馬子にも衣装というか──一丁前に、どこぞのお嬢様のごとくといった感じだ。
俺の目の前でくるりと一回転して見せると、スカートがふわりと膨らむ。
「可愛い? 可愛い!?」
「うん、もうちょっと落ち着きがあれば、もうちょっと可愛くなるかもな」
「わかった! 落ち着く! どうすればいい!?」
「とりあえず科白からエクスクラメーションマークを外そうか」
言いながら、飛び跳ねるアカネの頭を撫でてやる。
すると──
「あ~! またなでなでしてもらってるし! アーちゃんだけずーるーいーしー!」
「お前もちょっとは落ち着けよ……」
続いて試着室から出てきたのは、キララだった。
コイツに関しては普段からこの店の服を着ているのだろうし、特に代わり映えはしない。
ただ、新しい服を買うということで、多少は目新しさを意識しているのだろう。普段はアカネと対照的にフリフリのミニスカートやらばかり着ているキララだが、試着室から出てきた金髪少女は寒色系の色で統一した文学少女風の大人しい服を身に纏っていた。
ちょっとは落ち着けという俺のセリフに反して、恰好だけは(あくまで恰好だけだ)落ち着いて見えた。
「どうどう? ギャップ萌え?」
「小学生に萌える奴は最早別ジャンルの萌えに足を突っ込んでるよ」
「じゃあ十年後に貰ってくれる?」
「逆に訊くけど、十年後には俺、二十九なんだけど、いいの?」
「全然普通じゃん?」
「普通ですか……」
俺としては二十代も後半に差し掛かるまでには普通に結婚して家庭を築いていたいものである。
「ひーくんが二十五のときにはあたしも十八だから結婚できるし!」
「しねえよ! 三つ以上の年下は守備範囲外だっての!」
「そんなこと言われたらもうひーくんを凍らせて眠らせるしかなくなるし……」
なんか怖いことを言っているんだが。
コールドスリープさせる算段をつけないでいただきたい。
「……って、あれ? 最後の一人は?」
気づけばもう結構な時間が経っているというのに、アオイが試着室から出てこない。
なんだ、恥ずかしがっているのだろうか。
むう、試着室の中に声をかけるのはマナー違反だろうが、そろそろ呼ばねば他の買い物の時間がなくなってしまう。
「あ、アオちゃんはなんか、高い服が肌に合わないって」
「肌に合わないって……」
オーダーメードではしゃいでた癖に、ブルジョワアレルギーなのだろうか。
まあそんなことも言ってられないので(ほかの二人にブランドものを買ってアオイだけは安物とか、どんな贔屓だ)、さっさと選んでもらうことにする。
「つうかもうキララが選んでやれ。頼んだぞオシャレ番長」
「りょ」
「りょ?」
「りょーかいってイミ! あとでなでなでしてね!」
「あいあい」
こちらに手を振りながらアオイのいる試着室に入っていくキララ。
やがて、中でなにやらすったもんだがあったらしき末に、アオイは出てきた。
普段のアオイの恰好は、出会ったときに着ていたものと同じような安物のオーバーオールばかりで、言っては何だが貧乏くさい。金銭的に苦痛を強いられてきた家庭で育ったアカネよりもなのだから相当だ。
それは、だから親からの扱いの差ではあるのだが──しかし今目の前にいるアオイは、そうではなかった。
ジャンルで言うなら、ボーイッシュといったところか。普段はアカネが着るようなTシャツ(もちろんアカネが着るものより数段お高いが)の上に七分丈のシャツを羽織り、下はキュロットスカートに黒タイツ。
タイツはこれからの時期には暑いのではないかという気がするが、どうやら通気性のいい素材を使っているらしい。
なんということでしょう──見事なビフォーアフターだ。
着回しのオーバーオールばかり着ていた大人し子さんがこの通り、活発そうなお子さんに大変身です。
まあ、ここは美容院ではないので伸ばしっぱなしの髪はそのままだが。
髪留めでも見繕ってやれば似合うかもしれない。
「じ、じろじろ見ないでください。ろりこんがバレますよ」
「人聞きの悪いこと言うな。ただでさえ小学生女子を三人連れた若い男ってことで変な目で見られてんだから」
もちろん、外装を整えても中身はアオイのままなのだった。




