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ロリからはじまるハーレムルート!?  作者: みのり
01 比内千鳥と三人の小学生
4/15

二章 『日常、それは延々と続く頭痛の種』 《前》

「──と、いうわけです」

「はあ、そうですか」

 梅雨の明けたある日。具体的には、バイト先の後輩、秋田こまちさんがうちの三人娘と予期せぬ邂逅を果たした夜の翌日。

 バイト中、客が少なく暇を持て余している時間に、俺は秋田さんに事情を話していた。

 昨晩はあまり立ち入った話はしない方がいいと判断したが、やはりそういうわけにもいかないと思い直し、結構深いところまで(たとえば俺とアカネの関係とか。たとえばキララとの婚約の話とか。たとえばアオイの父親の話とか)説明し終え、それに対して秋田さんは「はあ、そうですか」と答えたのだった。

 はあ、そうですか、って。

 すっげえ興味なさそうだよな。

「まあ、細かい話を聞いたところで、あまり印象は変わりませんよね」

「……一応訊くけど、印象って?」

「自分の家に女の子を連れ込んで、あまつさえ一緒にお風呂に入るような男性という印象です」

 しまった、いらんことまで説明してしまった。

 いや、釈明させてもらうと、アカネもキララが来てからは一緒に入ってとか言わなくなったんだよ。

 多分クラスメイトに幼稚なところを見せたくなかったというのもあるのだろうし、キララが一緒に入ってくれるというのもあるのだろう。

 いずれにしても、アカネといっしょに風呂に入っていたのは最初の一週間だけだ。

「一週間いっしょに入った時点で、色々アウトだと思いますけど」

「……妹だからってことで、手打ちにならないかね」

「義理ですけどね」

 いや、義理っつっても、同じ父親の血が流れてるわけだから、血縁関係としては近しいと言えると思うんだ。

 ほとんど実の妹と言ってもいいのではないだろうか。

「どれだけ言葉を重ねても、結局は実の妹ではありませんけれどね」

「そうですね……」

 言い訳は利かなかった。当たり前といえば当たり前か。

 まあ、どういう印象になったにしろ、とりあえず事実は正しく伝えられたのだ。そこから先は秋田さんの判断に委ねるしかない。

 これ以上の説明(釈明)は諦め、俺は仕事に専念することにする──俺と秋田さんが勤めているのは、全国的にチェーン展開している古本屋だ。

 この店はそう大きい方ではないが、大規模な店だと服や家電なんかも扱っていたりする。

 普段はもうちょっと客の入りもあるのだが、今日は星の巡りが悪いのか、生憎と十人いない程度しかいない。

「星の巡りというか、雨が降ってるからじゃないですか?」

「いや、雨の日でもいつもはもうちょっと入るだろ」

 いつもならば雨の日は終わった後の床の掃除が面倒だと思うところだが、今日はそこまで心配する必要もなさそうだ。

 心配する必要がないというのが、逆に心配ではあるが。

 今日のチーフは怒られるだろうなあ。

 そんな話をしていると、自動ドアが開く音がした。

「いらっしゃいませー」

「いらっしゃいませ」

 マニュアル通りの文句を言い、すべての店員がそれに続く。

 立ち読みOKのこの店は、入ってきたお客様がすぐにレジに向かってくるということは少ない。そういう客の大半は買い取り希望の客なので気を緩めることはできないのだが、今入ってきたのはそうではないらしい。

 だから、多少は背筋の緊張が緩んでいたのだが──それが間違いだった。

「あ、いたいた! ひーくーん!」

「あれ? あれって──」

「ぶふう!?」

 緊張を解いていたせいでつい吹き出してしまった。

 チーフに見られていたら減点必至だったが、しかし、それも仕方がないと割り切っていただきたい。

 レジに立つ俺を発見するなり駆け寄ってきた三人の客が、すごく見覚えのある顔だったのだから。

 見覚えがあるというか、毎日顔を合わせている──どころか、同じ屋根の下で共に生活しているのだが。

「来ちゃった☆」

 来ちゃった☆じゃねえ!!

 そうツッコみたいのを、なんとか我慢する。

 いま俺はバイト中。相手にしてはいけない相手にしてはいけない相手にしてはいけない──

「おにーちゃん! アカネね、今日の体育でかけっこ一番だったんだー!」

 そんな報告は帰ってからにしなさい!!

 そのツッコミもガマンガマン。

「千鳥さん、冷蔵庫に入っていた三つのプリンを三人で食べてしまいましたが問題ないですね」

「何やってんだこのガキ!!」

 我慢できなかった。

 いやほら、プリンは仕方ないじゃん?

 最近の疲れを労わるつもりで、ちょっと高いのを奮発して買ったのよ?

 三日かけてひとつずつ、味わって食べるつもりだったのよ?

 ガキどもに見つからないよう冷蔵庫の上の棚の奥の方にしまっておいたのに……。

「三つあったので私たちのために買ってあったのかと」

「上の方にあった時点で察しろよう……」

 十八禁の本が本棚の上の方に陳列してあるのと一緒なんだよ。

 大体どうやって見つけたんだよ。

「アーちゃんの嗅覚を馬鹿にしてはいけませんです」

「本格的に犬じみてきたな、アイツ……」

 噂のアカネは、いつの間にか漫画コーナーで立ち読みを始めていた。

 落ち着きのない奴め。

「先輩、バイト中だということを忘れていませんか」

「……ハッ!」

 完全に忘れていた。

 家にいるときのテンションになってしまっていた。

 周りを見ると、お客様だけでなく、同僚までジト目でこちらを見ている。

 やばいやばい。気を付けないと。

「そういうわけだから、さっさと帰れ、お前ら」

「ええ~、帰ってもひーくんいないんだからつまんないしぃ」

「ふむ、つまり今なら家に小うるさいろりこんさんはいない、と。今ならなにをしても私たちの自由、と」

「やべえ、帰らせたくなくなってきた」

「先輩」

 秋田さんに窘められ、正気に戻る。

 危ない危ない、悪魔の囁きに屈するところだった。

 怖い小学生だよ、まったく。

「ほら、帰れ帰れ。帰らないといつもの罰ゲームだからな」

「えぇ~、もう、しょうがないなぁ~」

「私は別にかまわないんですけど」

「アオちゃん! 帰ろ!」

 アオイにはなでなでお預け攻撃は利かない。が、キララやアカネがそうはさすまいとアオイを説得するので、未だに切り札は健在なのだ。

 キララに背中を押され、アオイも店を後にする。

「おおい、アカネも連れてけよ~」

 慌てて戻ってきたキララが立ち読みを続けていたアカネの手を引いて店を出る──なんかお姉ちゃんみたいだな。アカネとキララは同い年のはずだし、家の手伝いという面ではアカネの方がしっかりしているが。

 出ていく小学生たちを見届けて、ようやく一息吐く。すると、ずっと隣で様子を見ていた秋田さんがにっこり微笑んで口を開いた。

「……それで、『いつもの罰ゲーム』って、何ですか」

「あ、えーとですね……」

 正直に話して、またちょっと秋田さんとの心の距離が開いた気がした。



「お疲れさまでーす」

「おつかれでーす」

 十八時。俺のシフトはここまでだ──アカネたち三人がうちに来てからは、あまり遅い時間までシフトを入れないようにしているのだ。

 そしてそうすると自然、高校生である秋田さんとあがりの時間が被ることになる。

「お疲れさま、秋田さん」

「お疲れ様です」

 なんとなく、連れ立って歩く。以前までなら「暗いし、送っていこうか?」とでも声をかけるところだが、今日はそれも憚られた。

 色々とあった──とまでは言わないが、昨日のあれを経てなお誘う勇気は、俺にはなかった。

 というか誘える奴はただの無神経か馬鹿だ。

 並んで歩く秋田さんとの距離も、心なしいつもより開いているように思える。

「……あの」

 不意に、秋田さんが口を開いた。

 俺はびくっとし、ぎこちなく首を巡らせる。

「……なんでせう」

「そんなに身構えないでください。怒ってるわけじゃありませんから」

「……はい」

 まあ怒られるとは思っていないが、なんとなく、自然体ではいられないのだ。

 それは、家の事情──義理の妹やら、許嫁やら、保護児童やらの存在を知られたからというのもあるだろうし、そしてそれ以上に、そのことを説明する上で一緒に説明せざるを得なかった、俺自身の事情。

 俺が、父親の愛人から生まれた子だということを知られたから──というのが、一番の理由だろう。

 引かれただろうか──同情、されただろうか。

 そんな思考が、脳内を巡る。

 それを察したかのように、秋田さんは言った。

「私、そういうのに偏見ありませんから、安心してください」

「……そいつはよかった」

 わかりやすい気休めに、肩を竦める。

 まったく、後輩に気を遣わせてどうするのだ。

「まあ、俺も自分の境遇自体は、昔ほど気にしてないから心配しなくていいよ。気を遣う必要もない」

「……そう、ですか」

 俺が彼女に気を遣ったこともまた、悟られているだろう。

 お互い、探り探り。

 そんな会話が続く。

「大変じゃ、ないですか? 三人も子供を預かって。四人分のご飯を作るのも、四人分の衣類を洗濯するのも、楽じゃないでしょう」

「まあなあ……最初の頃は、それこそひいひい言いながらやってたけど。最近は慣れてきたっつうか、まあ、最初ほど大変ではないかな」

「……先輩がよければ、ですけど」

 遠慮がちに。

 俺と目を合わせようとせずに、秋田さんは言った。


「ご飯を作って持って行ったり、洗濯を手伝ったり……たまになら、してあげても、いいですけど」


 ……いま、なんてった?

 なんて不躾なことは、言えなかった。

 ただ、何度でも繰り返して聞きたい言葉ではあった。

「……えっと、」

 言葉に詰まって、目を泳がせる。

「そりゃ、助かる、けど……いいのか?」

「自分で言い出したことです。やっぱり駄目、なんて言いませんよ」

「……そう、か」

 鼓動が、段々と速くなるのを感じた。

 ていうかこれもう、ゴールじゃね?

 ここで物語終了でよくね?

 ここでイエスって答えれば少しだけ距離が近づいた二人を夕暮れが鮮やかに照らし出して画面右下辺りに『Fin』って出て終わりじゃね?

 うん、いいよね!

 じゃあいくぜ。イエス・アイ・ア──

「じぃー」

「おわあっ!?」

 ゴールイン一歩手前。

 あと半馬身差といったところで、邪魔が入った。

 赤、黄色、青。信号機みたいな配色の三人が、並んで歩く俺と秋田さんに冷たい視線を送っていた。

「おにーちゃん、ぜんぜん帰ってこないと思ったら女のひとと仲よさそうに歩いてるー」

「浮気だし浮気だし浮気だし浮気浮気浮気浮気浮気」

「ろりだけでなくじぇいけーにも興味があるなんて、千鳥さんはケダモノですね」

 なんか黄色いのと青いのが聞き捨てならないことを言っている気がする。特に黄色い方の目がやばい。

 なぜ帰ったはずの三人がここにいるのかとか、訊きたいことは色々あるが、とりあえずアオイの言葉に反応した秋田さんが急速に心の距離を開いていくのを感じるのでそちらを早急にどうにかせねば。

「あの、秋田さん? 俺別に、ロリコンの気とかないからね? この青いのが勝手に言ってるだけで」

「そうですか」

「あと、ケダモノってのも間違いだから。俺ほどケダモノという言葉が似合わないオトコもそういませんよ?」

「ソウデスカ」

「あと俺はJKに興味があるっていうかむしろ秋田さん個人に──」

「浮気浮気浮気浮気浮気浮気」

「まだ言ってたのかよ! しつけえよ!」

「浮気浮気浮気浮気浮気浮輪」

「最後うきわが混じったぞ!?」

 そんな漫才をしている間にも、秋田さんの心はどんどん俺から離れていく。

 そして心なしか物理的な距離も開いていた。

「それじゃあお邪魔みたいなので、私はこれで」

「いや、邪魔なんてこと……!」

「さっきの話」

「あ、はい」

「なかったことにしておいて下さい」

 チックショオオオオオオオオオ!!!!!

 止める間もなく秋田さんは一人帰路につき、後には『Orz』を身体で表す俺の姿と、そっと慰めるように手を添える三人の小学生だけが残った。

 慰めんな、お前らのせいだろうが。



 なんとか自立機能を取り戻し、三人の小学生を連れて帰路につく。

「おにーちゃん、今日はアカネ、ハンバーグがいいなー」

「今日はお前らの希望が通ると思うな。今日の晩飯はナスとピーマンたっぷりの味噌炒めだ」

 うえ~という声が三様に上がる。

 普段は落ち着いていて大人びて見えるアオイも、そういった野菜の類は苦手らしい。

「大体、ハンバーグは三日前に食っただろうが」

「ふっふふん、ハンバーグはせーぎ。一週間ぜんぶハンバーグでもいいくらいだよー!」

「ガキだな。毎日ハンバーグだったら飽きるに決まってんだろ。たまにだからこそ輝くんだよ、ハンバーグの魅力ってやつは」

「あたしは毎日食べるならお寿司かな~。あ、ステーキとかもいいかも♪」

「ブルジョワめ……」

「おバカですね、皆さん。毎日食べるなら、日を追うごとに旨みが増していくカレーライス一択に決まってるです」

「だから毎日食べるなら何かなんて話はしてねえの! 寿司だってステーキだってカレーだって毎日食ってたら飽きるんだっつの!」

 そんなことを言い合いながら、夕食の食材を買うために商店街に向かう。

 とりあえずナスとピーマンを大量に買わなければ。

 八百屋八百屋っと。

「ねえ、マジでナスピーマン炒めなの?」

「臭みと苦みのオンパレードです……」

 お仕置きなのだから当たり前だ。どれほど嫌がってもやめたりはしない。

 ふふははは、存分に味わうがいい、小学生にとっては地獄の晩餐をなあ!!

 ちなみに、俺はナスもピーマンもわりと好きなのでガキどもが残しても残り物の処理体制も万全である。


「お、お兄ちゃん、今日も妹ちゃんたち勢ぞろいだね!」

 商店街を歩いていると、不意に声がかかる。

 見ると、肉屋の女将さんだった。

「何度も言ってますけど、妹じゃないんですよ」

「ええ~、じゃあどういう関係?」

「いいなず……」

「従妹なんです」

 いらんことを言おうとするキララを黙らせる。

 従妹。

 この辺りでは、そういう『設定』になっているのだ。

 それぞれ違う親戚の娘で、しばらくの間俺が家で預かっている──ということに、なっている。

 しばらくの間、というのがどれくらいの期間なのか、自分でわからないのがツラいところだが。

 いやほんと、これからずっとこんな生活が続くのかと思うと、ぞっとしない。

「で、お兄ちゃん、今日は何も買ってかないのかい?」

「ああ──じゃあ、豚ひき肉を」

「あいよっ」

 そういえば、この店はガキどもがうちに来る前から使っていたが、その間は特段顔を覚えられるようなことはなかった──いや覚えられてはいたのかもしれないが、声をかけられるというようなことはなかった。

 それがガキどもが来た途端、『お兄ちゃん』として定着してしまったのだ。

 ガキありきの存在のような気がして、釈然としないのだが。

「ほいよっ、豚挽きお買い上げありがとうございました~」

「どうも」

 頭を下げ、店を出る──と、ガキどもがついてきていないことに気が付く。

 慌てて辺りを見回すと、未だ肉屋の店先で女将と歓談に興じる三人の少女たちの姿が。

「許嫁? キララちゃんとお兄ちゃんが?」

「そうだし。ひーくんとあたしは切っても切れない愛の絆で結ばれてるんだし!」

「懐かしいねえ。私も子供の頃は親戚のお兄ちゃんと結婚するって夢見てたもんだよ」

「だから違うんだってばっ」

 相手にされていなかった。

 まあそりゃあ普通はそういう反応にもなるか。

 まさか大学生の男と小学生の少女が本当に親たちの取り決めた婚姻関係にあるとは思いもよるまい。

「おばちゃん! アカネ、ハンバーグ食べたいのー!」

「おやそうなのかい? 残念だけどお兄ちゃんが買ってったのはハンバーグ用のひき肉じゃないねえ。炒め物用だし、麻婆豆腐とかかな?」

「んーん、ナスとピーマンの味噌炒めって言ってたー」

 食べないうちから苦そうな顔をしてみせるアカネに、女将さんは豪快に笑って焼いたウインナーをサービスしてくれていた。

「おい、何やってんだお前ら! ──すいません女将さん、俺から言っときますんで」

「いいのいいの、子供は奔放なくらいが丁度いいのよ」

「おばさまもこう言っていることですし、もう少しお邪魔しましょう、千鳥さん。具体的にはハンバーグのお肉を買うまでアーちゃんが離れる気がなさそうです」

「アカネお前ウインナー貰ってまだわがまま言うつもりか!」

「あたしとしてはナスとピーマンじゃなければなんでもいいし」

「言っとくがハンバーグにしたとしてもナスとピーマンは出すからな!」

 副菜としてもお役立ちな野菜である。ハンバーグを焼いたフライパンに残った肉汁で炒めるだけでもそれなりのものになる。

「ハンバーグにしてくれるのー!?」

「たとえ話だ馬鹿! 今夜のメニューはもう決まってます!!」

 三人娘を無理矢理引きずって肉屋をあとにする。

 早いとこ八百屋に行ってしまおう。

 俺の手を煩わせた罰として、ネギとニンジンも大量投下することを心に決めながら、俺は商店街を進んだ。

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