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ロリからはじまるハーレムルート!?  作者: みのり
01 比内千鳥と三人の小学生
1/15

序章 『主人公、それはひとつの悩みを抱える存在』

 主人公ってのは、得てして何かしらの悩みを抱えているもんだ。

 それは取り戻しようのない過去のことだったり、終わることのない現在いまのことだったり、見通すことのできない未来のことだったり──あるいは自己を起点とするものだったり、他者を起点とするものだったりする。

 力のあるものはその力にコンプレックスをもつし、力のないものはそのままその事実を嘆く。

 過去に向き合い、現在いまを駆け抜け、未来に立ち向かい。

 自己と闘い、他者と競い。

 力をおそれ、無力を恐れ──それが、主人公という存在だ。

 そうでなければ主人公でないとさえ言える。

 逆に、誰しも何かしら悩みを抱えているものとすれば、誰だって主人公たり得るとも言える。

 誰だって、過去に、現在いまに、未来に、自己に、他者に、力に、無力に、コンプレックスを感じている。

 当たり前だ。すべての人間は、自我を──自分を持っているのだから。

 自分があれば、悩みがある。

 いつだって何かに恐れ、いつだって何かに追われ、いつだって何かに負い目を感じている。

 それが、人間というものだ。

 それが──主人公というものだ。

 人生という名の物語の主人公には、悩みがつきものなのだ。

 そしてそれは、俺──比内千鳥ひない ちどりもまた、例外ではない。



 比内千鳥ひない ちどり。それが、悩める俺の名前だ。

 モテないカネない個性もないの冴えないナイナイ十九歳ナインティ、バイト三昧ひとり暮らしの大学生だ。

 小学校から、コミュニティが変わろうとついて回ったあだ名は『比内地鶏』──おおよそニックネームなどという可愛いものとは決して言えないあだ名だが、それが悩みというわけでは、もちろんない。

 まあたしかに数あるコンプレックスのひとつではあるのだが、いま現在の俺にとってそんなことはケツの毛ほども気にならない。

 もっと大きな、どうしようもない悩み(コンプレックス)が、俺にはあるのだ。

「あの、先輩? どうかしたんですか?」

 背後から、いぶかるような声がする。

 その声に俺は「なんでもない」とがっちがちの作り笑いで返し、前方に向き直る。

 梅雨が明けたばかりの湿った暑さが夜だというのに我が身を襲い、まつ毛に嫌な汗がのしかかる。

「顔色、悪いですよ? やっぱり私、帰りましょうか」

 その提案には大いに賛意を表したかった。が、そういうわけにもいかない。

 チャンスなのだ、コレは。この状況は。

 しかしチャンスは同時に、ピンチでもあるという言葉を聞いたことがある──本で読んだことがあるのだったか?

 なんにしても、いまはまさにそういう状況だった。

 目を閉じて汗を腕で拭い、再び瞼を上げる。

 目前に立ち塞がるのは、重厚な鉄扉──何てことはない、ただの自宅マンションの扉だ。

 ただ、自分の家に帰る、それだけのことなのだ。

 だが、ドアノブにかけた手は、恐ろしく重い。

「あの、また日を改めますから、今日は一人でお休みになった方が……」

「大丈夫だから。気にしないで」

 これ以上引き延ばしたら本当に帰ってしまうだろう。それは避けたい。

 ──仕方ない、か。

 意を決して、俺は一息にノブを捻った。



「おっかえりなっさあーい!!」

 瞬間、中から甲高い声が飛んでくる。次いでパタパタと裸足で廊下を走る音。

 出てきたのは、十一歳ぐらいの──実際、十一歳であることを俺は知っている──少女だった。

 どうやら地毛らしい、綺麗な金色の髪。つり目がちの大きな瞳。生意気そうな表情かお

 年齢に見合わない派手な寝間着は、今まさに寝ようとしていたことを示しているのか──しまった、もう少し時間を引き延ばしていればよかったのか!

 そう後悔してももう遅い。出迎えた少女はしなを作って(・・・・・・)言い放った。

「ごはんにする? お風呂にする? それともあ・た・し??」

「その出迎え方やめろって言ってんだろ! 十年早えわ!!」

「十年経ったらもらってくれるの!?」

「そういうこっちゃねえ!!」

 もう遅い時間だというのに、つい大きな声を出してしまう。

 明日ゴミ出しをするときにまたお隣さんに小言を言われるかと思うと憂鬱だ。

 が、それでも漢には、時に大声を出さねばならないときがある。

 具体的には、バイト先の後輩JKが背後でドン引きしているときだ。

「先輩、なんですか、その女の子……妹さん、じゃないですよね?」

 ドン引きしている後輩JK──もとい秋田こまちは、めちゃくちゃ冷めた目でこちらを見ている。

 さっきまで俺の体調を慮っていたのが嘘のようだった。

 そもそもこんな時間になぜうら若き女子高生が俺のような男の家に上がり込もうとしていたのかというと、それはもうひとえに俺の努力の賜物だ。

 サイドテールにしたサラサラの黒髪、名前のごとく新米のように柔らかそうな白い肌、長いまつ毛に縁どられた目に始まる、化粧っ気のない整った顔立ち。

 その落ち着いた雰囲気からしてまさに俺の好みど真ん中な彼女に、俺は二カ月前からアタックし続けてきた。

 アタックといっても、男女経験のないヘタレな俺ではチラチラと視界の端に収まるのが関の山だったのだが。

 それでも、こうやって家に誘えるまでになったのはバイト先からの帰り道が同じだったからだった。

 アガりが遅くなったときなどは「近頃は何かと危険だから送っていくよ」と紳士の皮を被って距離を詰めていったものだ。

 そして今日、ついに!

 なぜか向こうから俺の家に寄って行ってもいいかと言ってきたのだ!!

 ……自分からは誘えなかったのが、俺らしいと言えば俺らしいが、それは置いておいて。

 普通ならばもうウッキウキで扉を開ける場面だ。

 それができなかった原因は、いま目の前にいる、怒鳴られてむくれ顔の金髪ロリ。

 もちろん秋田さんの言った通り妹ではない──彼女がひと目で看破できたように、俺とコイツでは似ても似つかない。このロリと同じ血が少しでも俺の中に流れていれば、俺の青春はもう少し華やかなものになっただろう。

 ではこのロリは、俺にとってなんなのか。

「あのな、秋田さん、コイツは──」

 質問に答えようと口を開く。

 が、さっきまでむくれていた金髪ロリに機先を制された。

 決定的な言葉を、桜色の唇が紡ぐ。

「あたしはね~、ひーくんの『いいなずけ』だし!」

 小学生のわりにギャルっぽい口調で、少女は言う。

 ちなみに『ひーくん』というのは俺のことだ。違ったらよかったのに。

「いいなずけ……許嫁いいなずけ?」

 その言葉を聞いた秋田さんは、俺の予想に反して表情から冷たいものが消えていた。

 代わりに、疑問の色が如実に表れている。理解が追い付いていないのだろう。

 俺はそのことにホッとしながら、しかしまだ完全には安心できない。

 まだ、終わっていないのだ、悲劇の予兆は。

「おい」

「なあに、ひーくん? ごはん? お風呂? それとも──」

「NPCみたいな繰り返しやめろ……あとの二人はどうした?」

 あとの二人──そう。

 恐ろしいことに、コイツだけではないのだ。

 だだだだだだっ!

 廊下の奥──寝室のある方向から、あろうことか室内で全力ダッシュする音が聞こえてくる。

 どうやら明日はお隣さんだけでなく下の階の人にも文句を言われなければいけないらしい。

「おにーちゃああああああああん!!!」

 さらに騒音。

 電気の消えた廊下の奥から駆けてくるのは、日曜朝の女の子向けアニメの絵がプリントされたパジャマを着た赤毛の少女。

 少女は、その駆けてきた勢いのままで、俺の腹部にタックルをかましてきた。

「おっかえりー!!!」

「ちょ、ちょっと待って……いまちょっと、対応できない……」

 腹を抱えてうずくまる俺。

 それに対して赤毛ロリはあくまで俺の身体にしがみついていた。

「離れろ! わりとガチのヤバいやつだから!」

 胃腸の圧迫感が半端ない。ちょっと今すぐトイレ行きたい。

「おにーちゃんおっそいよ! アカネ、寝そうになっちゃったもん!」

「そのまま大人しく寝てればよかったのに……」

 無理矢理引きはがそうとしても、自分のことを『アカネ』と言う赤毛の少女はあり得ないほどの握力で俺の腹を圧迫してくる。

 ちょ、マジ、トイレ行かせて……。

「あ、そうだ。トイレはアーちゃんが昼間つまらせたから使えないよ」

「何してんの本当……」

 金ロリの言葉に、俺は絶望を隠せず手で顔を覆って身体を丸める。ちなみにアーちゃんというのはアカネ、いま現在も俺の腹に頭を押し付けている赤髪の少女のことだ。

 この赤いのは俺の腸に恨みでもあるのだろうか。

「あの、先輩……?」

 おずおずと遠慮がちにこちらの様子を窺う声に、正気を取り戻す。

 そうだ、秋田さんがいたのだった。こんな情けない姿を見せるわけにはいかない。

「とりあえず離れろ、アカネ。あとで相手してやるから」

「やくそくね!」

 なんとか引きはがすことに成功。よろよろと立ち上がり、玄関に立ち尽くす秋田さんに向き直る。

「ごめんな、こういう状況だから、なるべく家には呼ぶまいと思ってたんだが」

「あ、いえ、こちらこそすみません、そういう事情があるとは知らず強引に……」

 互いにぺこりと頭を下げる。が、現役女子高生はそれで誤魔化されるほど馬鹿ではなかった。

「……っていうか、そういう事情ってどういう事情ですか! 全然理解できないんですけど!」

「ですよね」

 そりゃそうだ。俺だって理解できているとは言い難いのだから。

 んん、どうやって誤魔化そうかな。

「おにーちゃんって呼ばれてましたけど、そっちの子も妹さんではないですよね?」

「えっと……」

「それにさっき、そっちの黄色い子に『あとの二人』って言ってましたよね。もう一人いるんですか?」

 あちゃあ、それも聞かれてたか。いよいよ誤魔化しが利かないなあ。

 仕方ないか、ちゃんと紹介するしかなさそうだ。

「おい、黄色いの」

「その呼び方きらーい」

「……キララ」

「なあに、ひーくん?」

 俺もその呼び方きらーい、なんだが。

「青いのは?」

「アオちゃんなら、寝ちゃったよ」

「マジか、早ええな」

 いや、年齢的にはその方が正常なのだが。

 赤いのと黄色いのが夜更かしさんなのだ。

「じゃあ、えっと、秋田さん、紹介するんで寝室に……」

「そんな簡単に女性を寝室に誘うのはどうかと思います」

「あー……」

 そういえばそうか。こいつは失態。

 あまり軽薄な野郎だと思われるのは避けたいところだ──好感度は、もうすでに下がるだけ下がったという気がするが。

「とりあえず、そちらの二人を紹介してください」

「はい……」

 言われるがままに二人の少女を秋田さんの前に並ばせる。

 まずは赤いのから。

「こいつは倉石茜くらいし あかねっていいます。お察しの通り妹ではないんだけど、」

「ギリのいもーとなの!」

 アカネが選手宣誓をするように掌を掲げて自己紹介する。

 しかしその言葉を、秋田さんは咄嗟に理解できなかったようだ。

「義理の妹……?」

 眉をひそめて顎に手をやる。

 まあ、いきなり言われて呑み込めることではないよなあ。

 ただこちらとしても、説明は難しい。

「まあその、フクザツな家庭の事情というヤツでして」

「はあ……」

 曖昧な言葉で茶を濁すと、秋田さんも曖昧な返事を返してくる。

 これくらいの説明で納得してもらえないと、家の恥部を晒すことになりかねないので勘弁願いたい。

 幸い、秋田さんはここで深入りするほど不躾な女子高生ではなかった。

 質問の矛先を、黄色い方に変えてくる。

「そっちの子は──さっき、許嫁って言ってましたけど」

「ああ、それもまあ……家の事情というか」

「……先輩、真面目に答えてます?」

「一応……」

 自分で言ってて苦し紛れ感が半端なかった。

「名前は白金(しろかね)黄星々(きらら)っつって、何というか、ウチで預かることになったというか……」

 自分が置かれている状況を説明するのがこんなに難しいものとは……何事もやろうと思わなければわからないものだ。

 しかし、どうにも説明のしようがないなあ。

 とりあえず、こいつの説明も保留しとこう。

 あとは──

「最後はもう寝てるらしいんだけど、この二人よりひとつ下の──」

「女の子ですか?」

「……まあ、そうです」

 いかん、秋田さんの中で俺のイメージが三人の幼女を侍らせている男みたいになっている気がする──客観的にはその通りで間違っていない気がするが、気のせいだと信じたい。

「その最後の一人が、雪ノ下葵(ゆきのした あおい)。こいつはどっちかというと、俺じゃなくて向こうの家の事情で預かってる感じかな」

「……ここ、児童保護施設か何かなんですか?」

「……それな、ほんとそれ」

 激しく同意、禿同だ。

「まあそんなわけで、いま俺の家には三人の小学生がいるのです」

「どういうわけですか」

 ほんと、どういうわけなんでしょうね。

 何ひとつ説明できなかった気がするけど。

「えっと、」

 秋田さんは、二人の少女を眺め、次にアオイが寝ている部屋の奥に視線を向けて、口を開いた。

「お邪魔みたいなので、今日は失礼しますね」

「いや、お邪魔なんて……」

「失礼させて、いただきますね」

 あ、これ本気で帰りたがってるやつだ。

 やっぱりドン引きされてるなあ。

「それじゃあ、これで」

 そう言って、開けっ放しだったらしい扉の外側に出て、扉を閉じようとする。

 いかん、このまま帰らせたら俺のイメージが三人の小学生を侍らせている男で固定されてしまう!

「あの、コレはそういうのじゃないんで、そこは勘違いしてほしくないというか……」

「そういうのって、どういうのですか?」

 振り返り、にっこりと微笑む秋田さん。

 微笑んでいるが、細められた瞳の奥にはどこまでも冷たい色が湛えられていた。

 ばたん──と、扉が閉められ、マンションの廊下に革靴ローファが遠ざかっていく足音が響く。

 ああ、行ってしまった。釈明もできないままに。

「ふわあぁ、ちどりさん、さわがしいですぅ……」

 部屋の奥から、クマのぬいぐるみを抱えた青髪の少女が目をこすりながら出てきた。

 寝ていたはずのアオイだ。けっこううるさくしていたから、目を覚ましてしまったのだろう。

 ああ、となるとまた、今夜も寝かしつけるために絵本を読み聞かせてやらないと──そんなことが慣例になっていることに気付き、知らずため息がついて出る。

「おにーちゃん、アカネと遊んでくれるんじゃないのー?」

「お前はひとりで寝てろ」

 ぶーぶー言いながら寝室に向かう俺の後をついてくるアカネ。

「ん、キララは?」

 姿の見えない黄色いのを探して辺りを見回す。

 すると、どうやら先回りしていたらしい、寝室の方から甲高い声が聞こえてきた。

「ひーくぅん、キララ、準備して待ってるしぃ」

「なんの準備だ! いいからさっさと寝ろ!!」

 はぁ──まったくもう。

 本当に悩ましい──どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 ことの発端を探ろうと思うと、それは、二週間ほど前に遡る。


 最初に出会ったのは、赤い髪の元気な少女。

 倉石茜だった。

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