HONEY TRAP 2
【HONEY TRAP 2】
俺の名前は、佐藤哲也。
職業は、探偵だ。
でも、私立探偵(Private Detective)じゃない。
ゴールドタウンの町役場の駐車場に、バラックの建屋で町立の探偵事務所が開設されて、俺はそこの臨時職員をやってる。
町立探偵(Municipal Detective
)の、佐藤哲也だ。
「佐藤さん!」
「はい」
朝から主任のお呼びだ。
しかも、珍しく面談ブースから顔を出して手招きしてる。
「同席してください」
「わかりました」
受付の面談時に呼ばれる時は、ろくなことが無い。
大概ややこしい案件が多いんだ。
町役場から出向している主任は、受付以外の探偵実務には一切タッチしないので、処理不能な案件が出てくると早めにこっちに振ってくるんだ。
多国籍なフーゾクの街、ゴールドタウンの町立探偵事務所には、毎日の様に種々雑多な厄介ごとの相談が持ち込まれて来るからな。
「依頼人の、榎本尚子様です」
ロングのストレートヘアがサラサラした二十歳前後のお嬢さんだ。
なかなか垢抜けたブランド品でコーディネートしてる。
「担当の佐藤です。よろしくお願い致します。詳しくは彼とお打ち合わせ下さい」
「はい」
「なお、打ち合わせが終わりましたら、別紙でお渡ししております、公共サービスについてのアンケートをご記入して頂いてですね、提出してからお帰り頂きますよう、お願いします」
「はい、わかりました」
来期の予算取りのために、町民アンケートを実施して、少しでも予算を上積みする為のデータ作りの季節になって来てるんだ。
面談ノートを引き継いで、依頼内容を確認していく。
「では、榎本様、ご依頼の内容を確認させていただきます」
「はい」
「え〜と、私を捜して欲しい、と」
「はい」
「え〜と、あのぉ、私の、何を、探すのでしょうか?」
「私です」
「私と申されましても、私については、ここにいらっしゃるじゃないですか?」
「失礼しました。私の偽物を探してもらいたいんです」
「偽物? が、居るんですか?」
「ちょっと待って下さいね」
彼女は、iPhoneを出して指を上下左右にさらさらしていたが、ようやく彼に画面を提示した。
それは、以前、ターミナル駅の東口公園で起きた殺人未遂事件の新聞記事だった。
「これを読んでください」
「はあ」
なになに、え〜と。
『✖️月◯日の深夜零時頃、ターミナル駅の東口公園で、私立大学1年榎本尚子さんが、血まみれで発見され、一緒に居た同大学1年の男性が容疑者として現行犯逮捕されました』
榎本尚子?
「榎本尚子って?」
「私です」
「って、血まみれって?」
「刺された様ですね」
「様ですねって、ね、ここに、生きてるでしょ 」
「どこにも死んだとは書いてありませんが」
なるほど、血まみれとは書いてあるが、その後のことは不明です、か。
『榎本さんは、直ぐに市立大学病院に運ばれましたが、詳しい容態は不明です。ふたりは同じサークルに所属し、当日は新入生歓迎コンパがあり、散会してからの犯行と見られており、現在取り調べを進めております』
なるほど。
って要は何なのさ。
今目の前にいる女の子が榎本さんじゃんね。
「え〜と、ですね、この血まみれになっているのは、貴女ですか?」
「あははは、違いますよぉ、その人は、私の名を騙って、サークルに潜り込んでた偽物です」
「この人が偽物ですか?」
「私大って書いてありますけど、私、片側大学の文学部の1年生なんです。新歓コンパ当日が、サークルに顔を出す初めての日だったんですけど、風邪をひいて熱を出してしまい、欠席したんです」
「片大ですか?」
「はい」
「そうなんだ、僕も片大出身です」
「え、先輩、なんですか?」
途端にタメ口になってみる。
場を和やかにするトークスキルだ。
「経済学部だったんだけど」
「あ、それは、失礼しました!」
「いやいや、ま、このエリアにゃ、片大OBが沢山いるからね」
そ、名門? 片側大学は俺の母校さ。
そこそこでほどほどの駅伝大学だけどな。
「で、という事は、当日貴女が休んだのを幸いに、偽物が貴女になりすまして、新歓コンパに参加した訳ですね?」
「はい、どうもそうらしいんです。警察から電話があって、私が出たもんだから、当然私もですが警察もビックリです」
「そりゃそうでしょうね、自分がいつの間にか被害者になってる訳だから」
「犯人はその場で捕まったんですね?」
「はい、そうなんですけど。どうやら誤認逮捕だったらしくて、すぐに釈放されたそうです」
「人違い?」
「現場に行った時には既に刺されていたらしいんです」
「なるほど」
「わたし、全然納得が行かなくて、病院にも行ってみたんです。やっぱり厳戒態勢で面会どころではなかったので、会えず仕舞いでしたけど」
「でしょうねぇ」
「その、私の偽物が行方不明なんです」
「行方不明?」
「傷は胃にまで達していて吐血もしたらしいんですが、傷自体は急所を逸れていて、早めの処置で順調に回復したそうで、二週間位で退院したそうです」
「自宅は?警察が調べたんでしょう?」
「引っ越してました」
「なんの手がかりも無いんですか?」
「警察の人も事情聴取のために探しているそうですが、未だ不明なんです」
「で、あれば、この件は現時点で警察の領域ですから、任せておいたほうが良いと思いますよ。素人の探偵の出る幕じゃないでしょ」
「違うんです」
「は?」
「わたし、その人を民事で訴えたいんです」
「訴える?」
「その人、色んなところから、わたし名義で借金してるんです!」
「 借金?」
名を騙った詐欺?
「わたし、春休みに免許を取ったんですけど、その免許証を何処かで紛失してしまったんです」
「紛失? 再発行したんですか?」
「ええ、でも警察に行く暇がなくてやっとこの間手続きしたばかりなんです」
「もしかしてローン会社の身分証として使われた?」
「それしか考えられません」
「では、免許証を紛失した時、もしかして定期入れか何かにに纏めて入れて、学生証も一緒に失くしませんでしたか?」
「いいえ、学生証は大学校舎のオートロック対応型のカードなので、免許証と一緒ではありませんでした」
「確か学生ローンの場合は、成人である事が第一条件なんですよ。貴女は現役合格ですか?」
「はい、そうです」
「だとしたら、まだ未成年ですよね?学生ローンの対象外だからそもそもお金を借りられないですよ。当然親の同意が必要だし、もう一つ学生証の提示を求められるはずなんです」
「そうなんですか?」
「学生証は、失くしていない訳だから、少なくとも学生ローンの利用は絶対に出来ない筈で、となると、貴女の名前を騙ったところで、お金は一銭も借りられないから、事実上請求書が送られてくる方がおかしい事になりますね」
「本当ですか?でもたくさん請求書が来てますよ!」
「ネット詐欺と同じ手法でしょう。謂れはないけど、債権回収業者に脅されて大金を巻き上げる稚拙なテクニックですね」
「では、どうしたらいいんですか?」
「もしかして請求先に電話で確認しちゃいましたか?」
「はい、見に覚えがなかったので」
「スマホからかけましたか?」
「はい」
「では、今日中にスマホを買い換えてください。新しいキャリアの新規発番で」
「番号を変えるんですか?」
「まったく違う番号にして、後はほって置いて大丈夫です。何故なら、初めから架空の借金を詐欺ってるだけですから」
「架空?」
「実際は借りられないんだから、請求書が来るはずも無い訳です」
「あ、なるほど!」
「貴女の失敗は、相手に連絡を取ってしまって電話番号が知れてしまっている事だけなので、スマホで電話番号を変えて仕舞えば済む事です」
「わかりました、帰りにショップに寄って替えてきます」
「ただし、請求書の送り先として貴女の住所が分かっている所を見ると、十中八九、貴女の免許証を何らかの手口で入手したという事でしょう」
「やっぱり悪用されてるんですね?」
「中国マフィアあたりの詐欺師集団のやり方に似ていますね。住所を辿って早々に取り立て屋を送り込んでくるやり方がまだ残ってるので安心は出来ませんね」
「どうしたらいいんですか? 怖いんです!」
「お住まいはご実家ですか?」
「いえ、大学の近くにワンルームを借りて貰ってます」
「では、今日からしばらくの間ご実家に戻ってて下さい。取り立て屋と称する詐欺師がやって来る可能性があります。少しでも弱みや隙を見せると、そこに畳み掛けてくるはずですからね」
「わかりました」
「さて、となると、免許証を手に入れた詐欺師と、サークルの新歓コンパに出席した女性が同一人物かどうかは、今のところ怪しいだけで、何の証拠も無いんだから断言は出来ないですね」
「そうですね」
「一度分けて考えておいた方が無難かも知れません。タダで飲み食いしたいだけのノー天気女は結構居ますからね。訴える相手がきちんと確定して訴える必要があるかどうかを見極めてからでも遅くはありません」
「確かに、その通りですね」
「その辺も調べてみましょう。それと、誤認逮捕された第一発見者の学生は判りますか?もしかしたら、偽物の何か手がかりを持っているかも知れませんから」
「はい、お願いします。でも学生の方はサークルの新人なのでよくは知りません。もしかしたら、サークルで聞けばわかるかも知れませんが」
「わかりました。それもこちらで調べてみます」
「直ぐに親にも相談したので、こちらで掛かる費用はうちの親から払って貰う事にしましたので」
「有難うございます。で、請求書の方は総額で幾らぐらいの請求額なんですか?」
「よく分かりませんが、今までの分だけで200万は優に超えていると思います」
「学生ローンの場合は、アルバイト返済が前提で作られているので、満額借りられてもせいぜい80万が良いところの筈です。明らかな詐欺ですね」
「そうなんですか? 全く知りませんでした」
学生の身分で200万を超える請求額は、想像を絶する天文学的数字のはずだよな。
なるほど、こりゃ、かなり厄介だぜ。
(つづく)