HONEY TRAP
【HONEY TRAP】
片側大学の本部キャンパスは、ターミナル駅の一つ手前の東片側駅を降りる。
駅前の商店街を抜けて西へ進むと、なだらかな住宅街の坂道になり、登り切った所に蔦の絡まる正門があった。
早川徹が、この通学路を使い始めてから1ヶ月になる。
世間一般の御多分に洩れず、一丁前に彼も五月病になっていた。
第三希望とはいえ、毎年正月に行われる大学駅伝の常連校だから、一応有名大学には違いなかった。
俗に言う駅伝大学である。
有名と優秀は違うのだ。
多少の期待を込めて揚々と入学したものの、直ぐ近くに、偏差値の飛び抜けた国立大学や市立大学があった。
私立も圧倒的な学生数を誇る崩壊大学の学生が街中を闊歩していたので、片大生は肩身が狭い、という現実を思い知った訳である。
今の彼には、大学のサークル位しか楽しみが無かった。
出来るだけ女の子に受けそうなサークルを選んだ。
勧誘してる女の子が、コスプレの様なテニスウェアの短いスコートから思いっきり生足を出してるのに吊られて、超ナンパなテニスのサークルに入ったんだ。
まるでテニス経験なんか無くて、初心者もいいところだったけど、女の子だらけという目的は取り敢えず達成された訳だ。
勿論、彼の様な、邪な考えの男どもの大群も含めてだけど。
ターミナル駅近くの居酒屋で、新歓コンパが行われた。
新歓コンパは、新入生の為という名目で、上級生が新入生を品定めして懇ろになる為にある、と言うのが仲間内の噂だった。
邪魔な奴は潰す、が大原則らしく、毎年急性アルコール中毒で救急車が出動するのが当たり前になっているらしい。
男も女もやりたい盛りなのだ。
だから、酔っ払って潰される前に、必死で手当たり次第に女の子に話しかけて、LINEのIDを交換して回った。
100名を超える人数だから、端っこの方は何やってても多少は許されるさ。
その甲斐があってか、その中の榎本尚子という女の子と、けっこう仲良くなったんだ。
彼女は、ジーンズの似合うボーイッシュなショートカットが可愛いい子で、私鉄のゴールドタウン駅の近くに住んでいるそうだ。
細身のスタイルだったけど、真っ白な薄手のニットの下に、いささか持て余す位の巨乳がプニュプニュと存在感を露わにしていた。
長い睫毛が印象的な子だった。
当然人気があって、先輩達が先を争ってモーションをかけていたので、こりゃ駄目かなぁって思っていたんだ。
でも、コンパの中盤で、交換しておいたLINEにメッセが来てた。
『酔っ払っちゃったから、送って。終わったら東口公園にいるから』
意外にも、けっこう気に入られてたのか、人畜無害と評価されたのかは不明だったけど、一瞬で酔いが覚めちゃった。
わかり易い。
相当飲まされて、身体は吐きまくる寸前だったけど、巨乳に目が眩んで踏ん張った訳だ。
男の子だねぇ。
ようやく散会になったけど、グダを巻く先輩達に絡まれてなかなか動けなかった。
彼女の方はと探したけど、もう既に姿が無かった。
早めにバックれたのかも知れないな。
酔っ払っている友達を介抱してる奴に付き添って駅まで送り、雑踏を幸いにと、すっと、フェイドアウトした。
おかげでかなり遅れちまったので、急いで待合せ場所に行ってみると、目立たないブッシュの陰に、へたり込んでる彼女を見つけたんだ。
かなり酔っ払っている筈だ。
人気のある子は、酔っ払わせて何とか手篭めにしようと言う先輩達のぎらぎらした思惑があるから、次から次へと飲まされるんだ。
やれやれ。
俺だって酔っ払ってるのに。
「榎本さん」
起きない。
気を失っているのか?
「榎本さん、大丈夫かい?」
肩を揺すってみる。
動かない。
ニットの下のたわわな巨乳だけが、プニュプニュと揺れた。
えへへ。
しょうがね〜なぁ。
幾ら何でもここからゴールドタウンまでは、電車を使っても背負えねぇ〜よぉ。
急性アルコール中毒はヤバイし、もう一度強めに揺すってみる。
「榎本さん! 起きなって! 風邪ひくからさ!」
その時、気づいた。
血が、垂れてる。
えっ
俯いていた顔を上げてみた。
⁉︎
口の周りが真っ赤な血でよごれている。
血を吐いたんだ!
ヤバッ
「榎本さん! どうしたんだ! 」
身体が崩れ落ちた。
その背中が真っ赤な血で染まっていたんだ。
「キャ〜ッ!」
それを見た通行人の女の子達が悲鳴をあげ始めた。
「人殺しぃ〜!」
えっ、誰? 俺のことか?
「違う違う、俺じゃないって!」
直ぐに周りに人だかりが出来て、その中の何人かの男達に押さえ付けられた。
「この人殺し野郎!」
「違うって! 俺じゃないんだってば!」
「誰か、警察!警察呼んで!」
何人かに馬乗りにされて、アスファルトに顔面を擦り付けられた。
何なんだよぉ、
俺じゃないってば!
(つづく)