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6 教室

ガラッという音を立てて扉を開くと、

さきほどまで賑やかだった教室が水を打ったように静まった。

分かりやすく見てくる者、ちらとこちらを窺う者…無数の視線が突き刺さり、

耐えきれなくて、顔を下に向けた。


――ど、どうしよう!!?気まずい!凄く気まずい!

 俺にはこんな静かな教室を堂々と歩いて行ける度胸はないわ!


冷や汗が流れ、じっとりとシャツを濡らす。

動くこともできず、磨き上げられた床を

親の仇と言わんばかりにみつめ続けていると、ふっと陰が射した。

視界の端にうつったのは、磨かれた革靴のつま先だ。


「…花草」


かけられた声は、2-S委員長の江崎 日向のものである。

江崎君は、礼儀正しく真面目な人で、

このクラスに配属されたとき、みんなが嫌がる中

自ら立候補してクラス委員長になった。

親衛隊がいるわけではないが、

比較的整った容姿と実直な性格から方々で慕われている。

慕うとは言っても、大半が尊敬や人間として好ましいという

意味合いでのものだ。なお、俺もその慕う人間の一人である。

外部生で顔なじみもいない俺を、入学当初からなにかと

気にかけてくれてくれた彼の優しさを尊敬している。

だからこそ、いまは彼の顔を見上げられない。

何も言わない俺を見下ろしたまま、江崎君は口を開き―


「花草、お前……大丈夫か!?」


心配の声をあげた…って、はい?


「え…」

「聞いたぞ!食堂であの転校生に絡まれたらしいな!?

 なんとか逃げたとは聞いていたが…

 何かやっかいごとに巻き込まれたりしたんじゃないか!!?」

「は、うあ、ちょ、江崎くっ」


青ざめた顔で肩を掴み、揺さぶりながら、矢継ぎ早に問いかけてくる。

俺はというと、彼が何故だか心配してくれているというのは分かるが、

脳みそがシェイクされてるおかげで、返事ができない。


「花草、返事をしろ!!まさか言えないようなことを…!?」

「えざ、おちっ、ぅ、く、あさ」

「朝!?まさか今日も何かあったのか!!?」


江崎くん、ちょっと落ち着いてくれないかな!

俺の口から言葉じゃなくて、須賀さんスペシャル朝ご飯がでそうなんで!


と、言おうとした言葉は、

更に勢いを増した振動によって意味をなさなかった。


――いや、てか、マジで出る!!本当に!誰か江崎くんを止めてぇ!


あなや、吐瀉物がでむと覚悟したとき、

体がぐんっと後ろに引かれ、肩から江崎君の圧力が消えた。


「っはー…はー…た、助かった…」

「なぜ、君が…?」

「はぁ…。なにやってんだ、お前等」


つい最近聞いたことのある声に、振り替えると、

そこには朝別れた筈の須賀がいた。

呆れた顔の須賀の手は、俺の腹に巻かれている。

揺さぶられていた俺を須賀が助けてくれたようだ。


「須賀?一限はサボるんじゃなかったのか?」

「…………別に良いだろ」


朝、あっさり俺を捨てたくせに、来ていることに疑問を

覚えて尋ねると、不機嫌な声で答えられる。

ええ……、なんでや…。俺、なにもおかしいこと言ってないよね…?


「花草と…須賀は、その…そんなに仲がよかったか…?」


須賀の行動に首を傾げていると、江崎くんが困惑した声をかけてきた。


「へ?」

「あ?」

「いや。俺がしらなかっただけで、君たちは前から仲が良かったのか…」


素っ頓狂な声をあげる俺達。

沈んだ声の江崎くんの視線を辿ると、

そこには俺の腹に巻き付いた須賀の手がある。

先ほど、助けられたときの体勢のままだったらしい。


ってことは、俺達は、あの時からこのままで…?


「ばっ…!ちがっ!!」

「ほはぁああっ!?」


理解した俺の顔に熱が上ると同時、

須賀がいきなり手を離し、体勢を崩した体がべしょっと床に叩きつけられた。


「ちょ、いたっ…!はな…鼻が!

 ただでさえ低い、俺のかわいい鼻が、さらに低く…!」


突然のことで、ろくに受け身もできなかった俺は、

リノリウムの床に鼻を殴打していた。

鼻骨にじんじんと響く痛みに、鼻を押さえてもんどりうつ。


「だせぇ…」

「だ、大丈夫か、花草?」

「…うん。大丈夫」


全く悪気のない須賀に怒りを感じつつ、

心配する江崎くんの為に笑顔を浮かべて、よろよろと立ち上がる。

埃のついた服を軽く払う。

いくら磨かれているとはいえ、人の出入りがある以上は汚れてしまうらしい。

まだ、微かに痛む鼻を触っていると、横から笑い声が聞こえる。


「っくく」

「…なにかな、須賀さん?」


口橋を引くつかせながら、問いかけると、

ちらと此方を見て、更に笑う。

ああん?なに笑ってんだ、この野郎!


「や、お前、ふっ…!鼻赤くて、っくく、ピエロみてぇ、ふはっ!!」


ぶはっと、堪えきれないように噴き出す須賀に、

俺の琵琶湖のように広い心も許容できなくなる。


「誰のせいだと…!?」

「ちょ、花草!落ち着こう!」


須賀に掴みかかろうとしたが、江崎くんになだめられる。

だが、そんなことで今の俺はとめられねぇ…!


「離して、江崎くん!俺は一発、須賀を殴らなければいけないんだ…!」

「花草!?お前、そんなやつだったか!?とにかく落ち着け!

 ほら!もうすぐ授業も始まるし、下手したら先生が…」

「俺がなんだって?」


突如、耳に入ったハスキーな声に、ピタリと動きを止める。

色気たっぷりの声は、最近、ようやく耳慣れたものであり、

今は一番聞きたくない音だった。


――い、いや。いやいやいや!

  そんな…そんな訳ないよね…?ほら!まだ8時30分だし!


「なぁ、俺が?なんだって、なぁ?花草?」


がしりと肩を掴まれ、色気のあるハスキーボイスが耳に吹き込まれる。

みちみちと肩関節にかかる圧力の強さに押された俺は、

ギギギと油のキレたロボットのように後ろを振り向く。


「おはよう、花草くん?」

「お、おはよう…、ございます…先生」


冷や汗だらだらの俺を出迎えてくれたのは、

麗しい有里先生のにっこりスマイルであった。

すっかり、次話投稿を忘れていたうえに、話が進まないですね…。

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