5 登校
さて、朝食も食べ終わったことだし、そろそろ教室に…
「行きたくないなぁ…」
鞄を持ち上げたところに、昨日の出来事が脳裏を過ぎり溜息が漏れる。
死体愛好なんて異常性癖に対する周りの反応なんて容易に想像できる。
軽蔑か、恐怖か、怒りか…一体どの感情を浮かべられるのか。
考えただけで、気持ちが憂鬱になってくる。
「あ?何してんだ、お前」
「須賀」
玄関前で立ち往生していたら、須賀が訝しげな声で尋ねてくる。
「この後のことを考えて、落ち込んでたんだよ…」
「そんなもん考えて、どうにかなるもんじゃねぇだろ」
呆れた顔で返される。
それはそうなのだが、普通に過ごしてきた日常が
崩壊すると分かりながら、挑むのは勇気がいるのだ。
尻込みして当然じゃないか。
「あー、やだやだ!!行きたくないぃぃぃ!」
「チッ、いつまでうだうだ言ってるんだ。ほら、行くぞ」
「うわっ!?」
須賀はごねる俺の背を蹴り、容赦なく廊下にだした。
「ちょ…須、賀さん?痛いんですけど…」
蹴られた拍子にリノリウムの床に打った尻がじんじんと痛む。
涙を浮かべて須賀を睨むが、奴は悪びれた顔すらせず、
腕を組み、ふんと鼻をならして俺を見下ろしている。
「いつまでも出ないお前が悪い」
「そうだけどさぁ、もうちょっと優しくしてくんねぇ?」
「はぁ?なんで俺がお前に優しくしてやらなきゃなんねえの」
「お前には、良心というものがないのか!」
「俺等みたいなのに良心とか求めんなよ」
にべもなく言われしまっては、返す言葉もない。
渋々、本当にしぶしぶ立ち上がり、教室へと向かうことにした。
また須賀に蹴られたら、たまらないからな。
「やっと行く気になったか」
立ち上がった俺の姿を認め、欠伸をしながら言う須賀…
って待て。何かおかしいぞ。
違和感を感じ、半目の須賀の姿をよく見る。
無造作に整えられた銀髪と耳元で光るピアス。
鍛えられた体躯に身に纏うのは、学校指定の制服…あ?
「え?何で制服きてねぇの?」
「あ?今日はだるいから2時間目から行く」
当たり前のように言い放たれた言葉に、開いた口がふさがらない。
おいおい。それじゃあ、昨日の話と違うじゃねぇか!
「なんでだよ!?須賀が俺の護衛をしてくれるんじゃないのか!?」
「そうだけど?」
「分かってるなら、なんでついてきてくれないんですかね!?」
「…大丈夫だろ。帰りは一緒に行ってやるから安心しろ」
な…なんという適当さ!
昨日の俺の「あれ?須賀って意外と良い奴?」
っていう思いを返してくれ!
予想もしなかった返答に震えていると、
須賀は「じゃ、そういうことで」と言ってドアを閉めた。
ガチャリと鍵が閉まった音だけが、誰もいない廊下に残る。
「…す、須賀のばかやろう!!」
俺の叫び声は須賀に届かず、空しく廊下に反響するだけであった。
*****
待てど暮らせど、一向に自室のドアが開く気配を見せないことから、
どうやら本当に須賀は1時間目をサボる気らしい。
針が8時を指し示した辺りで、アイツを待つことは諦めることにした。
このまま待っていてもどうせ来ないだろうし、
俺が1時間目の現国に間に合わなくなってしまう。
現国の担当は、俺のクラスの担任である有里 雅也先生だ。
有里先生はホストみたいな見た目をしながらも、
仕事には真面目に取り組む性格らしく、授業はわかりやすく
生徒達にも親身になって相手をしてくれる良い先生だ。
それと、同じくらい性的な噂にも事欠かないけれど。
最近はあの転校生に夢中なのか、そういった噂は減っているが、
逆に転校生へのセクハラがよく目撃されているらしい。
――あの転校生の何が良いのか、俺にはさっぱり分からないぜ。
と、そんなことを考えながら歩いていると
目的地にたどり着いてしまった。
天井が高く、大きな窓から朝日が一杯に差し込む廊下。
果てが見えないくらいに長い廊下には、
ウォールナット材の高そうな扉がずらっと立ち並ぶ。
そのうちのひとつが俺の目的地である。
繊細な装飾が施されたガラス窓付の扉から
目線を右斜め上にあげると、白いプレートには2-Sの文字。
去年から俺がお世話になっている教室である。
静が丘学園では、基本的にクラス替えというのはおきない。
入学と同時に、各自の身分・能力・家柄を総合して、上から、
S、A、B、C、D、Fに振り分けられ、
そのまま3年間を過ごすのが当たり前らしい。
クラスが変わる場合は、問題を起こしたり
家柄が変化したりなど特別な事情がある時だけだ。
したがって、クラスでの顔ぶれは滅多に変わることがない。
「あぁ…到着しちゃったかぁ…」
いつもならば、何の気負いもなく開けられる扉がやけに重たく感じられる。
そのうえ、扉に掛けた手がこころなしか湿っている感じがして大変不快である。
正直に言うと、いますぐ回れ右をしたい気持ちで一杯なのだが、
特待生の俺が授業をサボるわけにはいかない。
そんなことをしたら、一発で特待生の特典アレコレが取り上げられ、
学園に通えなくなって、俺は路頭に迷うかもしれない。
――逃げようにも逃げられないな…。
「えぇい!ままよ!」
沈む気持ちを振り切るように、勢いよく扉を開けた。
ちょっと書き方を変えました。