4 朝食
あの後、須賀に急き立てられるまま顔を洗ってきた。
「さっぱりしたー」
「ちゃんと洗ってきたみてぇだな。ほら、食え」
どん、という音とともに食卓にお盆が置かれる。
品書きは白米、味噌汁、焼き鮭に海苔。これぞ和食って感じだ。
「おぉ…!!すごいな、こんな豪華なもの作れるのかよ!」
「…ごちゃごちゃ言ってないで早く食え」
「あ、はい」
褒めたのに怒られた。
これだから不良っていうのは良く分からないんだ!
いじけながら朝食に手をつける。食材に罪はないからな。
パクと一口目を含んだ瞬間、衝撃が走った。
「こ、これは…!」
「あ?」
訝しがる須賀には構わず、箸を運び他の料理も一口ずつ食べる。
「つやつや白米の仄かな甘みと鮭の塩気が絶妙、
味噌汁も出汁からとっているのか昆布の優しい風味をかもしだし、
汁が具にもじんわりとしみこんでいる!!」
「…つまり?」
「物凄くおいしいです!」
あぁ、箸がとまらない。まさかこんな金持ち校で、
純和風の庶民飯が食べられるなんて思いもしなかった…。
「俺、今なら死んでもいい」
「ふはっ…!!そんなにかよ!」
しみじみと呟いた言葉に、須賀は噴出して笑う。
しかし、冗談抜きで俺にとってこの食事は美味しいものなのだ。
「いや、だって今まで三食カップ麺だったからさ」
そう、料理ができない俺には自炊なんて論外。
金持ちでもないから一品何千円もする食堂も利用できない。
だから、ずっとインスタント生活を……
「はぁ?」
いきなり低い声を出され、体がビクッと震える。
「え、何? 何で急に怒ってんの?」
「つまりアレか?
お前の体の血液は、この学園に入学後、
添加物満点の食事から得られるエネルギーを
使って循環していると?そういうことか?」
「う、あ、たぶん…そうです」
顔に影を落としながら問われ、
しどろもどろに答える。いやだって怖いんだよ。
銀髪ピアスの不良に影をつくられながら詰問されれば
誰だってこうなるって。
「…お前、これからは俺の飯を食え」
須賀がご飯を作ってくれるなんて言葉が聞こえたせいで、
俺は思わず固まった。
(待て。待つんだ、俺。よく考えろ。
須賀は不良。すなわち、俺に料理をつくるなんて
額縁通りの意味に解釈するのは間違っている可能性がある。
古来より求婚の際に言われるお決まりフレーズというものがあった。
『俺のために毎日味噌汁を作ってください』というものだ。
須賀は『これからは、俺の飯を食え』っと言った。
これは…まさか、逆verの……)
さぁっと顔が青くなる。
ない。ないとは思うが、俺は既に一度あの転校生に告白されている。
もしかしたら、その可能性も……
「え、なにそれ…プロポーズかなんか?
ごめん。俺ノンケだから……」
「ちげぇ!!なに気色悪いこと言ってるんだ!!
そんな不健康な生活してたら、お前の血液がまずくなるから
俺が飯をつくって健康体にしてやるって言ってんだよ」
「あ、あぁ…そういう。須賀は血液大好きだったもんな」
「大好き…まぁ、間違ってねぇけど。
とにかく俺が毎日お前に飯を作ってやるから、
お前はそれ食って美味い血液になれ!」
「別に良いけどさ…須賀はそれでいいのか?
俺のボディーガードに、美味しい食事。俺ばっかり得してるよ?」
そう。あの後、なんだかんだ言いながらも
俺は須賀にボディーガードを頼んだのだ。
友達もいない俺にとって、親衛隊うんぬんを
乗り越えるのは少々骨が折れると思ったから。
「あぁ、そういや報酬の話しをしてなかったな」
「やっぱりあるのか…」
「当たり前だろ。世の中、見返りなしで働く奴はいねぇんだよ」
「ですよねー」
馬鹿にしたように鼻で笑われ、気持ちが落ち込む。
ろくなことを要求されない気がする。
サンドバッグとか、パシリとかそういうものだったら
まだマシなんだけど…。
「はぁ…で?俺はなにをすればいいの?」
「簡単なことだ、定期的に俺に血を飲ませろ」
「え゛。いや、須賀は喧嘩で欲求発散してるんだろ?
なぜそれを俺にむけてくるんでしょうか?」
「最近、喧嘩で見るだけじゃ満足できなくなってきてんだよ。
俺に喧嘩売る奴も滅多にいないし。
とはいっても、手当たり次第に噛み付くわけにもいかねぇ」
須賀の言い分は分かる。
俺自身、死体への興奮は、
収まるどころか年月が過ぎるにつれて増すばかりだから。
「う、うぅん…分かった。いいよ、それで」
頷くと須賀は目を丸くした。
「なんだよ」
「いや、随分すんなり承諾したなと思って。
普通はもっと嫌がるし、気味悪がるだろ」
「そりゃあ喜んでって訳でもないけど…気味悪くはないな。
須賀の言うことと似たような体験を俺もしたことがあったなぁ
って考えたら、血くらい良いかなって。それに…」
「それに?」
「俺、須賀のこと意外とそんなに嫌いじゃないみたいだから。
むしろ好きの部類に入るっぽいから、須賀なら良いや」
「お、前なぁ……はぁああああ」
あれ、なんか須賀が顔を手で覆っちゃったんだけど…。
「どうしたの?」
「うるせぇ…さっさと登校の準備してこい」
「いたっ!! 殴ることなくない!?」
人が心配してるのに、なんたる仕打ち!!