2 同室者
「じゃ、そういうことで」
固まった周囲を置いて俺はさっさと食堂を出ていった。
バタンと扉を閉めたと同時に
背後で悲鳴やら怒号やらが聞こえた気がするが、気のせいだろう。
俺は何も知らないし、聞いていない。
後ろを振り替えずにダッシュで自室へと向かう。
*****
バンッと大きな音をたてて扉を開けると、
中には同室者の須賀 京が驚いた顔をしてこちらを見ていた。
と思ったら、次の瞬間には般若の形相で睨んでくる。
「てめぇ、うるさいんだよっ!!もっと静かに開けろや!!」
なるほど。1年の不良のトップらしい凄い迫力だ。
こんな奴を見た場合、いつもだったら怯えたフリをして、
へこへこしながら退散するところだが、今の俺にそんな余裕はない。
「…た」
「あ?」
「ばれた」
「…は?なにがだよ」
「俺がネクロフィリアだっていうことがばれちまったんだよ!!
いやばれたっていうか俺がばらしたんだけどでもあの転校生が告白なんか
してきたのがそもそもの原因だしていうかコレどうしよう明日から確実に
周囲に怯えられたり奇異の目でみられていやそれくらいだったら別に
どうでもいいんだけど多分っつーかきっとあの転校生の取り巻きが黙ってない
だろうしそうすると芋づる式に親衛隊(笑)っていうキーキー煩いオプションも
もれなくついてくるじゃん?俺の放課後の秘密の彼女探しが!!
墓地探索タイムが!!減る!!困る困る困る!!ありえねぇ!!
いやだいやだ彼女いないまま青春終わるとかまじ勘弁なんだけど?
男に走れってか?喧しいわ!!男だろうが死体じゃねぇとトキメかねぇわ!!
そうホイホイ死体が落ちてんなら俺だって苦労しねぇんだよ!!!!!
道ばたに落ちてる死体なんて、せいぜい虫か動物が関の山だっつーの!!
俺には、虫姦も獣姦の趣味もねぇわ!!いたって普通の好みだよ!!
本当俺が何したっていうの?神様とか端からしんじてなかったけど
もう今の俺には信じる信じない以前にアイツ喧嘩うってんじゃね?って
思うくらいなんですけど!!なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないん
ですかね!今まで、品行方正、平々凡々に生きてきた俺に一体何の咎が…」
「うるっせええええええええ!!」
「はいっ!!」
突然の大声に驚いて、口が止まる。
須賀はそんな俺にため息を一つ吐くと、
ローテーブルの上にあった未開封の麦茶を投げて寄こして来た。
「っと」
少しふらつきながらも、それを受け取る。
あの鉄分ミネラル豊富!と書かれた定番のやつだった。
麦茶は冷蔵庫からだしたばかりなのかひんやりと冷たい。
その冷たさが、火照る手を冷ましてくれて気持ちいい。
「何があったか知んねぇけど、一旦落ち着けよ」
ぶっきらぼうに言う須賀を見て、ぽろりと心の声が漏れる。
「…須賀。お前、人に気とか遣えるんだな」
「てめぇ、ぶん殴るぞ!!!」
「俺、マゾじゃないから遠慮するわ」
「確認とってるわけじゃねぇ!!」
「え、じゃあなんでわざわざ宣言したの?」」
「……はぁーー、もういい」
相手をするのも面倒だというように話しを打ち切られた。
――意外と須賀をおちょくるの楽しかったのに…!?
ブンッと顔の横すれすれを何かが横切っていった。
「顔にでてんだよ!」
「ごめんごめん」
あぁ、からかいすぎると、こうなるのか。
これからは気をつけよう。
俺は肝の辺りに、適当に命じておいた。
「全然反省してないな…まぁいい。
それで?お前は何でそんなにテンパってたんだよ?」
「それは……」
一瞬言いよどむ。
『引かないか、嫌われないか、離れていかないか、置いていかれないか』
そんなことを考えてしまったから。
――いまさらなにを。そもそも須賀と…、いや、誰ともそこまでの関係を
築いていなかったじゃないか。それにあんな大勢の前で暴露したんだ。
明日には全校生徒に広まっている。
初めて会話らしい会話をした人物に嫌われるも何もないというのに。
馬鹿らしい考えを笑い、続きを話す。
「俺さ、食堂で…転校生に告白されたんだ」
「は!?い、生斗に!!?お前が!!??」
「…そういや須賀って転校生が好きなんだっけ」
やけに驚く須賀に疑問を感じるが、直ぐにその理由を思い出す。
忘れていたが、須賀は転校生の取り巻きの内の一人である一匹狼だった。
不良の須賀を恐れないで話しかけてきたから惚れたとか、
なんとかかんとかという噂を聞いたことがある。
実際に、俺は、須賀が転校生と連れ立っているところを見たことがあり、
その噂は真実なのだと思っていた。
「すっ…!?ちげぇよ!!生斗とは唯のダチだ!!」
「あれ、そうなの?須賀が転校生に惚れて周りに近づく奴等を蹴散らしてるって
噂が立ってるけど?」
俺の言葉に須賀は眉を顰めて訳が分からないという顔をする。
「はぁ?アイツだって男なんだ。自分の身くらい自分で守れんだろ」
ごもっともである。
「てか、俺のことはどうでもいいんだよ。さっさと続き話せ」
「…ええっと、どこまで話したっけ?」
「生斗がお前に告ったってとこ」
「そうだった。
…まぁ俺はそれにすっごい混乱したんだ。
俺は男は恋愛対象にみれないし、なにより今の学園で
一番厄介な存在の転校生と関わりたくなかった。
…悪い。須賀の友達のこと悪く言って」
「お前に非はないだろ。誰だって面倒事には首を突っ込みたくねぇよ」
「うん。…でさ、混乱した俺は思わず暴露しちゃったんだ」
「なにを」
――いくらバレてしまったとはいえ、改めて聞かれると言いにくいな。
緊張のせいで乾く唇を湿らせて、口を開く。
「…………俺が、ネクロフィリア。死体を、恋愛対象に見る人間だってこと」
沈黙がおちる。俺の言葉に、須賀は俯いたまま固まっている。
――あぁ…やっぱり。仕方のないことだけど、理解されないか。
予想していた癖に、落ち込む自分がひどく浅ましく思えた。
「は、ははは。やっぱ、おかしっ…」
「べつに良いんじゃねぇの」
「え?」
目を瞠った。音の意味が分からなかった。
――やばいな…俺は、寂しさのあまり幻聴が聞こえるようになったのか。
今、須賀がいいとかいった気がした。
俺が理解できないという顔をしていたのに気づいたのか
須賀は更に言葉を続ける。
「別に良いんじゃねえのって言ったんだよ。
人の性癖なんて色々だろ。死体が恋愛対象だからなんだっていうんだ。
お前、人殺したりしてんの?」
「は!?して、ないけど…」
容赦の無い問いに、つっかえながらも答える。
もっとこうオブラートに聞いてくると思っていたら、
オブラートどころか身ぐるみ剥がされた状態で
投げられた球に、びっくりしてしまった。
――ちょっと、須賀さんデリカシーなさすぎじゃないですかね?
そんな俺の心中も知らず、須賀さんはあっけらかんと言い放つ。
「じゃあ、いいだろ。誰にも迷惑かけてるわけじゃねぇんだ」
「そう…なのかな」
――本当にそうなのか?俺はアレを認めていいのか?
認められて、それで本当にいいのか?
俯く俺の頭にポン、とごつごつした無骨な手が置かれた。
「難しく考えすぎなんじゃねぇの?まあ、人間って動物の生死には
ドライなわりに同種のことになると騒ぎだすから仕方ないのかもしんないけど。
あと、俺がヘマトフィリアだっていうのもあるかもな」
「へまとふぃりあ?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。
「そ。視覚・嗅覚・味覚で血液に性的興奮を得る性癖な。
自分の血じゃ興奮しないから面倒だけど。
不良になったのも喧嘩で流される血を見たかったからだし」
「え、須賀も同じってこと?」
「性的倒錯者って点では同じだな」
「…………マジ?」
「嘘いってどうすんだよ。マジだよ」
さらりと投下された爆弾に俺は呆然とした。
まさか、俺以外に、しかもこんな身近に異常性癖者がいるとか思わないだろ。
世界って狭い。
「っつかよ、お前生斗に告白されたってことはさ。生徒会のやつとか
親衛隊に嫌がらせ受けるんじゃねぇの?」
「まぁ、そうなんじゃないか?」
「暢気だな」
「自分でもそう思うけど、俺のトップシークレットはバレちゃったし。
もうどうにでもなれって思ってるからかもなぁ」
「おいおい、自暴自棄になんなよ。
……お前さ、ありえないだろうけど、喧嘩とかできんの?
「ん?あー…したことない人よりは戦えるとは思うけど
大人数相手だと分からないかな。多分、キツイと思う」
――すらっと口から溢したけど、よくよく考えれば
こんな平凡が喧嘩できるとか怪しくね?
ちらっと須賀のほうを見てみると、
少し驚いただけで大して気にしてないようだ。ホッと息を吐く。
「へぇ、意外だな。でもやっぱ、大勢相手はキツいか」
須賀は、ひとこと感想を漏らし、暫く考えこむ。
――俺、もう部屋に戻っていいかな。
手持ち無沙汰に部屋に戻ろうとした時、ふいっと須賀が顔をあげた。
「…なぁ、良い提案があるんだけどよ」
「なに?」
にやりと悪どい笑みを浮かべる男に寒気がする。
――なんだろうな…。ものすごく嫌な予感がする。
俺は、不吉な気配を察知して須賀の言葉を遮ろうとした。
「やっぱr…!!」
「はいはい、いい子に聞こうな?」
が、後ろから伸ばされた手に、あっけなく阻止されてしまう。
「もがもがっ!!(はなせっ!!)」
「そうかそうか。そんなに聞きたいのか。提案っつーのはな…?」
「もが!!もがもがもがっ!!(ちょ、やめろ!なんかやばい気がする!)」
「俺がお前のボディーガードになってやるってことだよ」
あぁ、今日の俺には疫病神でも憑いてるんだろうか。
目の前で悪魔が、意地悪い顔で笑っているのが見える。