(3)
階段を上ってかなり時間がたった頃、ちょっとした事件が起きた。
「あ、あれ?今何階だったっけ?」
それは私達が屋上へ向かう途中のことだった。
加奈子が突然困ったような声をだしながら私の方を涙目で見てきて、こんなことを言いだしたのだ。
「え、普通なら何階とかどこかにかいてあるはずじゃないんですか?」
私は彼女の台詞に疑問を持ちながら問い返した。
「…青ちゃんは知らなかっただろうけど、ここの病院って大分古いの。そのせいかここにそういうのはついてないのよ」
「え?!てことは今何階か知るすべがないってことですか?」
私はつい大きな声で叫んでしまった。加奈子はそのせいでビクッと体を震わせる。
「いや、あるにはあるんだけどね…」
加奈子は私の様子を伺いながらまだ体をビクビクさせながら言葉を続けた。その様子に私は少しだけ違和感を覚えた。何かを言いたそうな雰囲気なのだが、残念な事に彼女の意図が全く掴めない。
「確認するためには一回フロアに出ないといけないの…フロアっていうか、病棟っていうか…休める場所っていうかー」
「…要するに階段を上り続けずに一回休みたいってことですか?」
私はようやく加奈子の意図が分かって呆れた声を発した。当の本人は無言で俯いたままだ。
私ははぁと溜め息をつく。彼女はいつもこうやって相手の事を気遣ってはっきり言おうとしない…遠慮しすぎなのだ。
「全く加奈子さんは…遠慮するにも程があります。休みたいならそうといってください」
「…ごめんね」
加奈子は俯きながら謝った。
「…まぁ、休みたいなら少し休みましょう。何故か知りませんけどここの階段、やけに長い気がしますし」
「ありがとう」
加奈子は俯いたままだった顔をあげて微笑んだ。その顔は少しだけ赤く染まっていた。恐らく照れているのだろう。それを見ていると礼を言われたこちらの方まで照れてしまう。
「でも確かに不思議よね。ここの階段、こんなに長かったかしら?」
加奈子は左手を自分の頬にあてて、何かを思案しているようだった。
「まあとりあえずどこかの階に降りて休みましょう。…こんな奇妙な場所にいるんですから不思議なことの一つや二つありえなくもないですよ」
私は加奈子にそういって降りれる階を見つけるために階段を上がった。加奈子はまだ気になる様子だったがすぐに諦めたようで「そうね」と言って私の後に続いて再び上り始めた。
その十数分後、私達は降りた階のフロアで危機的状況におちいることとなった。