(2)
銃声は嫌と言うほどあちこちから聞こえ、悲鳴や叫び声も後を絶たない。金属があたる音が響き、水のようなものがはじける音も聞こえる。恐らく血が飛び散る音だろう。私は荒くなった息を整えるために深呼吸を繰り返す。熱くなった体に冷たい空気が染み渡っていき、先程まで止まっていた思考が動き出し始め、私は冷静さを取り戻しつつあった。
そんな私の隣では薄茶色の髪の毛を腰あたりまでおろしている女の人が不安そうな瞳をこちらを見ている。
「あ、青ちゃん大丈夫?手、震えてるよ?」
震えた声で女の人は指差した。彼女の指先にあるのは銃を持った私の左手だった。銃は先程大量の血を頭から流して死んでいた男から奪ったものだった。勿論実弾入りの本物だ。そんなものを持っているのだから震えるのも至極当然のことだった。
「だ、大丈夫ですよこの位。それより早く出口を探しましょう…加奈子さん、屋上ってこっちであってますか?」
「う、うん。多分こっち」
私は坂下加奈子の手を引き、屋上へと通じる階段を探しに暗い廊下を走り始める。
私達は加奈子から聞いた"屋上に行けば助けが呼べる"という情報を信じて今この状況にいたる。
「あの、加奈子さん。屋上に行けば助けが呼べること、誰から聞いたんですか?」
「…」
加奈子は何も言わずに私の隣で走り続ける。
「加奈子さん?」
私は何回か彼女の名前を呼んだが、返事はない。教えたくない事なのかと思った私はそこに関して何も聞かないことにした。
「そう言えばここの病院って何階まであるんですか?私殆ど病室で過ごしてたのでここの造りとか詳しく覚えてないんですけど…」
暫く続いた沈黙に耐えきれず、私は当たり障りのない質問を加奈子にした。
「…4階まで」
加奈子はそういい終えると黙り込んでしまった。
4…不吉な数字だ。私は小さい頃からなぜか4とか9とか縁起の良くない数字はどうも好きになれなかった。理由は分からない。両親が4歳の時に亡くなったのが理由なのか、また別の理由なのかは未だに謎だった。でもそれを今考えても仕方のない事で、今はこの訳も分からない場所から助かる事だけに集中する事にした。
…そう言えば、よく考えてみると加奈子と話したのは久しぶりな気がする。臆病で気弱な彼女はちょっとしたことでもとにかくビビる。しかし、それだけが性格なわけではない。臆病なとこはあるにしても友人を守る度胸は彼女にはあった。人の心を癒やす優しさもあった。そういう面では私は彼女の事を尊敬している。彼女も私のことを「しっかりしていて頼もしい、私の尊敬できる友人」と言って尊敬してくれている。尊敬する、されるの関係は嫌いではなかった。私と加奈子の仲は普通だっだ。週に何回かは加奈子が私の病室まで来て他愛のない話をする…そのくらいの仲だった。
しかし、私は最近なんとなく加奈子と話せなくなっていた。別に嫌いになったわけではない。ただ何となく話しにくいだけなのだ。彼女は最近、命を大切にしなくなった気がするのだ。ある日突然、前触れもなく…
だが、今そばにいる彼女はいつもの彼女だった。いつもの優しくて人を思いやる彼女だった。
なら、あれは全て気のせいだったのだろうか。
あのどこか冷たくて感情のないような感じは全て嘘だったというのだろうか。
「あ、あったよ青ちゃん!!」
加奈子はまるで子供のようにはしゃぎながら階段の方を指差した。
階段の前まで来ると、私達はお互いがちゃんといることを確認する。
互いがちゃんとそばにいることを確認すると私達はゆっくりと一歩を踏み出し、階段を上り始めた。