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聖ゴリラ  作者: こおりあめ
異世界と森の王者GORILLA編
9/15

8

クマが戻って来たらと思うと怖いので場所を変えて、ダニエル君の溢れる感情が収まり腕も止血ぐらいはさせたところで、俺はダニエル君から詳しい話を聞こうとその場に座った。

尚、うさぎさんはこの場には居るもののやっぱり話に興味が無いのかはたまたダニエル君の言葉が通じていないのか、寝転がったまま食べるでもないのにそこらの草を口でむしってはペッと吐き捨てている。


「…十年前、村で一番剣の才があった私は天狗になっていました」


ダニエル君はうさぎさんを気にする事無く俺だけを見て、哀愁を帯びた顔で昔話を始めた。


「思い上がって近くの森に一人で入った私は獰猛な野生動物に襲われ、当然死にかけました。そこを恩師…ココに救われたのです」


ああ、ココは恩師さんの名前か。そういえば遺言未遂の時にもそんな名前言ってた気がする。


「私はココを見て、本当の強さを知りました。そしてそれまでの自分を恥じました。以来私はココを敬愛し…恋も、しました。私は時間があればいつでも彼女について回るようになり、彼女と過ごす日々に限り無い幸せを感じていました。彼女の全てが私には尊く、美しかった」


……あれ、俺何でイケメンの甘酸っぱい初恋の話聞かされてるのかな?話を聞くに、年上の格好良いお姉さんに助けられ吊り橋効果込みで尊敬と恋に落ちたっていう、わりとファンタジーではよく聞くお話だよ。


「しかし幸せは永くは続きませんでした」


ダニエル君の顔が曇る。

だがいまいち俺は話に乗って行けなかった。ダニエル君の話し方のせいもあって、さっきからファンタジー創作聞かされてる気分だわ。ごめん。


「ココは生まれつき、人とは違う能力を持っていました。…その能力が段々と世界に知られて行き、五年前…ココの能力を研究し世界の為に役立てようと、いえ利用しようとした奴等が作った施設に閉じ込められてしまったのです…っ。ココは獣人だったせいで人権がほぼ認められず…世界の為という言葉の盾に誰も反抗出来ませんでした」


この時点で、この世界に獣人という種族が居た事から初耳だった俺は、頑張って頭の中で情報を整理するので精一杯だった。

ダニエル君よ、俺が前世の知識が無いノーマルゴリラだったらどうしていたんだ。何一つ話を理解出来なかったに違いないぞ。

まぁスペシャルゴリラな俺でも、特殊能力持ちの獣人ココさんが攫われちゃったって感じかーぐらいにしか理解出来てないんだけどね。


「そんな彼女を助ける為、私は民を守れるはずの騎士の職業を目指しました。合法的に彼女を助けに行けるようにと…。私は、執念で王宮警備騎士まで上り詰めました。ですが…」


うさぎさんをちらっと見ると、うたた寝していた。かわいい。かわいいけど酷ぇ。


「…私が守らされるのは王宮だけで、ココの話をいくらしても誰にも聞く耳を持ってもらえませんでした。どれだけ出世をしようと私に与えられるものは助ける相手の自由では無く、より偉い相手を高い給金と安全な場で守る職という…私にとってはまるでどうでもいいものだけでした」


ダニエル君が不本意で大変だったのはわかったよ、うん。君はよく頑張った。

でもゴリラ、出来ればもうちょっと簡潔に話して欲しかったよ。


「私はもう騎士という職業では彼女を合法的に助けに行く事は叶わないと悟りました。痺れを切らし、死ぬとして無理だとして一人で彼女を助けに行こうと思い立ったのが、昨日の話です。…そこで、この世界に魔王が襲来致しました」


…ん?

あれ、何?いきなり話が明後日の方向に行ったよ?魔王?魔王って、あの、勇者が倒すやつ?

え、この世界魔王とか現れるタイプなの?マジで?俺が転生したのにゴリラだった時点でそういう感じの世界じゃないのだろうと勝手に思い込んでたのに、ただ俺が主役じゃ無いだけで世界自体はわりと王道なの?

や、やばくね…?何がやばいって、俺ただのゴリラだからモブだろうし…さらっと、それはもう物語の端にも書かれない所で魔王の配下の中でも下っ端な奴の遊び半分で殺されそうだ。どうしよう。


「私にとってはそれは僥倖でした」


ちょっと落ち着いてくれダニエル君。いきなりそういう、今まで全く醸し出してないなかった自分は魔王側です要素出されても、俺の理解が追いつけないから。

ほら、よく見て。ゴリラ悲しい顔してるよ。


「この世界における、聖獣様の存在を確認出来たのですから」


あ、なんだ。ダニエル君は魔王側では無かったか。そこだけは安心した。

でもさ、俺にお願いする立場なはずなのにダニエル君さっきからちょっと自分の世界に浸り過ぎでは?うさぎさんはまだしも、俺の様子には気づこうよ。

せいじゅうさまは俺の事だったと思ったが、何で魔王が居るとゴリラが存在する事になるのか意味がわからないよ。言葉は通じてるのに、うさぎさんのボディランゲージの方がよっぽどわかりやすいんだけど。


「聖獣様の権限は、王に比肩する程です。聖獣様がココを助けるならば、誰もそれに逆らう権力など持たない」


…???

せいじゅうさま、偉いの?俺、ゴリラだけど、偉いの?

ちょっと…ああうん、あれだ。まず前提とする常識を俺が知らないから、さっきからダニエル君の話が上手く理解出来ないんだな。


「正直、私の願いを聞いてもらう為にこの死魔の森に来るだけでも自殺行為でした。世界の滅亡を防ぐ為、聖獣様の元に一刻も早く兵を派遣せねばならない王宮からの遣いが現時点で私一人しか残っていない時点で、国の兵力はお察し頂けるかと思います」


いや、何も。残念ながらゴリラは何も察せていませんが。

わかったのは、この森はしまの森というらしい事だけだね。漢字を充てると島の森なのかな?野生生物って怖いもんね。さっきのクマとかゾウとかカバさんとかね。


「我が願いを聞くと約束くださった聖獣様には感謝してもしきれません。もしココを私一人の力で救えたとしても…ココも私も大罪人として追われる立場になっていたでしょうから」


はぁ。一応話終わりかな?

とりあえず、だいたいの話の意味がわからないながら理解した範囲で俺にとって大事と思われる事を三行で纏めてみよう。


魔王が居る世界

ゴリラは権力あるせいじゅう

獣人のココさん助けに行こ


ダニエル君にもっと詳しくわかりやすく色々と聞きたい事はあるけど、あっちの言葉がわかってもこっちの言葉が通じないんだからどうしようもない。

うーん…俺が権力あるせいじゅうってんなら、わりと平和的にココさんを助け出せるのかな?

やっぱりゴリラが偉いって言われても全然ピンと来ないんだよな…俺、ダニエル君に付いて行ったら悲鳴と共に銃殺されたりしないだろうな?


「その…私としてはすぐにでも出発をと言いたいところですが…聖獣様にも準備が必要ですよね…?私はこの森に置いて行かれるとあっさりと死んでしまうと思いますので、準備にもお供させて頂ければ嬉しいのですが…」


森を出る準備…いや、特に無いかな。松明もどきは持ってるし、ご飯は現地調達でいいし、俺まだこの世界三日目だから持ち物無いし。しいて準備が必要なものと言えば…


俺はちらっとうさぎさんを見た。

うさぎさんは俺の視線から何かを感じ取ってくれたのか、だらだらごろごろするのをやめて起き上がる。


「ウホ、ウホッウホ(うさぎさん、俺今から森を出てダニエル君と一緒に獣人の子を助けに行くよ)」


俺はあたかも勇敢なる戦士、勇者のようにキリッとした表情で言った。表情も何も顔はただのゴリラだけど。

俺の格好良さそうな気がしないでもない使命に燃えてる感じがする台詞に、うさぎさんはその場でこくりと頷いた。


「キ」


その一言には、何の気負いも逡巡も無かった。


…。

ん?それだけかな?悲しみの別れとか、喜びのお供とか、そういう流れじゃない…のかな?そんなにあっさり、へー頑張ってじゃあねって反応しちゃう…?


ふ、ふーん…?

ま、まぁ?そりゃそうだよね?俺達まだ出会って三日だもんね?俺が勝手にこの世界で一番仲良いと思ってただけで、うさぎさんは人気者で仲良い奴なんていっぱい居るんだろうともね?

別に…べっつにぃ…?全然寂しいとかそんな事思ってないしぃ……?

でもうさぎさんがどうしても寂しいって言うなら――


「……」

「キー?」


どうしたんだこのゴリラ行くんじゃなかったの?さっさと行けよ、みたいな純粋な目で僕を見るのやめてください。


俺はたぶんそう、武者震いで震え汗が目に入ってうっかり潤んだ目で、おう準備満タンだからはよ行こうぜとばかりにダニエル君の背中をぱしんと叩いた。

軽く叩いたのにダニエル君まで悲鳴を上げ涙目でぷるぷるしだしたから、俺の感情がダニエル君に伝わってしまったのかもしれない。共感して泣いてくれるなんてダニエル君は良い奴だなぁ!これはココさんを何としても救わねばなぁ!


「じゅ、準備はよろしいようですので、参りましょうか」


ダニエル君が俺の顔色を窺うように言って来た。おい、あんまりわかりやすく気を遣うんじゃない。ゴリラの顔色がお前に読み取れるのか?ん?俺は今や自分の顔だが、水面に映り込んだ顔見ても表情はまだいまいちわからんぞ?

しかしダニエル君の良心的行為に文句を言うなんて事は出来ないので、俺は頷きダニエル君の後を付いて行った。たぶん付いて行けば森の外に着くのだろう。

後ろからいつもの小さな足音がしたので、俺ははっとして振り返る。やっぱりうさぎさんが後ろを付いて来ていた。


「ウホッ?(お見送りしてくれるの?)」


俺はちょっとだけ気分を盛り返し嬉々として聞いた。


「キィ…?」


うさぎさんのそれは訝しげな声音だった。

例えるならば、ただ自分の目的地もこっちだから来てるだけなんで勘違いしないでもらえます?とでも言うような…。

やった、別れの日にして俺はうさぎさんの声音を敏感に読み取れるようになったぞー。わーい。嬉しーい。


ゴリラは目汗が出るらしい。俺は男らしく腕で拭って先を急いだ。強く生きよ。

ダニエル君と俺とうさぎさんは黙々と進んだ。一時間程もずっと。それに終わりが来たのは、赤と青の木々で囲まれていた視界が開け、緑の平原が広がっているのが見えた瞬間だ。

森が終わった。


「天使の収監所は、此処からさらに三時間程歩いた先にあります」


ダニエル君が決意に満ちた顔で俺を見て言う。

俺はそんなダニエル君を勇気付けるでも便乗するでも無く、うさぎさんを見た。だって本当にお別れだ。


「…」


俺はうさぎさんの顔を見て、なんかもう本格的にぼろぼろに泣きそうになったのでこれ以上何も言わずに行く事にした。ダニエル君と並び歩く。




後ろから、足音がした。


振り返る。


うさぎさんが付いて来ている。森はもう出てるのに。



「…ウホ?(…もう森の中じゃないよ?)」

「キ?」


わかってるけど?とばかりにうさぎさんが返す。

俺はもう耐えられなくて、ダメ元でうさぎさんに向かい泣きながら叫んだ。


「ウホホ…ッ!ウッホ!ウホォオ!!(うさぎさん、俺別れたくないよ…っ!付いて来てよ、お願い!何でもするからぁあああ!!)」

「キ!」


うさぎさんの首肯に、俺は思わず飛びつくようにうさぎさんを抱き締めた。

ゴリラパワーで潰さないように、ふんわりと優しくけれどもう離さないとばかりにしっかりと。

一章終わり。

数々の勘違いが横行しているが、それが判明するのはまだまだ先の話。

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