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お前の事は忘れない、ソウルフレンド。短い付き合いだったがお前は最高の相棒だった。
と、倒したカバの口内ストッパーとなっている松明もどきをそのままに俺は一瞬だけ黙祷した後、さっさとずらかろうとした。無機物との空想上の友情で命は買えねぇんだよ。
「キーキュイ!」
しかし、そこで足下をうさぎさんが鳴きながら俺の元ではなくカバの元へと実に軽快な足取りで走って行くのが見えた。
何事?と俺が振り返ると同時、うさぎさんがカバの口内にぴょんと入って行く。
…?!
み、自ら食べられに行くのか?!さっきの挑発といい、もしかして生存本能に異常を来しているのか?!
俺があまりにも異常な状況にうさぎさんの奇行も止められず呆気に取られていると、うさぎさんはカバの口内にある松明もどきを咥え、思い切り身体を後ろへと引いた。
うさぎさんが松明もどきもろともカバの口内からくるくるころんと転がり出て来たすぐ後、カバの口がギロチンのようにガチンと閉じる。後一秒でも閉じるのが早ければ、うさぎさんの上半身と下半身は両断されていただろう。俺は身震いした。
一方、当のうさぎさんは何事も無かったかのようにころろんと身体を転がし仰向け状態から起き上がると、俺の前まで来て丁寧に松明もどきを置いた。
「キー」
「…ウホ?(…ありがとう?)」
なの…か…?いやそりゃ、松明もどきは今後もあった方が役立つと思うし俺のソウルフレンドだけど、それ取っちゃうとカバのお口ストッパー無くなるんだよ。すると間抜けな倒され方したカバが激怒して第二ラウンド開幕しかねないんだけど、その辺わかってる?うさぎさん?
俺の必死の訴えの視線にうさぎさんは気づいてくれず、くるりと背を向けまたカバの方に歩いて行く。
だから何でほいほいカバに近づくんですか?!
「キキ」
「…グォー」
だがカバは顎が痛いのか、横たわったまま大人しくうさぎさんと会話していた。うさぎさんと和やかに会話するカバとか、ファンタジーかよ。…うん、ファンタジーな世界だったね。
うさぎさんはぺしぺしカバの頭を叩き、カバは無抵抗に受け入れている。
…うさぎさんちょっと調子に乗り過ぎじゃないか?君は火吐いたり出来るとはいえ、噛まれたら一瞬でお陀仏なんだよ?
そんな俺の心配を他所に、うさぎさんはカバに向けまるで早く立ち上がれとでも言うようにクイッと顎を動かした。しかもカバは大人しく従い立ち上がる。
それを見届けると、うさぎさんが脇に避けた。デジャヴを感じ、俺はまた冷や汗を流す。カバと目が合う。歩いて来る。
「グルゥグー」
身構えた俺に、カバは首を垂れた。まるで服従するように。
俺が戸惑いうさぎさんを見ると、何やら満足そうに鼻を鳴らした。俺は説明をして欲しかったのであって、そんなドヤ顔されても困るんだが。
仕方ないので自分の拙い目で状況判断を試みる。
…うーん、カバは見た目はもう戦闘意思は無いように見えるな。
「…ウホッホ?(…此方と致しましてはカバさんとは良い関係を築きたいと思っているんですがいかがでしょう?)」
「キーキキ」
「グゥーガ」
わからない。
俺の言葉に続きうさぎさんが堂々と言い放った言葉の意味も、また頭を下げたカバさんも。了承されたと勝手に解釈していいかな?自分そろそろちょっと胃が痛くなって来たもので。
俺はそそくさとカバさんに背中を向けた。背中をがぶりとやられないようにと、警戒は解かないまま小走りでその場を去る。うさぎさんが後を付いて来る小さな足音がした。カバさんは来なかった。ほっとした。
最初にうさぎさんと会った綺麗な川まで移動し、カバさんのせいでブルったので少々お手洗いを済ませてから、俺はうさぎさんの前に正座した。ゴリラでも正座は出来た。
うさぎさんも心無しかしゃんと座って俺を見たところで、俺は真面目な顔と声で話し始めた。
「ウホ(うさぎさん、大事な話があります)」
「キ」
うさぎさんも真面目な気がしなくも無い鳴き声を返す。
俺は気を引き締めるように咳払いした。
「ウホ。ウッホウホ(危険な生物に近づくのはやめましょう。百歩譲ってうさぎさんが大丈夫だとしても俺には堪えられませんし、いざとなっても助けられないかもしれません)」
うさぎさんは首を傾げた。
「キキ」
うさぎさんは頷いた。
言葉はわからないが、俺にはわかる。
こいつ今絶対、わかってないけどとりあえず頷いとこって気持ちだ。首を傾げてから頷くまでの間、全然時間掛かって無かったもの。何でだよ。難しい事言ってないぞ。
「ウッホ?(本当にわかっていますか?)」
「キ!」
元気の良い返事だ。うそつけ。
うさぎさんは知識はあるけど考え無しで無鉄砲なタイプかもしれない。
俺は知識も無いし、腰は低いけどいざとなると考え無しで無鉄砲になるタイプだ。
…ダメじゃん。
もっとこう、話し合いで色んな危険を切り抜けてくれるいかした参謀タイプな仲間が欲しい。このままじゃ最初のボスであるカバさんとの戦闘はギリギリ切り抜けられたが、二番目のボスでゲームオーバーだ。しかも人生にコンティニューは無い。
でもじゃあギルド行って仲間を募ろうというRPGでよくある方法は使えない。此処は自然溢れる森の中だからね。森にギルドはねぇよ。
だいたい、同じ種族でも無いのに仲間っぽくなってくれてるうさぎさんが優し過ぎるだけで、同種族で群れる事や共生してる生き物は居ても、普通パーティーを組んで共闘する野生動物なんて居ないしなぁ。
森で暮らして行くうちに頭良さそうと思った動物が居たらスカウトするのは有りかもな。相手からの言葉は通じないけど。そんなんじゃ交渉成り立たない気がするけど。
あれ、詰んでる?
いやいやいや、俺が咄嗟の出来事にも理性的に対応出来るインテレクトゴリラになればいい。まだ詰んでない!
そうだ、俺はゴリラであってゴリラであらず!前世の人知識持ちゴリラだ!
他人の力に頼るんじゃなく、自分の力でどうにかする!切り開く!それが異世界転生した奴の王道なんだ!
…。
で、反射的にやっちゃう行動ってどうやったら直るの?
……。
俺は全てを投げ出し、うさぎさんと川で水浴びをしていた。
自然界に男女別浴なんてものは存在しない。当然の混浴だ。
うさぎさんが俺の背中をよじ登り毛づくろいしてくれたりする至福のいちゃいちゃタイムだ。うさぎさんを全身さわさわして洗うのとか、これが人間同士ならとんでもなくえろいなと妄想した。
その二秒後、うさぎさんがオスだったと判明したが。この世界には絶望しか無いのか。
俺とうさぎさんは川から上がり、日向ぼっこをしながら並んで横になり身体を乾かす。
「ウホ…ホ?(この森ってさ…雌ゴリラ居るのかな?)」
「キー?」
うさぎさんは首を傾げる。わからないって言ってるんだろうか。
もし居ないんだったら、近いうちに婚活の為に森を出て行くべきかもしれないな。ゴリラはそもそも確か一夫一妻制じゃなく一夫多妻制のハーレムな生き物だったはずだが、俺はハーレム願望は人間体に置いて来たから一人の愛する妻を見つけたい。
そんで、かわいい子供を三匹ぐらい産んでもらって楽しく暮らす。ゴリラの出産とか育児とかは人間ともシステムがまた違いそうで心配だが、俺なりに全力で妻と子供を愛するんだ。
俺はうさぎさんをちらりと見る。綺麗なまぁるい漆黒の目が俺を見つめる。
うさぎさんがメスでゴリラだったら良かったのになぁ、と声には出さず失礼かもしれない妄想をした。うさぎさん、ある日突然ゴリラになったりしないかな…。
…それが叶うなら、むしろ俺が人間になるべきだな。それで人間として恋愛するべきだわ。
外見変化の魔法って、アイデンティティの喪失に繋がるよなぁ。部分変化ならまだ整形ぐらいの気持ちで居られるかもしれないけど、完全に別人の姿にぽんぽん変われるとなると、自己喪失しそう。犯罪も増えそうだ。
……うん、やっぱり俺はゴリラでいいや。
ゴリラがいいわけじゃないけど、人間に姿を変えられたとしても関わる人関わる人に嘘吐いてる気持ちになりそうだし。
うさぎさんのお腹をわしわし撫でると、もうだいぶ乾いたようでふわふわした感触が楽しめた。うさぎさんがくすぐったそうに身を捩る。
空を見上げると太陽が眩しくて目を細める。空は異世界でも変わらない。平和だ。
…やっぱり、この平和を守る為にも頭の良い仲間が欲しいな。
出来なくても、ダメで元々だ。やる前から諦める必要もないだろう。何事もまずは努力してみる姿勢が大事だ。
「ウホウッホ(うさぎさんに頭良い平和主義な知り合い居たら紹介して欲しいんだけど)」
「…キー」
うさぎさんが首を横にふりふり。居ないか。
「ウホホ?(もしこの先見つけたら教えてくれる?)」
「キ!」
良い返事だ。
もちろん、俺もうさぎさんに頼り切りにならず探して行こうとは思っている。だけど言葉も通じない俺じゃ、動物の頭の良さって中々判断が難しそうなんだよな。よく観察しなければ。
『俺はこの時、そう深い気持ちで発言したわけではなかった。
だが、俺のこの発言が無ければ翌日のうさぎさんと俺の行動は大きく異なるものとなっていただろうし、究極的に言えば俺が何も知らないままに世界は滅びていたかもしれない。
人の運命とは実に複雑に絡み合っている、不思議なものである。間違った、人じゃなくてゴリラの運命だったわ。
この場を借りて書かせてもらうけど、この世界の書き直しを許さない文化変えて欲しいです。ここまでで俺は十回以上誤字脱字の訂正文を入れていますが、これかなり恥ずかしいです。ご考りょお願いします、偉い人。
聖獣勇者・ハルオ様の偉大なる手記より』