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暫く座ってただぼーっとする事により、ステータスでは表せない傷ついたハートの回復をした俺は、緩慢な動作で立ち上がった。
洞窟の中なので外の時間はわからないが、夜までに地面に敷くもう少し柔らかい敷物が欲しい。
うん、そうそう。そういう明るい事を考えて生きて行こう。ゴリラが暗い顔してても世界征服とか大量虐殺とか企んでそうで怖いだけだから。その点、明るいゴリラって言うとちょっと町の中心で子供達と戯れてる人気者な雰囲気出るから。注釈、現実では無く物語の中に限る。
俺は気持ちを切り替え、松明もどき(棍棒)を片手に洞窟の外へ向けて歩き出す。
さすがにこうも近くにあると松明もどき眩し過ぎるなと思った瞬間、松明もどきの明かりが弱まりいい感じの柔らかい光源となった。…思考認識タイプのライトとは、なんて異世界っぽいんだ。
俺は異世界の技術ってすげー、とアホ丸出しで深く考える事も無く感心しながら外に出た。
森は木々の隙間から夕焼けが差し込んでいた。
木肌が赤と青なせいで、自然の美しさを感じるというよりおどろおどろしい魔界の森のような光景だ。俺が一日で見た範囲では、無害そうな可愛い動物ばっかり住んでたけどな。
洞窟に居たのも俺の一撃で群れがほぼ壊滅状態になる程度の紫スライム達だったし、この森は見た目と反してRPGの中では村から出て最初にある森ぐらいの冒険における序盤スポットなのかもしれない。
手元で松明もどきがまだ光っていたので、もう光らなくていいよーと念じてただの棍棒になってもらった。
よしじゃあ、暗くなるまで付近の探索をしていい寝具を探しますか。
俺は胸を張り、ゴリラらしく威風堂々と歩き出した。
見つからなかった。
背中を丸めとぼとぼと歩く帰り道。
ゴリラらしくとか知らねぇよ。俺はゴリラ歴まだ一日も経ってねぇんだよ。だいたいゴリラだって落ち込む時は落ち込むんだよ。
そもそも、最初が上手く行き過ぎてたんだと思う。そうそう。普通、こんな大自然の森の中にはふかふかな素材なんて無いしな。落ちている鳥の羽を集めるなんて気が遠くなりそうだし、綿なんてあるわけ無いし。しいて言うなら動物の皮剥ぐとかそういう残酷かつ自然の厳しさを肌で感じる手段を取れば行けそうだが…。
…諦めよ。
俺には自分の手を血で染め生き物の血臭と死の臭いを嗅ぎながら安眠出来るようなサバイバルな一面は無いから。人間時代にもキャンプ経験無いし。普通のキャンプでも動物掻っ捌いてその皮の上で寝る事なんて無いだろうし。
この世はさ、贅沢品なんて無くても生きて行けるんだよ。なんだよ、リッチゴリラって。ゴリラならゴリラらしくネイチャーでナチュラルに生きろよ。
俺は地面に落ちていたみかんもどきをお行儀悪く歩き食いしながら洞窟へと大人しく戻る。
途中催したが、外でするのは大きな抵抗は無かった。俺が女の子じゃ無くて良かったなと思った。
もうだいぶ森も暗くなってしまったところで洞窟の仮ホームに戻って来た俺は、その場に雑魚寝しながら少々考え事を始める。
議題は、リッチ思考と言えなくもないかもしれないが、清潔に関わる大切な事だ。
それというのも、トイレ問題である。
具体的に言うと…さっきのは小だったから良かったが、大をするなら尻を拭きたい。
汚い話だが、これは大事な事だと思うんだよ。汚いし、痒くなりそうだし、細菌怖いし。
俺は、飲み水と風呂は川でやろうと思っている。そうなると、川で尻は洗いたくない。いくら川は水が流れているとはいっても、大の後尻洗った場所の水を飲むのは嫌だろう!
となると、トイレットペーパーの代わりになりそうな柔らかい紙のようなものが必要だ。
これは、森という場所を考慮するとやっぱり葉っぱじゃないかなぁと思う。
柔らかめの葉っぱが付く木を探して覚えておかなければならないな。お腹いっぱいになるまでに必要だったみかんもどきの量を考えると、恐らくゴリラは排泄量も多いはずだ。朝一で探そう。
他に明日する事といったら、やっぱり食料探しかな。
この森がどの程度広いのかはまだわからないが、みかんもどきばかり食べていたらゴリラの消費量だと一月もせずに森の中のみかんもどきが底をついてしまうかもしれない。それに栄養も偏るし、一月ずっとみかんもどきだけというのは俺もいくら好物だとはいえ飽きるし遠慮したい。
他の食べ物も開拓を進めよう。
この森にタケノコなんかが生えててくれると、俺も抵抗無く食べられると思うんだが…そもそも竹が無いしなぁ。口に入れられる見た目のものがあったら、とりあえず食べて行こう。
森の生物は、今のところ天敵になりそうな相手はまるで見つからないし特に問題無さそうだ。
他のゴリラ仲間も見つからないのは少々気になるが。ゴリラと恋愛出来るかはまだ出会ってみないとわからないとはいえ、せめて同種族との友情ぐらいは築きたい。ぼっちは寂しい。
ゴリラは見つからなかったとしても、他の動物達とももう少し仲良くなって良い関係となりたいところだ。紫スライムと以外は悪くは無いとは思いたいが、どうにも謙られているというか、余所余所しい関係だからなぁ。森の人気者になれたらいいなぁ。
翌日の方針が固まったところで、何だかんだ色々と濃く大変な体験を熟した俺は随分と疲れていたらしく、そこそこ暖かい洞窟内で硬い地面の上、豆電球程度の光を放つ松明もどきに照らされながらいつの間にか眠りに落ちていた。
その日は俺が勇者として異世界召喚され、王様に命じられて意気揚々と国を飛び出し、最初に飛び出して来た紫スライムに寄ってたかってぼこぼこのぐちゃぐちゃにされ、最終的に鼻と口に紫スライムが入り込み窒息死する夢を見た。
冷や汗だらだらで飛び起きた俺は紫スライムの怨念に怯えた。
死者の恨みの念に怯えたのか、それとも仲間を殺された側の生き霊に怯えたのかと聞かれれば、両方ですと答える。俺は小心者です。か弱いゴリラです。
一頻り怖がった所で、俺は初めて現実の世界に目を向けた。
すると俺を囲むように仮ホーム内に紫スライム達がひしめいていた。
「…ウ、ホ?」
思わず現状理解が追い付かず、特に意味の無いゴリラ語を発してしまった。
次いで、あれこれ正夢?という悪寒が湧き上がる。
もしかしてもしかすると、紫スライムちゃん達ってば俺を暗殺しようとしていたのでは…?
そんな馬鹿なと言いたい所だが、むしろそれを肯定する理由のあるような行為しかして来ていない。俺嫌われ過ぎだろ。泣きたい。
しかし、そこでふと一つの否定出来る可能性を思いついた。
俺が目を覚ました以上、紫スライム達は暗殺失敗だ。なのに仮ホームを出て行かない。それはそもそも暗殺になんて来ていなかったからなのでは?!
俺は単純もいいところだが、それだけで心を持ち直した。立ち直りが早いのが俺の長所だ。
偏見を無くしてもう一度紫スライム達を見てみると、彼等は俺にキンキラリンな財宝を差し出した時同様身を低くしている。それから、何か口々に鳴いていた。
「ピーキ」
「プィーュ」
「キーキュー」
まるで何を言っているのかはわからないんだが、なんとなく、なんとなーく、彼等は俺に何かを伝えようとしている気がする。
…な、何だろう?この洞窟から出て行けとかかな…?もしかしてあの財宝、これあげるから出て行ってもう僕等と関わらないでくださいの意だったのかな…?
「キュピー」
「ピーキー」
「プィキー」
一度そう考えると、彼等の声全てがそういう悲痛な訴えに聞こえて来る。
や、やめろ、やめてくれ…俺の罪悪感をこれ以上刺激しないでくれ…。
俺はしょんぼりして、松明もどきを持ちいそいそと洞窟を出るべく歩き出した。紫スライム達はさっと道を空けると、ぞろぞろと俺の後ろを付いて来る。
良く言ってお見送り、悪く言ってちゃんと外に出るのかの確認かな…。
数分歩くと洞窟の外に出た。
そして俺は目を見開いた。
洞窟の外では、洞窟を取り囲むように沢山の動物達が勢揃いし、皆が皆が土下座のような態勢だったり立ったままだったりと様々だが此方に向けて頭を垂れていた。
「…ンホ?(…なにこれ?)」
全く意味がわからない。
一瞬森の生物達が徒党を組んで俺という悪(誤解)を成敗しようとしているのかと思ったが、それならこんなにも低姿勢でむしろ従っているかのような態勢は取らないだろう。
では、何故こんな事になっているのか?
わからない。
本当に。全く。ちょっとも。
むしろナレーションの人とかこの世界の神とかが都合良く現れて解説を頂きたい。どうしてこうなった。
「ウホ…ウホホ…(えっと…えーっと…)」
俺は大量の生物達に囲まれながら途方に暮れた。
こういう時言葉が通じればまだ状況理解出来ただろうが、現実とは無情である。外はたぶんもう朝だろうに、俺の気持ちを表すように空も暗い。
気分が滅入る。晴れないかな…。
短絡的にそう思った瞬間、俺の握っていた松明もどきがびくりと反応した。
俺は、まさかお前まで実は生物でこの四面楚歌な状態を悪化させるのか?!と目を剥く。
松明もどきはそんな俺の目に攻撃するように、突然俺の意思を介さずとんでもない発光を始めた。
っぎゃあ!!目が!目がぁあああ!!
俺は思わず松明もどきを地面に落とし、その場に膝をつき両手で目を押さえて苦しみもがく。
目が!潰れる!光の暴力だ!!俺の松明もどきが反逆した!昨日半日間、一緒に洞窟を照らし森を照らし探索して夜は一緒に眠った仲なのに…!
ダメだ!言ってて絆が浅過ぎる!半日しか一緒に居ないし、それなら松明もどきは紫スライム達との方が付き合い長そうだし絶対仲良いよ!紫スライムの敵の俺を倒そうとするよ!
あれ、ならやっぱり勝手に信じた俺の方が馬鹿だったのかもしれない…っ!!
急な光に目がしぱしぱしていたのが直って来た目で冷静に辺りを見回すと、何やら世界が明るい。
はっとして空を見上げると、なんと真っ暗だったはずの空が綺麗に晴れ渡っているではないか!!
た、松明もどき!!お前、まさか俺の願いを叶える為に暗雲か何かを退かしてみせたというのか…っ?!
俺は震える身体で松明もどきを抱き締めた。
「…ウホホ、ウホォ!(…俺が間違っていたよ、お前は最高の相棒だ!)」
俺は日本語として自分の耳に聞こえていたなら我に帰り恥ずかしがりまくっていただろうが、ゴリラ語なので何の問題も無い台詞と共に、松明もどきとの絆を深めた。
尚、一頻り松明もどきに愛を伝えた後周りをみると、森の動物達も洞窟の紫スライムも皆居なくなっていた。
結局あの大集合の意味はわからなかった上、孤独感が増した。