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聖ゴリラ  作者: こおりあめ
天使の収監所と救世主GORILLA編
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数分経って熱の引いて来たんだろう扉がゆっくりと、さも重いものであるかのような勿体振り方で開いた。

そこから入って来たのは、目つきの悪い白衣の理知的なイケメンであるたぶんこの収監所のボスと、それに従うようにその周りを取り囲んでいる何十人もの白衣の研究員集団。

この収監所ボス…完全に偏見だけど、何とも賢くて偉そうで意地悪そうだ。要するに口喧嘩めちゃくちゃ強そう。

大丈夫なのかとちらっとダニエル君を窺うと、彼には気圧された様子がまるで見えず余裕すら見えた。ダニエル君、凄ぇ。

土俵にすら上がれない頭のよろしくない俺を置いてきぼりで、ダニエル君と収監所ボスは睨み合う。

先に口を開いたのはダニエル君だった。


「はじめまして、ですかね一応。ココを返してもらいに来ました…王宮護衛騎士のダニエルと申します。覚えて頂かなくて結構ですが」


自己紹介から入る丁寧さなのに、礼儀正しいとは絶対に言えない最後の圧倒的嫌味口調。収監所ボスを見下げるような冷たい目。何という先制攻撃。

それに対し、収監所ボスはふんと高圧的に鼻を鳴らした。

何この空気…恐ろしや恐ろしや。これならまだ殴り合ってくれた方が怖くない…。


「騎士?騎士だからと、このような蛮行がまさか許されるとでも?この研究所での研究成果によりどれだけ今まで人々が助かって来、」

「この研究所の、研究成果?ご訂正を。ココの力で、です」


強い口調で言葉を遮ったダニエル君は憎らしそうに収監所ボスを睨みつける。

俺はすすすっと音を立てないよう部屋の隅に寄ってうさぎさんを撫でながら空気に徹した。このブリザード吹き荒れる、冷たい戦という漢字の意味でも冷戦となった空気の中でさえあくびを披露するうさぎさんマジ大物。

ところでうさぎのあくびってメチャクチャ口縦に開くんだね。牙剥き出しになるとモンスターっぽくてちょっぴりびくっとしたわ。


「それからあなたの目は節穴ですかね?ああ、こんなにも可愛らしいココを監禁して居られるんですから今更でしたか。仕方無いので言葉で教えて差し上げます。…此処にいらっしゃる聖獣様が、あなたの目には見えませんか?」


突如俺が冷戦のど真ん中に引きずり出された。

俺は内心きょどりながらも、ダニエル君の視線にとりあえず自分の胸をドンと叩いて、せやで俺此処に居んで!とアピールしておいた。

ちなみにちょっと強く叩き過ぎて痛かったが、それを悟らせるような動きはせず我慢した。


「ふん、どうせ騙して連れて来たんだろう」


俺がそんな痛い思いをしながらもドヤ顔したのに、収監所ボスは俺を苦々しい顔でちらりと見てからそれでも嫌味な笑みを浮かべる。

俺はとりあえずそういう訳ではないので首を振っておいた。ダニエル君とは予めこうやってアピールする約束だからな。


「聖獣様、あなた様はこのような者達に手を貸す必要などありません。聖獣様は本来の仕事にご集中を」


吹き荒れるブリザードに怯えていたのが嘘のように苛々して来た。確かに俺は頭悪いけど、様付けして敬語使うぐらいなら俺の意見は尊重しろよ。

収監所ボスの言葉はまるで、乗り気じゃないお受験前の子供が幼馴染のヤンチャ坊主と遊ぼうとしているのを問答無用で軌道修正しようとする、やり過ぎな教育ママみたいだ。

だが俺はこいつの子供では無く赤の他人だし俺の為を想って言っているとも思えないしむしろこいつの事は好かないので、口喧嘩するには頭が足りないが反発はさせてもらおう。

俺はジェスチャーだけでは埒が明かないと口を開いた。


「ウホ、ウホッ。ウホホ。ウッホ(もし騙されてたとしても、俺がココさんを助けに来たいと思って来たんだからいいんだよ。俺はココさんを助けに来たの。勝手に俺の意思を捻じ曲げるんじゃねぇよ)」

「…。『もし騙されていたとして、私がココを助けてやってもいいと判断し出向いてやったのだから構わぬ。私はココを助けてやりに来たのだ。勝手に我が意思を捻じ曲げ決めるとは万死に価する』と、聖獣様は仰っています」


頼まなくても察してくれたココさんがすかさず通訳してくれた。やけに荘厳でくっそ偉そうな言葉に置き換えられているが、意味はまったくそのまま俺が発そうとしていた言葉だ。…万死に価するとは言ってないけど。

でも本当に完全に翻訳出来ているらしい。ココさん凄ぇ。


「な、だ、お前…っ!自分が自由になりたいからと聖獣様の話を曲げて伝えているんだな?!そうに違いない!!」


収監所ボスが急に冷静さを無くし顔を真っ赤にして怒り出した。確かにそのままでは無いけど、曲げて伝えているという程でも無い。

というか、そんなあからさまにココさんを貶したらダニエル君が怖いんじゃ…と俺が恐る恐る視線を移すと、意外にもダニエル君はふっと笑いを零していた。いや待てよ、ダニエル君はまさかブチ切れると笑うタイプの人間か?


「ココの言葉を疑いますか?」


爽やかに問いを口にしたダニエル君からは冷静さが垣間見える。よかった、ダニエル君は俺と違って沸点が高かったらしい。


「それはこの五年のココの授力に関するあなた方の研究のほぼ全てをふいにする事だと思いますが」


俺はダニエル君の言葉と蒼ざめていく収監所ボスに、どういう事かしらとちょっと頭を使ってみる。

うーん…あ。もしその…じゅりょく?全生物翻訳がどうとかのそれを持つのがこの世界にココさんしか存在しないんだとしたら…研究者が調べられない、理解出来ない範疇のココさんが伝えて来る発言は全て、ココさんの言葉を信じる事で成り立っていたのかもしれない。

前提としてココさんを信じるとした上での研究だったなら、今更彼女の通訳を彼等は疑う訳には行かない。


「ココは、自分が不利益を被ろうが不幸になろうが嘘を吐かない人です。それはあなた方もよくご存知のはずだ」


続いたダニエル君の言葉で、俺はちょっとその重みを理解した。

五年も無理やり閉じ込められてるのに、もしかしてココさんは彼等に一切の嘘を吐かなかったのかもしれない。裏切るどころか、裏切りですらない復讐をするチャンスは、今まで無かったのか?あっても、ココさんは優し過ぎて出来なかっただけ…?

だとしたら、天使の収監所…そう呼ばれているのも頷ける。


「どうしても信じないと貫き、聖獣様の御意志を無視するご覚悟がお有りでしたら…私はそれでも構いませんが。どちらにせよ、私の目的は達成されるでしょうからね」


とはいえ、やっぱり俺は頭がよろしい訳ではないので、ダニエル君が何で自信満々にどっちでも目的達成出来るって言ってるのかはわからなかった。

さっきみたいに立てこもるなら未だしも、無理やり脱出するには…獣人とはいえココさんは見るからに戦闘向きじゃなさそうな少女だし、俺は松明もどきが頼りなだけのただのゴリラだし、うさぎさんは強いけど肉体的にはかなり小さく物理が当たると一発KOされそうだし、ダニエル君は怪我人だ。危うい。


「お答えを」


威圧感を出しダニエル君が一歩、収監所ボスに詰め寄る。

交渉するには内実はどうあれこういう強気さが必要なのかもしれないなぁ。


俺もさすがに緊張しながら、小さく唸っている収監所ボスの答えを待つ。


「…せ、聖獣様が彼女を必要だと仰られるのでしたら、我々は従うのみですとも」


へらりと笑って告げられた返答に、俺はほっとして後ろに寄り掛かった。なんか尻と背中の方にあった高そうな機械からあまりよろしくない音が聞こえて来た気がしたけどきっと気のせい。俺は知らない。気付いたら壊れてました。


「懸命な御判断です」


交渉を上手い事成功させてくれたダニエル君は薄く笑う。その顔はむしろ悪役側のイケメンっぽいからやめた方がいいと思うけど。

ココさんが悪役側にもときめけるタイプの子なら良いけど、と様子を窺おうとしたら、ちょうどココさんが割れたガラスを跨ぎ俺の隣まで小走りで来た。突然のやんちゃぶりにびっくりしている俺の隣にしゃがんだココさんは、俺を見上げふさふさのダークグレーのしっぽを元気に振りながらにぱっと笑う。


…結果オーライ!ダニエル君、ココさんは今その表情見てないから早く元の正統派ヒーロータイプのイケメンに戻るんだ。


「お互い、運が良かったですね」


願いが通じたのか、ダニエル君の笑顔が穏やかなものに変わった。俺は人知れずほっと胸を撫で下ろす。

うんうん、確かにこの交渉が上手く行って無駄に血が流れないのはこっちとしてもあっちとしても、お互い良い事だよね。


「聖獣様が協力してくださらなかったら、私はココを救うのと引き換えに死んでいたか、良くて二人共指名手配される所でした」


自分は未だしもあくまで絶対にココさんは救えた気満々らしいダニエル君は結構自信家だと思う。でも出来ない事は出来ない事として認められるんだから、格好良いよね。ココさんも年齢差なんて関係無く惚れるのでは?

ココさんを窺うと、ココさんはまだ俺をにこにこと少しつり目なおめめを細め可愛らしく笑いながら見上げていた。


…残念!これは明らかに聞いてないやつだわ!なんかごめんな、ダニエル君!



「それから――俺は絶対にあんたを殺してたよ。何があろうとどんな手を使おうと、絶対にな」



…。

ダニエル君は凶悪で半ば狂気的な笑みを浮かべ、収監所ボスの首にまるで刃物にでも見立てているように人差し指を当てている。…こ、怖っ。


俺は三度目にもなるがココさんを見た。ココさんはやっぱり俺を見て笑っていた。

うん、案の定ダニエル君には注目してなかったね。よかった。ダニエル君は俺に感謝してくれていいよ。

そして今後この恩を忘れる事無く、絶対に俺にその刃を向けないように。後でココさん通して一生もんの約束させるからな。


俺が心の中だけで強気に挑んでいると、急にダニエル君がこっちを見た。

俺はひんっ!と声にならない悲鳴を上げ尻と背中を打ち付けた。高そうな機械も悲鳴を上げた。

ごめんなさい、俺はアドレナリン出てる時しか無鉄砲な事が出来ない下っ端のチンピラ役がお似合いなザコゴリラなんです…っ!!


「行きましょう。吐き気がする程空気の悪い場所です。これは俺の我が儘ですが…こんな所にこれ以上、ココも聖獣様も居て欲しくない」


俺は何事も無かったかのように頷いた。

…ははは、嫌だなぁ。ダニエル君と俺は仲間なんだからそりゃ殺される訳無いじゃんかよ。人間もゴリラもうさぎも獣人も、信じる心が大切ですよ。

ダニエル君は、ちょっとロリコン疑惑があるだけの心優しい青年。……はい思い込んだ!セルフマインドコントロール完了!


それから俺達は騙し討ちにあう事も無く、道を空けるように白衣の研究員達が左右に避けた廊下のど真ん中を堂々と通り、めちゃくちゃ偉い医療関係者みたいな気持ちを味わいながら外に出た。


こうして俺達は無事、天使の収監所を後にしたのであった。

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